シュウゾー「うひゃあウメーウメー!ほらデカっちょももっと食えって!」
田中海王 「どうだね美味いだろう?あの店のからあげ弁当は」
砂布巾  「ウェッヘッへまったくで。しかしこれは随分と意外でしたね
       河北省はモンスター軍団の襲撃で大荒れと思ってやしたが」

中国は河北省滄州、孟村回族自治県
八極拳発祥の里として知られるその地に、田中海王を引率とするシュウゾーチームはいた
閻王こと一体さんが乗り込んだことでモンスター軍団も大兵力を投入し、中国最大の激戦地となっているハズの地であるが
存外に街並みには闘争による被害等は見られず、田中海王のよく知る人々らが笑顔で彼らを迎え入れてくれた
なぜか?
これはモンスター軍団が
投入した戦力の殆どを一体さんのみに注いでいるということである
街の略奪などに割く部隊は必要最低限に絞っているのだろう。一体さんの戦闘力がどれだけ規格外であるかがよくわかる現象だ
もちろんその「必要最低限の略奪部隊」ですら、一般人にとっては恐ろしい破壊者達であるのだが・・・・

田中海王 「この街には中国屈指のグラップラーが守りに就いててね
       八極拳の達人で
ブイス・リーという
       梁山泊108星の中でも頭領タンメンマンに次ぐ実力者だ」
シロウ   「”二の撃要らずのブイス”か。聞いたことがある
       全ての手合いにおいて初撃で相手を屠っている凄腕だと」
田中海王 「その通り。そして私とは修行時代を共にした親友同士でもある
       彼は最強の攻撃力を、私は最硬の防御力を互いに極めたが…
       フフフ、正直我が肉体でも彼の一撃を防ぎきる自信はないな
       彼が駐屯している以上、連中も迂闊に手が出せないってワケさ」

八極拳は中国拳法の中でも最大の攻撃力を持つことで知られる拳法である
その拳風を象徴する「崩撼突撃(ほうかんとつげき)」という言葉は、「山をも崩し、揺るがすような一撃」という意味であるが
そんな拳法をS級以上のグラップラーが極めた場合、それはまさに
誇張なしで山をも崩す破壊力にまで到達する
「二の撃要らず」の看板に偽りない、一撃必殺を体現したかのようなグラップラー。それがブイス・リーなのだ

田中海王 「さ、腹ごしらえも済んだしブイスを訪ねるとしようか
       彼なら閻王殿が今どこにいるか知っているハズだ」

ブイスの事を褒められると、まるで自分のことのように喜び満面の笑みを見せる田中海王。よほど仲が良いのであろう
実のところこの河北省への遠征は、彼にとっては親友との再会も兼ねた旅でもあったのだ
修行時代よく彼と一緒に食べたからあげ弁当を昼食にたいらげ、4人は一路ブイス・リーの駐屯所へと向かう





砂布巾  「誰もいやせんね。何かの用事でしょうか」
田中海王 「いや、飲みかけの茶がある
       どうやらスクランブルがかかって出撃中のようだな
       なぁに彼のことだ、少し待っていればすぐに…」

しかし駐屯所にブイスの姿はなく、その状況から近くに現れたモンスター軍団を迎撃に出たことが推察できた
親友の実力をよく知る田中海王は、すぐモンスター軍団を蹴散らして戻ってくるだろうと言いかけたが
瞬間、身の凍りつくような小宇宙を感じてその言葉を飲み込んだ

田中海王 「なんだこの小宇宙は…敵か?近くにブイスの気も感じる!
       まさかこの化物を相手に闘っているのか?」
シロウ   「只者じゃないな。おそらくは軍団の幹部クラスだ
       ブイス・リーがいかに手練だろうと危険だ」
シュウゾー「おっさんのダチンコがアブネーってばよ!
       すぐにみんなで助けに行こうぜ!」

近づく者全てを拒否するかのような、強大で冷たい小宇宙
それは「押し潰されそうな」でもなく「身の毛もよだつような」でもなく。まさに「凍りつくような」と形容するに相応しい威圧感である
シュウゾーの言葉を最後まで聞き終える前に、田中海王は駐屯所を飛び出していた
ギュオオオ・・・・
ズウウウウン!!!

