溥儀    「改めて此度の働き大義であった
       この足利溥儀、心から礼を言わせてもらう
       皆の者、もう身体のほうは大事ないか?」

悪夢の夜から三日後。シンノスケ達一行は再び金閣寺謁見の間で溥儀の前に平伏していた
死者5000人以上、重負傷者2万人以上
京都を襲った未曾有の惨劇は、虐殺事件としては史上かつて無い被害をもたらす結果となった
しかしそれでも。あの無慈悲な悪魔達の無差別攻撃を受けてこの数字で済んだのは、
溥儀禁衛隊始めオーバーQやマリー、シンノスケ一行ら、これを迎え撃ったグラップラー達の奮戦があったからに他ならない

惨劇の翌早朝には迅速な対応とネットワークにより、日本は勿論のこと世界各国からの援助物資と復興人員が次々と京都入りし
数多くの人材と不眠不休の人海戦術によって、現在の京都は再び首都としての機能を回復するまでに至っていた
驚嘆すべき対応力と指揮系統であろう
街の回復と民草達への救済措置と同時に、溥儀は軍に
モンスター軍団との開戦を通達
各国の連携を取りながら軍備増強に努める中、本日傷の癒えたシンノスケ達を招集したのだった

溥儀    「本日呼び出したのは他でもない
       
お前達に中国へ行ってもらいたい」



溥儀    「すまぬ・・・すまぬなシンノスケ
       せっかく帰郷したばかりだというのに・・・
       だがこの任務はお前達でなければならんのだ」

シンノスケ 「何を言われますか。若輩なれど私は上様の家臣
       命令とあらばいかような場所へ赴くも厭いません」

8年間の厳しい修行を終えて帰ってきたばかりの少年家臣に、再び母元を去らねばならない任務を与える
残酷な命令を下す自分に辟易しながら、ただただ将軍は心からシンノスケに頭を下げた
屈託の無いシンノスケの笑顔にその呵責を癒されながら、溥儀は全員の顔を見渡し本題に入る

溥儀    「お前達は『聖剣と恐怖の大王』の話を知っているか?」
太平    「?はぁ・・・誰でも知っているおとぎ話でしょう?
       太古の昔、空から降ってきた恐怖の大王に
       5人の剣士が聖剣を持って挑み、これを封印したという」
溥儀    「それがおとぎ話ではなく事実だったとしたら?」

ざわ・・・・
何やらただならぬ溥儀の語り口調に場の雰囲気が引き締まった
『聖剣と恐怖の大王』は、この世界に生きる者にとって桃太郎と同じくらいにポピュラーな童話である
それが事実であったとは一体どういうことなのか

溥儀    「はるか昔のことだ・・・
       遠い宇宙の彼方からやって来た隕石が地球に激突した
       人々は天から降ってきた厄災に恐れ慄いたが、
       本当の恐怖はその後にやってきた
       
その隕石は恐ろしい意志と
       強大な力を持っていたのだ」

シルバー 「あ、あの・・・隕石が意志って・・・もしかしてそれってつまり」

おとぎ話から始まった溥儀の話は、あまりにも突拍子のないものであった
はるかな昔、地球に落ちたという隕石は「意志を持っていた」というのである
それはつまり・・・

J      「地球外生命体か」
一同    「な、なんだってー!?」

ポツリと呟いたJの一言に、一同が大声を上げて驚く。どういうことだキバヤシ!
太古の地球に来襲していたエイリアン
まさに映画の世界であるが、それが作り話やジョークでないことは溥儀の真剣な表情が物語っていた

溥儀    「左様。これがおとぎ話に出てくる『恐怖の大王』の正体だ
       恐怖の大王は地球を我が物とすべく侵略者と化し、
       ありとあらゆる生命に対して無差別殺戮に出た
       その超常の力は大地を割り、天を焦がすほどで
       到底普通の人間達が太刀打ちできる相手ではなかった
       世界人口は半年も経たぬうち半分以下まで激減したという

