ケケケの毛太郎は一般の人間から改造されたのではなく、元からS級グラップラーだった生え抜きだ
屈強な肉体と運動能力を備えた彼にとって、DG細胞によって手に入れた再生能力はまさに鬼に金棒
施術後の戦闘能力テストでは同じS級グラップラー10人を相手にして勝利を収め、鷹田総統直々に賛辞まで受けている

不老。限りなく不死に近い肉体
自分は圧倒的な力を手に入れた
この無敵の肉体の能力を実戦で試しつつ、モンスター軍団内での地位を確立し
そしていずれは年老いて力の衰えた総統をも我が手で倒し、モンスター軍団と世界を手に入れる・・・
決して一兵卒が描いた夢物語では終らせない
その野望を実現できるだけの力がDG細胞にはあるハズだ
今回の京都強襲に際し、毛太郎は自分の「性能」を限界まで試せるであろう強敵に目星をつけていた

ハナワ機関のジョーカーノスフェラトゥ・オーバーQ
嘘か真か数百年間歳を取ることなく、ハナワ家と京都を守り続けてきたという謎の怪人
モンスター軍団の戦力増産の要であった、南米の改造グラップラープラントをたった1人で壊滅させていることからもその実力は折り紙つきだ
DG細胞の力を試す相手としては絶好の存在と言えよう

オーバーQを倒して自らの性能を把握し、名声と報償を得、軍団内で昇り詰める
意気揚々京都襲撃に参加した毛太郎は今、標的であったオーバーQと交戦し・・・






いつ以来であろう。恐怖の悲鳴を上げていた

毛太郎  「う・・・うわああああああああああ
       
あああああああああああ!!!」

オーバーQは異形の怪人である
ずんぐりむっくりの全身は真っ白で、それははたして皮膚と呼べるのかどうかさえもわからない
顔の面積の1/3を占めるほどに大きな口とその分厚い唇は、見ただけで人に恐怖心を与えるに十分だ

そんなオーバーQの容姿が、
更におぞましい変貌を遂げていた

全身に浮かび上がる無数の目。肩が、腕が、腹が原型を留めぬほどに変化していく
まるで粘土細工のように、瞬く間にある形を成していく
それは蝙蝠であったり
巨大な猛犬であったり
ムカデやサソリなど、数え切れないほど無数の毒虫であったり

枝分かれした”彼ら”はボタリボタリと本体からもげ落ち、それぞれ別個の生き物になって毛太郎に向かってきた!

毛太郎  「お・・・お・・・お前は一体・・・何なんだぁッ!?」

なんと身の毛のよだつ光景であろう。オーバーQはタダのグラップラーではないのか?
恐怖心で後ずさりしながら、毛太郎は迫り来る化物の軍勢になんとか問うた

オーバーQ「我は個にして全。全にして個・・・・
       全ての生命を超越する存在。故に
”OVER”
 
    オーバーQ!」

瞬間。巨大な犬の口からオーバーQの腕が生え、バウ砲が火を噴いた


ハナワ機関の若き当主カズヒコ・ハナワ卿は、父の急逝により若干10歳にして跡目を継いだ
多忙だった父との思い出はあまり多く残っていないが、数少ない会話の中で彼の心に残っている問答があった

先代ハナワ卿「もっとも恐るべき化物は何か。わかるかねカズヒコ」
カズヒコ    「はい。それは吸血鬼です父上」
先代ハナワ卿「その通りだカズヒコ
         では何故吸血鬼はそれほどまでに恐ろしい?
         吸血鬼は弱点だらけだ
         太陽に目を背け、聖書に耳を背け
         ほとんどの吸血鬼は夜しか動けず、
         安息のねぐらは小さな棺だけ・・・
         それでも吸血鬼は無敵のモンスターと呼ばれる
         何故だかわかるかな?」

父の言う通り。挙げ連ねてみれば吸血鬼は弱点の塊のようなモンスターである
それでいながら彼らを最強たらしめている要素とは何か?
幼いカズヒコ少年は父に褒めてもらいたくて、うんうんと頭を捻りながら答えを探す

カズヒコ    「狼や蝙蝠の使い魔を操るから?」
先代ハナワ卿「それは決定的ではない」
カズヒコ    「心臓に杭を刺さないと死なない?」
先代ハナワ卿「倒す方法はそれに限らん。少々役不足だな
        
 もっともっと単純なことだよ」

カズヒコ    「・・・!力が強い?」
先代ハナワ卿「そうだ!
         吸血鬼はとっても力持ちなんだよカズヒコ
         反射神経、第六感、身体能力、特殊能力、耐久力
         吸血能力、変身能力、不死性、etc・・・・
         しかし最も恐るべきはその単純な暴力。「力」だ
         人間を軽々と、まるでボロ雑巾のように引きちぎる
         そしてたちの悪い事に彼らはその力を自覚している
         単一能力としてでなく、知能を持って力を行使する暴君だ
         いいかねカズヒコ。吸血鬼とは”知性ある血を吸う鬼”だ
         
