FF大林  「煮ても焼いても美味くはなさそうだが・・・名を聞こうか」
J      「人はJと俺を呼ぶ」

溥儀絶体絶命のピンチに吹いた神風。それは青幇の青き迅雷・Jであった
まったく予期せぬカウンターを喰らって吹き飛ばされたものの、さしたるダメージもなく尻の埃を払いながら起き上がる大林
スタンスタンと軽くフットワークを踏みながら、Jは背後の溥儀を守るように敵の挙動を牽制する

J      「将軍様。他の人達と一緒に瓦礫の後ろ側へ
       
コイツは俺が倒します」

FF大林  「ハッ!不意打ちの一発くらいで何を勘違いしてる?
       お前ごときが俺の相手になるとでも思って・・・ブッ!」

パァン!
言葉を喋り終わらぬうちに乾いた音が響き渡り、大林の鼻から鮮血が飛び散った
顔面を殴られた。この自分の目にも止まらぬスピードで
それが目の前の獣人のパンチによるものだと理解した時、大林の表情から余裕の笑みが消え失せた

J      「お前ごときが・・・何だって?」
FF大林  「ちったァやるじゃねえかケモノ野郎!」

場の空気を切り裂くような怒号と、大林が打って出たのは同時だった
超高速で間合いを詰めた大林の双腕から怒涛の如く繰り出されるパンチの嵐。さながら全てを巻き込む竜巻だ
老いたりとはいえ、かつて京都二強と呼ばれたグラップラーを一撃のもとに打ち倒したその攻撃力
その一発一発が軽量級のJにとっては被弾すればひとたまりもない致死の弾丸。まさに迫り来る死の暴風である
だが・・・

FF大林  『な・・・何だこいつの動きは!?』
溥儀    『速い!』

繰り出すパンチはただの一発たりとも当たらない
そもそもS級グラップラー同士の戦いともなればその速度は光速戦闘にまで達する
一般人の溥儀にとってはどちらの動きも目で追えるものではないが、それでも両者のスピードに差があるのは明白だった
業を煮やした大林が一際大きく振りかぶって渾身の一撃を放った瞬間
ドパァン!!
その顎は勢いよく真上に吹き飛ばされていた。目に見えぬ角度から放たれた神速のアッパーである

                      3  種  の  カ  ウ  ン  タ  ー  パ  ン  チ
J      「トリプルカウンターの1つ・・・
       
”羆落とし”!!!」

FF大林  『強い!』

当然と言えば当然だが、グラップラーには戦闘スタイルによって相性というものがある
スーパーフードファイター大林は攻撃力・防御力・スピード全能力において高く、その総合値はおそらく溥儀禁衛隊をも凌駕するであろう
対するJは攻撃力・防御能力においては大林とは比べるべくもなく劣っているものの、唯一スピードだけは大きく勝っている
仮に大林が西条のような距離を大きく取る武器使いであればJに勝ち目はなかったかもしれない
あぶどぅるの炎やハッタリの瞳術のように、距離を無効化する特殊能力の1つも備えていれば尚更であったろう
だが大林の戦闘スタイルは
近接距離での組み打ち格闘という純正グラップラータイプ
大林はJを倒す為には近づかねばならず、その攻撃と間合いはスピードに勝るJにとって全てカウンターのチャンスとなる
まさに唯一勝っている「スピード」という能力によって、Jは大林の攻撃力を完全に封殺しているのである

どんな強大な攻撃力だろうと当たらなければなんら意味がない
Jの神域といえる速度とカウンター狙いに特化したスタイルは、ことグラップラータイプ同士の戦闘においては究極形と言っても過言ではない
彼に勝利した太平の絶技「星流れ」然り、それを打ち破れるのは
神速をも超越した速度の攻撃しかないが
そんな攻撃を放てるグラップラーは世界中を探しても両手の指で数えられるほどしか存在しないであろう





J      「どうした?俺のギアはまだトップに入っちゃいないぜ」

その言葉は嘘ではないのだろう。何十発という致死の弾丸をかいくぐったJには息の乱れひとつない
トーントーンと軽くステップを刻む様子からは、まだまだそのトップスピードに先があることを如実に示していた
折れた奥歯をべッと吐き出し、血の溢れる口内をモゴモゴと舌でなぞってから大林は深く息を吐いた

