一体さん2 第26話「舞台役者」


純一の純白のマントが翻るのと同時に、八方に放たれた超電導加速手裏剣が目にも留まらぬ速度でおジャフォーマーの食道下神経節に突き刺さる
パパパパパパパパァン!!!!
乾いた破裂音が鳴り響くと、文字通り雷に打たれたように彼の周囲を取り囲んでいた十数匹のおジャフォーマーがビビシャーン!と直立し、直後うめき声も上げずにその場に崩れ落ちた

レインハードはもともと多対一の戦闘における使用を想定して作られた武器である
360度が全て敵という漆黒の大軍の中にあって、その放電能力と専用武器は圧倒的制圧力で敵陣を切り裂いていく

鷹田総統  「ブラックソードゼロ!これは何のマネかな?」

と、突如頭上から浴びせられた、よく通る声の主に視線を向ける純一
漆黒の軍服に身を包んだその男は、いつも相対しただけで背筋が凍るほどの畏怖の対象だったが、不思議と今の彼に恐れは湧いてこない

以前となんら変わらぬ尊敬の念を抱きながら、純一はかつての主君に対して声高らかに応えた

純一     「偉大なる総統閣下!紅華会が壊滅し、露頭に迷っていた私を拾ってくれた御恩は決して忘れません!
        故にこの純一!貴方様の望む混沌の戦いを差し上げる所存は一切変わっておりませぬ!
        
ただ貴方様の剣ではなく、敵という立場に変わっただけの事!」
鷹田総統  「フフ・・・フハハハハハッ!なるほどよく言った!それでこそ私が見込んだグラップラーだ!
        よかろう!私の命を獲らんとするならば覚悟してくるがいい!ブラック・・・いやさ、純一君!」

純一     「御意!必ずや恩返しいたします!」

互いにニヤリと笑って背を向ける男二人
鷹田総統は満足そうに頷くと、武空術の高度を更にグーンと上げて遥か高みから戦場全体を見渡した
もはや誰の目にも戦いの趨勢は明らかである
であるにも関わらず・・・
彼は楽しそうにカラカラ笑いながら、傍らに控えた側近に話しかけた

鷹田総統  「阿部君・・・どう見るかねこの状況を
        10万匹以上いたおジャフォーマー軍団はほぼ壊滅
        敵は世界最強のグラップラー閻王を筆頭に、
        あの英雄シンエモンの息子を始めとする聖剣の伝承者達
        更に世界の指導者・足利溥儀が巨大空中戦艦で後ろに控え、
        そして今、我がモンスター軍団の強者までもが敵側についてしまった」
阿部隆和  「『詰み』ですな。控え目にいっても万に一つの勝ち目もないかと」

既にモンスター軍団に勝ちの目は潰えている
阿部の返答は極めてリアル志向で、そこには一片の思い上がりも、希望的観測も含まれない
だがどうしたことか。そう話す二人の表情に悲壮感は見られないではないか
それはまるで、最初からこうなることを望んでいたかのようなやり取りだった

鷹田総統  「だな・・・・これで我々に勝ちはなくなった
        ではそろそろ行くとするかね諸君
        
地獄の釜の蓋を開けにな」

いつの間に現れたのか。総統の傍らには、阿部隆和の他にもう2人・・・否!
小柄な1人と、巨大な1匹が影のように付き従っていた




マリー   「う・・・ん・・・・」
???? 「ん。どうやら意識が戻ったようだな。久しぶりだなマリー」

???? 「マリー姉ちゃん大丈夫?俺の事がわかるかい?」

血風と砂煙が舞い、バイクのエンジン音と砲撃の轟音が飛び交う凄まじい喧騒の中、
マリー=ハーディーはその艶めかしい肢体をくねらせながら、ようやく意識を取り戻した

重い瞼が開かれ、眩しい光とともに視界に映った2人の男性はどちらも彼女のよく知る人物

黒衣の僧侶と、美しい金髪に青い瞳の美剣士
まだ朦朧とした意識の中で、マリーは虚ろげに口を開いた

マリー   「・・・一体さん・・・それに・・・シンエモンおじさま・・・」
シンノスケ 「えっ?」

マリー   「・・・・あっ!?シンちゃん?やだ私ったら!」
一体さん 「フフ・・・シンエモンと見違えたかマリー
       ”男子三日会わざれば刮目して見よ”と言うからな」

