【閻魔大王】
仏教、ヒンドゥー教などでの地獄、冥界の王にして、死者の生前の罪を裁く神
ヒンドゥー教におけるヤマは「死」という事象そのものと同一視される事も多く、
また同時に、日本の仏教においては地蔵菩薩の化身ともみなされる二面性を持つ

地平線まで埋め尽くすグラップラーの大軍勢の中、まるで散歩をするかの如く悠然と歩を進める黒衣の僧侶
迸るような強大な小宇宙に、しかしこの世の生けとし全てのものを慈しむかのような慈愛のオーラを併せ持つその姿

まさに「閻王」の二つ名に相応しい佇まいである
この時はもう、モンスター軍団の全ての兵士達が男の正体を認識していた。金髪の少年剣士が思わず彼の名を叫ぶ

シンノスケ 「い・・・一体さん・・・!」
一体さん  「シンノスケ。マリーを」

そう言うと、マリーが囚えられている磔台に向かって静かに右手をかざす一体さん
マリーの身体には傷ひとつつける事なく、磔台だけが粉々に砕け散った

落下地点に走り込み、その身体をしっかりと抱き止めるシンノスケ
彼女の鼓動と呼吸を確認すると、安堵の溜息とともにその亜麻色の美しい髪を優しく撫でた

モンスター軍団の精鋭10000は誰一人として動かない
いや動けなかったーが

純一     「ようやく現れたな閻王!この時を10年間待ちわびたぞ!
        総員!狼狽えることなく距離を取れい!訓練通り動くのだ!」」

瞬く間に打ち倒された犠牲者の、そのあまりにも凄惨な死に様は屈強なモンスター軍団の精鋭達をも恐怖させるに足るものであった
だが次の瞬間、そうはさせじと戦場全体に響き渡ったのは純一のよく通る声。その号令にハッと我を取り戻し、即座に戦闘配置につく戦士達
ついにその姿を現した最重要ターゲットにして、最大最強の敵
この男たった1人を倒すためだけに組織された討伐隊、この日の為に積んできた地獄のような戦闘訓練である。今更恐怖で足並みを乱すことなど有り得はしないのだ

今、満を持して一人の男が一体さんの眼前に歩み出た。最強の瞳術を持つ忍者、せんすカワウソである

カワウソ   「閻王ェ!まずは名乗らせてもらおうか!俺の名はせんすカワウソ!
        お前を倒す無敵の血継限界、万華鏡写輪眼の使い手よ!さぁ・・・・
        
俺の目を見ろ!!!!!!」


ビシャアッッ!!!
最後の瞬間、はたして彼は自分が攻撃を受けたことを理解し得たか否か
自慢の万華鏡写輪眼を発動しようとした瞬間、顔面まるごと貫かれて彼は絶命していた
その頭部から噴水の吹き出す鮮血が、真正面にいる一体さんと後方に控えていた純一の顔を同時に濡らす

どよめきとともに一体さんを取り囲んでいた包囲の輪が大きくなり、純一の顔面にぶわっと冷たい汗が吹き出した

純一     「・・・この程度のことは想定内よ!深倉ァ!」
深倉     「俺に命令すんじゃねえよ・・・まったくイライラさせやがる
        
来い!ベノスネオカー!!!」


『アドベント』
グラップラークラス「ライダー」である深倉威がアドベントカードをかざすと、岩盤の地面がボコボコと生き物のように波打ち始めた
一際大きな亀裂が走ったかと思うと、地面を割って毒々しい紫色をした巨大な蛇の怪物が出現する

深倉威の契約モンスター【ベノスネオカー】
全長50mを超える巨大な体躯に、地球上のありとあらゆる生物を死滅させる強力な毒牙を持つ恐ろしいモンスター
戦闘力はS級グラップラー十数人分にも相当すると言われ、同時にそれを従える深倉の実力をも伺い知ることができる
ズシャアアアアアア・・・・!
およそその巨体に似つかわしくない、凄まじい速度で一体さんへと迫るベノスネオカー。このまま轢き潰されるだけでも即死級の攻撃であろう
だがどうしたことか。一体さんは微動だにしないばかりか、眼前に迫るベノスネオカーと視線すら合わせようとしないではないか
それもそのハズである

一体さんは何もする必要がなかったのだから


バクンッ!!!!