FF大林  「やるなケモノ野郎。信じられんことだが
       どうやら本気の攻撃じゃないと貴様は倒せんらしい
       ・・・・・・
はあああああああああああ!」

気合とともに小宇宙を肥大化させる大林。発生させた強大なエネルギーを全て右腕に集中させていく
見る間にその右腕は丸太ん棒のように膨れ上がり、その狙いを青の獣人へと定めた
ただならぬ迫力に、溥儀が思わず驚嘆の声を上げる

溥儀    「なんたる異様な・・・あれはマズイぞJ」
FF大林  「待たせたな・・・準備OKだ」

限界まで引き絞られた弓が矢を放つが如く
極限まで力を溜め込んだ右腕がそのエネルギーを解放した
ドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

FF大林  「当たって弾けろ!
       100連ッ!拡散釘パンチ!」

連打、と呼ぶにはあまりにも表現に語弊がある超光速の拳撃
制空圏全てが大林の拳。100発同時攻撃
横、下どこに避けようがそこには必ず致死の攻撃が存在し、
最初の一撃にカウンターを合わせたとしても「既に100発放たれている」パンチは止まらない
2発目以降のパンチが必ずJを捉え、その脆弱なボディを言葉通り弾け飛ばすであろう
ヤツのトップスピードがどれ程かは解らないが、この攻撃だけは絶対にかわせない

いや、かわせない「ハズ」

大林は自分の揺るがぬ勝利を確信し、獣人の肉を吹き飛ばす光景を脳裏に思い描いた
ああ だがしかしこれが因果応報というものか
戦闘というリアルにおいて、
自分の都合のいい結果を「期待」するとは愚の骨頂
先に西条が大林に敗れる際にも抱いた「期待」という愚行を、今まさに大林も同じように抱いていたのである

J      「では見せてやろう。俺のトップギアをな」






『DRIVE ON
ソニックムーバー』






ドンドンドンドンドンドンドンドン!!
大林は驚愕した。自分の勝利は揺るがぬハズだった。100連釘パンチをかわせるハズがないのだ
そのハズだったのに・・・

FF大林  『バカな・・・!拡散型で放った100連釘パンチ・・・

       その100発全てに
       カウンターだと!?』

【ソニックムーバー】
使用者のスピードを瞬間的に100倍に高める超加速装置。ブーステッドグラップラーとしてのJの最大武器にして生命線
100発ほぼ同時に放たれた攻撃であれば、100倍加速すればその全てにカウンターを合わせることが可能なのは道理
そしてカウンターを浴びた大林にとってみればその威力は想像を遥かに絶するものとなる
ほぼ時間差なく同時に叩き込まれた100発のカウンター
それはさながら
巨大な一発のカウンターを全身に浴びたに等しい
口から盛大に吐瀉物を撒き散らしながら吹き飛ぶ大林を尻目に、Jは静かに呟いた

                    第  5  の  カ  ウ  ン  タ  ー  パ  ン  チ
J      「フィフス・カウンター・・・

                     ヘ  カ  ト  ン  ケ  イ  ル 
       百手巨人の門番!」

ズダァーッ!
背中から発火するのではないかと思うほどに。地面と激しく摩擦しながら大林の大柄な身体が吹き飛ぶ
数十m程も滑ったところでようやくその動きを止めると、数秒間低く呻いたあとその頭をムクリと持ち上げた
地面に削られたTシャツは大きく破れ、露出した素肌には血が滲んでいる
吐瀉物と一緒に吐いた真っ赤な鮮血が顎を伝わり落ち、その白い襟元を紅く染めていた

FF大林  「ぐくっ・・・やるじゃねえかよ・・・このケモノ野郎」
J      「タフだな」

ゆっくり立ち上がった大林であったがダメージはやはり軽くはない
先ほどまでの余裕は消え失せ眉が歪み、その両膝はガクガクと小刻みに震えていた
コンマゼロゼロ秒の刹那に100発のカウンターを浴びたのである
いかに屈強な肉体を持つグラップラーとて無事であるハズがない

