からくり納涼きもだめし
おむすび(鮭
「これは何日か前に友達から聞いた話なんだけどね........」
ゆらめく蝋燭の炎に照らされて蓮見恭子は声のトーンを落とした。
アゴからやや斜め前に配置された灯りは、絶妙な陰影を作り出し、
普段は素敵なお姉さんである彼女を、この世ならざる者の雰囲気へと変化させている。
彼女を取り囲んでるのはからくり町に住む数十名の子供達。
普段はワンパクなガキ大将も、大人ぶってファッション雑誌を広げているオシャマな女の子も、
恭子がこれからする(であろう、100%)怖いお話にやや青ざめている。
背後には、灯り一つないのに、うっすらと不気味に浮かび上がる校舎。
その玄関前に集められた少年少女は、手には懐中電灯、首からは手帳のようなものをそれぞれぶら下げている。
「それはこの校舎にまつわる.............ほんの少し怖い話.....」
一度うつむいた恭子は、自分の髪の毛を数本、口の端に咥えながら、今度は子供達を下から斜め上へと睨み付ける。
気の弱い子供達からは『ヒッ』という悲鳴、ツバを飲み込む音がそこかしこで聞こえてくる。
そのすぐ近くには、こちらは怖さのカケラもない、町内会御用達の申し訳程度に屋根だけがある設営テント。
そこには堂々と毛筆で書かれた看板がデンと置かれている。
《恒例!! 第一回テケテケからくり商店街納涼きもだめし大会inからくり高校》
町内に住むエライ書道家でヒゲの先生が、ノリにのって書いてくれたという話もあるが、
第一回で恒例とか、テケテケとか書かされる辺りは、まぁ、いい人なのだろう。
簡単に言えば、『きもだめし』である。
難しく言えば、『少年少女の豊かな感受性を育むために地域一帯が密着して行う有志達による情操教育の一環』とでもなるか。
きもだめしを企画した理由とは、まず最初に、今年の夏は猛暑でくくるのもバカらしいほど暑いので、
夜中に子供達の怖くてひきつっちゃった顔でも肴に飲みますかという商店街の会合で出されたてきとーな意見。
それじゃ、脅かし役になった人は飲めないじゃーないかという二律背反の苦悩を経て、
それなら、子供の世話は大きな子供にさせてしまえ、という経緯をもって、高校生を中心にお兄さんお姉さんが借り出された。
しかし、現代を生き抜く高校生たるもの、損得勘定という点における世事には、非常に長けていなければならない。
いくら優しいお兄さんお姉さんでも、それがかわいい子供達のためでも、夏休みの貴重な一日を、大人の都合で左右させるわけもなく、
商店街側は苦慮の末、影腹ならぬ、ビール腹で追加予算枠を追加設置することにより、
きもだめし終了後のみんなで楽しく花火大会(手持ちのみ打ち上げ式はなし、場所は校庭)と、
バイトとして現金を渡すといろいろ手続きが面倒ということで、1000ポイント分のからくり商品チケットの供給を決定。
もちろんポイントはそのまま円に換算できるが、使用区域はからくり商店街限定であり、
商店街の活性化にもつながるはずであるという目論見が働くあたりは、海千山千の商店街である。
企画もほぼまとまりかけたところで、からくり高校のやや反射率の高い頭を持つ校長先生からある提案がなされた。
その提案とは、当初、小学校を予定していたきもだめしの開催地を、からくり高校にできないか、というものであった。
参加者である子供達の誰もが知っており、通いなれた自分の小学校よりも、
高校という未知にして、彼らにとっては大人の領分に招くことによって、高揚感と冒険心も増すであろうというのが建前。
地元の高校に少しでも好印象を残し、将来的な生徒不足の解消の足がかりにしよう、という気の長い計画が本音であった。
きもだめしの場所という、トラウマにもなりかねない恐ろしい印象を残した学校に、
当事者たる子供達が通いたがるかどうか........までは、もちろん頭が回っていない。
そんなこんなで、きもだめしなのである。
司会進行役の蓮見恭子が子供達に聞かせた話を統合すると、
からくり高校のあった場所は、
もともと墓場であり、
火葬場であり、
自殺の名所であり、
夜中に兵隊さんが歩き回るところであり、