田中海王 「!?」

同時に頭上をかすめる超質量の飛行物体。反射的に身をかがめた田中海王の髪が一房舞う
それは大きな弧を描いて駐屯所の塀に激突し、鉄筋入りのコンクリートを粉々に打ち砕いた
すぐさま頭を上げて睨みつけた「それ」の正体は
巨大な鎖つきのハンマーであった

???  「おっ、避けやがったよ!
      小太りのおっさんのクセに結構いい反射神経してんじゃん」
???  「奇襲失敗。これより通常戦闘モードに移行する」

巨大ハンマーの鎖の先は、青と白の光沢を放つ巨大な体躯を持つ大男。人間というよりはまるで人形ロボットのよう
そしてその大男を従えるようにスッと立つのは、均整の取れた筋肉美を誇るレスリングパンツ一丁の男
いつのまに現れたのか。見るからに一癖ありそうな二人のグラップラーが、彼の行く手を遮っていた

ケンダム 「俺は鷹田モンスター軍団ブーステッドグラップラー
       
機動戦士ケンダム!
       このケンダムハンマーで破壊できぬ物はこの世にない」
KID    「同じくスクリューKID徳郁
       俺はぁ、神の子。格闘の神様のぉ、息子」





田中海王 「足止めか。いつから我々を張っていた」
KID    「いや?ウチのお偉いさんが
       あのクソ強えーブイスをブッ潰しに来てくれたもんでね
       その間に街を略奪に来てみたら偶然バッタリってカンジ?
       アンタらが何者かなんて全然知らねーけど、
       あのブイスの野郎の仲間ならここで死んでもらうわ」

ケラケラと笑う若い男の声と、感情の込もっていない機械のような声
そのどちらも、今の田中海王には癇に障った
表には出さず、しかし心の奥底では激しく怒りの炎を燃やしてその両拳を握り固める

田中海王 「友の守る街を傷つけさせはせん。かかってこい」
KID    「プッ!小太りのおっさんが何気張っちゃってんの?
       アンタなんかが俺達に勝てるワケねーじゃん!
       この勘違い野郎を豚肉のミンチにしちまいなケンダム!」
ケンダム 「ケンダムハンマー!フルブーストアタック!」

ギュオオオオオオオオオオオオオオ!
KIDの嘲笑と同時にケンダムの巨大ハンマーが再び高速で宙を舞った
一見シンプルな鉄球に見えるケンダムハンマーは、実は内部にジェットエンジンを内蔵したハイテク兵器である
ケンダムの腕力に自らの推進力を加え、スピード・威力を更に倍化させるのだ
更に手元の微妙なスナップとエンジンの逆噴射などにより、その軌道は変幻自在に変化させることが可能
撃たれる側から見れば、防御不能の攻撃力を有しながら回避も至難という極めて厄介な攻撃と言える

そう。「並みのグラップラーであれば為す術なく打ち倒されるであろう攻撃」
だがしかし
今日の相手は並みのグラップラーではなかった
ズドオオオオオオオオオオオン!!!

KID    「なにィ!?ケンダムハンマーを真正面から受けただと!?」
ケンダム 「バカな!捕獲レベル50以上の猛獣も一撃で殺す威力だぞ」

モンスターコンビ驚愕。なんと田中海王は必殺のケンダムハンマーを避けようとも、まして防御すらしようとせず
「小太り」と嘲笑されたその腹で、正面から受け止めたのである
狼狽する二人をよそに、田中海王はさして苦悶の表情もみせずに鉄球を地面に落とし、それを地中へ埋るほど強く踏みつけた

田中海王 「児戯だな。機械化という力を使ってこの程度の威力なのか?
       『この世に破壊できない物はない』が聞いて呆れる
       己が拳だけでその高みに昇り詰めた男を、私は知っている!」

着弾のインパクトでボロボロになった拳法着を脱ぎ捨てながら、さも憎々しげに言い放つ田中海王
さっきまで内面で押し殺していた怒りを一気に表面に現し、その表情は見る見る鬼神のような恐ろしい形相になっていく
ここにきてはじめて、スクリューKIDとケンダムは目の前の男が自分達より格上であることを悟るのだった

KID     「お、お前は一体・・・何者だぁあああああ!?」
田中海王 「山東省金剛拳最高師範・田中海王!

       流派の印可を賜って以来
       打撃で敗れたこと無しッ!」



むりかべ  「俺はモンスター軍団バイオグラップラー戦士むりかべ!
        戦車砲でもビクともしない衝撃吸収素材を幾層にも重ね、
        ありとあらゆる打撃を完全無効化するこの無敵のボディ!
        人は俺をこう呼ぶ!絶対に破壊することのできない壁…

      すなわち”無理壁(むりかべ)”となァ!」

???   「そうかい。なら試してみるんだな
        俺の一撃を受けきれるかどうか」

超圧力で塗り固められたむりかべの重量は10tは下らない
モンスター軍団では「歩く不沈艦」と呼ばれ、軍団内のS級グラップラーの攻撃にも耐え抜いた無敵のボディ
自分の体重の1/100にも満たない男の攻撃など、蚊に刺されたほども効かぬはずであった
だが男の体当たりを受けた瞬間
ドオオオオオオオオオン!!!

