太平     「やれやれ。出来ればアンタとは二度と会いたくなかったがな」
阿部隆和  「オイオイそんなつれないこと言わないでくれよ。俺は会いたかったぜ?」
太平     「へぇ。そいつは分散された仲間の中で、俺が一番簡単に倒せそうって意味かい?」

自分達以外は何者も存在しない、さながら人類が滅亡したかのような静寂の街並み
それが自然の空間でないことは解りすぎるほど解る空間で、太平は軽口を叩きながらも目の前の男をギロリと睨みつけた
鷹田モンスター軍団総統・鷹田延彦の側近中の側近にして、伝説のマーシャルアーツ「セクシーコマンドー」の達人・阿部隆和
およそグラップラーとしての実力は、相手の方が自分よりも数段格上
ましてやここが敵の手によって形成された固有結界であるならば、自分の不利は必至である
だがしかし、この危機的状況において太平には微塵の焦りも恐れも見られない
なぜならば・・・・

阿部隆和  「おっと、そんなつもりはなかったがプライドを傷つけてしまったかな?いやあ怖いね
        お詫びと言ってはナンだが、先制攻撃はそちらに譲ろう。いつでもお先にどうぞ」

太平     「へっ。それじゃあお言葉に甘えて・・・ってあーっ!汚ねえ!」

「試合開始の合図はそちらに任せる」と促され、水殻を鞘から抜き放った太平だったが、瞬間その視界に入ってきたのは阿部がその両手を股間のファスナーに伸ばしている姿だった
相手を油断させる言葉とは裏腹に、あからさまに先制攻撃を仕掛けるモーションで相手の機先を制する。セクシーコマンドーにおいては基本中の基本
これによって太平の視線は阿部の股間に釘付けになることとなり、直後ファスナーの中から出てくる物体によって更に大きな隙を生むことになる
マジックでいうところの所謂ミスディレクション。視線誘導というテクニックである
かくして阿部の股間から取り出された物体は、
なんと赤貝の缶詰め!(しかもちょっとぬくもっている)

阿部隆和  「今だ!ラブミー・ドゥー!!」

想定外の物体が股間から現れたことによる驚きと、更にはそれに対する心のツッコミ
コンマ秒の最中で十数撃の攻撃を放つグラップラーだからこそ、「見ない」ワケにはいかない相手の所作
それを利用してより大きな隙を作り出す、「術」としての完成度たるや

一見してふざけた格闘術のように見えながらも、その実はまったく違うセクシーコマンドーの本質である
今、二重に張られた罠により生じた太平の隙に、阿部隆和渾身のビッグパンチが叩き込まれた!
ハズだった
スパァン!!!
しかしこれはどうしたことか。太平の顎を捉えることなく、虚空を切る阿部の拳
狙いを外したのではない。外さざるを得なかったのだ

なぜなら彼の拳が太平の顎に届くよりも先に、
太平の繰り出した白刃が彼の喉元に突きつけられていたから

何故セクシーコマンドーの妙技で隙を生み出された獲物である太平が、狩り手である安倍よりも先に動くことができたのか?
その答えは実に単純明白であった

阿部隆和  「こいつ・・・め・・・目を閉じてるーっ!!」 

太平    「フフフ・・・セクシーコマンドー敗れたり!
       どうよ?これならアンタがいくら隙を作る動作をしても・・・
       
こちらがアンタを見ぬ限り隙は生じない!」

至極単純明快。太平の編み出したセクシーコマンドー破りの秘策とは、「目を閉じることによって好きを作る動作を見ない」というものだった
しかしこれでは・・・・

阿部隆和  『隙が生じない・・・?イヤイヤイヤ・・・隙だらけじゃないか』

まさに本末転倒。刹那の交錯に電光の攻撃を交わし合うグラップラーにとって、視覚を自ら閉じるなど自殺行為に等しい
攻撃は敵のいるおよその位置に当たりをつけて適当に繰り出すことはできても、回避及び防御に関しては不可能と言っていいだろう
己が勝利を確信して必殺の連撃を叩き込む阿部
隙を生み出す所作は必要ない。今、目を閉じているこの状態こそが敵にとって最大の隙である

