シュウゾー 「こんな!こんなこと!残酷すぎる!
        
おっさん!田中のおっさあーん!!」

まるで空気ごと凍らされてしまったかのように静まり返る荒野に、その静寂を切り裂いて少年の号泣が響き渡る
朋友ブイス・リーの敵討ちの為、単身後部に挑んだ田中海王であったその刃は届かず
さながら友に寄り添うかのように
その身を二体目の氷像と化したのだった

イソリソ   「あ、あ、あああああ・・・よくも跡部様のお顔に傷を!
        このビチグソがァ〜!コイツはメチャ許せんよなァ〜!」

そしてシュウゾーとほぼ同時にヒステリックな金切り声を上げたのはモンスター軍団イソリソ・オブ・ジョイトイ
この世で最も敬愛する後部が、しかも眼球という極めて重要な器官を傷つけられたのである
忠実な部下として、一人の男を愛する女として。彼女の怒りは推して測るべきだろう
口汚い言葉で田中海王をなじり、半分白目を剥きながらその氷像を打ち砕かんとするイソリソだったが
彼女の溢れ出る忠義心と愛情を止めたのは他ならぬ後部本人であった

後部     「やめろメス猫!田中海王を傷つけることは許さねえ
        油断があったとは言えこの俺様に傷をつけた男・・・
        尊敬の念を以てこの氷柱を彼の墓標とする!」
イソリソ   「し、しかしこの男は後部様の目を・・・!」
後部     「慢心と自惚れによって招いた油断・・・これは報いよ
        もし相手が閻王であったら俺様の命はなかったところだ

        この傷は戒めとして心身ともに深く刻むとしよう」

後部が右目を押さえていた指をそっと離すと、既に出血は止まっていた。傷口を凍結させることで応急処置を施したのである
右目を失うという大怪我を負いながらその相手を憎悪することもなく、むしろリスペクトし自分の慢心を恥じるその高潔な精神力
イソリソが彼に傾倒するのも頷けるというものである。敵味方として戦場で出会わなければ友となれたかもしれない
『なんという溢れ出るカリスマ・・・これが”氷帝”か!』
ただの強さだけではない、後部景吾がモンスター軍団No2と呼ばれる所以をシロウと砂布巾は垣間見た気がした

後部     「さて・・・俺の相手は貴様か飛行帽?一目見て解ったぜ
        モンスター軍団の支部を潰して回ってる”風使い”は貴様だな」
シロウ    「シロウだ。大属性同士でやり合うのは初めてだが相手をしよう」

指名されたシロウがゆらりと前に一歩出る
無視されたのは屈辱的ではあるが、セイバーである砂布巾にとってアイスマスター後部はあまりにも次元が違う相手と言えた
対してウインドマスターシロウは風と氷という全く異なる属性とはいえ、同等の能力を持つ大属性クラス
『彼ならブイス・リーと田中海王の仇を討てるかもしれない』。シロウの「風」の力に期待する砂布巾だったが・・・・
直後放たれた後部の言葉は、彼の期待に冷水を浴びせるモノだった

後部     「そうか。ちなみに俺様は大属性同士の戦闘は初めてじゃねえ
        ”雷の子”の異名を持つ
『雷使いサンダーマスターガッチュベル、
        
『大地使いグランドマスター女子高生グラップラー・みょー流石・・・
        
いずれも俺様が倒した相手だ」
砂布巾   『なッ!雷のガッチュベルと大地のみょー流石といえば
        戦闘力では溥儀禁衛隊に匹敵すると言われるIGPOの切札!
        