       だが人々が人類滅亡を覚悟し始めたその頃、奇跡が起きる
       人々の中に突如として
       
異能の戦闘力を持つ超人達が現れたのだ
       推論ではあるが、恐怖の大王が外宇宙から持ち込んだ、
       あるいはその体から分泌されるウイルスの類が
       地球人の体内で化学反応を起こしてスパーク・・・
       突然変異を起こさせたのではないかと言われておる」

太平    「まさか・・・」
溥儀    
「そう。”グラップラー”誕生の瞬間だ
       恐るべき恐怖の大王は、しかし同時に
       グラップラーの生みの親とも言える存在だったのだよ」

その場にいたメンバー全員がゴクリと唾を飲み込んだ
グラップラーとは科学的・生物学的に言ってしまえば
突然変異種ミュータントの事だ
その「一番最初の存在」は、外宇宙からやってきたエイリアンによって生まれたというのである
なるほど言われてみれば、マリーが後天性グラップラーになった新宿の環境も元は隕石の衝突が原因
なにやらおぞましい感じもするが、論証と説得力は十二分であった





溥儀    「人類は恐怖の大王に対して最後の決戦に出た
       異能の力に覚醒した何千人という超戦士達が
       国や人種を超えて結集し、これに立ち向かったのだ
       グラップラー軍団と恐怖の大王の戦いは三日三晩に及び
       最後は恐怖の大王の敗北で激闘に幕が引かれる事になる
       最終的にこれを討ち果たし、世界を救った英雄は  

       初代竜の騎士・ショウ
       
奥羽の総大将・チカラ
       
黒の剣士・イシマツ
       
謙虚なナイト・フロント
       
ジェダイマスター・ダーヨ
       以上、聖剣を携えし5人の剣士だったと記されている
       彼等は五大元素聖剣の力を合わせ、
       恐怖の大王を地中深くに封印することに成功した・・・
       
その地は現在の中国のどこかと言われておる
       中国から強力なグラップラー多くが輩出されるのは、
       恐怖の大王のせいもあるのかもしれんな」

アジアの国々はヨーロッパ諸国と比べて、人口に対するグラップラーの割合が高く
特に中国はその多くが武術を嗜むという国民性から、強力な能力を持つグラップラーが多いとされている
いつのまにかついた呼び名が
『修羅の国』
他国のグラップラー達が武者修行に中国を訪れるせいもあり、世界で最もグラップラーファイトが頻繁に行われている国なのだ

シンノスケ 「・・・・繋がりました
       つまりモンスター軍団の言う”天魔流星”というのは」

溥儀    「うむ。文献に登場する恐怖の大王の呼び名じゃ
       奴等の目的は天魔流星を復活させること
       未来永劫戦い続けたいという連中にとって、
       その存在はまさにおあえつらえなのだろう」

モンスター軍団の目的である「天魔流星の復活」とは、この現代の世に恐怖の大王を復活させること
人々が永遠に戦い続ける世界を創りたいという彼等にとって、絶大な力で地球を侵略しようとする怪物は願っても無い存在である

溥儀    「現在、中国で閻王の目撃情報が入っておる
       同時に彼を倒さんと狙うモンスター軍団の大軍団もな
       閻王を探し出して協力を仰ぎ、天魔流星の復活を阻止せよ
       その為にシンノスケ、お前にこれを授けよう」

シンノスケ達に課せられた任務は「閻王」こと世界最強のグラップラー一体さんを捜すことと、彼の助力を得ること
既に中国は
氷帝・跡部を始めとするモンスター軍団の列強がひしめき、まさしく呼び名通りの「修羅の国」と化している
かの地を自在に動き回るには少数精鋭、かつ一体さんと面識のあるシンノスケを擁する一行が適任であった
ここで溥儀が「これを持っていけ」と無造作に取り出したのは、金枠で縁取られた1枚の黒いカードだった
差し出したカードが何であるか解った瞬間、世間を知らないシンノスケ以外全員が驚きのあまりひっくり返る