慌てて訂正したマリーの耳に、一体さんの言葉は入ってこなかった
父子だから似ているのは当然とは言え、自分にとっては生まれた時からずっと身近にいた、14歳も離れた弟のような存在

それをまさか初恋の相手と見間違えようとは
ブンブンと軽くかぶりを振って、マリーは再び目の前の少年剣士の顔をまじまじと見つめ直した

マリー   『ずっと小さい”シンちゃん”のままだと思ってたのになぁ・・・
       
男の子ってこんな急に大人になるものなのね』

シンノスケ 「ど、どうしたの?俺の顔になんかついてる?」
マリー   「ううん。いつも通りカッコイイなと思って見てただけよ
       それよりお姉ちゃんの身体の方が酷くない?
       嫁入り前の玉の肌があちこち傷だらけでたまったもんじゃないわ」

シンノスケ 「大丈夫、傷は痕が残るようなものじゃないよ
        純一が加減してくれたみたいだ」
マリー   「純一って・・・ああーっ!アイツ!
       一体さん!シンちゃん!その黒い鎧の男今すぐ倒しちゃって!」


シンノスケの言葉に、自分をこんな目に遭わせたモンスター軍団のグラップラーを思い出すと
その男が今まさに目の前に居るのを見て、悲鳴に近い大声を上げるマリー
たまったものじゃないのは一体さんとシンノスケ双方に睨まれた純一の方である

純一    「おいィ!?待て待て女!勘違いするな!
       今の俺はお前達の敵ではない!かと言って味方というワケでもないが・・・
       ほら!小僧の言う通り傷も浅いだろ?な?な?」

マリー   「どうかしら?気絶してる私にイヤらしい事したんでしょ!エロ同人みたいに!」
純一    「しとらんわ!なんて下品な女だ・・・!
       オイ待て!小僧!閻王!なんだその目は!言っておくが俺は潔白だからな!」

彼女にとっては意識を失う直前まで酷い拷問を受けていた相手である
普通の女性なら恐ろしくて言葉を交わそうという気ににもならないだろうに、まるで旧知の中のように純一と罵り合うマリー

一瞬普段と違う様子を見せたマリーに戸惑いを覚えたシンノスケであったが、「やっぱりいつもの姉ちゃんだ」と、安堵に胸を撫で下ろすのだった




シンノスケ 「コイツで・・・終わりだぁッ!!!」

ザンッ!!!
高らかな勝利宣言とともに斬岩剣を振り下ろし、眼前のおじゃフォーマーを斬り伏せる少年剣士

油断なく周囲を見回すも、臨戦態勢で立っているのは気心の知れた仲間達と、漆黒の甲冑に身を包んだ頼もしき日本帝国陸軍の兵士達のみ
まさしく今倒したおジャフォーマーこそが10万からの大軍の最後の1匹であり、鷹田モンスター軍団の実質的な兵力が消滅した瞬間だった

だがそれでこの強大な敵が手足をもがれたダルマになったワケではない
最後に残った頭部こそがその戦闘力の大部分を占めていることを、京都で対峙した若きグラップラー達はその身に染みて理解していた
シンノスケは乱れた呼吸を整えつつ、己が頭上をキッと睨みつけて叫んだ

シンノスケ 「鷹田総統!もう残るはお前達だけだ!観念して降りてくるがいい!」
鷹田総統 「フム確かに・・・これは仕方ないな。ではお招きに預かるとしようか阿部くん」
阿部隆和 「ええ。おいおいそんな怖い顔するなよ!お手柔らかに頼むぜ少年!」


悪逆の限りを尽くした黒衣の総統の眼下を埋め尽くす1000人の軍勢は、全て彼の配下ではなく、その生命を絶たんとする正義の刃である
ましてやその中央に居座り、総統の一挙一動を見逃さんと矢のような眼光で睨むのは世界最強のグラップラー、閻王こと一体さん
もはや勝敗は決した。
この状況ではここから脱出する事すら不可能であろう
だが黒衣の総統とその側近は微塵の動揺も見せることなく、普段と変わらぬ談笑を交わしながらゆっくりと武空術の高度を下げていく
ジリ・・・と、一体さんを中心にシンノスケ達が包囲を狭めると、更にその外輪をオルタナティブの騎兵団が隙間なく詰め、総攻撃のタイミングを待つ
あと30m・・・・20m・・・・10m・・・・
瞬間、口火を切って最初に動いたのはやはり一体さん