FF大林  「Jと言ったか。まったく世の中わからんものだな
       お前のような男が名も知られず野に埋もれているとは
       おかげで・・・」

大林の台詞など聞こうともせず、蒼の疾風が夜の闇を切り裂いて駆け抜ける
あと一押しで倒せるのだ。ダメージ回復の時間稼ぎなどにわざわざ付き合う必要はない
Jのその判断はまったく正しい。必殺パンチの間合いに入れば、手負いの大林は瞬く間にKOされるであろう
だがしかしどうしたことか
Jの瞬足は必殺の間合いに踏み込めない

FF大林  「俺も奥の手を使わざるを得ん!」

そう吐き捨てた大林の目がギラリと輝いたかと思うと、その手前25mのところでJの動きがビタリと止まった
まるで何か見えない力にでも抑えられているかのように・・・・
否!実際に彼の足は、何か見えない力に抑えつけられている
ギリギリと万力のような力で足首を締め上げられ、Jの顔が苦悶に歪んだ

「見えない力」が足首から上に上ってきたのを感じた瞬間、Jは反射的に空間に向かってパンチを放っていた

J      「スーパーウルトラマッハカミソリジェットパンチ!」

ボバァッ!
秒間50発に及ぶ、大気をも切り裂く鋭利なパンチ
威力よりも「切る」タイプのパンチを選んだのは、獣人族の持つ野性の本能のなせる業か
瞬間「見えない力」は断ち切られ、Jは大きなバックステップで大林との距離を大きくとった

FF大林  「チッ!流石にケモノは勘がいい・・・
       あと0.1秒気付くのが遅ければ全身を捕えていたものを」

残念そうに舌打ちする大林の表情には再び余裕の笑みが戻っていた
対照的に、さっきまで勝利を確信していたJからは血の気が引いている
正体不明の見えない攻撃によって締め上げられた左の足首は、
粉砕骨折していた





FF大林  「どうやら自慢の足が死んじまったようだな
       お前はもう必殺の間合いに入ることはできん
       俺の”ダイニングキッチン”の射程距離は25m!」
J      「ダイニングキッチン・・・だと?」
FF大林  「フッ。動いている時はまず見る事はできまい
       静止している今ならなんとか見れるか?
       よーくその目を凝らして俺の周囲を見てみるがいい」

大林は攻めてこない。言われるがまま大林の周囲の空間を食い入るように見つめたJは
漆黒の闇の中にキラキラと輝く、
美しい黄金の糸を目撃する
それは大林の頭部から何万本・・・いや何十万本と伸びる極細の糸
あまりの美しさと異様なまでの長さから、それが大林の体毛であると理解するのにJは僅かに時間を要した

J      「なん・・・だ・・・コレは・・・!?」
FF大林  「俺は毛髪の先から伸縮自在の触覚を張り巡らせている
       その太さ実に毛髪の1/1000・・・約0.1ミクロン
       20万本は下らぬ触手1本1本の張力は250kg!
       一度捕獲されれば例えクジラが暴れても逃れられん」

0.1ミクロンは世界で最も細い蜘蛛の糸の1/50程の太さ。人間が肉眼で視認する事は不可能なレベルである
静止している状態であえばグラップラーの目には捉えられるだろうが、高速で動いた時はその姿を完全に隠す
それほどの細さでありながら
一本あたりの張力は約250kgという強靭さを併せ持ち、一度捕らえた獲物は絶対に逃さない
まさにグラップラーという蝶を捕まえる、脱出不可能の蜘蛛の巣!

FF大林  「ダイニングキッチンは俺の触覚が届く範囲内の事
       その中では全ての食材・獲物は俎板の上の鯉!
       自由に調理され、抗うことなく味見されるしかない…

      通称”大林ゾーン”!!!
      無敵だ!この中で俺に勝てる奴は存在しない!」

ゴキッ!バキィン!
大林の背後の瓦礫に金色の糸が巻きついたかと思うと、ミシミシと音を立ててコンクリートが飴細工のように砕け散った





ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
爆音と喧騒が飛び交う夜の闇に、極細の金色の糸がゆらゆらとなびく
見る者の心を奪う、雅やかなるその美しさ
普段の古都・京都であれば最高の調和であっただろうが、地獄と化した今のこの都にはひどく似つかわしくないモノに思えた