一体さんを丸呑みにせんと、ベノスネオカーがその巨大な顎を最大口角まで開いた次の瞬間
50mをゆうに超える彼の巨体は、一体さんの眼前から一瞬で消え去っていた
これは一体なんの魔法か。ベノスネオカーはどこに消えたというのか?
モンスター軍団の兵士達がざわつく中、最初にそれに気がついた一人が、己の目が捉えたおよそ信じがたい光景に絶叫した

モンスター兵「う、上だぁあああああああ!!!!」

※(BGM:仮面ライダー龍騎 「果てなき希望」)
それは大蛇の首に噛み付きながら、凄まじい速度で天空を駆け回る巨大な龍の姿
一体さんの契約モンスター【ドラググリーン】
大蛇はその胴体を龍に絡めて必死に締め上げ抵抗するが、深々と牙を突き刺した龍の顎の力は微塵たりとも緩まない。さながら大怪獣決戦である
二匹の大怪獣は複雑に絡み合いながらしばらく空中を飛び回っていたが、やがてベノスネオカーの体力が尽きると、決着の時が訪れた
ブシャャアアアアアアアアアアッッ!!!
頭部と胴体を両断され、遙か上空から地表に落下するベノスネオカーの肉塊
突然のことに回避し損ねた兵士達が十数名、その巨体に押し潰されて絶命した

空から降り注ぐ鮮血の雨が、乾いた大地を真紅に染め上げていく
彼を取り囲む包囲の輪が、更にまた一段と大きくなっていく

純一     「狼狽えるなァ!案ずるな!これも想定内だ!全員持ち場を離れるな!」

再び配下達に激を飛ばし、前線の崩壊を食い止める純一
だが彼自身の足もまた、無意識のうちに半歩下がっていたことにまだ気付いていなかった





特殊グラップラークラスである「ライダー」同士の戦い
前哨戦となる契約モンスターの激突はドラググリーンの勝利に終わった
だがそれはあくまでモンスターの戦闘力の差にすぎず、ライダー本人の優劣を決めるものではない
両者の戦いはここからが本番である

深倉     「ハッ!なかなかイイ契約モンスターを飼ってるじゃねえか・・・
        役立たずのヘビ公の代わりに、お前のあの龍をもらうぞ」
一体さん  「戦いはペットに任せきりか?さっさとかかって来るがいいデブ」

よほど近接戦闘に自信があるのか、得物の鉄パイプをガラガラと地面に引き摺りながら無造作に一体さんとの間合いを詰める深倉
対する一体さんは深倉の発する禍々しい小宇宙を涼しい顔で受け止め、クイクイと指を曲げてこれを挑発する
互いの間合いが制空権に触れる。瞬間、まず先手を取ったのは深倉!

深倉     「お前のモノは俺のモノ!俺のモノも俺のモノ!」

一体さんの頭部目掛けて、ただ力任せに思い切り鉄パイプをフルスイング。武術の基本もクソもない喧嘩殺法である
ただそれだけ。だが攻撃のタイミング、速度、ともに尋常ならざる速度
深倉威は、物心付いた時からただそれだけで数多のグラップラーを打ち倒し、IGPOの捜査官が総出でかからなければならない程の戦闘力を得るに至った
一切の修行を行うことなく、生まれ持った純粋な才能のみで凶暴な契約モンスターをも従え、「ライダー」となった深倉は正真正銘の天才グラップラーと言えよう
だが
今回深倉の目の前に立った坊主は、今まで彼が相対した敵とはまったく別次元の存在だった


一体さん  「スローすぎてあくびが出るぜ・・・」
深倉     「は!?
ぶべら!」

頭蓋骨を粉々に砕く、いつもあるハズのあの手応えがない
深倉渾身のフルスイングは、鉄パイプの先端を手の平で押さえつけられるようにして受け止められていた

返す刀で深倉の顔面に強烈な往復ビンタを見舞う一体さん
まるで顔面の半分が吹き飛んだかのような衝撃を感じたあと、深倉の鼻の穴の両方から盛大に鼻血を吹き出した

人生で初の出来事。自分の攻撃が効かない相手

深倉     「ヘッ、まぐれだろ・・・ヤロー!!!あがぁっ!」

グシャア!!
その動揺を誤魔化すかのように再び鉄パイプを振り上げる深倉だったが、今度はいとも簡単にその握り手に正拳を合わされてしまう
グシャグシャに砕けた自分の右拳を呆然と眺める深倉
間髪入れずその鳩尾に追撃の追い突きが深々と突き刺さり、巨体がくの字に折れ曲がった