耳を劈くような轟音とともに自慢のボディは巨大な風穴を開け、まるで指で弾かれた消しゴムのように数十mも吹き飛んでいた
男の打撃は戦車砲など比でない。もっと恐ろしい別の何かだ
無残な瓦礫となって地面に倒れた巨体は、わずか指の一本動かすことすらなく事切れていた
何が起きたのかなど理解する間も与えない一瞬の死線の跳躍。これぞ「二の撃要らず」の真骨頂である

ブイス    「何が無敵のボディだ。無理壁が聞いて呆れるぜ
        生身の身体だけでその極みに昇り詰めた男を、俺は知っている」

ブイス・リー
梁山泊の実力No2にして、グラップラー最強クラスの攻撃力を誇る八極拳の達人
田中海王がケンダム&スクリューKIDと対峙し、名乗りを上げたその10分程前
ブイスは街を襲おうと現われた手練のグラップラーを迎撃に出陣。見事この撃沈に成功していた
数分後に親友がまったく同じ台詞を吐き、自分を賞賛することを彼はまったく知らない
最強の矛と最強の盾
選んだ道は違えど、互いに相手のことをどれだけ尊敬しているかが伺える出来事と言えよう





ブイス    「こんな雑魚じゃあ捨て駒にもなりゃしねえぞ
        いつまでも高見決め込んでないでお前が来い!」

いつも通りにモンスター軍団を退けたブイス
普段であればすぐに駐屯所へと戻るところだが、この日の彼は緊張を解くことなく更に小宇宙を高めた
ブイスは最初からむりかべなど眼中になかったのだ。真に倒すべき強敵は・・・
キッと睨み上げてそう叫んだ断崖絶壁の先に、
彼らはいた

ボンテージ風のあられもない衣装にムチを携えた、女王様スタイルの美女。その巨乳とM字開脚がまぶしい
その美女の下僕のように背後に恭しく控えているのは、巨漢の獣人族
たった今倒したむりかべほどの大きさはあろうかという巨躯である。見るからにそのパワーが伺える

イソリソ  「ウフフものすごい小宇宙。オラ濡れそうだべ・・・
       でも残念!オラは身も心もあの方のモノだべな
       どうだべカバオ、
今の”できそう”だか?」

カバオ   「ウス・・・」

やや恍惚の面持ちで唇に小指を当てながら上気する美女。こういう性癖なのだろう
しかしどうやらこの「女王様」には服従を誓う「王様」がいるようで、ブイスの挑発には応じようとしない
女王様の言葉に寡黙に頷いたのは、カバオと呼ばれた下僕の方だった
ズズウウウウウン!!!
高さ50mはあろうかという崖からひらりと身を踊らせる獣人族の大男・カバオ
地響きを立てつつブイスの眼前へと降り立ったその姿は、まるで落下した隕石のようなド迫力である

ブイス   「フン、まずはお前から相手か木偶の坊・・・ ッ!?」
カバオ   「ウス・・・」

言いかけたブイスが、カバオの挙動を見た瞬間途中でその言葉を飲み込んだ
膝を曲げて腰を深く落とし、大地に根を張ったようにズシリと構えるカバオの姿勢
それは
八極拳の基本的な構えの1つである「馬歩」であった
別にこんなことは珍しいことではない。武術を修めたグラップラー同士の流派が被ることなど日常茶飯事と言える
だがしかしこの場合は・・・・

ブイス   「正気かお前。まさか八極拳で俺と戦うつもりか?」
カバオ   「ウス・・・」

それしか喋れないワケでもあるまいに。オウムのように「ウス」しか繰り返さないカバオの態度が更に彼の癇に障った
自分は中国でも・・・いやさ世界レベルでもトップクラスの攻撃力を持つと自他共に認めるグラップラーである
なのにまさか、その自分を最強たらしめている八極拳というフィールドで戦おうとする輩がいようとは
よほど自信があるのか、それともただの無知か
どちらにせよこの事実はブイスのプライドを傷つけるものだった