メタル太  「ザイナースのゴールドブラックカード!
       この世にこのカードで買えない物はないという・・・」

溥儀    「フフフ・・・それに我が将軍家の家紋をあしらった特別品よ
       すなわちそのカードはこの世で最高の権力と財力の象徴
       この足利溥儀の威光を封じ込めたアイテムと言ってよい」

『ザイナース』は世界最高ランクのカード会社である
そのカードを所持していることはVIPの証であり、中でも限度額無制限のゴールドブラックカードを持つ者は世界に2人だけ・・・
すなわち世界の指導者たる足利溥儀と、その第一の家臣であったシンエモンのみであった
シンノスケは若干13歳の少年にしてその3人目となったのだ

溥儀    「そしてこれは・・・かつてシンエモンが着ていた物を
       お前用に仕立て直したものだ。今ここで着てみてくれぬか」
シンノスケ 「父上の・・・ハッ!謹んでお受け致します!」

父が着ていた物と聞き、笑顔を浮かべながら純白のコートに袖を通すシンノスケ
その歳相応の少年らしさと、着替え終わった後の凛々しい姿を見て溥儀の視界が僅かに涙で滲んだ

溥儀    「凛々しいのぉシンノスケ・・・
       まるでシンエモンが生き返ったようじゃぞ

       シンエモンが嫡子シンノスケよ!ただ今をもって
       
溥儀禁衛隊筆頭代理に任命する!」



第十七話「修羅の国」


【梁山泊りょうざんぱく
中国山東省済寧市梁山県に存在する周囲800里の大沼沢の名である
この沼に108人の英雄豪傑達が集う伝奇小説
『水滸伝』は皆も知るところであろう
いつの頃からかこの地には物語を再演するかのように多くのグラップラー達が集まり、無頼の戦闘集団を形成するようになっていった
現在108人のグラップラーから成る
「梁山泊」は、世界最強とされる日本の「溥儀禁衛隊」を除けば
ギリシャの「聖闘士」ドイツの「アイゼンリッター」と並び、世界三大グラップラー軍団の1つに数えられている

その梁山泊が今・・・・

ドカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!
空を真っ黒に埋め尽くす、幾千万という矢の雨に晒されていた

砂布巾  「やれやれ。こいつは困りやしたねぇ・・・
       閻王の旦那を訪ねて中国くんだりまで来てみれば
       まさかこんな所でモンスター軍団の襲撃を受けるとは」

田中海王 「閻王殿は一ヶ月ほど前までこの山塞に滞在していたが
       河北省のモンスター軍団を潰す為に旅立たれてしまった
       そして頭領タンメンマン始め主戦力が留守の状態での
       モンスター軍団の奇襲・・・・砂布巾殿、どうやら貴殿は
       考えうる最悪のタイミングでここに来てしまったようだな」
砂布巾  「運の悪さには自覚がありやしたが・・・こいつは流石にねぇ」

やや小太り気味の筋肉体質の男の名は田中海王
金剛拳の達人であり、中国武術を修めた者の中でも12人しかその号を名乗ることを許されない「海王」の1人である
そして田中海王と身を潜めながら対話する男は誰あろう、あの盲目の弾き語り
砂布巾であった
一体さんを訪ねて中国へと渡った彼は、その足取りを追ってここ梁山泊にやってくるも一足遅く入れ違いとなり
あまつさえ梁山泊の守備力がガラガラのタイミングで、何千という数のモンスター軍団の総攻撃を受けてしまったのだ

砂布巾  「京都ではたった数人のグラップラーだけで
       1000人のA級を撃退したと聞きやした
       連中は数こそ多いがB級やC級も多く混じってます
       戦力的には戦って戦えない事もないですが・・・」
田中海王 「接近戦なら、だな。この状態では出るに出られん
       俺も貴殿もグラップラークラスは近接戦闘型・・・
       この矢の雨の中、敵陣に斬り込むスキルは持っていない
       カノン砲の直撃にも耐えられる我が肉体だが、
       矢のような刺突武器は残念ながら相性が悪い」
砂布巾  「ですねぇ。あっしもちょいと無理ですわ・・・となると
       この蔵の耐久力が尽きた時があっしらの最後ですかね」
田中海王 「その時は玉砕覚悟で突っ込むだけだ
       それまでに我々の仲間が戻ってくるか、
       連中の矢が切れてしまえばあるいは・・・」

