シルバー  「・・・ってオチだったんです。IGPOもラクじゃありませんよ」
隕石     「へぇ。珍事件ってのは実際にあるモンなんだな」

空に大きな満月が浮かぶ夜。焚き火の周りに輪になって談笑する5人の若者
シンノスケ、太平、J、隕石と・・・・もう1人はワードッグの青年・シルバーだ

邦条六月を倒した後、シルバーは上司トキーの命令によってシンノスケ達と同行して京へ向かうことになったのである

J      「ご協力感謝します。地獄の番犬」
トキー   「いやなに当然の事。アレらは常に近くにあったほうがいい
       ・・・あとは『火』と『風』か。所在に心当たりは?」

J      「皆目ありません。しかし近いうちに必ず集結するでしょう」
トキー   「まさか天魔流星復活とはな・・・シルバーをよろしく頼みます」

シルバー同行にあたり、Jとトキーがこんな会話を交わしていたことは他の4人は知らない




山道の途中で日が暮れてしまった今夜は野宿することになり、
焚き火を囲んで他愛のない話で親睦を深め合っていたのだった

シルバー  「・・・でもいずれはボスみたいなグラップラーになりたい
        それが物心ついた頃からの俺の夢なんです」
隕石     「夢か。俺は父さんの後を継いで機械工学の分野で活躍したいな」
J       「夢ねぇ・・・俺は・・・親父みたいな男になる事・・・かな」

太平     「腕を磨いていつか師匠を超える!俺はこれ以外考えられねェ!
        水殻に相応しい剣士になるんだ。シンノスケ、お前は?」

いつしか話題は夢の話になり、最年少のシンノスケの答に4人が注目する。「伝説」の息子はどんな夢を語ってくれるのか?
しかし当のシンノスケはキョトンとした顔でこう答えた

シンノスケ 「夢・・・ですか。俺・・・これといって持ってないかも」
J       「あん?親父さんみたいな剣士になりたい、とかじゃねえのか?」
シンノスケ 「世界を救ったっていう父の事は尊敬してますが
       なにぶん亡くなったのは俺が3歳の時なので思い出はあまり・・・
       剣も一体さんに「覚えろ」って言われて始めたものですし」

具体的な夢はない、というシンノスケの淡白な返答
やや落胆した反応を見せる仲間達だったが、太平だけはそんな弟弟子を可哀想に思った

太平    『そうか・・・師匠に預けられたのが8歳の時だったもんな・・・
       普通の子供のようにパイロットや野球選手に憧れる時間もなかったか
       まして親父さんを早くに亡くしてりゃ目標も・・・』
シンノスケ 「あ、あのっ、やっぱり夢って持ってないとおかしいんでしょうか?
       夢を持ってないから先輩みたいな覚悟を持ち得ないんでしょうか?」

泣きそうな顔になって皆にそう聞いてみるシンノスケ
意識せずに口から出てしまった「夢がないから覚悟がないのか」という言葉
それはJと戦った時の、
自分と太平の覚悟の差に他ならない

中途半端な心眼で敗れた自分。対して心眼を得るために一時的に自らの両目を潰した太平
その凄絶なる覚悟は、「剣の道を極める」という揺るがぬ信念を持つ太平だからこそ持ち得るものだったのではないか
自分の夢さえ見つからぬ半端者には、到底その信念を得ることは出来ないのではないか?

あの日以来抱えていたコンプレックスを、シンノスケは思わず皆の前で吐露するのだった




???   「もしもし・・・こんばんは兄さん方
        よろしかったらあっしも焚き火に当たらせてくれやせんかね」

と、その時。興奮して立ち上がったシンノスケの背中に声をかける1人の男が現れた
ボロボロの衣服と帽子を目深にかぶり、背中にはアコースティックギターなど担いでいる。風体から察するに流しの弾き語りだろうか
更によく見れば、杖をついてカツンカツンと足元を確認しながら歩いているではないか。どうやら盲目らしい