まさしく電光石火の鉄拳がターゲットの顔面に迫る・・・・・が!
それよりほんの僅かに早く鷹田総統の足が地表に接したと思うと、
ヒットしたかに思われたパンチは空を切り、一体さんの身体が勢い良く総統をすり抜けた

一体さん 「!?」
鷹田総統 「スマンね。事前にここら一帯の地面に仕掛けをしておいたのだよ」

一体さん 「これは・・・時空間の軸がズレている?固有結界魔法陣か!」
鷹田総統 「いかにも。クライマックスの壇上に登る役者は既に決まっている
       申し訳ないがキミには観客席で見ていてもらおうか、閻王」

驚愕に目を見開く一体さん。満足そうな笑みを浮かべる鷹田総統
ぐわんと空間が歪み、同時に4方向から複数の悲鳴に似た声が響いた

太平    「ぬうううおおお!?なんじゃこりゃああああああ!!!」

シルバー 「ええっ!?皆さんどこですか!」

シュウゾー 「デカっちょ!」

シロウ   「シュウゾー!」

砂布巾  「坊っちゃん!シロウさん!」


マリー   「シンちゃん!」

シンノスケ 「マリー姉ちゃん!」


一体さん  「チッ!みんな無事か!?」

一体さんが素早く後ろを振り向いて仲間達の安否を確認した時、既にそこには鷹田総統と阿部隆和
そして7人の若きグラップラー達の姿は、その場から忽然と消え失せていた








太平   「なんだここは・・・公園か?さっきまで鷹田総統と相まみえていたハズなのに・・・
      おーいシンノスケ!J!隕石!シルバー!マリーさーん!誰かいないかー!?」

閑静な住宅街の路地を、困惑しながら散策しているのは太平だった。閑静・・・・というのは語弊がある
人っ子一人いない、無人の住宅街
廃墟、ゴーストタウンではない。まさにさっきまで人間が暮らしていたのに、突然誰も居なくなってしまったかのような不自然な町並み
切り立った岸壁が立ち並ぶ荒野で戦っていたハズなのに、自分の身に一体何が起こったのいうのか?
公園のベンチにようやく人影を発見し、手を振りながらその人物に向かって駆け寄ろうとした太平だったが、
その人物が誰であるかに気付くと、ようやく自分の置かれた状況を理解する


太平   「なるほど・・・このワケわかんねえ世界はアンタの仕業ってわけかい」

そう思っていると、突然その男は太平の見ている前でツナギのホックをはずしはじめたのだ

阿部隆和 「闘らないか」
太平   「はぁ。できればやりたくねえけど・・・そういうワケにもいかねえか」




シルバー  「ジャングル・・・・?なんで突然こんなところに・・・・無事ですかみなさーん!
        誰か返事を・・・・・・・・・・
ッ?!!!!!」

亜熱帯の植物が生い茂る密林の中、行く手を阻む草木をかき分けながら進むのはシルバーである
瞬間、何者かの気配を感じたシルバーは喜んで・・・・否!
牙をむき出しながら、素早く後方へ飛び退いた
それは探していた仲間達の気配ではなく、明らかな殺意だったからである
シルバーの視線の先の茂みがガサッと蠢くと、その中から白ずくめのスーツにハットを目深にかぶった男がゆらりと現れた

???? 「ほほう・・・よく気付いたな。小宇宙は完全に消し去っていたハズだが?」
シルバー 「獣臭さ。見ての通り、生まれつき鼻が利くんでね
       ・・・・どうやら俺の相手はお前じゃないようだな」

マイコォ 「なるほど流石は獣同士というワケか。コイツは誤算だったな
      
バブルス!出てこおおおおおおおおい!!ポォーウ!」

ズシィン!!!
男が甲高い奇声を発して何者かを呼びせた次の瞬間、岩陰から飛び出した巨体が地響きを鳴らしながらシルバーの眼前に着地した
全長5mはあろうか。それは丸太のように太い4本の腕を持つ、異形のゴリラだった