重ね重ね言うがグラップラーは超人である。例えB級C級と言えどもその身体能力は普通の人間とは比べ物にならない
彼らの筋力で扱う弓ともなれば、その弦の強さはまさに規格外
射出される鉄製の矢の速度・威力は、質量も相まって
銃弾のそれを遥かに凌駕する
外を埋め尽くす黒い雨はまさに一発一発が致死の攻撃であり、
グラップラーランクでは連中を上回るS級2人であっても、おいそれと外へ出ることは即死を意味していた
2人に忍者ハッタリほどの高速体術か、あぶどぅるのような広域攻撃能力があれば話は別であったかもしれないが
しかし残念ながらグラップラースキルの相性によって2人は完全に反撃手段を奪われ、
現在は山塞でもっとも堅牢な蔵に篭って様子を伺うしかない。しかしそれもいつまでもつか・・・
味方の援軍か敵の矢切れ・・・考えられる現実的な打開策は、絶望的な確率を神に祈るようなものだった
だがしかし。その祈りはたしかに神に届いていた





ゴオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオ!!!

突如として耳を劈くような轟音が外から鳴り響き、蔵が衝撃でグラグラと揺れた
矢攻撃に痺れを切らしたモンスター軍団が更なる新兵器でも投入したというのか?
しかし外の様子を伺うもそんな気配はなく、その代わりにさっきまで山塞を叩いていた鉄雨の音がピタリと止んだではないか
まさに水を打ったかのような静寂。いったい外で何が起きたというのか
意を決した田中海王と砂布巾が蔵の外に飛び出したのと、二人の頭上から元気のいい声が降ってきたのは同時だった

???  「おっいたいた生き残り!蔵に篭ってたのか!
       
お前ら諦めんなよ!
       崖っぷちが最高のチャンスなんだぜ!しじみ食え!」
砂布巾  「子供!?」

そこに居たのは、およそこの場に似つかわしくない1人の少年
歳は10歳かそこらだろうか。半袖半ズボンのいでたちとよく通る大声は、初対面の人間にも彼の活発な性格を想像させた
モンスター軍団ではない。ならば味方?さっきの轟音を起こし、モンスター軍団の矢の雨を止めたのはこの少年なのか?
まったく状況を飲み込めず驚く2人だったが、その時モンスター軍団から幾万という黒い雨が天に向かって放たれた
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!
再び天を黒く塗りつぶす死の散弾。それを見た少年は微塵の恐れも見せることなく、何者かに声をかけた

???  「あーまた来やがった!ほらデカっちょもっかい頼むぜ!」

ゴオオオオオオオオオオオオオ
オオオオオオオオオオオ!!!

再びあの轟音。今度は田中海王と砂布巾にも「それ」の正体がなんであるかわかった
意外ッ!それは「風」!
梁山泊の山塞に向かって放たれた幾千万の矢は、正面から吹きつけられた逆風によって
全て威力を失い完全に無効化されてしまったのだ
範囲・威力ともにとてつもないグラップラースキルである。こんな能力を使えるクラスはおそらく・・・・・

田中海王 「少年、今のはキミがやったのか?我々の味方か?」
シュウゾー「少年じゃねえよ!俺の名はシュウゾーってんだ
       モンスター軍団と戦ってるからまぁ味方だな!