否。むしろ今の京都だからこそ調和する美しさと言うべきか
その20万本からなる金色の糸は、触れた相手に確実な死を贈る死神の糸なのだから

FF大林  「終りだな。生命線であるフットワークを奪われたお前に
       この射程25mの大林ゾーンを突破することは不可能だ」

大林の触手の恐るべき力によりJの右足首は粉砕骨折し、アキレス腱まで断裂していた
フットワークを奪われたボクサーは最大の武器を失ったも同然
大林の勝利宣言通り、もうJには大林ゾーンを破る術は残されていない
・・・かに思えた

J      「お前は・・・父親を喰って飢饉を生き延びたと言ったな?
       それ以来、命など塵芥のようなモノにしか思っていないと」
FF大林  「いきなりどうした。僅かでも命を延ばしたくて時間稼ぎか?」
J      「メガドラえもんというグラップラーを知っているか?
       
彼がどのような最後を迎えたかを」

FF大林  「喧嘩師メガドラの名を知らぬグラップラーはこの世におるまい
       死んだというのは初耳だがな」

突然大林の凄惨な過去を持ち出し、語り始めたJ
彼が口にした名前は紅華会戦争のレジェンドグラップラーの1人、「喧嘩師」の異名を持つメガドラえもんだった





紅華会戦争終結後、彼はまだ幼い1人息子とともに世界中を回って悪党を倒す世直しの旅をしていた
彼の行く先々で悪の芽は摘み取られたが、メガドラえもんは決して報酬を要求することはしなかったという
「人々の笑顔こそが報酬だ」と
幼い息子にとってその旅は決してラクなものではなかったハズだが、彼はそれをツライと思ったことはなかった
彼の傍にはいつも強くて大きな父の背中があったからだ

だが―ある時、彼等の宿泊したホテルが運悪く大火災を起こしてしまった
親子は最上階に泊まっていた為逃げ遅れ、部屋を飛び出した時は既に廊下は火の海だった
数十mはある長い廊下の突き当たりに避難階段の扉が僅かに見えるも、そこまで辿りつくのはもはや不可能
このままでは間違いなく親子もろとも焼け死ぬと思われたその時、メガドラえもんは・・・・

メガドラ  「いいか、これから言う事をよく聞んだ
       父さんが合図したら、お前は脇目も振らずに
       非常階段まで全力で駆け抜けろ
       何も怖がることはない。父さんを信じるんだ。いいな?」

幼い息子は父の言う通りに駆け出した。父の言葉を信じていたからだ
そして彼は―

メガドラ  「さらばだ息子よ・・・受け取れ!
       これがこの世で最後の父のパンチだーッ!」

―奇跡は起きた
メガドラえもんの放った渾身のパンチは数十mにも渡る炎の廊下に突風のような竜巻を起こし
息子はその竜巻のトンネルの中を駆け抜け、無事に非常階段まで辿り着くことができたのだ
非常扉を開ける息子の後ろ姿を確認したメガドラえもんは、笑顔を浮かべて炎の中に消えた

彼は己が命と引き替えにして、愛する我が子を救ったのだ





FF大林  「・・・なぜキサマは・・・俺にそんな話を聞かせる?」
J      「お前はどう思う。メガドラえもんの最後は・・・
       メガドラえもんの人生は塵芥だったと思うか?」

Jの語ったメガドラえもんの最後は壮絶であった
紅華会戦争の立役者であり、その豪腕一本で数々の悪を打ち倒してきた英雄
まだまだこれから先も多くの笑顔を守れるハズだった彼は、最愛の息子を守る為に火事で命を落としたのである
大林の表情が険しく歪む
心の中で何かが揺らいだような。絶対的優位にありながら、まるで追い詰められたのは自分のような表情
そんな焦燥を振り払うかのようにかぶりを振り、大林は大声を張り上げて答えた

FF大林  「ああ、お人好しならではのマヌケな最後だな!
       英雄として讃えられるべき力を己が富の為に使わず
       あまつさえ無力な息子を助け、
       自らの価値ある命を散らすとは!
       まさに無駄な人生だったと言う他はない!」