なのに―当たらない!
繰り出される亜音速の攻撃を、全て紙一重で交わし続ける太平。その様はまるで全ての攻撃が見えているかのよう
想定外の出来事に驚愕に目を見開いた阿部が、思わず敵に問う

阿部隆和  「貴様・・・見えているのか!?」
太平     「いーや全然見えてないぜ?
        生憎と目を閉じて戦うのはこれが初めてじゃないんでね!」

確かに太平はかつてソニックムーバーという神速の攻撃を誇るJに対し、これを打破するために己の目を潰したことがある
しかし神速攻撃の「起こり」を互いに探り合ったあの時と、矢継ぎ早に放たれる超高速の連撃を躱し続けている今とではまるで状況が違う

なぜこんなことが可能なのか?

太平     「アンタ・・・さっき俺が仲間の中で一番簡単に倒せそうだって思ったよな?
        だったら逆に
アンタにとって一番相性が悪い相手は誰だい?」
阿部隆和  「!まさか貴様は・・・・!」

ニヤリ、と笑いながら逆に問いを投げかける太平と、その謎掛けの意味を考えて即座に答えに辿り着いた阿部
盲目の剣士・座頭の砂布巾!

太平    「そうさ。俺は合流してからの数日間、ずっと砂布巾さんに無視界での闘い方を教授願った
       
次にアンタと対峙した時に備えてな!!」

視覚に頼らぬ剣を持つ砂布巾こそは、まさにシンノスケ一行にあってセクシーコマンドーキラーとも呼ぶべき存在
太平は京都で阿部に敗れた時から、その対策法として彼に無視界での戦闘術指南を受けることを考えていたのである
しかしいくら盲目の達人から教えを受けたからといって、たかだか数日間の特訓だけでこれほどの順応が可能なのだろうか?
できる。できるのだ
さっきまで回避で精一杯だった太平が、攻撃の隙の中に反撃を織り交ぜるようになってきた
ともすれば致命傷となる鋭い一撃をすんでのところで避ける阿部。その背中を冷たい汗がつたう

太平    「俺を京都で戦った時の俺のままだと思ったか?だったらちょっと甘いぜアンタ
       
”男子三日会わざれば刮目して見よ”って言葉知ってるか?」

阿部隆和  「ぐくッ!こ、こんなバカな・・・!」

いったいいつの間にこうなったのか
互いに繰り出す攻撃と回避の比率はいつの間にか逆転し、阿部は太平の攻撃を避けることで精一杯になっていた
つい先程、シンノスケが純一という格上相手の闘いの中で急成長を遂げたが、今まさに兄弟子太平も同じ境地に達したと言えるだろう
何故ならば、彼はこの世のセイバーの最高位の称号「剣聖」ヒムラーの一番弟子

ヒムラーにとって、二番弟子のシンノスケはあくまで一体さんの頼みを引き受ける形で弟子に取った例外にすぎない
彼こそが唯一無二、
ヒムラーが己の後継者としてその才を見出し、手塩にかけて育てた存在
剣の天才。次代の剣聖
すなわち―


”並のグラップラーではない!!”


鮮血の華が咲く
風に吹かれる柳のように。荒々しい濁流を飲み込む清流のように

嵐のような猛攻を全て逆らうことなく受け流しつつ、無音神速で放たれた一太刀は
阿部隆和の肩口を深々と切り裂いていた

はたしてこの時、彼は自分の剣技が尊敬する師・ヒムラーの域に達していたことに気付いていただろうか
無視界のキミへ。これが”剣聖の剣”だ!