       でもってやったのは俺じゃなくて・・・
       おいデカっちょ!後ろにいないで出てこいっての
       
俺達は2人で1人の相棒なんだからよ」

シュウゾーと名乗った少年の背後から、ゆらりと長身の若い男が現れた
歳は20歳手前といったところであろうか。端正なマスクの美男子である
全身に風をまとったその男を見た瞬間、田中海王と砂布巾は本能的に安堵感を覚え、「命を拾った」と直感した
それは無論直前にシュウゾー少年が「味方だ」と言っていたからに他ならず、
もし彼が問いに対して「敵だ」と答えていたなら・・・・それは
安堵感ではなく、絶対的な絶望であっただろう

シロウ   「さぁ、鷹田モンスター軍団・・・・

       お前等の罪を数えろ」





田中海王 「き、貴殿らは一体・・・」
シロウ   「アンタらはここにいろ。近くにいられると戦えない」

話しかけようとした2人のS級グラップラーに目線を合わせることもなく
すれ違いざまに一言だけ残して、男は軽やかに黒衣の軍勢の中に飛び込んだ
田中海王も砂布巾も、その後を追いかけようとはしなかった
言われるがままにその場で彼の背中を見送るのみである
侮蔑されたなどとは思わない。彼の言葉は真実であろう
自分達が近くにいると、彼は本気で戦えない
3000人余りのグラップラー軍団を前にして微塵の気後れも感じさせぬ涼やかな声が、その真実を裏付けていた

シュウゾー「いやぁ、無愛想なヤツで悪いねおっちゃん
       でも大丈夫。デカっちょならあんなやつら一瞬さ」

ドヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!!!
三度天空を埋め尽くす、幾千本の矢の雨
だがどうしたことか、全ての矢は彼を避けて飛んでいくではないか
否。彼めがけて飛びはするものの、当たる直前で軌道を変えてそれていく
まるで不可視の鎧に守られているかのように
向かい雨の矢の中を全力で駆け抜けたシロウは布陣を眼前にして一際高くジャンプ
さながら蜘蛛の子を散らすように、
3000人のド真ん中へと降り立った
ざわ・・・・っ
モンスター軍団の布陣が真っ二つに割れる。「十戒」の有名なワンシーンのようだ
屈強な3000の軍勢が、たった1人の男に恐怖を感じて退く。そんなことが実際にあり得るのか?
あり得る。あり得るのだ!





モンスター1「や、矢は効かん!接近戦で仕留めろ!」

何のトリックが解らないが、この敵は飛び道具が通用しない。遠巻きに広がっていた包囲の輪が再び縮まった
近接型グラップラー達による前後左右、そして上方からの一斉攻撃
たった1人で無謀な戦いを挑んできた哀れな男は、一瞬のうちに打ち倒されるハズであったが・・・・

不可視の鎧は彼らの渾身の打撃すら阻んでしまう
打撃を打ち込んだと思った次の瞬間、巨大な壁にブチ当たったような衝撃を受けて逆に吹き飛ばされるグラップラー達
「それ」を我が身で体験した数人だけが、男の能力の正体を理解する

モンスター1「こ、これは・・・か・・・”風”か!?
        空気が爆ぜたかのような瞬間的な突風!
        これが弓矢を受け流した能力の正体か!」
シロウ    「爆風障壁。何人たりとも俺に触れることはできん
        それと・・・悪いな
        
別に”瞬間的に”という制限はない」

ゴオッ!!!
瞬間、彼の身体を中心にとてつもない突風が吹き荒れ、周囲のグラップラー達が更に数m吹き飛んだ
モンスター軍団の驚愕と同時に、田中海王と砂布巾は自分達の直感が正しかったことを悟っていた