「メガドラえもんの人生に意味はなかった」と
まるで自分に言い聞かせるかのように。喉も潰れよとばかりに叫ぶ大林
Jはそんな大林を憎しみのない透き通った瞳で見つめ、静かに呟いた

J      「それは違う。メガドラえもんの意志は、その高潔な生き様は
       
彼の息子が受け継いでいる
       
彼の人生は・・・価値あるものだった!」

FF大林  
「黙れェええええええええッッ!!!」

一際大きく絶叫して大地を蹴る大林。絶対無敵の蜘蛛の巣を張り巡らせながら獲物へと飛びかかった
Jはその場から動く事無く、大きくスタンスを開いて右腕を振りかぶる
その小宇宙が最大限に膨れ上がった瞬間、
溥儀は彼の背中にある男の面影を重ね見た

J      「俺の名は”J”!
       
メガドラえもん”Jr”!

                     スパイラルハリケーンパンチ
        S.H.Pーッ!!!!」

ゴアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアア!!!!

嗚呼。刮目せよ
受け継がれし戦士の魂
Jが渾身の力を込めて打ち出したパンチは巨大な竜巻を作り上げ、真正面から飛び込んできた大林をモンスターの如く飲み込んだ
天空に向かって伸びる竜巻は上空100m以上にも達し、まるで暴れ回る龍のように周囲の建物を破壊しながらうねり狂う
凄まじい風の中で身動きが取れない大林は、防御もままならず巻き上げられた鉄骨やコンクリートの瓦礫に身体を打ちのめされていく
さながら最大速で回る洗濯機に放り込まれた小虫のように
ドガァン!
最後は受身も取れずに高層ビルの外壁に脳天からしたたかに激突
そのまま落下して地面に打ち付けられると、暫しゴロゴロとのたうって呻いた後その動きを停止した
大林が動かなくなったのを確認したJは自分の右拳に軽くキスをすると、とても優しげな瞳で呟くのだった

J      「ありがとう、父さん」



第十五話「父と子」



溥儀    「そうであったかJ。メガドラはお主を守る為に・・・」

まさに天を穿つかの如き大技で大林を粉砕したJ。その力は偉大な父から受け継いだものであった
喧嘩師メガドラの魂を継いだ息子、J
彼の生い立ちとメガドラの壮絶な最後を聞いた溥儀は肩に軽く手をふれ、その苛烈な人生を労を労う
深く頭を下げるJに命を救ってくれた事への感謝の意を伝えると、今度は地面に倒れて動かない大林のもとへと近づいた

J      「上様、まだそいつは息があります!危険です!」
溥儀    「わかっておる・・・大林よ、朕の声は聞こえるか?」

まだ息のある大林のすぐ傍に立ち、話しかける溥儀
いかな重傷とて相手はSグラップラー。僅かでも身体が動けば一般人の溥儀をくびり殺すことなど一瞬である
明らかなる無謀に見えるその行動であったが、何故だろうか。その姿を見たJに悪い予感は一切よぎらなかった

溥儀    「喧嘩師メガドラは若くしてその価値ある命を散らした
       だが彼の必殺ブローは世代を超えてお前を倒した
       メガドラは世代を超えて朕の命をお前から守ったのだ
       解るか?彼の熱き魂と高潔な精神は、
       
今もこのJの中で生き続けているのだ」

FF大林  「・・・・」
溥儀    「メガドラの命は!人生は!決して塵芥などではない!
       Jに受け継がれ、更にJの息子へと未来永劫続いていく
       大林よ・・・父を喰らって生きたというお前にもう一度問う
       お前の父の命は塵芥であったか?
       その人生は意味の無いものであったか?」

静かに。しかし力強い語気をもって語りかける溥儀
ピクリとも動かぬ大林はその言葉が聞こえているのか聞こえていないのか解らなかったが、やがてボソボソと唇を動かし始めた