太平     「あ、あぁ構いませんよ。どうぞどうぞ。足元に気をつけて」

快く男を迎え入れる太平。男はヒョコヒョコと輪に加わり、焚き火の前にどっかりと腰を下ろした
思わぬゲストの登場で話が途中で途切れてしまったシンノスケも、ばつが悪そうに腰を下ろす

???   「ウェッヘッヘ。いやぁ、ありがとうごぜえやす兄さん
        ・・・おっと、坊ちゃんどうしやした?随分と元気がないねェ?」
シンノスケ 「え?何でわかるんですか?その・・・」
???   「目が見えないとね、代わりに色々なものが感じ取れるんですよ」

男が目深にかぶっていた帽子をくいっと持ち上げる。白濁した瞳は彼が盲目である事を証明していた

砂布巾   「あっしの名は砂布巾。座頭の砂布巾でさあ」



第7話「夢の守り人」



砂布巾  「街までご一緒してもらえるとは本当に助かりました
      山道は目暗にはキツくてね。兄さん方、ありがとうございやした」
太平   「いやなに。それじゃ砂布巾さんも道中気をつけてください」

野宿で夜を明かした太平たちと、盲目の弾き語り・砂布巾
目的地の方向が同じだったせいもあり、翌日6人は一緒に山を越えて宿場街へとやってきたのだった

砂布巾と別れの挨拶を交わす5人・・・と、まさにその時だった

若者1  「ちくしょうあの野郎!逆恨みも甚だしいっつーんだよ!」
若者2  「けっ、警察呼んでくれ警察!男が刃物を持って暴れてるんだ!」

突然目の前の建物から、悲鳴を上げて大勢の若者達が飛び出してきたではないか
刃物を持った暴漢が暴れているとなれば警察を呼ぶ猶予などない。グラップラーである自分達の仕事である
シンノスケと太平が顔を見合わせて頷いた

シルバー 「警察です!そこのあなた案内してください!」

というか現役の警察官がいた。シンノスケ達が動くよりも早く、建物の中へと消えるシルバー

J     「迅速な行動力だ。流石はプロってとこだな」
砂布巾  「へぇ、あの兄さん警官だったんですかい。格好いいですねェ」

シルバーが難なく犯人を取り押さえたのは、それから十数秒後のことだった





海藤    「チクショウ離せッ!俺は絶対こいつらに復讐してやるんだ!」

犯人は包丁を持ってはいたが普通の人間。グラップラー警察であるシルバーにかなうハズもない
後ろ手に関節を決められて床に伏せられた犯人・海藤直哉は、取り押さえらて尚バタバタと抵抗を見せる
シルバーが手錠をかけようとしたその時、息を切らして走ってきた初老の男性が間に入ってそれを阻止した

袋宇先生 「て、手錠は待ってください!彼は私の教え子なんです!
       海藤くん!ヤケばちになっちゃイカン。しっかりするんだ」
海藤    「すいません・・・先生に迷惑をかけるつもりはなかったんです」

「先生」と呼ばれた男性が現れた途端に大人しくなる海藤。シルバーは手錠をしまい、二人の話を聞くことにした

実はシルバーが突入したこの建物は、地元でも有名な音楽院
犯人・海藤直哉はつい先月この学校を中退したばかりの元生徒であった。そして袋宇先生は彼の恩師である
在学中の海藤は
「クラシックギター界の超新星」と称された天才であり、学生達の羨望の的であった
しかし半年前。そんな彼の人生を180度変えてしまう事件が起きる

夜道を歩いていた彼は、突然素性もわからぬグラップラーに襲われ怪我を負わされたのだ
その怪我は命に別状はなかったが・・・海藤にとっては命を奪われたのと同じだけの出来事であった
ケガは
右手首の腱断裂。リハビリで日常生活に問題ないレベルには回復したが、ギタリストとしては致命的である
そして海藤が以前のように演奏できなくなると、周囲はその態度を一変。手の平を返したように落ちた天才を蔑んだ
彼が学校を中退したのはそれからすぐの事であった

海藤    「犯人はこの学校の生徒の誰かが雇ったに違いねえんだ!
       俺の才能に嫉妬しやがって・・・チクショウ!チクショオッ!」
シンノスケ 「海藤さん、夢を失ってしまったあなたの無念はわかりますが」

拳から血がでるほど床を殴りつけて叫ぶ海藤。一緒に話を聞いていた太平達も、彼の不幸には同情せざるをえない
彼を慰めようと口を開いたシンノスケだったが、その言葉を聞いた途端に海藤が怒鳴った

海藤    「聞いた風な口を利くなガキ!今の俺に言わせりゃあな・・・
       
夢ってのは呪いと同じなんだよッ!
       夢をかなえた人間はその呪縛から解放されるが
       途中で挫折した人間は一生『夢』という呪いに縛られ続ける!
       