田中海王 「やはりそういうことか・・・彼のグラップラークラスは」
砂布巾   「大属性クラス風使いウインドマスター!」

溥儀禁衛隊あぶどぅるの「炎」
鷹田モンスター軍団後部景吾の「氷」と同じく

「風」を媒介とするグラップラースキルを際限なく使用できる
大属性クラス「風使い」

それこそがシロウのグラップラークラスであった
シロウ   「行くぞ・・・風の流儀モード”神砂嵐!”」





グラップラーは超人である
銃弾を避け、鋼鉄をもヘシ曲げる肉体を持つ超人である

だがしかし。それでも
超人とて”人”
圧倒的な自然の力の前には塵にも等しい

田中海王 「見ろ。まるで龍だ・・・龍が天に昇っている
       
人が龍に勝てるハズがない」

砂布巾  「あっしは目が見えませんが・・・肌で感じやすぜ
       
まるで伝説の風竜、ウインドラゴンだ」

なんと凄まじい光景であろうか
天から降る黒い雨は、全てシロウの放った竜巻によって舞い上げられたモンスター軍団
いくら身体能力に優れたグラップラーといえど、上空1000m以上の高度から地表に落下すれば即死は免れない
哀れな黒い雨粒達は、地表に落ちた瞬間華麗な真紅の花を咲かせて息絶えるのだ

この日より数日前、日本の京都でJというグラップラーが己の拳で竜巻を作り出したが
シロウの作り出したそれは範囲・威力ともにまるで桁違いの規模だ
3000人の戦力を完全無効化し、たった一発の攻撃で全滅させる
これが大属性クラスの力である

シュウゾー「なっ?俺の言ったとおり一瞬だったろ?」

相棒の圧倒的な強さにもさして興奮せず、さも当たり前の出来事のようにカラカラと笑う少年
シロウの力に戦慄を覚えながらも、シュウゾーのその笑顔にどこか心を弛緩させてしまう田中海王と砂布巾であった





シュウゾー 「んじゃあ紹介するな!俺の名はシュウゾー!
        そしてこの無愛想なのが相棒のデカっちょ!
        2人でモンスター軍団を潰して旅をしてんだ
        人呼んで二人で一人の探偵たぁ俺達のことよ!」

シロウ    「シロウだ」
田中海王  「お二人の協力に心より感謝する!
        貴殿らが来てくれなければ我等は絶体絶命だった
        私は梁山泊の田中海王。こちらは客人の砂布巾殿」

3000余名のモンスター軍団をたった1人で全滅させた恐るべき使い手・シロウ
戦いを終えた彼は再び田中海王らの元へ戻り、改めて感謝の挨拶と自己紹介を交わしていた
聞けば本職は探偵だそうだが、今は中国政府からの依頼を受けるという形で中国全土のモンスター軍団を潰して回っているという

そこまでは聞いてる方が耳を塞ぎたくなるようなテンションだったシュウゾーが、やや声のトーンを落として最後にポツリとつけ加えた

シュウゾー 「依頼報酬のおかげで食うには困らないけどよ
        別に誰からも頼まれなくたって連中はブッ潰してたぜ
        モンスター軍団は・・・俺の父ちゃんと母ちゃんの仇なんだ」
田中海王  「・・・左様であったか。その歳で立派なことだ
        シロウ殿はシュウゾー殿とはどういった関係で一緒に?
        見た感じ御兄弟や親戚には見えぬが」

シロウ    「俺はこいつの刃。こいつは俺の鞘。だから一緒にいる」
田中海王  「・・・は?」

戦闘担当とスポークスマンに役割分担を決めているのだろうか
口から先に生まれてきたかのようなシュウゾーに対し、シロウは言葉少ないばかりか発した言葉も何やら難解で抽象的
思わず怪訝な顔を出してしまった田中海王に、慌ててシュウゾーが相棒のフォローを入れる。まるで通訳である

シュウゾー 「デカっちょは父ちゃんと母ちゃんが殺されて、
        俺が一人で途方に暮れている時、風のように現れたんだ
        「闘う意志があるなら俺がお前の剣になってやる」ってさ
        俺は「うん」と応えて、それ以来俺達はずっと一緒にいる」
砂布巾   「少年の敵討ちに無償で助力ですかい。美談ですな
        それで
シュウゾーさんとシロウさんはこれからどちらに?