”氷”は他属性を圧倒する程強いのか!?』

最も力の弱いEランクも含めれば、今や全世界に1000万人を超えると言われるグラップラー人口ではあるが
※(この世界の一般人人口は100億人超)
大属性クラスは全世界に十数人しかいない超レアクラスである
その能力者同士が戦うということ自体稀なケースなのに、驚くべきことにこの後部は既に2人の同格を倒しているという
胸騒ぎを覚えた砂布巾はシロウの背中に何か声をかけようとするも、それを遮るように戦いの合図が両者の口から叫ばれていた

後部     「絶対に手を出すなよメス猫!グラップラーファイトォォ!」
シロウ    「レディィィィッ!ゴォオオオオオオオオオオウッ!!!!」





ゴオオオオオオオオオオオオ!!!!
凄まじい轟音とともに、風速100mに迫ろうかという突風が後部に向かって吹きつける
風速60mあれば大木が根から薙ぎ倒されるレベルである
これはもう自然の力を遥かに超越していると言っていい。風使いの能力がいかに超絶であるかがわかるであろう
相手が並のグラップラーであれば、例えS級だとてFF大林のように為す術なく宙を舞い、地面に叩きつけられる末路を辿るのみ
しかし残念ながら
後部景吾は並のグラップラーではない

後部     「ククク・・・互いに広域殲滅魔法が使えないのは痛いな
        
妖氷楯
ダンジグ!」

後部が左手を正面にかざすと同時に、一瞬の内に大気中の水分が凍結し巨大な氷の壁を形成した
先程ブイスの鉄山靠に砕かれた技ではあるが、厚さ3m以上の氷の壁は本来S級グラップラーの攻撃でもビクともしない強度を誇る鉄壁の防御魔法である
強力に吹きつける風速100m突風はその壁を倒すどころか、その風に含んだ水分によって氷壁の肉厚をドンドン厚くしていくだけ
壁は後部の前面にあるだけなので、この一帯に巨大な竜巻でも発生させれば難なく破れる単純な技なのだが・・・
後部の言葉通り、二人は互いに広域殲滅技を使用することができない
イソリソとカバオ、シュウゾーと砂布巾。二人が能力を全開で使用すれば、大切な仲間である彼等も巻き込んでしまうからだ

後部     「こういうのはどうだ?」

左手で妖氷楯を出したまま、右手をかざす跡部。同時に空を覆っていた暗雲にぽっかりと大穴が開いた
ズゴォ・・・・ン・・・・
差し込んだ陽の光を浴びながら現れたのは全長50mはあろうかという巨大なつらら
まるでファンタジー世界の巨大生物のようにゆっくりと顔を出したそれは、突然重力に従って猛スピードで垂直落下してきた

後部     「1000tは下らない質量の氷塊の自然落下だ
        いくらお前の風でも軌道をそらすことはできまい
        
さあどうやって回避する?風使い」

大木や自動車をも容易く巻き上げ吹き飛ばすことができる強風でも、当然通用する重さには限度というものがある
空から落下してくる1000t超の質量をそらすのは流石に無理というもの
砂布巾が元より見えない目を思わず背ける中、しかしシロウは慌てることなく静かに眼前に迫る氷塊を睨み上げた

シロウ    「斬り裂け風の聖剣・・・・・
        
エクスカリバー!!!」

バガァッッッ!!!

【エクスカリバー】
アカネイア大陸に伝わる風の超魔法

世界一有名な聖剣の名を持つこの魔法は、巨大な真空の刃を生み出しその名の如くに対象を両断することができる

ガラガラガラガラゴシャアアア!!!
シロウが呪文の詠唱とともに右腕を振り上げると、
巨大つららは真っ二つに割れ、シロウを避けて地面に激突した
こんな規格外の物体を簡単に生み出す方も生み出す方なら、それをこんな方法で破る方も破る方である

後部      「ほう、真空の刃!動かすのではなく、叩き割るとはな
         なるほど「風」にはこういう使い方もあるのか
         風の形は無限・・・雷や大地よりも遥かに応用が効く能力だ」
砂布巾    『なんという・・・これが大属性同士の戦いですかい
         ここまでは互角・・・しかしシロウさんの”風”は
         ”冷気”が大気伝播するのを防ぐことができるから
         後部の攻撃手段は今のような質量攻撃に限られる・・・
         そしてそれすらも通用しないとなれば、
         むしろシロウさんの方が有利に思えますがね
         