俺の苦しみはお前になんぞわからない!
       うッうッ・・・ううううううッ・・・・・」

最後は嗚咽で言葉にならない。ガックリとうな垂れて咽び泣く海藤に、シンノスケはかける言葉を失った

袋宇先生 「海藤くん・・・私は君の味方だ。決して自暴自棄になるんじゃない」
海藤    「うう・・・先生・・・俺は・・・」

今にも消えてしまいそうな教え子の背中をポンポンと叩く恩師。よほど固い絆で結ばれているのか

シンノスケ 「砂布巾さん何か?」
砂布巾   「いやなに・・・ちょっとね」

しかしそんな師弟愛に皆が感心している中、たった一人砂布巾だけは何故か眉をひそめるのだった





海藤    「昨日は邪魔が入っちまったが・・・今日こそは・・・ッ」

事件から一夜明けた翌日、音楽院の前に再び海藤直哉の姿があった
悲しきかな。復讐に捕らわれてしまった人の心
あの時は恩師の説得で大人しく帰ったものの、一夜明けるや怒り再燃。またもや自分の仇討ちにと乗り込んできたのだ

懐に刃物を忍ばせ、ギラギラした目つきで構内へと侵入する海藤
しかしその時、ある教室から聞こえてきた旋律に海藤は思わず足を止めて耳を傾けた
教室の中には一心不乱にギターを弾く若者が1人

海藤    「お前、一年か?それ『夢のかけら』だよな」
一彦    「あっ!かかか、海藤先輩ですよね!はいっ初めまして!」

弾いていた曲「夢のかけら」は、海藤が在学中に作曲した彼のオリジナル曲
聞けばこの一彦という一年生、天才・海藤に憧れてこの音楽院に入学してきたのだと言う
憧れの人物を前にして瞳をキラキラ輝かせる一彦に、さすがに海藤も毒気を抜かれてしまった

海藤    「ははは・・・お前、俺とおんなじ手ぇしてんなぁ
       俺だってあんな事件にさえ巻き込まれなけりゃ今頃は・・・」

一彦    「海藤先輩・・・」
海藤    「弾いてみろよ。聴いててやる」
一彦    「は、はいっ!」

一彦の演奏に何か感じるものがあったのか。椅子に腰掛けて目を閉じる海藤
尊敬する先輩に自分のありったけを見てもらおうと、一彦は魂を込めて弦を弾く
会心の演奏が終わった時、海藤の頬には涙が静かに伝っていた

一彦    「せ、先輩・・・」
海藤    「フン・・・まぁまぁだな」

ぶっきらぼうな感想ではあったが。涙を拭ってそう言う海藤の表情は穏やかだった
さっきまでの凶相が、まるで憑き物が落ちたかのようである
と、同時に廊下から拍手が聞こえ、二人の男が教室に入ってきた

シンノスケ 「いい演奏でした。俺、音楽はよくわからないけど感動しました」
海藤    「お前等は昨日の連中!」
砂布巾   「スマンね。兄さんの昨日の荒れっぷりが気になったモンでね
       またバカやりゃしないかと思って、この坊ちゃんと待ち構えてたのさ
       しかしまぁ・・・その様子じゃあっし等の取りこし苦労だったようだね」
海藤    「・・・まぁな」

