餞の言葉 〜ウイキョウの花〜
「おや?」
墓参りのために霊園に来た番堂梅は思いがけない人物に出会っていた。
その男は線香を焚くと、目を閉じて墓前で手を合わせていた。
男は梅の存在に気がつくと、立ち上がって頭を下げた。
梅は男のいる墓の前まで来ると持っていた桶を置いた。
「お久しぶりです、梅さん。」
「誰かと思えば、健悟郎坊やかい。」
「まだ私を坊やと呼びますか…。」
「私から見たらあんたは坊やだからね。」
健悟郎と呼ばれる男は苦笑いを浮かべる。
如月健吾朗。商店街を影で仕切る如月組の組長である。
如月組は健悟郎とその愛娘・八千代の二人しかいない。
だが、健悟郎の権力は政界や財政界にも影響を与え、
彼の援助を得れば間違いなく成功するといわれている。
そのため、多くの政治家や資産家が彼のもとを訪れるが、
彼は決して権力に靡く事なく、自分の膝元である商店街だけを護っている。
そんな強面の健悟朗を「坊や」と一蹴する梅は彼以上の権力者なのだろうか?
梅は商店街の片隅で駄菓子屋を経営しているが、
その昔は麻雀打ちとして名を馳せており、
天使のような感性と悪魔のような闘牌で対戦相手を恐怖に陥れていた。
名のある雀師達から素人まで彼女を知る者全てに、尊敬と畏怖を込めて「麻雀小町」と呼ばれていた。
梅と健悟郎の出会いは40年以上前の話になるが、それはまた別の話となる。
「ここしばらく店に顔を見せてないかと思ったら…、碧の墓参りかい?」
「はい…。今日で10年ですからね…。」
「ちょうど10年か…。」
梅はしゃがむと、置いた桶の中から花瓶を取り出すと墓の前に置き、
同じく桶の中に入っている花を取り出すと花瓶に生けてから、手を合わせた。
健悟朗も梅の隣でしゃがむと、再び手を合わせた。
「あの忌まわしい台打ち戦から、もう10年が経つんだね。」
「そうですね…。あの台打ち戦がなければ、彼女は…。」
「気にするでないよ。坊やが悪いわけじゃない。
私がもっとしっかりしていればよかったんだよ…。
碧の闘牌は死神が命を奪っていくようなものだということに早く気づけばよかったんだ。」
「私がもっとしっかりしていればあのような事態は起こさなかった…。」
「誰のせいでもないんだよ…。ある意味、運命だったのかもしれないね…。」
「運命ですか…。そんな言葉では片付けたくないですよ…。」
「碧は私らを生かすために命を削ったんだよ。私らを護るために…。」
「碧さんのお陰で、この商店街が護られ、命をなくした。
一時は商店街全てを憎んでいましたよ…。」
「でもあんたは碧に変わりこの商店街を護る決意を決めた。」
「えぇ…。」
「それでいいじゃないか…。碧も天国で喜んでくれているよ…。」
「そう言っていただけれると、楽になります。」
「坊やは何でもかんでも抱え込み過ぎなんだよ…。」
「ははは…、手厳しい。」
二人はお参りを済ませるとゆっくりと立ち上がった。
「さて、ぼちぼち帰るとするかね。坊やはどうするんだい?」
「私はこのまま家に戻ろうと思います。八千代が食事を用意してくれているので。」
「そうかい。気をつけて帰りな。」
「それでは失礼します…。」
健悟郎は深く頭を下げると、家に帰っていった。
健悟朗の姿が見えなくなるのを確認すると、梅は地面に置いた桶を持った。
「碧。あんたは決して間違ってはいなかったんだよ。
死神が命を蝕んでもあんたは打ち続けた。その姿は決して忘れることはない。
あんたがいたからこそ今の商店街があるんだ…。
十年越しで申し訳ないが、餞の言葉としてうけとっておいておくれ…。」
梅は小声で感謝の言葉を述べて、家に帰っていった。
冬の風は供えられたウイキョウを軽く揺らした。
ウイキョウの花言葉は「どんな賛美でもあなたを語りつくせない」、
それは梅の言葉で表すのは恥ずかしい、心から気持ちなのかもしれない。