吸血鬼との近接戦闘は死を意味する
         これを最悪と言わずして何と言うのか」

恐ろしい怪物の能力を畏怖しながら、しかし反面どこか誇らしげに父は吸血鬼の強さを饒舌に語った
吸血鬼との近接戦闘は死を意味する
数少ない父との思い出として、今でもその言葉はサー・カズヒコ・ハナワ卿の胸に焼き付いている


第十三話「DEAD ZONE」


毛太郎  「ヒッヒッ・・・ハァ・・・ハァッ・・・!」

毛太郎は恐怖していた
悪夢としか言いようのない目の前の光景に
幾十、幾百という数に分裂したおぞましい獣達は、その全てが”オーバーQ本人”であり獰猛な牙を剥き出しにして襲いかかってくる

打ち倒しても打ち倒しても”それら”の数は減るどころか増え続け、
四方八方から毛太郎の身体に喰らいつき、その肉を噛み千切っていく

両脚の膝から下をもぎとられ、激痛と絶望にまみれながら毛太郎は芋虫のように地面に転がった
普通のグラップラー同士の闘いならばこれで勝負ありだが、毛太郎はDG細胞保有者である

オーバーQはその本体を再び人型に形成すると、捥ぎ取った足をブラブラ弄びながら毛太郎に促す

オーバーQ「さあどうした?まだ足が2本ちぎれただけだぞ?
       使い魔を出せ!身体を変化させろ!
       足を再構築して立ち上がれ!
       夜はこれからだ!楽しみはこれからだ!
       早く!早く早く!!
早く早く早く!!!」

まだ遊びは始まったばかり
「起き上がって闘え」、と
実際DG細胞保有者にとって両脚の再構築などは造作もないことだが、その狂気を湛えた物言いに毛太郎の背筋が凍った
”コイツは自分とは違う生き物だ”

毛太郎  「ばっ・・・化物めッ!」

思わず情けない金切り声で叫ぶ毛太郎
人間を超越した身体能力という意味では自分も化物に違いないだろうが
目の前の男は”在り方”自体が異質に思えた
この世ならざるモノ・・・まさに「化物」である

そんな毛太郎の反応に、見てとりやすく落胆するオーバーQ
目からみるみる興味の色が落ちてゆき、最後は汚物を見るように地面に転がる男に吐き捨てた

オーバーQ「そうか。キサマもそうなのか
       出来損ないのくだらない生き物め
       お前はまるで犬の糞のような男だ
       
糞になってしまえ」

オモチャに飽きた子供のように、遊び相手に別れを告げるオーバーQ
毛太郎を取り囲んでいた巨大な猛犬達がトドメを刺さんと飛びかかった

だが次の瞬間。猛犬達は空中で激しく痙攣し、そのまま夜の闇に蒸発した





毛太郎  「舐めるな化物!一匹残らず殺し尽くせばいいんだろうが!
       
体・内・電気ィィィィーッ!!」

ババババババババババババ!
電気ウナギのように体内の細胞を繋ぎ合せ、強力な電撃を空中へと放出する広範囲攻撃
紅華会戦争の英雄にして改造グラップラーである、野比のび犬も得意とした必殺攻撃だ
毛太郎の周囲十数mの獣達は瞬く間に絶命し、次々と夜の闇に溶けてゆく
膝から捥ぎ取られた両脚も既にその再生を終え、すっくと立ち上がる毛太郎
一気呵成に滅ぼさねばすぐにパワーアップして復活する。
これがDG細胞の力である
圧倒的な攻撃力で獣達を駆逐した毛太郎は、勢いづいてその小宇宙を高める

毛太郎  「見たか俺の力を!しかもまだこんなモンじゃねえぜ!
       
開け!地獄の鍵よ!
       
地獄究極奥義!獄炎乱・・・ぶぉ!?」

全てを焼き尽くす地獄の炎。自身最強の必殺攻撃を放とうとしたその時、
ボギバギメギ・・!
骨の軋む音と凄まじい激痛に思わず集中力を解いてしまう毛太郎
再生したばかりの膝が真正面から蹴られ、逆方向に折れ曲がっていた
そして目の前には
その蹴りを放った相手の姿

オーバーQ「悲鳴をあげろ。豚のような」

吸血鬼との近接戦闘は死を意味する

狂気を湛えた真紅の瞳は真ん丸に見開かれ
顔の半分ほどもある大きな口の両端が、グニィ~っと釣りあがる
大量の涎を撒き散らしながら獲物を睨みつけるオーバーQの姿は
まさにこの世のものならざるおぞましさである
心臓を押し潰されそうな圧迫感は、その強大な小宇宙によるものではない
生物の本能的に抱く怖れ
「死」への恐怖
毛太郎にとって、目の前の白塗り怪人はまさしく
「死」の塊だった

毛太郎   「うッ!うわああああああああああ!!
        