更に左上段順突き、右中段掌底、右上段孤拳、右下段回し蹴り、左中段膝蹴り
一体さんの繰り出す技を何ひとつ回避することができず、面白いように食らい続ける深倉
反撃することも、避けることも叶わず、逆にカウンターをもらって大ダメージを受けてしまう
深倉とて才能のみでここまでのしあがった天才グラップラーである
いくら最強の閻王が相手と言えど、滅多矢鱈に繰り出す攻撃をこうもまともに受けるなど本来は有り得ないのだが・・・

下段回し蹴り、中段回し蹴り、下段足刀、踏み砕き、上段足刀
数十発の攻撃を受けたところで、深倉はようやくその違和感に気付いた

深倉     『こ、これはただの連打じゃない・・・規則性がある・・・
        
まさか・・・
この連続技全体がひとつの技か!?』

裏拳、裏打ち、鉄鎚、肘打ち、手刀
一見してめくら滅法に打ち続けているように見える連打が、実は精妙に計算され尽くされた規則性を持っていた
こちらが攻撃を避けようとしても、相手の次の一手が必ずその回避を潰す位置に宛てがわれているのだ
一体さんの攻撃の回転が次第に上がっていくと同時に、深倉の全身から冷たい汗がどっと吹き出した

深倉     『このまま立っていたら死ぬまで殴り続けられる・・・
        ここは一旦ダウンしてやりすごすしかないか』

即座に自己が置かれている状況と、技の危険性を理解した深倉
緊急避難としてとりあえず地面に倒れ込もうとするが・・・・

鉤突き!
その横っ腹に強烈なフックが突き刺さり、その身体を強引に立て直した


深倉     『駄目だ・・・鉤突きがある。横には倒れられない!
        ならここは前に・・・』

ダウンしようとした事すら読まれていた事に驚愕を覚え、今度は前方方向に倒れ込もうとする深倉。だが!
肘振り上げ!
折りたたまれた一体さんの肘が、猛スピードで深倉の顎を強烈にカチ上げた
顎の骨を砕かれ、口の中が一瞬で血の味になるも、その痛みよりもまたダウンを防がれた事に深倉は慄いていた

そう、彼は理解したのだ。この技がいかなる技であるかを。自分の運命を

深倉     『何で?何で?倒れられない!!!
        
こ、これ以上殴られたら・・・死ぬ!!!
      た、た・・・っ・・・・
助けて!!!』





自らの意思で倒れる事も許されない

言葉も届かない

泣いても 叫んでも 懺悔しても

逃れる術はない

それが「煉獄」!!!
BGM 「北斗の拳」 戦闘曲(例のテーレッテー)

【煉獄】

空手王・グランド山本によって開発された、進道塾の一部の高弟にのみ伝えられる秘伝の奥義
5つの急所への連続技からなる、7種類の型で構成される連続打撃技
7種のうち1種から開始し、ひとつのパターンが終わると相手の体勢などの状況に応じて他パターンを選択・開始、以降これを絶え間なく繰り返す
絶対に反撃を許さないように考案された手順で打撃を加え続けるため、相手が反撃を試みてもそれより早く次の攻撃が入る
また、深倉のようにダウンしようとしても追撃によって体を起こされてしまうため倒れることができず、使用者が止めるまで相手は何もできなくなる脅威の技

無呼吸連打を打ち続ける使い手にとっても体力を消耗する技であるが、世界最強のグラップラーである一体さんであれば、そのスタミナは無尽蔵である

深倉     「たっ・・・助けあばァ!お願いあばばばばばば!!!!」

まったく止まるそぶりを見せない鉄拳と蹴りの連撃に、深倉はもはや確実な死を覚悟していた
彼が最後に選んだ行動は、プライドも何もかも投げ捨てた命乞いだった
だが半ばダメ元のつもりだった彼の思いに反し、意外にもその一言で攻撃がピタリと止んだではないか!
「ああ、さすがは坊主だ」と、仏を見るような目で一体さんを見る深倉。その表情には「助かった」という安堵に満ち満ちていた


一体さん  「痛いか?」
深倉     「い・・・いてえ!」
一体さん  「助かりたいか?」
深倉     「た、助かりてえ!」

一体さんの問いに、首をコクコクと縦に振って答える深倉
そこにはかつての凶悪なグラップラー犯罪者の姿はなく、ただただ圧倒的な強者の前に平伏す弱者の姿のみがあった

その姿を見て、一体さんは神仏に仕える者として慈愛の裁きを下す

一体さん  「駄目だな」
深倉    「いええあああああああああ〜!!!?
       