入ってきたのは金髪の美少年と盲目の弾き語り。シンノスケと砂布巾であった
先を急ぐシンノスケ達ではあったが、思慮深い砂布巾の忠告もあり、海藤が再び凶行を起こした時に備えて数日この街に滞在する事にしたのだ
しかし一彦の演奏にかつての自分を重ね、すっかり復讐心を溶かされてしまった今の海藤には無用の心配というもの
安心した二人が教室を後にしようとした時、入れ替わるように現れたのは満面の笑顔を湛えた袋宇先生だった

袋宇先生 「うんうん、実に素晴らしい演奏でしたよ一彦君
       君には才能があるとは前々から思ってましたが・・・
       憧れの海藤君の前で弾くことでそれを開花させたようですね
       
君はもうすぐ海藤君のようになれるでしょう」

海藤    「一彦ってのか。その調子で頑張れよ」
一彦    「海藤先輩あのっ!また色々と教えてもらえますか?」
海藤    「気が向いたらな」

一彦の申し出に笑顔でそう応え、海藤は足取りも軽く教室を出て行った
あの様子ならば二度と無茶な真似をすることはないだろう、と安堵に微笑むシンノスケだったが・・・

何故か眉間にシワを寄せた険しい表情で。砂布巾はこう呟くのだった

砂布巾   「坊ちゃん。急ぐ旅の途中で大変申し訳ありませんが・・・
        どうやらもう数日この街に滞在してもらう事になりそうですよ」




あれから3日後。今日も音楽院の教室には一心不乱に弦を掻き鳴らす一彦と、瞳を閉じてそれに聴き入る海藤の姿があった
海藤は毎日一彦の元を訪れてはマンツーマンで演奏を指導。一彦も憧れの先輩に鍛えられ、その才能を開花させていた

海藤    「よし、今日はここまで。だいぶ良くなったぞ
       指・・・大切にしろよ。お前の指は黄金の指だ」
一彦    「は、はいっ!明日もご指導よろしくお願いします!」

笑顔でそう言い、すっくと立ち上がって教室を出て行く海藤
一彦は海藤の背中に一礼すると、再び椅子に腰掛けてギターを弾き始める

シンノスケ 「練習熱心ですね。海藤さんが帰られたのにまだ続けるんですか?」

声をかけたのは同じく教室に居たシンノスケだった

一彦    「今は弾く度に上達していく自分を実感できて楽しくて仕方ないんだ
       実は昨夜も一晩中弾いてて、まともに寝てないんだよね。えへへ」
シンノスケ 「徹夜ですか?それじゃあ身体を壊してしまいますよ
       なんでそんなに頑張れるんです?やっぱり・・・
”夢”だから?」

砂布巾の謎の忠告により、あれから三日間海藤と一緒に音楽院に顔を出し、一彦の練習に付き合っていたシンノスケ
しかしそれは砂布巾に頼まれたからだけではなく、シンノスケ本人もこの二人を気にかけていたからである
溢れ出る才能を持ち得ながらも、不幸な事故によってその「夢」を断念した男
その男が絶望の淵で出逢った若き才能の芽が、自暴自棄になりかけていた彼を救い、生きる希望となっている
自分の夢を持たないシンノスケには、夢と向き合って挫折し、そして再起しようとする彼等の姿が眩しく映って仕方がなかったのだ

一彦    「うん。夢を持つとね・・・ときどき切なくなる時もあるけど・・・
       
ときどきすごく熱くなれるんだ
       シンノスケくんもいつか自分の夢を持ったら解るよ」

「夢」は人を活かす心のエネルギー
目標に向かって自分を突き動かす原動力。人は「夢」を叶えるために努力し、悩み、喜び、そして涙する
憧れの先輩に指導を受け、自分の夢に向かって前進している手応えを感じている一彦
その全身はシンノスケが一目見てもわかるだけのまばゆい力を放っていた。これこそが「夢」を持つ人間の証である

シンノスケ 「・・・・よくわからないけど・・・よくわからないけど・・・
       よくわからないけど
なんとなくわかりました」





一彦    「それじゃシンノスケくん、気をつけて帰れよ」
シンノスケ 「はい。一彦さんも」

一彦が演奏に満足してギターケースを取り出した頃にはすっかり日も暮れていた
家への近道を行こうと裏路地に入った一彦。と、彼の背後に追いすがるように数人の人影が現れた
足音も無く一彦に迫る移動速度は普通の人間のそれを遥かに超え、彼等がグラップラーであることを示していた
その眼に宿る光は凶気を湛え、追いすがる人物に対する敵意を露にする