夜中に兵隊さん以外はバタバタ走り回るところであり、
鏡からは何かが出てきて、
合わせ鏡にしてもやっぱり出てきて
廊下は謎の発光現象が起き、
夜な夜な奇声が聞こえ、
毎夜毎夜すすり泣きも聞こえ、
電気ノコギリをもった覆面大男が追いかけてきて、
爪の長い怪人も一緒に追いかけてきて、
ゆがんだマスクの布男も合わせて追いかけてきて、
出会う人の首は180度回って、
物理的にありえない変な歩き方をし、
この学校の教師は全員学校のどこかに死体を隠しており、
校庭の桜(まだ2mくらい)にもやっぱり死体が埋まっており、
その校庭には、数年前怪我で大会に出られず、非業の死を遂げた陸上部員がトラックをバタバタ駆け回っており、
プールでは、数年前怪我で記録会に出られず、非業の死を遂げた水泳部員がバシャバシャ泳ぎ、
体育館ではバスケット、バレー、卓球それぞれ非業の死を遂げた部員がボールをバンバン投げあい、
柔剣場では、非業の死を遂げた柔道部員が畳に打ち付けられる音がダンダン鳴り響き、
板ばりの道場では、非業の死を遂げた剣道部員が入り込んでる剣道着一式が竹刀をバシバシ振り回し、
音楽室では、ベートーベンやバッハ肖像画の髪がストレートになり、
誰もいないピアノは名曲猫ふんじゃったを奏で、
中庭では、元々ありもしない銅像がなくなって、やっぱり走り回ってることになり、
階段の数は数えるたびにもちろん変わって、あるはずのない4階や地下1階へと誘い、
理科室の棚に置かれた標本は地震でもないのに、動かずにはいられず、
人体模型ヨシダ君は、仲良しの骸骨標本ハリスとルンバを踊り、
各所にあるトイレには、古典的な名前の少女が学校のヌシとして一族郎党で住み込み、
最後にはお約束、この校舎に入った者は誰も帰ってこられない...........................んだそーな。はぁ。
ときおり、ウヒヒヒだのキャーだの不気味な笑いやら、悲鳴やらを色々混ぜながら恐ろしげに語る恭子に、
遠巻きで聞いていた大人達も『さすがにそんだけ出りゃ誰も帰ってこれんわなぁ』と誰もが頷いてしまう。
どれもこれも、嘘八百に口からでまかせをトッピングして3枚舌に乗せたような内容であるのだが、
実は一つだけ、本当の話が含まれていたことに、ギャラリーの数人が気づいていた。
気づいたのは、からくり高校に在籍する生徒達、そして教師達。
その話はこんな風に始まる。
「となりのクラスの子に聞いた話なんだけどね、
放課後に人が少なくなってくると、
まず最初に数珠ってあるじゃない、お経上げるときとか、お葬式にもってく、そうそう、それ。
それの音がね、聞こえてくるんだって。それでね、次に、
何かを呪うような声、呪文っていうの?それがどっかから聞こえてくるんだって。
血がどうしたとか怨みがどーのとかって。
それからまた、数珠を鳴らす音とか、悲鳴も聞こえてくるんだって。でね、
その音を聞いた人はね.........重い病気になっちゃうんだって。
嘘じゃないよ?○年○組の○○君に、○年の○○先輩とか、みんな学校休んでるんだから。
でさ、でさ........放課後、確かめに行ってみない?」
夏休みに突入する1ヶ月ほど前に校舎内で飛び交っていた話である。
今回のきもだめしのルールは、三人一組が輪になったロープに電車ゴッコの要領で入り、
指定されたルート(各所に矢印看板あり)を勇猛果敢に踏破した上で、、
ルートの各所に置かれたスタンプを、参加者の首にかけた手帳に押してくるというものである。
見事ゴールを果たした勇気ある子供達には鉛筆とノートと棒アイス超ガリガリ君が贈られる。
もちろん行く手には、過去の学園祭等で使用され、燃やすには惜しいとまで言われた秀逸の怖いお化け達。
それらに扮した高校生を中心とした有志達がスタンバイしており、子供達を阿鼻叫喚の地獄へと叩き落す段取りである。
もちろん、やり過ぎには注意するよう言い含められてはいるが、最近の小学生はけっこー図太いので加減が難しい。
さらに、今現在、オバケ達は扮装の暑さに苦しんでいる。
ギブアップした子供達を出口まで連れて行くためにスタンバイしている仲間に、今すぐ自分達がギブアップしたいくらいである。