いやそれよりも今なら・・・!?』

「雷」と「大地」を下した「氷」の能力に注目していた砂布巾だが、今の攻防を見てもシロウの「風」の能力は互角かそれ以上に思えた
そして次の瞬間にハッと思いついたのは
シロウとの戦いに意識を割いている今ならば
後部の隙を突けるのではないかという考えだった
かつて炎使いあぶどぅるがシンエモンと戦った時のように、大属性クラスのグラップラーは
反射神経や身体能力は一般人のそれと殆ど変わらないという弱点がある
シロウが巨大つららを避けるのではなく真っ二つに割った理由も至極単純。落下地点から素早く退避できるだけの身体能力がなかったからだ
つまりシロウとの戦いに集中している彼に不意をついた斬撃を見舞うことができれば、後部にはそれを回避する手段がないハズなのだ

砂布巾    『すいやせんね姐さん・・・卑怯と思われるでしょうが・・・
        恥知らずの汚名はあっし一人がかぶりましょう!』

田中海王によって奪われた右目の死角から、小宇宙を消して気配を絶った砂布巾が疾走した
吹きすさぶ突風の轟音がその足音も消してくれている

砂布巾    『殺った!許しておくんなせえ氷帝!』

間合いに入った砂布巾が刀を抜く。今ここで後部が気付いたとて、大属性クラスの身体能力では彼の斬撃はかわせない
しかし必勝の確信をもって刀を振り下ろした直後、砂布巾は手に伝わってきた信じられぬ感触に息を飲んだ

奇襲の条件は完璧に揃っていた
それ故に、後部を誰よりも敬愛するイソリソ・オブ・ジョイトイがそれに気付いていないワケがなかったのである
だが彼女は動かなかった。事前に「手を出すな」と言われたせいも勿論あるが・・・・
砂布巾の刃が彼に届かないことを確信していたからである

後部      「無粋・・・そして浅はかで愚かしいことだ
         
俺がただの氷使いだとでも思ったのか?」

砂布巾    「あっしの太刀筋を指二本で白刃取り・・・だと・・・!
         こんな神技、特S級クラスの体術の持ち主にしか・・・
         
・・・まさか?!」

渾身の一振りは、なんとたった2本の指で受け止められていた
「有り得ない」と思ったその瞬間、砂布巾は全てを理解する
後部景吾が「雷」と「大地」を下した理由
それは「氷」の能力の優位ではなかったのだ

まさに溢れ出る圧倒的カリスマ。なぜ天はこのような男をこの時代、悪の軍団側に生み出したのか

後部      「その程度素でできんだよ。俺は・・・
       ”アイスマスター”と”グラップラー”の

       
ハイブリッドだ!!!


第一九話「1+1=」


100%成功したと思った暗殺の刃は、いともたやすくその指先で止められていた
砂布巾の全身からどっと冷たい汗が吹き出る。無論それは眼前の男から発せられる冷気によるものではなく―
絶望的戦力差を理解した故の恐怖

【ハイブリッド】
※(英語で2つ(またはそれ以上)の異質のものを組み合わせ、一つの目的を成すものを指す言葉)
この一体さん世界においては主に
2つ以上のクラスを併せ持つグラップラーの事
溥儀禁衛隊レオンハルトが「シューター」と「グラップラー」のクラスを兼ね備えているのが良い例であるが
基本的にハイブリッド・グラップラーは極めて稀な存在であり、その重複能力も上記のような単純な能力に限られると言われている
大属性クラスという超レアクラスとS級上位相当の体術を併せ持つ後部景吾は、神の悪戯が生み出した奇跡の結晶ともいうべき存在
あらゆるモノを殲滅する圧倒的な攻撃能力を持ちながら、それを神域の反射神経と身体能力でもって行使する・・・それはつまり
「無敵」という以外には表現方法がない次元の強さである

後部    「完全無音の奇襲に加え、この切れ味鋭い太刀筋・・・
       並みのグラップラーが相手なら一刀両断だったろうな
       だがこの俺様にとっては貧弱!貧弱ゥ!」
砂布巾   「こ、これは・・・”気化冷凍法”!?うおおッ!」