ブイス   「ふざけたこと言ってるぞ・・・
       
それをわからせなきゃいけないな」

ゴオッ!
一際大きく膨張したブイスの小宇宙がビリビリと大気を震わせる
彼の怒りを象徴するかのように、トレードマークである赤い髪と白いマフラーがバサバサと風にたなびいた

ブイス    「一撃だ」

一陣の風と化して疾駆する二人のグラップラー。互いにフェイントなどかけるつもりは微塵もない
最短距離を 最速で 最強の打撃を打ち込む
それこそが山をも崩す一撃・崩撼突撃の体現。八極拳の基本にして真髄である
ドギャッ!ビシィンッ!
間合いに入った両者の足元から轟音が響く
八極拳の特徴的な動作として知られる”震脚”は、打撃の際強力に地面を「掴む」ことによって打撃の力を100%相手に乗せる所作
故に八極拳の修行はなにより下半身の鍛錬に重きを置き、その功夫の度合いは震脚の威力を見れば解るという

ドオオオオオオオオオン!!!
まばゆい閃光と、鍛え上げられた肉と肉がぶつかり合う音
その時より大きなヒビを地面に打ちこんだのは、はたして両者のどちらであったか
凄まじい砂埃の中、威力に劣る方が激しく吹き飛ばされて地面にボロ雑巾のごとく倒れ伏した

濛々と立ち込めていた砂煙がゆっくりと晴れ、勝者と敗者の姿を少しずつさらけ出してゆく
中国最強の攻撃力を持つ八極拳の達人、ブイス・リーと
身の程知らずにも、その土俵で勝負を挑んだカバオ

結果は言わずもがな。吹き飛んだのは当然・・・・・






ブイス   『俺か!?』

目を疑う光景である
その場に居合わせたギャラリーと呼べる第三者はイソリソ1人だけであったが、他の人間であれば10人が10人全員同じ感想を抱くであろう
地面に伏せて動かない敗者は紛れもなくブイス・リー。そして無言のまま彼を悠然と見下ろす勝者こそカバオであった

ブイス   『身体が動かん・・・こっちよりデカイ勁をブチ込まれた』
イソリソ  「ウフフ・・・カバオをただの八極拳使いと思っただか?
       カバオは八極拳なんて1ミリも練習したことないだ
       今アンタが食らったのは、アンタ自身の一撃だべ」

ブイス   『!?』

自分が八極拳で敗れただけでも衝撃なのに、イソリソの言葉に更なる衝撃を受けるブイス
この一撃を放った男が八極拳の素人であるなど考えられない。あっていいハズがない
いやしかし、その後の彼女の言葉の意味は・・・・?そこまで考えてブイスもこの恐るべき敵の能力にハッと気付く

イソリソ  「カバオは相手の動きを完全にコピーし、
       
自分にトレースできる能力者なんだべ
       確か日本の溥儀禁衛隊にも同じ能力者がいるとか?」

カバオが放った一撃は自身の八極拳修業によって得たモノではなく
眼前のブイスが放った一撃を模倣した一撃だったのだ
ハッタリ半蔵のそれは、「写輪眼」と呼ばれる代々一族に受け継がれた血継限界であったが
彼の場合は正真正銘の模倣。常軌を逸した天然の才能。まさに言葉通りの「天才グラップラー」であった

イソリソ  「でもカバオの場合、それはタダのコピー能力にはならねぇだ
       この獣人族ならではのフィジカルの強さ!タフネス!パワー!
       そしてモンスター軍団の科学によって得たスピードとテクニック
       全て兼ね備えた”理想のグラップラー”としての肉体ポテンシャル
       解るだか?技は同じでも、使用者の基本性能がまったく違うだよ
       つまりカバオに能力をコピーされた者は・・・
       
自分より数段上の自分と闘うことになるんだべ!」

仮にハッタリ半蔵が写輪眼でブイスと体当たりで激突しても、吹き飛ぶのは彼の方である。彼の方が小柄でパワーも無いからだ
無論スピードに関して言えばハッタリの方が優っているので、スピードが肝要となる技ならば彼の方が有利に立つだろう
ではこのカバオはどうか?
イソリソの言う通り、獣人族の中でもフィジカル最強クラスと呼ばれるヒポポタマス族のタフネスとパワーは人間とは比較にすらならず
更に軍団の超科学トレーニングとドーピングで得たスピード、テクニック。
その全てがブイスより上である
同じ技を基本性能に差のある者同士で打ったのなら、劣る方が吹き飛ぶのは自明の理
まさしく彼女の言葉通り、ブイスは「自分より数段上の自分」の攻撃によって打ち伏せられたのである