FF大林  「俺の・・・俺の親父は・・・村の皆が飢えていく中、
       家のなけなしの備蓄食料を分けてやるようなお人好しだった
       最後の飯も自分は一切手をつけず、全て俺にくれたっけな・・・
       「お前がひもじくなくなれば、父ちゃん嬉しさでお腹いっぱいだ」
       なんて言いやがってよ・・・」
溥儀    「・・・・」
FF大林  「最後の言葉は
       「父ちゃんが死んだら、お前はその肉を食って生き延びろ」だ
       極限状態だったからな・・・言われねえでも喰っただろうが
       言われたおかげで抵抗なく喰えたのがありがたかったぜ
       あぁ、あの肉の味ったら今でも忘れられねえな・・・
       スンゲエしょっぱくってよ・・・!」

そこまで喋って、大林の言葉はプツリと途切れてしまった
眼を閉じたまま黙って話を聞いていた溥儀の瞼がゆっくりと開かれる
その瞼の裏には、大林と父の最期の別れが映っていたのかもしれない

溥儀    「さぞ・・・しょっぱかったであろうな・・・

       お前は父の死を偲んで涙を流せる
       それこそが、父の命が塵芥でなかったという
       なによりの証明ではないのか?」

泣いていた。大林は声を殺して泣いていた
京都伝説のグラップラーを一蹴した男が。数多の敵を打ち倒し、食してきた悪魔が
その大きな身体を小刻みに震わせながら泣いていた
溥儀の無謀な行動になぜ悪い予感がしなかったのか。この時Jは理解した
『あれは―泣いている子供だ―』
アスファルトの上に横たわる大林の姿は、まるで泣きじゃくる子供のように儚げで弱そうに見えた

FF大林  「うっうっ・・・とうちゃん・・・俺は・・・ヒックヒック・・・
       俺は・・・とうちゃんと一緒に生きたかったんだよ・・・」

声を殺して泣く大林にそれ以上かける言葉を持たず、溥儀とJはただ黙ってその場に佇んでいた





溥儀    「大林よ。お前の父は立派な人間であった
       生かされたお前の成すべきことは破壊と殺戮などではなく
       父のように他人を助ける為に働くことだとは思わんか?」
FF大林  「・・・そいつは俺にモンスター軍団から足を洗えと?
       何百という人間を殺し、喰ってきた凶悪な殺人鬼だぜ
       俺を殺さないのか?」

溥儀    「なればこそだ
       お前の犯した罪は恐ろしく深い。死で償えるものではない
       
お前が奪った命以上の命を、これから救え

       唯一それだけがお前の業の禊・・・
       お前を生かした父の人生に、意味を与えることになろう」

落ち着きを取り戻した大林に溥儀が与えたのは、「悪から手を洗い正義のグラップラーとして生まれ変われ」という裁きだった
犯してしまった過ちを無かったことにすることは出来ないが、償うことはできる
溥儀禁衛隊のレオンハルトもまた、自らの責任ではないとはいえ無関係の人間を殺してしまったという過去の持ち主であった
彼はその過ちを償う為、数多くの人々の命を救う為に禁衛隊に入ったのである

FF大林  「甘えなぁ・・・流石は世界に轟く大徳様だ
       なァJ、お前さんもそう思わねえか?」
J      「俺も同じ気持ちだ。お前にその意志があるのなら」
FF大林  「ハッ!」

溥儀の裁きに暫し唖然としていた大林だったが、やがてカラカラと笑い出した
次の瞬間、ダメージが大きくまともに動けないと思っていたその巨体が、勢いよく起き上がったではないか!
ギョッとして身構えたJだったが、完全に不意を突かれて反応が遅れている
「自分が甘かった!」後悔の念に囚われながら、Jは溥儀を守るべく大地を蹴った

J      「大林貴様ッ!」
FF大林  「勝負がついたと思って油断してんじゃねーぞJ!」

ドォン!!!!!
溥儀の眼前に赤い大輪の花が咲いた
何が起きたか

響き渡ったのは銃声。狙われたのは溥儀
そして

守ったのはフードファイター大林

先に西条によって全滅させられたモンスター軍団の小隊の中に、まだ息のある生き残りがいたのである
意識を取り戻したその男は気配を潜め、懐の拳銃で溥儀を狙い撃った
大林はこの場でただ1人それに気付き
身を呈して溥儀を守ったのである