必殺の斬撃を受け止められた衝撃、相手の強さを認識した恐怖に加え、第三の驚きが砂布巾を襲う
刀を振り払おうとするも腕に力が入らない。それもそのハズ
仕込み刀を握る右腕は
指先から肘まで既に凍りついている
ドカァッ!
瞬間、砂布巾は反射的に後部の肩を思いきり蹴って大きく後方に飛び逃れていた
なんとか距離を取り直して安堵の溜息をつく砂布巾ではあったが
その右手の掌は皮膚がベロリと剥がされていた
凍った物体に触った掌を強制的に引き剥がしたためである
しかしそんな痛々しい傷でさえ、凍りついた腕は痛みをまったく感じていない。むしろその事の方が恐ろしかった

砂布巾   「たったあれだけの接触でこれほど凍らされるのか?
       
冷たすぎてまるで火傷するようだ!
       凍った金属に触ったかのように皮が剥がされている!」
後部    「フン。利き腕が死んだセイバーはもう闘えまい
       お前は俺様が手を下す価値もない卑怯者だ
       そこで己の無力さと不意打ちの恥を噛み締めていろ」

ガスッ!ビィー・・・ン
侮蔑の言葉にともに後部が無造作に投げ返された仕込み刀が、顔面スレスレを通過して背後の岩盤に突き刺さった
まったくもってその言葉の通りで、獲物が使えないセイバーはグラップラーとしての戦闘力を発揮することができない
屈辱的な物言いにも返す言葉なく、砂布巾はただただその絶望感に打ちひしがれていた

砂布巾   『ダメだ。今のあっし達では・・・勝てない!』




シュウゾー 「砂布巾のおっさん!ああ・・・おっさんの腕が・・・!」
砂布巾   「シュウゾーのぼっちゃん・・・よく聞きなせえ
        アンタは今のうちにここから早く逃げるんです」

凍りついた右腕を見てヘタリ込むシュウゾーに、砂布巾は極めて冷静に残酷な指示を伝えた
シュウゾーとて、その意味がわからないほど幼いワケでも馬鹿でもない
それはつまり
彼の相棒が負ける、ということを意味している

シュウゾー 「は・・ははは・・・な、何言ってんだよおっさん!
        あんな強えデカっちょが負けるっていうのか?」
砂布巾   「負けやす」

無理に作った薄ら笑いを浮かべながら聞いたシュウゾーだったが、その揺るぎない答に笑顔が凍りついた
そしてその言葉を裏付けるように、膠着状態だった「風」と「氷」の対決にも動きが現れる

後部    「強力な”風”は冷気の大気伝播を防ぐことができる・・・
       風の力を超える質量攻撃は斬撃にて破られた
       一見して”風”の前に冷気攻撃は無力に見えるよなァ」
シロウ   「・・・・」

確かに現状では風が氷の攻撃手段を完封しているように見える。はたして本当にそうなのか?
否。風の能力があらゆる局面に応用が効くように
”氷”もまたその戦術性は無限である

後部    「お前は最初から俺様に捕えられてんだよ!
       
風は”地面”に向かっては吹かねえ!」
シロウ   「ぐっ!しまっ・・・・!」

バキバキバキ・・・・!!
後部の言葉と同時に足元から強烈な痛みを感じたシロウ。視線を落とすまでもなく何をされたかを理解する
足元から発生した氷が、地面に縫い付けるように彼の足首を凍らせていた
前面から吹きつける強風を氷の楯で防ぎ、上空からの攻撃で相手の注意をそらしながら
彼は最初から回避不可能の確実な方法でシロウを攻撃していたのである

後部    「地中の水分を凍らせた。残念だったな
       屋外での戦いはフィールド全てが俺様の手足の延長よ
       風?ウインドマスターだと?フーフー吹くなら・・・
       俺様の為にファンファーレでも吹いてるのが似合ってるぞ!」

砂布巾   「くそっ!このままではシロウさんが氷漬けにされる!
        この凍った腕をなんとかしてあっしも闘わないと!
        二人で闘えば勝てないまでも逃げることくらいは・・・!」

後部は将棋でいう「詰めろ」に入った。このままではシロウはじわじわと足元から全身を凍らされてしまう
焦る砂布巾は戦闘力を奪われた自分の右腕をガシガシと殴りつけ、動かぬ掌になんとか刀を握らせようとする
その腕をガッシと掴み止めたのは他ならぬ松岡シュウゾーだった