ブイス   『久々に謙虚な気持ちになれた・・・だが・・・』

両膝をつきながら、生まれたての小鹿のようにヨロヨロ起き上がるブイス
シャツが自分が撒き散らした吐瀉物で汚れているのに気付くと、「ゲロ吐いたのなんて小学生以来だな」とクスクス笑った

イソリソ  「たいしたもんだべ・・・まだ戦えるだか?」
ブイス   「立ち上がれたから”謙虚な気持ち”はまた今度だ
       
次で倍で返す」

カバオ   「ウス」

ダメージは軽くない。だが肉体的なダメージなど、今の彼にとっては意にも介さぬものであろう
もっと深く傷つけられたものがある
カバオが再び腰を落として馬歩に構えた時、彼の中で完全にスイッチが入った

ブイス   「性懲りもなく・・・まったくマジで・・・性懲りもなく・・・」

言葉に怒気は含んでいるものの、まだその表情は半笑いのまま
カバオはそんなブイスになんのリアクションも示さない。ただ起き上がってきた男にトドメを刺すという行為を淡々と成すだけだ

ブイス   「誰だって・・・その道じゃ負けたくないって事があるよな
       
俺の場合・・・その構えにはまァ〜・・・
       負けられないわな」

ブイスがゆっくりと腰を落とした。先に構えたカバオと、それを受けて同じ構えを取るブイス。さっきとは順番が逆である
拳を握り、大きく息を吸い、深く吐く。何万回・・・否。何百万回と繰り返してきた所作
その一挙動ごとに小宇宙は急速に高まっていく

ブイス   「言いたいことは・・・いくつかあるんだよ・・・・
       ま、一言でいうなら・・・・・・」











ブイス   「本気にさせたな」

イソリソ  「ッ!!」
カバオ   「ッ!!」

その瞬間半笑いの表情は消え、抑えていた怒気と共にブイスの小宇宙が大爆発した
身を切るようなド迫力にカバオとイソリソの表情が一変する
明らかに数分前までの彼ではない
ブイスが動く。間合いが詰まる。カバオも動く―!

イソリソ  「だ、ダメだべカバオ!一旦退がっ・・・!」

ドオオオオオオオオオン!!!

イソリソが彼を制止した瞬間、その巨体がゴム鞠のように彼女の眼前を横切っていった
カバオの身体はさながら水面切りの小石のように、堅い岩肌の上を何度もバウンドしながら数百mも吹き飛ばされ崖にブチ当たってようやく停止した
衝撃で崩落した岩の中から、ボロボロになったカバオがヨロヨロと起き上がる。まさにさっきの攻防の意趣返しである

ブイス   「渾身だったがな・・・タフさではかなわんよ
       
お前だけは特別だ・・・VIP待遇だ
       二撃・・・三撃・・・四撃・・・」

カバオの健在にホッと胸を撫で下ろし思わずブイスの顔を見たイソリソは、その表情に恐怖を感じて凍りついた
苦虫を噛み潰したような不満の中に見え隠れしたのは、獲物を噛み砕く猛獣の愉悦

ブイス   「お前が動かなくなるまで
       何発でも打ち込む!!」





イソリソ  「な、なんの悪夢だべかこれは・・・あ、あのカバオが・・・」
ブイス   「二撃目・・・まだ動けるか」

イソリソは恐怖していた。カチカチと奥歯を鳴らしながらも、しかし目の前の赤髪の男から目が離せない
その形相ははたして他になんと形容すべきだろう。鬼・・・いやまさにここ中国の異名通り
”修羅”か
カバオはその特異な能力故に、モンスター軍団の中でもエリート中のエリートとして最高の環境で訓練を受けてきた英才である
彼が戦闘でダウンを喫したことは勿論、片膝をついたところさえイソリソは一度も見たことがない
その英才が今
血と吐瀉物を撒き散らしながら、無様に地面を転げまわっていた
「逆鱗に触れる」という言葉がある
自分達はこの赤髪の龍の逆鱗に触れてしまったのだ
気を抜けば失禁してしまいそうな恐怖の中、イソリソはただひたすら耐えながら”その時”を待つしかない

ゴッシャアアアアアアアアアア!!!