そそそそそそんああああああああ!!!」

絶望の深倉に再び煉獄!!!!

一度生への希望を与えてからの、絶望のダメ出し!!!
殴られながら深倉は心から理解した。「閻王」の二つ名の意味を
この男こそはまさに「死」の体現者
人間が軽々しく近づいて良い存在ではなかったのだ
10000からなる鷹田モンスター軍団の精鋭グラップラーは、誰一人として深倉を助けに入っていけない。行けるハズがない
誰が好き好んで確実な「死」に触れようなどと思おうか

深倉     「お願いやめでとめで!やめでとめで!やめでとめで!
        や・・・やった!止めっだ!!!」


嵐のような一体さんの攻撃がようやく止んだ時、深倉威は安堵の笑顔とともに絶命した
最後の瞬間に自分の肉体がどうなっていたかなど、おそらくは知る由もなかっただろう
そして彼の死を合図代わりにするかのように、
10000人のグラップラー軍団にも、死の恐怖が一斉に伝播する

モンスター兵「バッ・・・・バケモンだああああああ!!!!助けてくれええええ!!!」
モンスター兵「あんなのに勝てるワケがねえ!俺はまだ死にたくねえええええ!!!」
純一     「なッ・・・貴様ら落ち着け!隊列を乱すな!」

一体さんを取り囲んでいた包囲網は完全に瓦解。蜘蛛の子を散らすように逃げ出す兵隊達
この時点で既に勝敗は決した。だが絶対なる「死」は彼等を逃しはしない
一体さんが抜いたのは超加速のアドベントカード「アクセルベント」
一時的に使用者のスピードを数十倍にも高めるこのカード、一体さんほどのグラップラーが使用した場合どうなるか?

『アクセルベント』
我先にと逃げ惑うモンスター軍団の頭上を埋め尽くしたのは、真紅に輝く光の矢
神々しくも恐ろしい、彼等にこの世とあの世の境界を一瞬で跳躍させる、引導の矢である

『ファイナルベント』

おお刮目せよ!!地上最強のグラップラーの力を!!!
無慈悲なる死の調停者、
「閻王」の裁きを!!
『シャイニングドラゴンスマッシュ』


ドッグオオオオオオオオオオオンン!!!
火山の爆発の如き轟音と閃光とともに、一斉に放たれた無数の真紅の矢はグラップラー軍団の大半の命を奪い去った

爆風をその背に受けながら、ブラックソード・ゼロこと純一は、ここでようやく自らの認識の甘さを認めるに至った
自分の中に巣食っていた「閻王」の強さなど、実物には遠く及んでいなかったという事を


一体さん2 第23話「閻王」


1万からの屈強なグラップラーが逃げ惑う、阿鼻叫喚の地獄絵図
純一の思い描いていた勝利の方程式は脆くも崩れ去った。敵の力量を計り違えていたのだからある意味当然の結果とは言える
だが。だがしかし、彼を責めることは誰にもできまい
標的の想定戦闘力、これほどとは誰が予想し得ただろうか

普通ならば恐慌状態になってもおかしくないところだが、この状況でまだ勝機を見出そうとしているだけでも彼の気概を褒めるべきであろう

純一     「くっ!こうなったら最後の奥の手・・・デカマルコ!合体だ!」
デカマルコ 
「フンガー!!」
純一     「パイルダーオーン!!!!」

そう言うなり高くジャンプする純一
颯爽と着地した先は、デカマルコの頭上だった


純一     「フハハハどうだ閻王〜!
        コイツのタフネスと俺の能力が1つになれば地上最強よ〜!


        聞いて驚け!なんとこいつの身体の硬度はダイヤモンドをも超える10♯!
        ロンズデーライトパワー!ビキニ環礁水爆10発分にも耐えられる強度!!
        