シュウゾー 「砂布巾のおっさん!溶かせばいいんだな?
        その凍った腕をよォ!」
砂布巾   「な、何をする気ですかいぼっちゃん!?
シュウゾー 「おっさんよ!俺もデカっちょと一緒に世界中を旅した!
        極寒地に住むエスキモーはよォ!凍傷にかかった時
        
アザラシの肉の中に入って治してたぜ!」
砂布巾   「ぼっちゃん!アンタはッ!」

少年が何をしようとしているか理解した砂布巾が待ったをかけようとするも、それより早くシュウゾーはTシャツをまくりあげていた

シュウゾー 「これならどうだーっ!!」

ボジュウウウウウウウウウウ!!
少年の白い肌の焼けただれる音が響き渡る
シュウゾーは己の腹に砂布巾の凍った右手をうずめ、その熱でもって解凍を試みたのである

表情は苦痛に歪み、脂汗が止めどなく吹き出すも、少年はその腕を離すことなくキッと砂布巾を睨みつけて叫んだ

シュウゾー 「これでどうだ!
        俺はよ!
アンタやデカっちょの
        足手まといになる為についてきたんじゃあねーぜ!」
砂布巾   「ぼっちゃんアンタって人は・・・
        正直あっしはぼっちゃんを軽んじて見てました
        いざというとき逃げ出すくらいだと
        
すいやせんでした!・・・ありがとう」

シュウゾー 「礼は生き延びてから言えってんだ・・・!」

「バカにするな。自分も戦っているのだ」と
少年の言葉と覚悟に心を打たれ、彼を侮っていた砂布巾は涙を流して謝罪し感謝した
未だ勝機の見えない絶望的な状況は変わらねど、その行為は砂布巾にとって一縷の希望を抱かせるものであった





じわじわと染み込んでくる少年の体温。何も感じなかった右腕に次第に感覚が戻ってくる
あれだけカチコチに凍らされていた腕が、腹に押し当てられただけでこうも早く解凍されるものなのか?
できる。できるのだ
その「熱」は物理的なそれだけではなく

少年の熱いハートのエネルギーなのだから

砂布巾   「人差し指・・・動く!小指・・・動く!よし!
        もういいですぜ坊ちゃん、離しておくんなせえ
        よう頑張ってくれやした。恩に着ますぜ」

シュウゾー 「礼は後でいいっつってんだろ。それよりおっさん!
        デカっちょを・・・俺の相棒を絶対に死なせんじゃねえぞ」

まだあどけない顔を苦悶に歪めながら、自分のことよりもシロウを早く助けてくれと懇願するシュウゾー
砂布巾は即座に理解した

”俺達は二人で一人の相棒なんだからよ!”
この子とシロウの絆は、自分が思っていたよりもずっと深いものだったのだ
解凍されたばかりの右手で少年の頭をクシャクシャと撫で、彼が安心するよう砂布巾は力強く応える

砂布巾   「確かに任せられやした」

猛スピードで駆けて行く盲目の弾き語りの背中を見つめながら、シュウゾーは安堵の笑顔を浮かべたまま意識を失った





ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
バキバキバキ・・・
足元から登ってくる冷気は既に膝にまで到達し、シロウはその場から動くこともできなくなっていた
この位置から後部を倒す大技を持たないワケではないが、それを使えばシュウゾーや砂布巾まで巻き込んでしまう
二人を犠牲にでもしない限り、「詰み」の状況である。しかし・・・

シロウ    『”このまま”じゃ負けるな―使うしかないか』

シロウの表情に一切の焦燥感はなかった。それは彼がまだ何か切札を残しているからに間違いなかったが―
ただ、横たわる相棒シュウゾーに一瞥をくれたその顔は
何故かとても哀しそうに見えた
切札を使用するため、深く息を吐いて現在放出している突風を一度止めようとするシロウ
だがその時、彼の肩を背後から伸びた男の手がガッシと掴み止めた