ブイス   「まだ立てるか?」
カバオ   「・・・・ッ」
ブイス   「聞こえんな。もう一撃いくか」

カバオが三度目の人間飛行機を体験した時
既に全身の骨は粉々に砕け、内蔵のいくつかは破裂していた
さもありなん。山をも崩す一撃をその身に三度も浴びたのである
人間のグラップラーであれば例外なく一発目で即死している。生命力の強いヒポポタマス族だからなんとか存命しているようなものだ

しかし彼は降参しない。勝ち目は完全に無くなったのに命乞いしようとしない
今まで負け知らずだった天才グラップラーとしての意地がそうさせるのか?
そうではない。彼もまたイソリソと同じように”その時”を待っているのだ

もはや自分の足で立ち上がることもできないカバオを無理矢理掴み起こし、ブイスが大きく身を翻す
4発目の鉄山靠
これをまともに食えば砕かれた全身の骨が皮膚を突き破り、カバオの巨躯は血の詰まったバルーンのように派手に飛び散ることだろう
イソリソが両手で目を覆い、カバオが死を覚悟して瞳を閉じた瞬間
待ちわびた”その時”はやってきた

???  「妖氷楯ダンジグ
ブイス   「!?」

恐ろしく冷ややかでいて。そしてどこか艶やかなセクシーさを感じさせる男の声
謎の第三者の介入をブイスが認識したのと、渾身の鉄山靠を放ったのはほぼ同時であった

ズドッ!ガシャアアアアアアアン!
背中に感じたのは肉を弾き飛ばす感触ではなく。硬く冷たい感触と、とてつもない質量
粉々に砕け散ったのはカバオの肉体ではなく、ブ厚く、高くそびえ立つ
巨大な氷の壁だった





???   「ほう・・・・こいつは驚いたな
        黄金聖闘士でもライブラの武器がなければ破壊できない
        永久氷壁だぞ。それを己が肉体だけで打ち砕くとは」

バラバラと音を立てて崩れる氷の壁。陽の光を浴びてダイヤモンドのような輝きを発し、幻想的な美しさである
その景色の中、ブイスの目の前に映るのは腰をぬかしてへたり込むカバオと
その背後に立つ、右目の泣きボクロがセクシーな若い男
味方の窮地を救うべく現われたモンスター軍団の援軍であろう
カバオの楯となった氷の壁を出現させたのがこの男であることは明白であったが、いったいいつの間に現われたのか
戦闘中だったとはいえ自分がその気配にすらまったく気付かなかったことブイスは驚き、そしてすぐに言い知れぬ戦慄を覚える

ブイス    『こいつ・・・強い!』

肌に突き刺さるような小宇宙。相対しているだけで刃物で身を削られていくような威圧感
すなわち、相手の方が圧倒的に格上であるという揺るぎない体感
イソリソのカバオが絶望的な状況ながらも命乞いしなかったのは、彼が助けに来てくれることを確信していたからであった

???   「まだ動けるかカバオ?」
カバオ   「もう・・・動けません・・・」
???   「だろうな。このバケモノを相手によく頑張った
        おいメス猫、カバオを連れて一緒に下がってろ」
イソリソ   「は、はいっ!ただいま!」

部下とおぼしきカバオのダメージを笑顔で気遣い、イソリソに指示を与える若い男
中国攻撃力最強のグラップラーと戦闘の間合いで相対しながら、視線を外すという余裕がその実力の裏付けであろう

ブイス    「よく言う。バケモノはお前の方じゃねえか」
???   「フッ・・・解るか俺様の強さが
        実力差を認識しながら逃げ出さない勇気は褒めてやろう」

そう、ブイスは絶望的なまでの実力差を認識している。しかし決して逃げたりはしない
何故か
自分が逃げれば街が襲われるから?もちろんそれは正義のグラップラーとして当然の心意気だろう
逃げたところで相手のほうが上手なら、すぐ追いつかれるから?現実的な理由としてそれもあるだろう
しかしブイスが逃げない理由はそのどちらでもない

ブイス   「俺がなぜ逃げないか知りたいか?
      
 ”安いプライド”だ。俺はコイツにしがみついている
       どんな人間でも安いプライドがあれば闘えるんだ
       
誰とだって!
お前とだって!」

一度は敗れたカバオとの八極拳対決。彼を奮起させ、修羅と変えさせたもの
それは八極拳一筋に邁進してきた自分への
”二の撃要らず”と異名をとった自分への
誇り。矜持。自尊心