ドサリ
背後で阿部隆和が倒れ伏した音を確かに聞き届けると、ゆっくりと水殻を鞘に収め、閉じていた瞳を開く太平
振り向いてその姿を確認しようとはしない
袈裟斬りに振り下ろした一撃の手応えは、厚い筋肉を斬り裂き、鎖骨を断ち切り、心の臓にまで達していた
間違いなく致命傷である
だが―

太平    「・・・・・・固有結界が解けてない?」

再び光を取り戻したその目に映ったのは、先程までと変わらない静寂の住宅街だった
おかしい。術士が倒されれば術も解けるハズ
ゾワッと背中に得体のしれぬ気配を感じ、初めて後ろを振り向いて敵の姿を確認しようとした瞬間
それよりも早く耳元で囁かれた声に、
太平は己の肛門から魂が抜け出るほど仰天した


阿部隆和 「ああ・・・次はションベンだ・・・!」
太平    「キャオラァッ!!!」

猿叫とともに放たれた、振り向きざまの胴薙ぎ一閃
その一撃は無防備な阿部隆和の脇腹を右から左へと通り抜け、そのままグルンと一回転
再び阿部隆和に背を向けた太平の全身から、冷たい汗がどっと吹き出した
今度は手応えだけの話ではない
ズシリと重い手応えとともに、確かに白刃がその屈強な肉体を輪切りにするのを、太平はその目でしかと見た。確かに見たのに―

阿部隆和  「随分我慢してたみたいだな。腹の中がパンパンだぜ」

途絶える事のない背後からの声に、顔面蒼白になって振り返る太平
かくしてそこには、相対した時とまったく変わらぬ余裕の表情のままで阿部隆和が微笑んでいた

とても刀で斬られたダメージがあるようには・・・否!
よく見ればその肉体はもちろん、ツナギにも斬られた跡が残っていないではないか
自分が斬った阿部隆和は幻覚だったのか?これは奴の術中?だがしかし、確かに斬った時のリアルな手応えが・・・・・
困惑する太平に対し、阿部隆和はツナギのホックを大きく開けて胸元をはだけると、チョンチョンと指差しながらこう言った

阿部隆和  「フフフ・・・・次は心臓でも突き刺してみるかい?ホラどうぞ」
太平     
「う、うおおおおおおおおおおあ!」

正体不明の能力を前にした恐怖。半ば狂乱状態になって、そのセクシーな胸板に刃を突き立てる太平
その切っ先は阿部隆和の心の臓を真正面から貫き、背中をも貫通して盛大な血の噴水を吹き出させた

太平     「これは幻覚じゃ・・・・ねえ!」
阿部隆和  「そうさ本物だよ。ようやく捕まえたぜ」

ズドン!!
その言葉にハッとした太平が身をよじろうとするも、傷口を筋肉で強力に締め付けることで水殻を咥えこんで離さない阿部
瞬間、太平の胸に打ち込まれたのは、至近距離であっても威力を低下させない必殺の短打
「虎咆」だった




太平    「ガハッ・・・な・・・なんなんだ・・・アンタのこの能力の正体は・・・
       不死身のグラップラーなんて・・・この世にいるワケが・・・ない・・・」

息も絶え絶えで地面に倒れ伏す太平と、それを余裕の笑みで見下ろす阿部。態勢は瞬く間に逆転した
はたしてたった今水殻に貫かれたハズの左胸は跡形もなく綺麗に塞がっていた。無論ツナギにも破れた跡は見られない
一体この男の恐るべき能力は何なのか

阿部隆和  「不死身とは少し違うな
        
俺は”多重次元概念共有体”だ」

太平     「たじゅ・・・?なんだそれは・・・・」
阿部隆和  「そうだな・・・どこから説明すべきか・・・お前は並行世界の存在を信じるか?
        俺達が存在するこの世界と鏡合せに存在する、無限の可能性の世界・・・・
        俺はその全ての世界の自分自身と、「阿部隆和」という存在概念を共有しているのさ」

太平     「?・・・・どういう事だ?1つの肉体に無限の命を宿している・・・?」
阿部隆和  「イヤ。共有しているのはあくまで「阿部隆和」という概念だけ
        例えば何万もの意識や人格が融合してせめぎ合うなんて事もないし、
        命だって俺の体には1つだけだ。
だから斬られれば普通に死ぬ」

無限に存在する並行世界の自分と、存在概念を共有している
どうにも抽象的で解りにくい「多重次元概念共有体」の説明
無限の可能性の世界と繋がっているのなら、それがイコール無限の命ということではないのか?
釈然としない太平に対し、阿部隆和は解りやすい例を挙げる

阿部隆和  「今、俺はお前に致命傷を負わされて確かに絶命した。が・・・・
        当然ながら死んだのはこの世界の俺だけで、並行世界の俺は死んでいないよな
        だが俺は全ての世界でその存在概念を共有している。するとどんな事が起こる?
        