砂布巾   「風はそのままで!何をしようとしたのか知りやせんが・・・
        切札なら使うにはまだ早いですぜ旦那!」
シロウ    「・・・腕は?やれるのか?」
砂布巾   「坊ちゃんのおかげでこの通りでさあ・・・
        その大恩ある坊ちゃんと約束したもんでね
        あっしが
旦那を絶対に死なせないって」

右手をまくりあげて背中のギターを体正面に抱え上げた男、言わずもがな砂布巾であった
先程まで彼を支配していた後部景吾への恐怖心は跡形もなく消え去っている
少年との約束と、右腕に感じる熱が彼を突き動かしているのだ

後部     「ククク・・・不意打ちセイバー復活か?愚かなことよ
        貴様の剣技如きで俺のインサイトを超えることはできん
        それよりもほれ、貴様もそこに立っていると危ないぞ?」

復活した砂布巾が参戦しても後部の余裕は崩れない。先程赤子同然にあしらった相手ならば当然と言えよう
そして言葉通りシロウと同じフィールドに立っている砂布巾もまた、大地からの凍結攻撃によって足元が凍り始めていた
近接戦闘しかできないセイバーの砂布巾にとっては、いきなり標的に対する攻撃手段を奪われてしまったに等しい
だが―

砂布巾   「確かにアンタの言う通り
        あっしの剣はアンタには当たりそうもありませんや
        でもね・・・シロウの旦那と組んだ今だけは
        その限りじゃないんでさぁ!」
後部     「!?」
砂布巾   「氷は高熱に弱い!

        
そして氷は音にも弱い!
      
音撃斬!アパッチの叫び!」

ギャイイイィィィ―――ン!!
ドリュドリュドリュドリュビィィ―――ン!!!
高らかに叫ぶと同時に、砂布巾は愛用のギターを凄絶に掻き鳴らした





後部     「なんの真似だ?打つ手がなくなって気が・・・」

突然の砂布巾の行動が理解できず、ついに精神に異常をきたしたかと嘲笑する後部だったが次の瞬間
彼は信じられない光景を目の当たりにして思わず驚愕の声を上げていた
ビシッ!ビシビシビシビシ・・・・・ッ!

後部     「妖氷楯にヒビが入っただと!?
        どうして強風如きで氷の壁が・・・いや!?これは・・・」

妖氷楯に突如として走る亀裂
いったいこれはどうしたことか。黄金聖闘士でもライブラの武器を使わなければ破壊できない最強の楯が
これまでと変わらぬ突風を受けているだけで見る見る軋みを上げて綻びていく
否。これまでと変わらぬ風ではない

すぐにその攻撃の正体を理解した後部が、信じられないといった表情で叫んでいた

後部     これは超音波振動!!
        風に”音”を乗せただと!?」

砂布巾の得意技「音撃斬」
相手に突き刺した刃から音波振動を行き場のない体内に送り込み、増幅させて内部から破壊する超絶の魔技である
本来相手に接触しなくては効果を成さないこの技が今
風という翼を得て砂布巾の元から飛び立っていた

砂布巾  「氷帝さんよ、アイスマスターとグラップラーの
       ハイブリッドであるアンタの強さは確かに別次元でさぁ
       例え大属性クラス最強の使い手でも、
       そして徒手空拳グラップラー最強の使い手でも、
       アンタと戦ったらひとたまりもなく負けるでしょうね」

シロウ   「だが2人一緒ならどうだ?」

シロウ   「二人ならお前に並べる!
       
二人ならお前を超えられる!!
       
1+1の解を10にも20にもする力・・・
       
人それを”コンビネーション”と言う!」

強烈な指向性の力を持つ「風」に「音撃」を乗せる
風と音は互いに互いを高め合い、その破壊力は数倍・・・・いや数十倍にも跳ね上がる脅威の合体技であった

砂布巾  「おおっと旦那、その計算はちょいと違いやすぜ
       
式は1+1+1でさあ!」

シロウ   「フッ・・・そうだな。助かったぜ相棒」
後部    「こっ!・・・こんな事が・・・うおおおおおおおお!」

渾身の魔力を込めて氷を精製する後部だったが、亀裂の広がる速度はそれを遥かに凌駕していた
強風に乗った超音波振動は衝突した物体の分子結合を崩壊させ、
この世のあらゆる物体を粉々に破壊する!