グラップラー「ククク・・・悪いな小僧。キサマに何の恨みもないが
        これも仕事なのでな。その腕・・・壊させてもらう!」
???   「そうはさせない。お前達の相手は俺がしてやろう」

何も気付いていない無防備な一彦の背中に謎のグラップラー集団が攻撃の意思を表した、まさにその時
凄まじい小宇宙とともに彼等を背後から呼び止めたのは、夜の闇に美しい金髪をなびかせた美少年だった

グラップラー「なんだァ坊主?キサマもグラップラーか
        なるほどあの小僧の雇ったボディガードってわけかい」

シンノスケ 「別に・・・
ただのおせっかいさ」




同じ頃。既に構内には誰もいないハズの音楽院の一室に明かりが灯っていた
くるくるとワイングラスを回しながら優雅にクラシックのレコード聴いているのは、あの海藤直哉の恩師・袋宇先生である
何かよほど嬉しいことがあったのか。その顔にはニタニタした醜悪な笑みを浮かべ、瞳を閉じてワーグナーに耳を傾ける
だが。その至福の時間を邪魔するかのように突然割り込んできた別の曲を耳に捉えるなり、その眉を嫌悪で顰めた

袋宇先生  「これは・・・『夢のかけら』 誰です?・・・海藤君ですか?」
???   「へっへへ・・・どうもこんばんは。あっしですよ先生」

アコースティックギターを弾きながらひょっこりと現れたのは、帽子を目深に被った盲目の弾き語りだった
まるで予想もしていなかった人物の登場に更に表情をしかめる袋宇先生だったが、すぐに笑顔で挨拶を交わす

袋宇先生  「・・・こんばんは。確かこの間の・・・砂布巾さん、でしたか?
        流石にプロだけあって綺麗な演奏をなさいますね」
砂布巾   「いやぁ、あっしのギターはまったくの我流なもんで
        音楽の先生にそう言ってもらえると気恥ずかしいですね
        これは曲のおかげですよ・・・まったく良い曲ですねコレは」
袋宇先生  「まったくです。海藤君は本当の天才でした
        あんな事故さえなければ明日の音楽界を担う逸材だったのに」

海藤直哉が「クラシックギター界の超新星」と称されるきっかけとなった、彼のオリジナル曲「夢のかけら」
それを絶賛する砂布巾に手放しで賛同し、そして海藤の不幸は音楽界の損失であったと肩を落とす袋宇先生
そんな袋宇先生の姿を見て、砂布巾は演奏をやめると静かな声で更に言葉を続けた

砂布巾   「あっしは見ての通りの弾き語りですがシンノスケの坊っちゃんや
        一彦さん、海藤さんの前で演奏したことはありません
        ・・・それが何故だかわかりますかい?」
袋宇先生  「さあ?何故ですかな?」
砂布巾   「あっしの演奏を聞かせる相手は
悪党だけって決めてるんでね」

ピクリ、と袋宇先生の眉が動いた。表情はまだ笑顔のままだ

袋宇先生  「どういう意味でしょうか?」
砂布巾   「しらばっくれるんじゃあないよアンタ・・・」

目の前の弾き語りの全身から凄まじいまでの怒りと威圧感を感じたその時
初めて袋宇先生はその笑顔の仮面を崩し、大きく跳び退いて身構えながら叫んだ

袋宇先生  「き、キサマ・・・グラップラーか!?
        
フン。驚いたな・・・何故わかった?」
砂布巾    「”におい”さ・・・あっしはこの通りの目暗だからな・・・・
        人間の良い悪いはそいつの発する”におい”でわかる
        初めて海藤さんに会ったあの日!皆の心が哀しみに沈んでいた時!