いくらお前でも、傷ひとつつけることすら叶わn!!」

ボゴォ!!!
デカマルコ 「おばあああああああ!!!!」

さながら自慢の玩具を見せびらかす子供のように、デカマルコの持つ脅威の耐久力を説く純一
だがセリフを最後まで喋り終える前に、デカマルコはその巨大な身体をくの字に折り曲げながら盛大に吐瀉物を撒き散らした

真下から突き上げるように放たれた一体さんのアッパーが、その鳩尾に深くめり込んでいた
純一の顔色が瞬時に青ざめる
その様はまさに、自慢したばかり玩具を目の前でイジメっ子に叩き折られた子供のようだった

純一     「ガ・・・ガキだ!シンエモンのガキを人質に取れデカマルコ!
        閻王ォ!このガキの命が惜しければ大人しくしろぉ!!!」

今まで握り締めていたメタル太をぞんざいに放り投げると、見た目に反して素早い動きで今度はシンノスケを捕まえるデカマルコ
そう。そもそもこれが目的でこの若いグラップラー達を生け捕りにしたのである
人質。これこそが純一にとって、最後にして最大の切り札だった
この取引に一体さんが応じさえすれば・・・
応じさえすれば?

応じさえすれば、自分の力でこのバケモノを倒すことができるのか?
はたとその疑問にぶつかった瞬間、純一はようやく気付いた。既に自分に勝ち筋は残っていないということを
目の前のこの男と対峙した瞬間から、将棋やチェスで言う「詰み」になっていたのだと

一体さん  「殺すなら殺すがいい
        シンエモンの子だ。死はとうに覚悟していよう」
純一     「んなあああああああああ!!?」

にべもなくそう言い放つと、両手を腕の前で組んでボキボキと音を鳴らす一体さん
尊敬する男の口からハッキリと助けることを拒絶されたのに、不思議とシンノスケに一体さんに対する恨みは湧かなかった
むしろある種の嬉しささえ感じていた

目の前の男に、もう昔のままの子供だと思われていない事が嬉しかったのだ
死の際にあって不思議な満足感で満たされたシンノスケとは対照的に、最後の切り札も潰えた純一の顔が焦燥に歪む

純一     「くっ・・・くそぉ!こうなったら道連れよ!ガキを殺してしまえ!!」
デカマルコ 「フンガー!!!!!」

純一の命令に従って両手に力を込めるデカマルコ
少年剣士の全身の骨が、ひとたまりもなく粉々に砕け散ると思われた次の瞬間


シンノスケはその目で確かに見た

この世で最強の拳法を
この世で最強の男の拳を

ボッ!!!!!


ズギャアアアアッ!!!!!
正拳一発で下半身との別れを告げたデカマルコの上半身は、目にも留まらぬスピードで宙を飛び、
そのスピードはまったく衰えぬままに飛び続け、飛んで、飛んで、飛び続け、
最後は終着地点で待ち構えていた男の手によって、強制停止させられた

ビタァアアアアアア!!!


一体さん  「よう。どうだった?地球一周旅行の気分は?」




砂布巾   「ぼっちゃん!無事ですかい!?どこか怪我は!?」
シンノスケ 「こ・・・・怖かった・・・・!」
砂布巾   「!」
シンノスケ 「怖いくらい凄いんだね北斗神拳は・・・
        一体さんが本気で戦うところ・・・初めて見たよ俺・・・」

シンノスケを握り潰そうとしたまま即死したデカマルコの手を、指1本ずつ5人がかりで解きほぐす仲間達
ようやくその万力のような締め付けから開放されたシンノスケは、だがしかしそんな開放感に安堵することもなく眼前の男の背中をただただ見つめていた
小柄な一体さんの背丈は自分とさして変わらない

されどその背中の広さから漂う圧倒的な力強さと安心感たるや
シンノスケが13年の人生で見てきた何よりも、憧れと尊敬を抱くに値するものだった

こんなに頼もしい背中を持つ男は、師匠である剣聖ヒムラーですら・・・・否、もう一人だけいた
遠い瞼の記憶に残る、暖かく頼もしい背中を持つ男が

砂布巾   「そう。あれこそがこの世で最強の暗殺拳・・・そしてぼっちゃん
        
あなたのお父上シンエモン殿は、
        
その一体さんと唯一互角に渡り合った方なのです!」

シンノスケが一体さんに重ねて見ていたのは、亡き父の背中だった
こんなにも強い一体さんと互角に戦ったという父のことが誇らしい
その父の血が、自分に脈々と流れているという事実が誇らしい