そこまで黙って話を聞いていた砂布巾はそう言うと帽子を目深にかぶり直した
その肩が興奮でやや小刻みに震えていることに、その場の誰も気付いていない

シロウ    「河北省。2000余年の時を越えて星が集う
        
俺はシュウゾーをそこに連れていく」

砂布巾   「(驚いた・・・やはりそういうことですかい)
        
あっしも閻王の旦那を訪ねてそちらに用があるんですよ
        是非とも道中ご一緒させてもらいやすぜ

シュウゾー 「おうオッちゃんも行くのかい?
        いいぜ!旅は人数が多い方が楽しいからな!」

その盲目の瞳はいったい何に気づいたというのか
シュウゾーとシロウの目的地もまた河北省だった
彼らと共に梁山泊を立つことにした砂布巾は、世話になった田中海王に別れの言葉をかけようとする・・・が!

田中海王  「待たれよお三方。その旅、私も同行しよう
        命を救ってもらって恩も返せぬは梁山泊の名折れ
        我が金剛拳はきっとお役に立ちますぞ」

なんと「俺も混ぜろよ」とばかりに田中海王も河北省行きに飛び入り参加
現在他地域の敵を討伐に出ている梁山泊の本隊は遅くても明日には帰還する
3000人のモンスター軍団を討った今のタイミングならば、留守中の砦が襲われるという心配もないだろう

かくしてシュウゾー・シロウ・砂布巾・田中海王の4人はパーティーを結成し、中国全土最大の激戦地である河北省へと向かう






赤シャツ 「ああ?中国河北省に行きてえだ!?正気か?
       今あそこはモンスター軍団の大部隊が押し寄せてて、
       一便の飛行機も出てねえ厳戒態勢を敷いてんだぞ」
???  「知っています。だからこうして海路を使おうとしている
       貴方が日本で最高の腕を持つ船乗りと伺いました」

2mを超える長身と、身体に刻まれた歴戦の跡。片目の眼帯と義手はいかにもという風体だ
赤シャツは元・日本海を牛耳っていたグラップラー海賊である
白いTシャツが敵の返り血で真紅に染まったという武勇伝から、ついた通り名が「赤シャツ」
彼はありとあらゆる船を襲って金品や身代金を奪い、海域全ての船乗りから恐れられる悪魔の存在であったが
16年前溥儀禁衛隊によって討伐され、懲役5年の実刑を受けて服役。出所した後は漁師として更生した過去を持っている
大犯罪者であった割に刑が軽かったのは、彼が殺人だけは一切犯していなかったという人格によるところが大きい

赤シャツ 「ハッ、昔の話さ。今じゃこの通りの飲んだくれ漁師よ
       大体オメエらなんだ?見たところグラップラーのようだが
       戦場のど真ん中に行くってのに女連れはねえだろうよ」

獣人族の若者が2人。20歳前後の若者が2人。うら若き乙女が1人
各人どれほどの実力者なのかまでは知らない
しかし歴戦のグラップラーである赤シャツから見れば、彼らはなにぶん若すぎると言わざるを得ない
そして何より目の前の年端もいかぬ少年。こんな子供を地獄の戦場へ送迎するなど、彼の挟持に反するものであった

???   「金に糸目はつけません。運賃は貴方の言い値で」
赤シャツ  「金の問題じゃあねえんだよボウズ
       悪いこた言わねえ。おかしな事考えてねえで帰んな」

話も半分にひらひらと手をふり、背中を向けようとした赤シャツだったが
少年が懐から出したカードが視界の端に映った瞬間、そのギョロ目を更に大きく見開いて振り返った
赤シャツはそのカードを知っていた。
そのカードを持つ少年の眼差しを知っていた

赤シャツ  「ザイナースのゴールドブラック!?
        しかも将軍家の家紋付き・・・お、俺はそれを知っているぞ
        そ、そう言えばボウズの顔立ちにも面影が・・・まさか!」
シンノスケ 「溥儀禁衛隊筆頭代理・シンノスケである!

       お前に地獄への渡し船を頼みたい!」

修羅の国最大の激戦地、河北省へ集う若きグラップラー達!
彼らと「生ける伝説」閻王との邂逅は、この大戦に何をもたらすのか

TO BE CONTINUED・・・


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