シロウ
砂布巾   「”吹き飛ばす”風でも、”斬り裂く”風でもない・・・
        
風が!氷を”砕く”!!
        
音撃射・疾風一閃!!」

ガシャアアアアアアアン!!!

絶対に砕けないハズの氷の壁は、彼の自尊心とともに粉々に砕け散った
驚愕の表情のまま、氷帝は音と風の嵐に飲み込まれた





ゴッバアアアアアアアアアアアアア!!!
吹きすさぶ突風は全てを灰燼に帰す破壊の波動
無敵の妖氷楯を粉々に打ち砕いた「音撃射・疾風一閃」は、そのまま津波のごとく後部景吾を飲み込んだ
一直線に走った波動は猛烈な砂煙を舞い上げ、辺り一面を真っ白な闇に覆い尽くし
突き当たりの断崖絶壁をもたやすく崩壊させたところで、二人はようやくそのエネルギー放出を停止した

砂布巾   「・・・2対1でやしたが・・・恨みっこは無しですぜ氷帝」
シロウ   「前方から奴の小宇宙は感じられない・・・やったか?」

あれほどの強大だった後部の小宇宙は感じられない。無理もない。直撃ならば即死の攻撃である
遺体を確認しようと目を見張る中、朦々と立ち込める砂煙が次第に晴れていき・・・
二人はあっと驚いて思わず声を上げた
そこにあるハズの遺体を見つけられなかった事と
同時に彼等の背後頭上から聞こえてきた声

心臓が止まるほど二人を仰天させたのは、はたしてどちらの事象であったか

後部    「やれやれ今日は何曜日かと思ったら・・・
       
なるほどSUNDAYじゃねーの

       週間占い通りのラッキーデーのようだな」

顔面蒼白の二人が振り返った崖の上
ボロボロになったユニフォームを肩にかけ、丹精なマスクを砂埃まみれにしながら
それでも尚美しさを欠くことなく、氷帝はそこに君臨していた

砂布巾   「バカな・・・疾風一閃を浴びて無事ですって?」
後部    「無事なモンかよ。とんでもねえダメージを負ったぜ
       直撃なら俺様でも一溜まりもなかったかもしれん
       しかしまぁ咄嗟の回避でこの程度で済んだがな」

軽く答えた後部だったが、その返答に砂布巾は青ざめた
あの至近距離で瀑布の如く自分を飲み込んだ「風」という広範囲攻撃から身をかわした
俊敏性も
そして直撃ではなかったとは言え、音撃射・疾風一閃をその身に浴びて平然と立っている
タフネスも
後部景吾の「グラップラー」としての身体能力は特S級クラス
並の相手なら間違いなく決定打だった攻撃が、この男に対しては決定打にならないという事実
大属性アイスマスターとしての攻撃能力は確かに恐ろしい。だがしかし
むしろこの男を最強たらしめている要素は、グラップラーとしての身体能力の高さなのかもしれない
指二本での真剣白刃取りでそれは重々承知していたつもりではあったが、まざまざとそのスペック差を再認識させられた

イソリソ   「ああああああ後部ざまぁ!心配じまじだよぉ!」
後部    「ち・・・泣くんじゃねえよメス猫。悪かったな
       もう油断はしねえってさっき決めたばかりなのによ
       ブイス・リーに田中海王、そしてこいつら・・・・
       こんなに手応えのある戦闘は久しぶりなんで
       少しでも長く楽しみたくなっちまってな
       まったくあの占いはよく当たるぜ。今日は最高の日だ
       だがまぁ・・・・・」

涙と鼻水で顔をクシャクシャにしたイソリソに詫びる後部は、手痛いダメージを負ったというのにやたら上機嫌だった
強き者ゆえの渇望か。彼とまともに闘えるグラップラーとこうも連続で相まみえることなど、そう頻繁にない事なのであろう
首をコキッコキッと鳴らした後、肩にかけていたボロボロのジャージを脱ぎ捨てて静かに後部は呟く