シンノスケは全身の血が沸き立つかのように高揚し、己の目がキラキラと輝いているのを自分自身で感じていた




一体さん  「さて・・・どこの馬の骨は知らんが顔芸野郎、お前がこの群れの長だな?」

僅か数秒間の間に地球を一周するというアンビリーバボー体験を味わった純一
もはや肛門から魂が全て抜け出たという体で腰を抜かしていたが、この一体さんの悪気のない一言でハッと我に返った
あまりの恐怖で吹き飛んでいた10年前の屈辱が、まるで昨日の事のように思い起こされる

あの時の屈辱を晴らさずして、死んでも死にきれるものではない
そう思った瞬間、純一は考えるよりも先に喉が張り裂けんばかりに名乗っていた

純一    「お、俺は馬の骨などではなぁい!よく聞け閻王!そして地獄へ行っても忘れるな!
         俺はDr国枝のバイオニクル研究の集大成!B54号の放電能力!
       伊藤の超能力!
とりにてぃの筋力!トモゾウのタフネス!ヒムラーのテクニック!
       その全て兼ね備えた空前絶後のおおお!!超絶怒涛のグラップラぁあああああ!!!
       
戦いの神を愛し!戦いの神に愛された男ぉおお!!
       
俺の前に敵はない!だから人は俺をこう呼ぶのだ!
     
そう俺の名はぁあああ!ブラックソード・z」

一体さん  「大層な名乗りの手前スマンが・・・・お前の相手は俺じゃあない」
純一    「アイエエエエエエエ!?ナンデ!?」

全身全霊を込めた渾身の名乗りを軽くいなされ、そのテンションの行き場をなくす純一
さながら振り上げた拳の降ろしどころがなくなったかのように呆然と突っ立っていると、一体さんはクルリと後ろを振り向きながら金髪の少年剣士に声をかけた

一体さん  「シンノスケ。コイツの相手はお前だろう?」

純一も、シンノスケも、その言葉の意味を察するに数秒の時間を要したが、すぐに真意を理解した
さっきの戦いが自分の乱入によって中途半端で終わっていると言っているのだ。まずは二人の勝負に決着をつけろと

純一の表情がまたもや屈辱に歪み、対照的にシンノスケにはパアッと笑顔が差した

シンノスケ 「・・・・・・・・・・・あ・・・ありがとう!一体さん!」
純一    「閻王・・・これは貴様がけしかけた事だぞ。小僧が死んでも文句はあるまいな」
一体さん  「ああ。お前が勝ったらその時は俺が相手してやろう」

純一    「その言葉忘れるなよ!」       

純一は自分の勝利を確信していた。たしかにこの小僧は13歳にしては無類の才覚を持っていると言えるだろう
「あと数年もすれば危ういかもしれん」と言ったのも、リップサービスではない本心からの言葉だった
されど現時点での自分との戦力差は絶対的
どう足掻いても負ける要素のない戦いである

純一    「ハッ!それにしても「ありがとう」とは・・・この俺もとことんナメられたものよな
       
仲間が雷撃の人質にされていなければ勝てるとでも思ったか小僧?」
シンノスケ 「ナメてなんかいないさ。アンタは間違いなく俺が戦ってきた中で最強の敵だ
       だからこそ・・・・」

純一の言葉に対し、虚勢を張ること無く素直にその強さを認めるシンノスケ
ゆっくりと抜き放った斬岩剣を、胸の前で真一文字に薙ぐと、静かに深呼吸を繰り返す
瞬間、その全身から青白く輝くオーラが噴水のごとく噴き出した

シンノスケ 「アンタとの戦いの中でなら、きっと限界を越えられるハズ」

【竜闘気ドラゴニックオーラ
初めてその身で体感する、伝説の竜の騎士の闘気
今さっきまで揺らがなかった絶対的勝利の確信が、そのオーラの勢いで紙切れの如く吹き飛ばされていくのを純一は感じていた

TO BE CONTINUED・・・


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