指鉄砲霊丸ンンンンンンン!!!!」

【霊丸(レイガン)
圧縮した闘気を指先から撃ち出す指向性のエネルギー弾
強力な小宇宙を持つグラップラーならば、その威力は大口径のレーザー砲にも匹敵する

この至近距離から跡形もなく吹き飛ばせば・・・!
その命を消し去ることはできなくとも、再生している間に逃げ延びることくらいはできるハズ
オーバーQに向けて、左手の人差し指を突き出す毛太郎
だがしかし
毛太郎の左腕が霊丸を発射することはなかった

なぜなら引き金を引こうとした時には
彼の左腕はもう”無かった”から

割り箸をパキンと割るかのように
ストリングチーズを割くかのように

真正面から衝突するよう突き入れられたオーバーQの貫手は
毛太郎の左腕をまるでハリボテ細工のように容易く引き裂き、ボロボロの簾と化した

噴出す鮮血を全身に浴びることなどまるで意に介せず
オーバーQの右手は、そのまま毛太郎の顔面をガシリと鷲掴みにした

オーバーQ「捕まえた」
毛太郎  「~~~ッ!」
オーバーQ「詰みチェックメイトだ。ケケケの毛太郎
       さあ、私の使命を果たさせてくれ」

『蛇に睨まれた蛙』 とはよく例えたものである
オーバーQの腕にさほど力は込められていない
逃げようと思えば腕を振り払って逃げることは可能なハズだ
だがしかし毛太郎の身体は指先1mmとて動かない
喉はかすれた呼吸音を発するだけで、命乞いをする言葉さえ出てこない

オーバーQ「洗いざらい喋ってもらおう
       
お前の命に!」

”ガパァッ”
もとより顔の半分ほどもある大きな口が更にアングリと大きく開かれた
それはなさがら、この世の生物全てを飲み込む深遠なる地獄への入口
もはや抵抗する為の思考も停止した哀れな獲物は

バキッベキィ!グシャグシャ・・・ボリッ・・・!
毛太郎  「ぴぎゃあ!あご・・・ごがッ!ぶばあ!」

その鋭い牙の並んだ「門」に頭から噛み砕かれ、
無数の肉片になって地獄の内部へと吸い込まれていった

そうまるで 豚のような悲鳴をあげながら


暫しの静寂の後
オーバーQは取り出したタバコに火をつけると、満腹になった腹をさすりながらつまらなそうに吐き捨てた

オーバーQ「所詮こんなものか。DG細胞グラップラー
       この調子では他の連中も程が知れるが・・・
       存外に苦戦しているようじゃあないか」

タバコの煙くゆる視線の向こう
地獄と化した京都の街は、未だ灼熱の炎を噴き上げる修羅達の闘場だった


反撃の狼煙をあげたレオンハルトの対空砲火から、S級DG細胞グラップラー毛太郎の敗北まで
時間にして僅か数十分の出来事である
あの戦力差から誰がこの結果を予測しえたであろうか
A級以上のグラップラー1000人から成る悪魔の軍団は、既にその戦力の2/3を消失
圧倒的不利と思われたモンスター軍団と京都グラップラーの大激戦は、開始から瞬く間に形勢を覆していた

だがしかしこの襲撃、モンスター軍団にとっての勝利とは列強の京都グラップラー達を打ち倒すことではない
三代将軍足利溥儀の抹殺
ただそれだけ
なんの戦闘力も持たない、一般人である将軍ただ1人を抹殺すること
どれほどの犠牲を払おうが、それができればこの帝都大戦はモンスター軍団の勝利なのである
未だ300余名のグラップラーが健在であるモンスター軍。敗色が濃くなったとはまだまだ言えぬ状況
むしろターゲットである溥儀が戦火の街中に飛び出していることを考えれば、まだ勝機はモンスター軍団にあると言えるだろう
視界に入る人間達全てを1人残らず排除しながら、
ただ1人の抹殺目標を求めて黒衣の悪魔達は紅蓮に染まる古都を駆け抜ける
そして― ついに彼らは捉えた
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、生き残った人々に力を与える太陽の輝きを

溥儀    「金閣寺以南はまだ主だった損害報告は入っていない!
       ここが防衛線となる!皆の者!踏ん張りどころぞ!」
一般兵士 「う、上様!このような所におられては危険です!
       一刻も早く護衛の方を連れてお離れくださいませ!」
溥儀    「たわけ!ここには避難してきた民草達がおるのだぞ!
       愛する我が子達を残してどうして親が逃げられよう!
       ほれ、グダグダ言っとらんで早く弾をよこさんか!」