「死んでいる状態と生きている状態が重なっている」と言える」

ここまで説明されて、太平は何かに気付いたようにハッと息を呑んだ

太平     
「そうか・・・シュレディンガーの猫・・・!」
阿部隆和  「その通り
        量子力学上、「生きている状態と死んでいる状態の重なり」などという状態は観測できない
        故に俺は存在そのものが”あやふや”であり、自分自身を観測することで存在している
        言い換えれば俺は自分を認識する限り
”どこにでもいて、どこにもいない”
        皮肉なものだろ?無限の自分と繋がってるのに、逆に存在が希薄になるんだからな」

確かにこの世に存在していながら、同時にこの世のどこにも存在していないグラップラー
それが阿部隆和の正体だった。太平の視界が絶望感でグニャリと歪む
その話が眉唾モノでなく真実であるならば―

阿部隆和  「俺は確率の世界を跳ね回る1匹のチェシャ猫
       
 誰にも俺を斃すことはできない!」

この男を倒す方法など―この世には存在しないからである




太平    「ぐッ・・・・ふ!ガハァッ!!」
阿部隆和 「苦しいかい?俺だって斬られた瞬間は死ぬほど痛いんでね
       ちょっとくらいはさっきのお返しをさせてもらわないとな!」

ズドッ!ドボォ!
倒れ伏して無防備な脇腹に、屈強な脚力で放たれた爪先蹴りが深々と突き刺さる
そのまま衝突エネルギーによってゴロゴロと転がった先で、今度は強烈に鳩尾を蹴りつけられて悶絶する太平
まさに名称通りの”サッカーボールキック”状態である
蹴り足を狙ってそれを斬り落としても、次の瞬間には何事もなかったように復元している無敵の能力には反撃も意味を成さない
肉体的ダメージはもちろんだが、それ以上に精神的絶望感が太平の反撃する気力を奪い去っていた
次第に痛みも感じなくなってくると最早防御の為に身体を動かすこともなくなり、視線も定まらぬ表情でされるがままの太平

太平    『ちっきしょ・・・”存在しているのに存在していない”なんてチートありかよ・・・
       斬っても斬れない相手・・・殺しても殺せない相手をどうやったら倒せる?
       ・・・あぁ・・・そういえば昔・・・師匠がこんなこと言ってたっけな・・・
       ハハ・・・なんだよこりゃ走馬灯ってヤツかな・・・いよいよ年貢の納め時か・・・」


朦朧とした意識の中で彼の脳裏をよぎったのは、かつて師・ヒムラーと交わした印象深い会話であった




ヒムラー  「太平よ。村正と正宗の切れ味についての逸話は知っておるか?」
太平    「はい。村正作の一振と正宗作の一振を川に突き立ててみたところ、
       
村正に対しては上流から流れてきた葉っぱが、まるで吸い込まれるかの如く近づき、
       刃に触れるや否や真っ二つに切れてしまった
       一方、正宗にはどんなに葉っぱが流れてきても決して近寄ることはなかったという
       二振の明確な違いを表す有名なエピソードですよね」

日本刀の名工にして、同時にその作品銘としても名高い「村正」と「正宗」
血を求める「妖刀」として後世に名を残す村正の魔性と、その威をもってそもそも敵を近づけさせない正宗の格
おそらく創作話であろうが、双方の特徴をデフォルメしてわかりやすく伝えた有名な逸話として、刀剣マニアにとっては識るところである

ヒムラー  「この話を聞いて、お前はどちらがより優れた刀剣だと思う?」
太平    「えっ?それは・・・ええと・・・やはり正宗でしょうか
       不必要な血を流すよりも、不殺の勝利を成す剣こそが真の名刀かと・・・」