これで1000ポイントは薄給すぎると誰もが後悔し始めている。
からくり高校玄関前では、既に一組目の三人組がスタートしている。
「つまり、日本のサマーアトラクションのスタンダードなんだね?」
「ん〜、定番かどうかはわからないんだけど、他の季節ではあまりみないかな。」
「美緒は海でスイカ割りの方がいいなぁ。」
順番に金髪碧眼の外国の少年、髪の一箇所をボンボリでまとめた明朗快活な少女、さらにもう一人、称号『夏休みのガキんちょ』。
ご多分にもれず、からくり商店街にお好み焼き屋大三元をかまえるところの看板娘、立花槙絵は強制参加であり、
世界各国の幅広い知識と文化を吸収中という大義名分で送りだされたヘンリー=ウィリアム=クレイトンも断る理由がなく、
番堂美緒にいたっては、公然と夜遊びに出かけられる機会を見逃すはずもない。
「でもお墓の上に学校建てちゃうなんて悪いことだよね。」
「そうだね、日本人は先祖を敬愛する心が不足してるんじゃないかな。」
非常に夏らしいシャツに短パンという美緒は、先ほどの恭子の話で、恐怖のどん底一丁目にズンドコ付き落とされた口であり、
今も二の腕のあたりのトリハダを立てている。
彼女はこのきもだめしを心底楽しめるタイプであろう。
真面目に返答しているヘンリーは、そもそも話の真贋の手段となる基礎知識に不足している。
トイレに住み込んでる幽霊というのが可哀想でならないという感覚である。
もちろん余興であることは頭に入っているが、それはストーリーテラーとしての恭子は力不足というより文化の壁であろう。
3人の中でただ一人、そんな恭子が語ったような事実はないと知っている槙絵も、せっかくの盛り上がっているところに水を差す気はない。
数組が飲み込まれていった校舎内からは、絶叫がコダマし、オバケの頑張りすぎによるリタイヤが続出している。
「やっ、やっ、やっやゃゃめる?マキ姉がやややめようっていいいい言うなら美緒もやめてもいい、うん、いいよ。」
「でもせっかくだし、みんな頑張ってくれてるだろうし、入ろう。」
完全にへっぴり腰になってしまった美緒だが、どうしても自分から降りるとは言えないらしい。
「それにしても槙絵は全然怖がらないんだね。なんて気丈な人なんだろう。いや、怖がる美緒も大変女性らしいんだけどね。」
女性を守るのは男の役目と、先頭に立ってロープを握り締めるヘンリーは、そのまだ短い人生で初めての電車ごっこスタイルである。
「誰が怖がってるってッ?!」
ヘンリーの背中にチョップを入れつつ、文句を言う美緒は二番手、きもだめしでは最も安全といわれる中盤ポジション。
最後尾は父親が商店街の会合をさぼる都合上、替わりに出席してるため、今回のきもだめしの内容を全部知ってしまっている槙絵。
お店の常連の高校生達が、どこでどんな格好で待ち受けてるかまでわかってしまっては、楽しさも半減だろう。
ゾンビの扮装をした進行役が、ゆっくりと無言で槙絵達を見た後、玄関を指差す。
そしていよいよ、順番が回ってきたのである。
数分後。
ヴァン・ヘルシングもかくや、という聖書の一節を高らかに詠唱してお化けを退散するヘンリーの活躍や、
暑さのあまりカキ氷を食べている包帯男との遭遇やら、
あきらかに知り合いのお姉ちゃん達なお化けとの出会いを経た上で、
ヘンリーは背中に、美緒が恐怖の代償につけたヒッカキ傷、
槙絵は、美緒が後ろにのけぞった時に喰らった後頭部のヘッドバッドによるタンコブという被害を受けた上に、
きもだめしのコースからものの見事に外れてしまった。
世間で言うところの迷子である。
原因は非常に単純であり明快である。
進路の前後に現れたお化けたちに、これまでで最高潮の恐慌をきたした美緒が横に向けて走ったためである。
ロープで一蓮托生となっているヘンリーと槙絵も、あれよあれよという間に、ズルズルを物凄い力で引き摺られ、
現在、きもだめしには使用する予定の無かった裏庭方面へと迷い込んでしまっている。
そして、今この3人は動けない状態である。
なぜなら、彼女達の耳にははっきりと『数珠の音』が聞こえているからである。
「ぅっ、うっ、うえぇぇぇぇんもぉか"える"ーッ」
「シッ!静かに!」