瓦礫を積み上げたバリケード。身を寄せ合う避難民
心もとない数の衛兵達が彼らを保護する中、そこに三代将軍・足利溥儀は居た
自らライフルを持って、兵士達に激を飛ばし
「我が子」と呼んだ民草1人1人に励ましの言葉をかけて回る
地位や権威を一切誇示することなく、全ての人間に平等に振舞われる無限の大徳
これが彼を世界の指導者たらしめている人間的魅力である

溥儀のおかげで兵士達は士気を保ち、避難民達は集団パニックを起すこともなく生存の希望に目を輝かせている
まさに地獄の暗闇を照らす太陽のごとき溥儀の存在であったが―
絶望の悪魔達はついに、この最後の砦に姿を現わした





”パァン!”
周囲を哨戒していた兵士の頭がザクロのようにはじけ飛んだ
民草達の悲鳴が飛び交う中、漆黒の闇から染み出すように現れた黒衣のグラップラー達がバリケードを取り囲む

モンスター1「みぃ~つけたァ!コイツは驚きだ
        まさか最重要目標がこんな所にいるとは!
        お人好しの殿様もここまでバカだと滑稽だな!」

その数およそ100名弱
見る限り溥儀の周りには溥儀禁衛隊もハナワ機関のジョーカーの姿もなく、豆鉄砲で武装した一般兵士だけ
彼らにとっては赤子の手を捻るようなものである
狂気に染まった瞳を爛々と輝かせながら、彼らはバリケードに向かって大声で呼びかける

モンスター1「今からブッ殺しにいくぜ
        小便は済ませたか?
        神様にお祈りは?
        瓦礫に隠れてガタガタ震えて命乞いをする
        
心の準備はOK?」

虐殺宣告
震えて死を待つだけの獲物が、更なる恐怖と絶望の底で果てるように
それは絶対的勝利を確信した彼らにとって、当然とも言える愉悦行為であったが―
直後、その笑みは恐怖に歪むこととなる

”ドバァッ!!”
視界を染め上げる真紅の噴水
血だ。自分達の
攻撃を受けた。いつ?なにも見えなかった
いったい自分達の身に何が起こったのか?
理解できた者は彼らの中の半分も居まい。何故なら彼らの半数は
物言わぬ細切れの肉片と化していたから

モンスター1「・・・・なッ・・・!なんだ!?」
???  「ふぅむ・・・数匹逃しましたか
       流石に昔のようにはいきませんな」

驚愕に目を見開くモンスター軍団
バリケードを乗り越えて彼らの前にゆらりと現れたのは
フォーマルな英国風執事服に身を包んだ、温厚そうな老人だった





ハナワ家バトラー・西条秀治
ハナワ家三代に渡って仕える老執事
一見ただの好々爺と思われた彼もまた、異能の戦闘力を持つ歴戦のグラップラーであったのだ

モンスター1「こ、このジジイ・・・グラップラーだったのか!?」
ターリブ老「”死神”西条のグラップラーファイト・・・
       久しぶりに見れるか」

ハナワ卿 「1人たりとて逃すな西条。
皆殺しにせよ」
西条    「御意。元・ハナワ機関ゴミ処理係・・・西条秀治
       参りますぞ」

”ドバァッ!”
主のオーダーに恭しく頭を下げた西条
次の瞬間、更に数名のモンスター軍団が賽の目に切り刻まれて地面に転がっていた
老執事と自分達の距離は十数mは離れている
わからない。見えない
正体不明の攻撃に恐れおののくモンスター軍団であったが、
西条が両手をかざして次の攻撃を放った、その一瞬

月明かりが闇に溶け込んでいたその正体を照らし出した
夜の闇を切り裂く、幾条もの白銀の刃!

西条    「戮家千条鏤紐拳りくけせんじょうろうちゅうけん
       見えますかな?刃のように研ぎ澄まされた細い鋼線が」

【戮家千条鏤紐拳】
中国拳法史上、暗黒の流派として恐れられた戮家秘伝の拳
目に見えぬほど細いが、恐ろしく研ぎ澄まされた刃物のような鋼線を鞭のように自在に操る技である
その細さと空気抵抗のないスピードから、その軌道を肉眼で捉えることはほぼ不可能
そしてその威力はブ厚い筋肉はもちろん、頑強な骨をもたやすく寸断する

西条    「小便は済ませたか?
       
神様にお祈りは?
       瓦礫に隠れてガタガタ震えて命乞いをする
       
心の準備はOK?」

TO BE CONTINUED・・・


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