とある小さな町の小さな公園。
数日前から浮浪者の老人がここに住み着いているという話が町中に流れた。
得体の知れない人物に町中の人々が訝しげに見る中で、子供達は違う目で老人を見ていた。
「こうすると、君が選んだはずの場所のコインが…。」
「えーー!!」
「あれ?消えた!?」
「どうして?どうして?」
その老人は小さなテーブルの上で子供達を相手にテーブルマジックを披露していた。
老人は手品を生業に全国各地を回っている手品師で、方々でタダで手品を披露しているのだ。
娯楽がありふれているこの世の中で、実際に手品を身近にみる機会の無い子供達には新鮮で、
2日もしないうちに子供達が集まり出したのだ。
老人が披露している手品は、反対にした紙コップが3つありその下に隠したコインを探すという簡単なものなのだが、
今までに誰一人として当てることが出来ないでいた。
右から左、左から真ん中、老人の手の動きはゆっくりとそして確実に動いているのに、
誰一人として当てることが出来ないのだ。
当てられないもどかしさからか、子供達は悪巧みを考えついたのか、円陣を組み相談を始める。
「さて、これが最後じゃ。」
老人の呼び声に子供達は円陣を解くと、子供達は老人に一つの提案をした。
「おじいちゃん、最後だけ僕達が好きな所を選んでいいだろ?」
「ほぅ…。」
子供達の考えは単純なものだ。
選ぶ場所が3箇所に対して、子供達はここに5人いる。
3箇所全部押えてしまえば、どう考えても外れる確率は無い。
そう考えたのだろうが、老人は不敵な笑みを浮かべながらそれを了承した。
「じゃあ、行くぞ…。」
老人は子供達によく見えるようにコインを見せる。
コインは右手の手のひらに置いてあり、左手には何も置いていない。
ゆっくりと握ると、左の紙コップの中にコインを入れた。
そして右から順番に逆さまにすると、ゆっくりと動かした。
左から右、右から真ん中、左から真ん中、真ん中から右。
「さぁ、どこにあるかのぅ?」
老人は手の動きを止めると子供達に選択を委ねる。
子供達は予め相談していたのか、すかさずに選んだ。
左の紙コップは1人、真ん中と右の紙コップは2人。
「本当にこれでいいか?」
老人は念を押すように確認をとる。
子供達は嬉々とした表情で首を縦に振る。
子供達は確実に外れは無いという確信を持っているからだ。
だが、老人は不敵な笑顔を崩していない。
老人の思考は子供達の思考の遥か上を見ているからだ。
「じゃあ、順番に開けるとするかのぅ…。」
老人は左の紙コップから順番に開けていった。
「えっ!?」
「うそぉ…。」
「本当!!」
「なんでぇ…。」
子供達の残念そうな声と驚きの声が次々と上がった。
なんと、3箇所共にコインは隠れていなかったのだ。
「坊や達が3箇所とも選ぶからコインが怒って消えてしまったのかもしれないな。」
老人は不敵に笑うと紙コップを片付けて、机を折りたたんだ。
「坊や達、申し訳ないが、お客さんが来たようじゃ。今日はここまでじゃ。」
すると子供達の後ろには一人の男が立っていた。
片手にはスーツケースを持っており、オールバックの髪形にサングラスをかけている。
一目で見て危険な男である。
「うわぁぁぁ!!」
子供達は男を見て、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。
「お主はもう少し場所というのを選んだらどうじゃね?
そのような格好では子供達も脅かすじゃろうが…。」
「すまん…。」
老人の厭味に素直に謝ると、男は老人の隣に座り込んだ。
「腕前には、衰えないか?」
「何を言っておる。お主も今の手品を見たじゃろうが?」
「見た。まず自身の常識を疑えというあんたの言葉を思い出したよ。
コインは紙コップの中だな?」
「正解じゃ。」
老人は重ねた紙コップを一つずつ外していき、男に見せる。
すると、最後の手品の時に一番左に置いてあった紙コップの底にコインが張り付いていたのだ。
「基本は無音じゃ。全ての動作を無音でやれば紙コップの底に磁石が仕掛けてあっても分からぬものよ。」
コインと、一つの紙コップには磁石が仕込んであり、
磁石が仕込んである紙コップも分からないようにマーキングがしてあったのだ。
全てはトリックが計算どおりに張り巡らされていただけなのだ。
「完全たる奇術か…。
流石に冷徹な管理者と極眼(アルテマ・アイ)の二つ名を持つ雀師よ。
その腕は幾分も衰えてはおらんな。」
「その名を出すということは、そっちの以来か…。」
老人は人差し指を突き出すと牌を置く動作を見せる。
男は無言で頷くと、スーツケースを開いて中から書類を取り出し、老人にそれを渡した。
「近いうちにこの商店街で大きな麻雀大会が行われる。
あんたにはそこで優勝してもらうと同時に、数人の雀師をつぶしてもらう。
リストと詳細はその書類に記してある。」
「ほぅ…、このような老いぼれもかりだされるとは因果なものよのぅ…。」
「よく言うわ。10年前の雀師狩で最も多くの雀師を破滅に追い込んだ張本人が…。」
「仕方ないのぅ…、引き受けるとするかのぅ…。」
「近いうちに迎えの車をよこす。あんたを探すのには苦労するからこれを渡しておく。」
男はスーツケースからプリペイド式の携帯電話を取り出すとそれを老人に渡した。
「儂に携帯電話とは…。一番似合わぬものを…。」
「贅沢を言うな。事実あんたを探すまでに3ヶ月近くかかったんだ。使い方は分かるか?」
「通話くらいは出来るじゃろうて…。」
「我々が連絡するまでは、大人しくしていろ。いいな?」
「分かったよ…。」
男はスーツケースを閉じると、足早に公園から出て行った。
「儂は平穏に死ぬことは出来ぬか…。死ぬ時は冷たいコンクリートの上か…。
赤木さん、あんたの言った通りじゃな。死ぬまで業からは逃れられぬようじゃ…。」
神如きイカサマの手で対戦相手を地獄の底にたたき落としてきた老人。
その報いは同じく麻雀で受けることになる。
天才雀師片岡重蔵、10年ぶりに麻雀の桧舞台に上がるのだった。
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