予期せぬ師の問いに対し、ややしどろもどろになりながら返答する太平
間違ったことを答えた感覚はなかった。無血で勝つことができるのならばそれに勝る名刀はこの世にあるまい
しかしその後に返ってきた師の持論は、彼の目から鱗を落とさせるものだった

ヒムラー  「私はどちらも名刀と呼ぶには不完全だと思う
       例えば・・・そうだな・・・使い手がその柄を握った時に、
       「斬りたい」と思えば斬れ、「斬れるな」と思えば斬れない刃・・・
       これこそが真の名刀と呼べるのではなかろうか」
太平    「そ、それは仰る通りですが・・・そのような事が実際に有り得るのでしょうか」
ヒムラー  「”斬らぬ刀”は確かに理想のひとつではある
       だが本当の名刀とは”必要なモノだけを斬り、それ以外を斬らぬ”刀の事だ
       そしてそれは我々が修める剣の道とて同じことが言える
       敵に相対した時、真に斬らねばならないモノとは相手の肉と骨ではない
       
黒く染まってしまったその悪しき心だ

       修行においても、ただ巻藁を斬っているうちは本当の修行とは呼べぬ
       
己の弱き心を斬り、克己心を養うことこそが修行の肝要であろう」

本当に斬らねばならぬモノだけを斬り、それ以外は傷つけぬ刃
それこそが剣聖ヒムラーの提唱する名刀の定義であり、同時に剣を志す者として胸に留める挟持であった

ヒムラー  「太平よ。剣の道に生きるのであれば、何においても常に目を凝らせ
       
眼前の物体ではなく、”本当に斬るべきモノ”だけを斬るのだ」







太平    「あぁ・・・そういうことか・・・
       アレは求道者としての心構えを説いた、ただの比喩だとばかり思ってたけど


       あの時、師匠は実際にやってみせてくれたんだな・・・
       だったらこの場合・・・俺がこいつを斃すために斬らねばならないモノは・・・!」

マグナムスチール製の手甲に一切阻まれることなく、その中身だけを切り裂いたヒムラーの「水殻流」
物理法則を完全に無視した超絶の魔技に、自分があの領域に達することなどまだまだ思いもよらなかった太平
今の自分に必要なものこそが、あの技であることを悟ると、
どれだけ蹴られようと殴られようと手放さなかった得物に向かって静かに語りかけた

太平    「なぁ水殻・・・俺はまだまだ師匠の足元にも及ばねえ・・・
       お前の主人を名乗るには資格が足りねえのかもしれん・・・
       だから・・・だからよ・・・「俺の言うことを聞け」なんて言うつもりはねえ
       
今は・・・お前の力を俺に貸してくれ!」




ボンッ!!!
阿部隆和 「ほう。もう反撃する気力などないと思っていたが・・・
       まだそんな力が残っていたのか?」

血飛沫を振り撒きながら勢いよく吹き飛び、キリキリと宙を舞って地面にボトンと転がる肉塊
太平が放った一閃によって阿部隆和の膝から下は綺麗になくなっていた

片足を失ったことでバランスを崩し、ドスンと尻餅をつく阿部
しかし当然ながら、彼に慌てる様子は微塵たりとも見られない
こんなもの、この世界における自分の存在を再認識するだけで元通りに復元する
否―するハズだった

阿部隆和 「うん?なんだ・・・・?おかしいな?」

これはどうした事か
さっきから何度も自己の存在を観測し直しているにも関わらず、一向に斬られた足は復元しないではないか

彼がこの世に生を受けてから己の能力を自覚して以来、こんなことはただの一度としてなかった事態である
狼狽して今だ立ち上がれない阿部隆和と対象的に、ボロ雑巾のように地面に倒れ伏していた太平がゆっくりと起き上がった