「他の何で負けても、これだけは絶対に負けない」という安いプライドであった

ブイス   「ここはもう俺の制空圏内だ
       さっきの氷の楯を出しても、それごとお前をブチ抜く
       その細身で俺の打に耐えられるか?」

一撃必殺。二の撃要らずのブイス・リー
例え相手が格上だとて、必殺の間合いから全身全霊の一撃を放って勝てぬ道理なし
自分がひたすら攻撃力だけを追い求めてきたのは、まさに今この瞬間の為だったのではないかとブイスは思った
全身に得も言われぬパワーが漲る。目がキラキラ輝くのが自分で解る
今から自分が放つのは、グラップラー人生最大最強の一撃だ
ブイスの全身から発せられる熱が、彼の周囲の氷をたちまち蒸発させた

???   「熱いな。お前みたいなヤツは嫌いじゃないぜ」

ドキャアッ!!!
男がポケットにしまっていた両手を抜いた瞬間、ブイスの足元から凄まじい轟音
この日、その震脚によって
河北省一帯に震度5の地震が観測されたという

俺の拳!
俺の魂!!
俺のプライド!!!

ヤツの喉笛に・・・届け!!

八極拳に人生を捧げ、ひたすらその身を最強の矛として磨き上げた男の全身全霊の一撃
その矛は男の氷壁を穿つか?

???   「倒すには惜しい男だが・・・仕方ねえ」

後部     「そのプライドが
        粉々に砕ける音を聞きな」








― 10分後 ―
スクリューKIDとケンダムのコンビを難なく打ち倒し、田中海王は親友ブイスの元へと駆けつけた
この日ほど走るのが得意ではないその体型を恨んだことはないだろう
『間に合え!間に合え!』
祈るような気持ちの全力疾走。息を切らしてようやく辿り着いたその場所に、友はいた
最後に会った日と変わらぬ勇ましい姿のまま

しかし




物言わぬ氷のオブジェとなって

田中海王  「ブイスウウウウウウウウ
        
ウウウウウウッッ!!!」



第十八話「氷帝、再び」


それはまるで天を穿つ白銀の槍のような荘厳さ
近づく者を拒むか如く高くそびえる氷の柱の中に、ブイス・リーはいた
その表情に怯えや後悔は一切見られない。最後の瞬間まで勝利を信じて戦い抜いた漢の形相であった

田中海王  「ブイス・・・お前は最後までお前らしく闘ったのだな」

親友が如何にして闘い、如何にして散ったか
その表情だけで、一部始終が手にとるように鮮明に脳裏に映し出される
氷柱に手を当て暫し目を瞑っていた田中海王は、項垂れていた頭をようやく上げると静かに後ろを振り向いた
ここまで両腕を組んでその様子を見守っていた男と、ここで初めて相対して意識を向け合う

田中海王  「・・・気遣い感謝する。名前を聞こうか」
後部     
「後部景吾。人は俺様をモンスター軍団の氷帝と呼ぶ
        闘るつもりなら受けて立つが・・・今の俺様は気分がいい
        その男の闘いぶりに免じて見逃してやってもいいぜ?」

氷帝・後部景吾。”別格”とはまさに彼の為にある言葉であろう
大属性クラス「氷使い」にして鷹田総統の信頼厚く、モンスター軍団のNo2と呼ばれる男。幹部中の幹部
ブイスは対閻王の為の最大戦力として送り込まれた彼の、運悪く最初の標的となってしまったのだった
しかしその気位の高い性格はブイスの散り際に何か感じるものがあったのか
彼の敗北に沈む仲間グラップラーに攻撃を仕掛けることもなく、「奴に免じて見逃してやってもいい」とその奮闘を称える
その申し出を受けて田中海王の返答は・・・

田中海王  「よくよくお優しいことだが・・・それは無理というものだ
        ブイスは苦しい修行を共にした10年来の親友なものでな
        シロウ殿、砂布巾殿、ご助力は無用で頼みたい」
シロウ    「わかった」
砂布巾    「言う事を聞かなきゃ一生恨まれそうですねェ」

シュウゾー 「わかったけどよおっさん・・・絶対に死ぬんじゃねーぞ」

相手は遥か格上。本来なら全員でかかって然るべきだが、彼の頼みに反対する者は誰一人としていなかった
シュウゾーの言葉に背中を向け無言のサムズアップで応え、田中海王は後部の前に一人歩み出る
相対した後部だけが見た男の表情は、既に憤怒によって人ならざるものへと変貌していた
ブイス然り。田中海王然り。まったくもってここ中国は「修羅」の国である

田中海王  「名乗らせて貰おう。金剛拳・田中海王だ
        後部とやら、今の俺の正直な気持ちを教えてやろう
        海王の称号を持つ者として恥ずべきことだが・・・
        報仇雪恨!
        