マイコォ 「バブルス!
      地上最強のゴリラと名高いトロルコングにDG細胞を投与し、
      
私が戦闘用に訓練したのだッ!ポォウ!!!
      強靭な六肢と高度な知能に加え!残忍な性格を身につけているッ!
      訓練中ちょっとコイツにじゃれつかれ、触られただけで
      ご覧の通り私の顔面はメチャメチャさ。しかしカワイイやつよ・・・!」

シルバー 「やれやれ・・・・「犬猿の仲」とは言うけれど・・・・
       この戦いだけは負けられないな。
なんたって今年は戌年だしね」







シュウゾー 「おおデカっちょこっちこっち!砂布巾のおっさんも!」
シロウ    「アンタも無事だったか。しかしこの空間は一体・・・・?」

砂布巾    「お二人こそよくご無事で。しかしコイツはマズイですな
         ここはおそらく敵の固有結界の中ですぜ」

周囲になんの遮蔽物も存在しない、360度どこを見回しても遥か遠くに地平線が見える空間
自然の作り出したものではないことは誰の目にも明らかだが、視覚のない砂布巾はいち早く自分たちが敵の檻に囚われていることを察知していた

しかしこれだけ周りに何もない空間である
敵が身を潜める場所も存在しないワケで、とりあえず奇襲を受けるという心配は・・・・と、思った次の瞬間
いつの間にそこに居たのか
亜麻色の美しい髪を持つ少女が、瞳を閉じた穏やかな表情のまま、こちらを向いて静かに鎮座していた
あまりのことに全身が硬直し、ゴクリとつばを飲み込むことしかできない砂布巾とシロウ
そんな二人の意に反して、意気揚々と彼女に駆け寄ったのはシュウゾーだった

シュウゾー 「おーおーどったのカワイコちゃん?キミも迷子?俺シュウゾーってんだけど!」
シロウ   「ダメだシュウゾー!」
砂布巾   「坊っちゃん!すぐにその娘から離れて!」

シュウゾー 「へっ?」

ゴオッ!!!!!
女の子に近づこうとしたシュウゾーの腕をガッシと掴み止め、強引に胸元に引っ張り戻すシロウ
同時に女の子の身体がまばゆい金色の光に包まれると、彼女は瞳を閉じたままその小さな唇を静かに動かした


亜里沙様 「シュウゾー様とおっしゃるのですね・・・・ごめんなさい・・・・
       あなた方には何の恨みもありませんが、
       
この場で死んでいただくほかありません」






シンノスケ 「姉ちゃん!マリー姉ちゃーん!ん?なんだ・・・この柔らかい物体」
マリー   「きゃうん!ちょっとシンちゃん!ドサクサに紛れてどこ触ってんの!」
シンノスケ 「うわっ!ご、ごめん!ワザとじゃないって!真っ暗でなんにも見えないから!」

マリーのふくよかな双丘を思いっきり揉みしだいたシンノスケは、反射的に10m飛び退いて土下座していた
二人が閉じ込められたのは、室内なのか屋外なのかもわからない完全なる闇の世界
視覚に頼っては何も見えない為、二人は互いの小宇宙を感知しながら身を寄せ合っていたが、その心中は安堵とは程遠い
この不思議な空間が敵の術中であることは疑う余地なく、もしこの闇の中を奇襲されでもしたらひとたまりもないのは明白だった

シンノスケ 「そうだ!竜闘気を放出すればその光で・・・!」
???? 「明かりが必要かね?シンノスケくん」

ボオウッ!!!
名案が浮かんだ!と手を叩いたシンノスケが竜闘気を放出しようとした、それよりもほんのすこし早く
漆黒の闇を煌々と照らす、真紅の光がすぐ目の前に現れた

その炎よりも更に更に紅い、
狂気を讃えた瞳と共に


鷹田総統 「さあファイナルステージだよ・・・・シンノスケくん
     
最高のラストダンスを踊ろうじゃないか」

TO BE CONTINUED・・・