太平    「へへ・・・どうしたい?もしかして足が治らないんじゃないか?」
阿部隆和 「お前・・・!お前が何がしたのか?・・・って・・・
       
なんだその短刀は・・・水殻はどこに・・・!?」


驚きに目を見開く阿部。太平の手に握られていたのはさっきまでの水殻ではなく、
刃渡り20cmにも満たないほどの短刀だった



一体さん2 第27話「卍解」




太平    卍解・明鏡止水殻!!!
       肉と骨をどれだけ斬ろうとも、この世界でアンタを殺すことはできない
       並行世界に存在する”阿部隆和”の概念がその死を無かった事にしちまう
       だから・・・・アンタの肉体という”物質”ではなく
       
”阿部隆和”という概念そのものを斬った

       この世界における”阿部隆和が斬られた”という事象が覆らない以上
       アンタが何度自分を再観測しようが、そこに居るのは”五体満足の阿部隆和”ではなく
       
”斬られた阿部隆和”にしかなり得ない」

【明鏡止水殻】
五大元素聖剣が一振り、水殻が卍解によって真の能力を開放した姿
「この世に斬れぬものはなし」を謳い文句にしている剣として、シンノスケの持つ斬岩剣があるが
卍解した明鏡止水殻の刃はこの世に存在する森羅万象の理すべてを絶つ神代の刃であり、
その対象は物質のみならず、モノの概念にまで及ぶ
(執着心や憎悪といった人の感情は勿論、呪いや因果といった目に見えぬ強制力まで絶つ力を秘めている)
また、使い手の意志を汲み取り、斬りたいモノだけを斬り、それ以外を傷つけないという特性を併せ持つ

ドォッと阿部隆和の全身から冷たい汗が噴き出した
特殊能力系グラップラーの戦いは、能力の概念同士の戦いと言ってもいい
先程から斬られた足が復元しなかったのは、能力が正常に作動していなかったからではなかった。いつも通りに彼の肉体を復元していた
”斬られた阿部隆和”を何度も再構築していただけだったのである

太平    「そしてこの刃でアンタ殺した場合・・・それでもアンタは自分を再観測できるか?
       答えはNOだよな。すれば
       
「死んだ阿部隆和」を自分自身で確定してしまうからだ」

そう言って明鏡止水殻の切っ先を阿部隆和に向かって突きつける太平
その瞬間、阿部は素っ頓狂な声を上げて恐怖の反応を示した
水殻の切っ先を恐れたのではない
彼が恐れたのは、その更に奥で爛々と光る太平の双眸だった

阿部隆和 「バカな・・・こんな・・・こんな・・・こんなバカなことが・・・・!
       
ちょ、直死の魔眼・・・ッ!!!」


BGM:「MELTY BLOOD」 OP主題歌「MELTY BLOOD」

【直死の魔眼】
”死”を視覚情報として捉えることのできる眼

この目が読み取って視覚する”死”とは「生命活動の終了」ではなく、
”いつか来る終わり”(死期、存在限界)という”概念”である
”死”は線と点で見えるもので、一切の強度を持たない
「死の線」は存在の死に易いラインを表し、線をなぞり断てば対象がどんなに強靭であろうと切断される
また”死”に至らしめることが可能なのは生物だけに留まらず、
”いつか来る終わり”を持って存在しているモノである限り、あらゆるモノを殺すことができる
弱点として、「どうやっても殺せないモノ」(不死の存在等)や、
魔眼の所有者にとって理解できないモノは、その”死”も理解できないので線も点も視えず、殺すことはできない

両手をついて立ち上がると、太平に背を向けて全力で逃げ出す阿部
しかし悲しいかな。片足の切断された身体では追撃から逃れられる道理はない
走っては転び、起き上がっては転び・・・・
悠然と迫ってきた太平との間合いが詰まった時、初めて彼は悲痛な命乞いの叫びを上げた

阿部隆和 「ヒイイッ!たっ・・・助け・・・!」

幾条もの剣閃が阿部隆和の肉体を無慈悲に両断していく。その様たるや、さながらレーザー光線
この世の全ての「死」を視ることができる眼と
この世の全てを断つことができる神代の刃
このふたつを併せ持つ、今の太平の剣はまさしく―

太平    「教えてやる。これが―
       
”モノを殺す”ということだ!」

正真正銘、文字通りの「必殺剣」である
TO BE CONTINUED・・・


戻る