”恨みを晴らす為にッ!”
      後部!キサマを殺すのだッ!」

後部     「あーん?なにも恥ずかしいことなんてねえさ
        俺様もカバオやメス猫がやられれば同じ行動を取るだろうよ
        
来な。お前もすぐ奴の隣に並べてやろう」

報仇雪恨ほうきゅうせっこん ※(「仇に報い、恨みを雪ぐ」という意)
友の仇討ちの為に格上の相手にただ一人挑む田中海王と、その恨みを正面から受け止める後部
最強の矛が貫けなかった氷の魔人を、はたして金剛拳は打ち倒すことができるのか





後部     「ほう・・・デブのくせに面白い動きをする
        あの男の攻撃力といい、人間は修行次第で
        こういった力を身につけることもできるのだな」

日本の死神執事・西条も使用した「肢曲」は古流武術に伝わる独自の無音歩法
足運びに緩急をつけることによりスローモーションのような多重残像を生み出し、相手を幻惑することが可能である
肢曲によって後部の初弾攻撃を牽制した田中海王は、必殺の間合いへと到達
その恰幅のいい身体が、まるで無重力下のような軽やかさでフワリと宙に舞った

後部     「だが!そんな眠っちまうようなのろい動きで
        この俺様が倒せるかァーッ!?」

田中海王のドロップキックの体勢を見た後部は、高速のインパルスでそれを両手で掴みにかかった
瞬間、その丸太ん棒のような脚がバネのように勢い良く開脚

ズバァアン!!
後部の両腕を外側に弾き飛ばし、無防備な正中線を曝け出した

田中海王  「かかったなアホが」

田中海王の両腕がガッシとクロスされ、その全身に凄まじい小宇宙が漲る
スローなドロップキックは囮。全てはこの渾身の一撃を確実に急所に撃ち込む為の布石だった

田中海王  「必殺!稲妻十字空烈刃!」

十字に組まれた手刀が神速で後部の脳天へと振り下ろされる
それはまさに悪を断罪する天の雷
未だかつてこの技を破ったグラップラーはいない、ガード・回避共に不能の最強の切り札!
後部の油断と言うにはあまりにも厳しい、おそらくは鷹田総統でも仕留められるであろう田中海王会心のシナリオ
その一撃は後部の脳天を無残に叩き割り、端正なマスクをホラー映画のようにズタズタに・・・・・

することはなかった

田中海王  「動かん!?こ・・・これはッ!?」
シュウゾー 「おっさんの身体が・・・
        脚から凄いスピードで凍りついている!」

ビキビキビキビキビキ・・・・!
なんということか。後部の脳天に振り下ろされたはずの十字手刀は、田中海王の胸のあたりで止まっていた
その全身が脚からとてつもない速度で凍りついていたからである

後部     「気化冷凍法!
        触れた部分からお前の肉体の水分を一瞬で気化し、
        
瞬時に全身の熱を奪い凍結させた」

田中海王  「き、きさま・・・ッ!」

水分は気化する際、周囲の熱を奪う。後部はこの自然のメカニズムをコンマ秒内に圧縮して行ったのだ
ドズゥン!
仇討ちの刃、無念にも届かず。凍りついた身体が重力に従って地面に落下する
もはや凍っていないのは頭部を残すのみだが、それもあと数秒かからないであろう





後部     「なかなかの奇襲だったが・・・相手が悪かったな
        だが悲しむことはねえ。約束通りヤツの隣で氷像になりな」

そう言って後部が視線を田中海王から伏せたその瞬間
敗者にかける哀れみという、勝者の心に生じる一瞬の隙。油断

その刹那の間隙に、田中海王の最後の牙は突き刺さった
”ドスゥッ!”

後部     「うがァッ!!な、なん・・・・だと!?」

右目を襲う焼けるような熱さ。それが痛みだと気付くのに時間はかからなかった
一体何をされたのか?後部は攻撃の正体を自分の目で見ることができない
その一部始終を見ていた、シュウゾー達だけが田中海王最後の攻撃を理解していた

田中海王  「金剛拳最終奥義・烈箸翔!

        フフ・・・からあげ弁当の割り箸は痛かろう」

割り箸を口にくわえ含み針の要領で射出した最後の一撃
敵の心の弛緩を狙う毒蜂の針。田中海王意地の一撃は、見事後部に一矢報いたのだった



花がいい・・・

もし生まれ変わるなら花がいい

そしたらブイス

お前は隣に咲いてくれ




満足そうな笑顔を浮かべながら、
漢は友の隣で雄々しき氷像と化した

TO BE CONTINUED・・・


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