ともすれば号泣しそうになる美緒の口をあわてて押さえ、耳に神経を集中するヘンリー。
『........怨....』
『グエェェェェ......』
槙絵を一瞥すると、彼女も静かに頷く。どうやらこの声や音が聞こえているのは彼だけではないらしい。
包丁で何かを刻むような音、数珠をこすり合わせるような音、さらに時折発せられる呪文のような声。
「まさか、日本で黒魔術の儀式....?」
生贄を包丁で切り刻み、悪しき呪文を唱え、宗教上意味を持つ法具を用いるとなると、
オカルト発祥の地、英国育ちのヘンリーに組み立てられる構図は邪教による黒ミサである。
そして音の発生してる場所はそう遠くない。
この先にある教室からかすかに漏れる灯り、そこに何かではなく、誰かがいるという確信がある。
若者特有の好奇心から、そこで何が行われているのか確かめたいという気持ちと、
もし刃物をもった狂人がいるのであれば、まずこの二人を逃がすことが先決であるという気持ちがせめぎ合う。
彼の出した結論は二人の安全を確保、すなわちこの場から遠ざかることであった。
「一旦さっきの階段の場所まで戻.....」
後ろの二人にそう告げようとしたとき、槙絵がたった一人で灯りのもれるドアに駆け出す。
「マ"ギ姉ェェー!」
「槙絵っ!!」
止める間もあらばこそ、槙絵は教室の扉を勢いよく開けた。
その瞬間、校舎もゆるがすような凄まじい絶叫が響き渡った。
「こんなとこで何やってんのよーっっ!!」
『『ギャーーーーっ!』』
勢いよく開かれた教室の扉から、怒鳴り込まれて大の大人達があられもない悲鳴をあげる。
「まままままままままままままきえじゃねーか!驚かすなっ!」
教室の中には4人の大人がいた。
一人はお好み焼き屋「大三元」店長、立花元。自他共に認める槙絵のダメとーちゃんである。
もう一人は、常連のボサボサのおっちゃんこと、岩倉小十郎。
後の二人はツルツルの校長先生と、ヒゲの習字の先生だった。
「いや、そのコレには浅いようで深いわけとでも申しましょうか、いや、その、ですな、ほれ」
校長先生が必至に背後に隠そうとしているのは、学校の机を数脚並べた上に置かれた麻雀卓になる携帯用麻雀マット。
もちろん、その上には、当たり前ではあるが、麻雀牌が置かれている。
「そのー、あれだ、子供達のレクリエーションが終わるまでの暇つぶしとしてだな、」
「深夜の校舎内での不測の事態に備えてこんなこともあろうかとこちらで待機して、」
「俺はただの数あわせに呼ばれ、」
「看板書きのお代をここで稼、」
それぞれ勝手に四者四様で言い訳を始める大人達を、槙絵は『バンっ!』っと手近な机を叩いて黙らせる。
情けないというかなんというか、ビクっと肩をすくめる大人たち、いや、やはり情けない。
そこへ恐る恐る教室内を覗き込む美緒と、呆然と立ち尽くすヘンリー。
「槙絵......これは一体どういう.......」
「数珠の音ってからくり高校生徒達が噂してたのはコレ。」
槙絵が麻雀マットに乗せられた牌をグチャグチャとかき回す。
『ジャラジャラジャラジャラ』
「では怨(オン)とか血は....」
「ロンとかチーがそう聞こえたんでしょ。悲鳴みたいのは振り込んだ人が頭を抱えながら出した声.....」
槙絵は、腕組みをしながら、大人たちの方を振り返った。
「先月から噂が立ってるってことは、みんな今日が初犯じゃないでしょ!
充分反省しなさいっ!!
とーちゃんは今月こづかい抜き!他3人も麻雀禁止っ!」
小学生の子供にどやされる大人達。
本当の意味で胆を試されたのは、大人にもちゃんと注意できることを示した槙絵であった。
この後、続行されたきもだめしは、ゴール達成者ゼロという怪記録を打ち立て幕を閉じる。
当記録を高校生達の勝利と考えるかどうかは、考慮の余地を残すところではある。
しかし数年後に、小学生を驚かせてやりたいという動機の元、
当時、きもだめしに参加した子供達がからくり高校に入学を果たすしたことから、
地域一体を目指した企画自体は、まんざら捨てたものではなかったらしい。
もちろん、この日以降、数珠の音にまつわる怪談が消えたかというと........。
おしまい。