後部    「そろそろ終わらせるか」






猛スピードで崖を駆け下りる後部。再び疾風一閃を放つべく身構えた砂布巾とシロウだったが、
身構えたところでそこからの動きが止まってしまった
視界から後部の姿が忽然と消えていたからである

後部    「どこを見ている?俺はここだぜ
       
ダイヤモンドダストーッ!」

ズドオオオオン!!
再び背後から聞こえてきた後部の声。しかし今度は2人に振り返る暇は与えられなかった
後部の凍気をまとった拳は、たった一発のパンチで二人のグラップラーをまとめて十数mも吹き飛ばす

【ダイヤモンドダスト】
小宇宙で作り出した凍気をブローに込めて放ち、相手にダメージを与えると同時に凍結させる技
本来極寒地で修行を積んだ聖闘士だけが習得できる技であるが、アイスマスターである後部は自在に使用することができる

後部    「よかったなぁ。これでまた自由に動けるじゃねえか」
砂布巾  「ぐっ、あっしと旦那の二人が同時に姿を見失うとは・・・
       タダの超スピードじゃない。今の一瞬に一体何が?」

膝下まで凍らされていた下半身を動けるようにしてしてやったぞ、とケラケラと笑う後部だが勿論皮肉めいたジョークである
末端部ではなく体の真芯に撃ち込まれた一撃は、たった一発だけでこれまで以上に二人の身体の自由を奪っていた
二人が後部を見失ったのは、単なる超スピードによるものではなかった。二人からしてみればまるで瞬間移動のような・・・

後部    「クククク・・・よかろう。もう一度見せてやる
       そして理解しろ。この氷帝の真の能力とは!
       
まさに世界を支配する能力だということをッ!
     
”氷の世界”!!!」

ドキュウウウ―ン!!!
後部が叫んだ瞬間、彼を中心に世界が暗転する
しかし実際に彼が空間に対し、何らかの干渉を行っているワケではない
これは彼だけに見えている世界の視覚化である
他の誰にも見えないが、彼の目には見えるのだ。砂布巾と、シロウの周囲にチラホラと点在する小さな氷柱が
氷柱の正体は砂布巾とシロウの「死角」
どんなに優れたグラップラーと言えども、戦闘中360度あらゆる方向を目視することは不可能である
背後はもちろんのこと、障害物、自らの足元、更には視線の動きなどによって「死角」は無数に存在するからだ
後部景吾のグラップラーとしての最大の能力は、その異能力と言うべき
眼力インサイト
敵の現在の視線・表情や心理状態から、次に視線が移るコースすら完全に予測し読み切り
その点在する「死角」を飛び石のように移動して敵を撃つ
相手からしてみれば、まったく敵の存在を認識できないまま何もない空間から攻撃を食らうようなものである
まさしく完璧なる
静かなる暗殺者サイレントアサシン
これが後部景吾の真骨頂「氷の世界」である

後部    「終りだ。お前達もあの二人同様
       この地に氷の墓標で眠るがいい」

後部を認識することができない二人に、その氷の魔手が伸びる。ついに決着・・・・
と、思われた次の瞬間だった
ゴカアッッ!!!
突如として戦場を切り裂いた謎の巨大閃光
それを回避する為に「死角」から飛び退いた為、砂布巾とシロウは自分達の至近距離に潜んでいた後部の姿を初めて認識した
間一髪の助け舟となった謎の閃光。三人は一様にそれが放たれた方向に目を向けた

シロウ   レーザー光線だと!?」
砂布巾   「あれは・・・このタイミングで来てくれやしたか・・・
       どうやらあっしらの命運はまだ尽きてねえようですね」

後部    「ほほう。鷹田総統から聞いてはいたが・・・驚いたな
       
もうこの中国に現われるとは」

三人が見上げる上空には
鮮やかな赤と青に彩られた鋼鉄の戦士が光の翼を広げていた

メタル太  「モンスター軍団のグラップラーを確認・・・
       
戦闘を開始する!」


TO BE CONTINUED・・・


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