        たった1人、アンタの心だけがニタニタ笑っていやがった!」

            アンタはくせえ!ゲロ以下のにおいがプンプンするんだよ!
        答えろ・・・なぜ教え子である海藤さんの夢を潰した!?」

砂布巾の怒気に当てられ、偽り笑顔の仮面を崩した袋宇先生がその本性を現した
海藤直哉の右腕をグラップラーに襲わせ、その音楽家生命を奪った犯人・・・その正体は
他ならぬ彼の恩師、
この袋宇先生であったのだ

袋宇先生  「ハハハそこまでわかっていて理由を聞くかね?無論嫉妬さ!
        彼は正真正銘の天才だった・・・私はその輝きを心底妬んだよ
        私よりも才能のある人間には罰を与えねばならん。重い罰をね
        ただ殺してしまうだけでは私の気が晴れない・・・・
        
才能を潰して惨めに生きていてもらわんとな!」

その濁りきった瞳に狂気の光を宿し、顔を抑えながらゲラゲラ笑い出す袋宇先生
彼がパチン!と指を鳴らすと、天井裏から数人の男達が現れ砂布巾の周囲を取り囲んだ

袋宇先生  「雇ったグラップラー達だ。こんな時の為の身辺警護に当たらせている
        なかなかの名探偵ぶりだったが・・・死んでくれたまえ。砂布巾氏」





一方その頃。繁華街のネオンも届かぬ路地裏の暗闇で、5人のグラップラーと対峙するシンノスケ
思わぬ邪魔者の出現に一瞬たじろいたグラップラー達ではあったが、相手が1人とわかるとすぐに冷静さを取り戻す

グラップラー「ふんバカな小僧だ。多少は腕に覚えがあるようだが・・・
        この人数を相手に勝てると思ってかーッ!!」

怒号とともに散会するや、5方向から同時にシンノスケへと迫る黒の疾風。統制の取れた集団攻撃だ
金でどんな仕事も引き受ける無頼の輩達ではあるが、それ故に戦い慣れている。並みのグラップラーならば太刀打ちできないであろう
しかしご存知のとおり、シンノスケは並みのグラップラーではない。最高ランク「S級」セイバーである
迫り来る敵を見据え、いつものように愛刀の柄に手を・・・・・
手をかけない!?
”ズガッ!ドカカァッ!”
なんと斬岩剣を抜くそぶりも見せず、シンノスケはその身に悪漢どもの攻撃をまともに受けてしまった
5方向からの攻撃に反応できなかったのか?否! 「仕留めた!」と思った男達に、すぐさま驚きが走る

グラップラー「な、なんだコイツの強大なオーラは・・・まるで鎧!
        俺達の攻撃が・・・氣に阻まれて届いていないッ!」

シンノスケの全身から噴出す高密度のオーラが、強烈な氣の鎧となって攻撃を完全にシャットアウトしていたのだ
直後。男達の1人が腹部に凄まじい衝撃を受け、十数mも吹き飛ばされて地面に転がった後気絶した
斬岩剣は鞘に納まったまま。男を一撃でKOしたのは、グラップラークラス「セイバー」であるシンノスケの「拳」だった

グラップラー「なんだと!?こ、こいつセイバーじゃないのか?」
シンノスケ 「知ってるかな・・・夢を持つとね、ときどきすごく切なくなるけど
        
ときどくすごく熱くなれるらしいよ
        俺にはまだ自分の夢がないんだ・・・でもね・・・そんな俺でも

        人の夢を守ることはできる!」

シンノスケの右拳が再び唸りをあげる。殴り倒される直前、男達はたしかに見た
少年の右手の甲が、何やらまばゆい光を放っているのを





砂布巾   「アンタ、あの日海藤さんが言ったことを覚えてるかい?
        