FF大林   「だ・・・ダイニング・・・キッチン!」
モンスター 「大林!この裏切り者がぁああぐはぁっ!」

死力を振り絞ったダイニングキッチンでこの生き残りを仕留めると、大林は糸の切れた人形のように再び地面に仰向けに倒れこんだ
胸からドクドクと溢れ出る血は止まらず、瞬く間にアスファルトに血の池を作っていく
拳銃は45口径。いくらグラップラーといえど至近距離から直撃を受ければひとたまりも無い

溥儀     「大林!このたわけが!何故朕を庇った!?」
FF大林   「へっ・・・なんでかな・・・身体が・・・勝手に動いちまったよ
        アンタに言われたことが嬉しかったからかな・・・
        父ちゃんの命は塵芥じゃなかったって・・・
        父ちゃんの人生は無意味じゃなかったって・・・
        きっと俺は・・・ずっと誰かにそう言ってもらいたかったんだ」

大林が途切れ途切れの言葉を紡ぐ度に、その口からも鮮血が溢れ出る
誰の目にも致命傷なのは明らかだった
怒鳴る溥儀の目からは、いつの間にか大粒の涙が溢れ出ていた

溥儀     「ならぬぞ大林!こんな所で死んではならぬ!
        生きよ!お前は生きて人生をやり直すのだ!」
FF大林   「な・・・泣いてくれるのか・・・?天下の将軍足利溥儀が
        こんな雑草にすぎない俺なんかの為に・・・?」

溥儀     
「”雑草”という名前の草などこの世に無い!

        お前の命も!朕の命も!
        命の重さは誰も一緒だ!」

溥儀の言葉を浴びせられる度、溥儀の涙が頬に落ちる度に、苦悶に歪んでいた大林の表情が和らいでいく
大林はニッコリと笑って、もはや握力も残っていない両手で溥儀の手を握り返した

FF大林   「残念だ。もう少し早くアンタと逢いたかったよ・・・
        こ、今度生まれてくる時はきっと・・・」
溥儀     「あぁ・・・桜の花舞う京都で逢おう。待っておるぞ」

小さな溥儀がガッシと大林の頭を胸に抱き寄せ、その大きな身体を強く抱き締める
父に抱かれた子供のような安らかな表情で、やがてフードファイター大林は静かに息を引き取った

FF大林   「とうちゃん・・・今行くよ・・・」






男爵ぴーの 「ご無事でしたか上様!」
オーバーQ 「ふむ。無事だったかボウヤ、それに我が主
        我が血肉としたグラップラーの情報からすると
        連中の主戦力はもう殆ど残っていないハズだ
        被害は小さくなかったが体勢は決したようだな」

数刻の後、溥儀とJの下に散り散りで闘っていたグラップラー達が続々集結してきた
これはすなわちモンスター軍団の主戦力がほとんど沈黙したことを意味する
更に大林に一瞬で打ち伏せられたターリブと西条も意識を取り戻し、溥儀の周囲は万全に
ようやく悪夢の夜に終わりが見えかけてきた中、溥儀は静かに口を開いた

溥儀     「よし。この場所を拠点として全周囲を哨戒
        生き延びている民草の救出と保護に務めよ!
        それと・・・この者を手厚く葬ってやってくれ」

的確な采配とともに、物言わぬ骸となった大男の埋葬を指示する溥儀にターリブが異を唱える

ターリブ老 「よろしいのですか?この者はモンスター軍団の・・・」
溥儀     「違う!この者は・・・
        
朕が守ることのできなかった、朕の民だ」
ターリブ老 「ッ!・・・・御意に」

怒りを押し殺した声
硬く握り締めた主君の拳からしたたり落ちる鮮血を見た時、ターリブは自らの失言を恥じた

溥儀     「街の復興は全国から人員を導入して急ピッチで
        それが終ったらすぐに戦の準備をせよターリブ
        モンスター軍団・・・・やつらはやりすぎた
        
この借りは兆倍にして返す」

ターリブ老 「御意」

「世界の大徳」「太陽」「賢帝」と数々の異名を持つ名君・足利溥儀
その表情が、10年前エジプトに攻め入った時と同じ”いくさ人”の顔になっていた

TO BE CONTINUED・・・


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