夢はね・・・呪いと同じなんだそうだよ
        途中で挫折した人間はずっと呪われたまま・・・らしい・・・
        
アンタの罪は・・・重いッ!」

砂布巾に跳びかかったグラップラー達は、一呼吸のうちに全員がその身から真紅の花を咲かせて絶命した
刹那の交錯で彼等を涅槃へと誘った砂布巾の攻撃。それは・・・・

袋宇先生  「ギターの中に仕込み刀だと!!?
            そ、そういえば聞いたことがある・・・盲目の剣の達人・・・
        
通称”座当砂!”まさかお前が!?」

その問いには答えず、ターゲットへとまっすぐに走る砂布巾
猛スピードで迫る天誅の白刃。それに対抗するべく、袋宇先生の身体にも変化が起きる
その骨格が大きく変形したかと思うと、なんと全身からワサワサと毛がが生え出したではないか
両腕が巨大な翼へとカタチを変え、ただでさえ醜悪だった顔面は更なる異形へと変わり果てた

袋宇先生  「グハハハ驚いたか!これが私の本当の姿よ!
        鳥人種『ワーオウル』にしてA級グラップラー!
        盲目の人間グラップラーごときに遅れは取らんぞ!」

梟人間!袋宇先生の正体は、シルバーらと同じ亜人種であったのだ
ワードッグが嗅覚や敏捷性に優れているように、亜人種はそれだけで人間を遥かに凌ぐ戦闘力を有している
それが猛禽の能力を有するA級グラップラーであれば、その力がどれほどのものかは推して計るべきであろう

その鋭く強靭な爪を振りかざし、砂布巾を威嚇しようとした梟先生だったが・・・・次の瞬間
”ドズゥッ!!”
腹部に感じた痛みと熱さに視線を落とし、そこで自分の腹に深久と刀を突き立てる敵の姿を捉えて我が目を疑った

梟先生   「この猛禽の鉤爪を・・・って、あ、アレ?ウソ?」
砂布巾   「遅いんだよ・・・戦闘中にベラベラ喋ってんじゃねえ
        さあ堪能しな!これがアンタがこの世で聴く最後の曲だ!
     
   音撃斬!お寂し山のセレナーデ!」

ギャイィィーン!!ドリュドリュドリューン
ズギャギャギャギャバリバリバリ
ビィーン!!

ギターの底部に付いた刃を敵に突き刺し、そのまま弦を掻き鳴らす!
その音波振動は敵の体内で蓄積され、内部からその身を破壊する超絶の魔技
『音撃斬』である

梟先生   「な、なんだこれは・・・!音が!音が私の身体を引き裂くゥ!
        たっ助け・・・
うぎゃあああああああああああ!!」

聞くも耐えがたいおぞましい断末魔とともに。梟先生の身体は無数の肉片となって砕け散った
ギターをぶんっ!と振って血糊を落とすと、砂布巾は帽子を目深にかぶりなおして小さく呟くのだった

砂布巾   「おひねりは要りませんや。三途の河の渡し賃に使っておくんなせぇ」







翌日
音楽院の前には、別れを惜しむシンノスケ達一行と、海藤&一彦の姿があった

海藤    「アンタらにゃ世話になったな。あの時止めてくれた事、感謝してる
       おかげでこうして新しい夢を見つけることができたよ」
シンノスケ 「新しい夢ですか?聞かせてください!」
海藤    「決まってら。俺の手でこいつを世界一のギタリストに育てることさ」

海藤に頭をがっしと掴まれ、髪の毛をぐしゃぐしゃにされる一彦
新たなる人生の「夢」を見つけた師匠。そしてそれに応えることが弟子の「夢」

二人一緒に共通の夢に向かって努力する師弟の表情は、今まででも最高に輝いていた

一彦    「またいつでも遊びに来てください皆さん
       それまでに僕、もっと上手くなって待ってますから!」
シンノスケ 「あのっ一彦さん!俺も自分の夢見つけたんですよ!」

一瞬だけ恥ずかしそうに視線を落としてから。しかしすぐに満面の笑みを浮かべて、シンノスケは言った

シンノスケ 「夢に向かって頑張るみんなを守ること
     
 それが・・・・今の俺の夢です!」





砂布巾   「シンエモンの旦那。ご子息はまっすぐに育っておいでですぜ
        さてと・・・ではあっしは閻王の旦那に報告に行きますかね・・・」

学院を目下に見下ろす小高い丘の上で。秋のそよ風に吹かれながら、砂布巾は満足そうに頷くのだった

TO BE CONTINUED・・・


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