いかめしい印象のトラック、数台のオフロード車、さらにマイクロバスがその建物を取り囲んでいた。
いずれ車もスモークガラスとなっており、その全てのガラスは防弾仕様であり、車体にも同様の細工が施されている。
そんな車両に乗り合わせているのが一般人なわけはない。
大統領を警護するSPと見まごう装備の集団は、その実、何かを「守る」ために存在しているのではなく、
迅速に標的を攻撃するために組織されていた。

出雲組系御忌組。
組とは銘打っていても実質組員は存在せず、ヤクザで言うところの利権を得るためのシマも事務所も存在しない。
必要なときに必要な人員を出雲組系の全組織から選抜、問題に対処するいわば実行部隊である。
小競り合いの歳に敵対組織の事務所に拳銃を撃ち込む、といった捨て駒の鉄砲玉とはその規模が比較にならない。
御忌が動くときは、その標的とされたところは丸ごと消え去る。
重火器を用いることもあれば、敵の一人一人を刈り取るように始末することもある。
公式にその存在は確認されず、しかしてその恐怖はこの世界の人間なら一度ならずとも耳にすることとなる。
出雲組の懐刀。
切り札、ジョーカー、裏の顔........
それが御忌組である。

固定の組員不在の組織とはいえ、各組から選りすぐりの猛者を選出するとあっては、当然まとめる人間が必要となる。
これまで何度も御忌としての仕事をこなしてきた御忌組々長の目から見ても、
今回急遽参加することになった、如月組の若頭は別格であった。
ヤクザ者の風格は格闘技や銃の技を身につけることでは、決して生まれない。

如月健悟郎は齢30を迎える前にして、既にその存在自体が親分であった。


小十朗伝
『代打ち〜引退〜』

おむすび(鮭





「さて.....ルールはどうするかのぉ。」
出雲組系雀王戦、最終特別卓。
最後の対局者である岩倉小十朗が卓につくと、師である片岡重蔵はおもむろに口を開いた。
上家にはこれまで小十朗の世話係として常にそばにいた、出雲の代打ちのゴリラ男、道祖尾(サオノオ)左門。
下家には、小十朗は初めて会う老婆、同じく代打ちの番堂梅。
「本来ならば半荘1回勝負なのじゃが、ここはゲストの小十朗君に決めてもらうとういことでよいかの?」
重蔵が左門と梅に問いかけると、二人は無言で了承する。
「ふぇっふぇっふぇ。そういうことじゃが、どうするかね?小十朗君や。」
白鳥園の兄弟達を人質に捕られている小十朗にとっては、いまさらルールなど、どうでもよかった。
自分がこの麻雀で負けなければ、みんなの無事は保障されない。
左門から聞かされている。
「どうせ茶番なんだ。なんだっていいさ。」
「茶番?」
重蔵が不可思議といった表情を浮かべる。
小十朗はこの老人と3ヶ月を共にしてきて、こういった表情は見るのは初めてではなかった。
人を騙す時、何かを仕組む時、この老人は決まってこういう顔を見せる。
「よくわからんが、まぁええじゃろ。では観客をあまり待たせるのも何じゃし、ルールはそのままじゃ。」
大金が内と外で蠢く特別卓は静かに開始された。


小十朗は淡々と牌を裁きながら考えをめぐらせる。
出雲の代打ちである左門が、家族を人質にとる意味。
特別卓でゲストが優勝した場合の賞金2000万円.....
これが主催である出雲組というヤクザにとって、
手痛い出費でないことは、これまでの会場で飛び交っていた賭け金の額をみれば、明らかである。
『真相を知りたければ卓につけ』
そう、左門は小十朗に告げた。
ヤクザ者のシキタリや、子供に賭場を荒らされた面子を保つ.....これならば少しは納得がいく。
人質をとるという非常にわかりやすい暴力は、彼らにとっては常套手段となのだろう思える。
しかし、わざわざ小十朗を負かすために、これほど手のこんだことをしなければならない理由がない。
なぜなら、小十朗のマージャンは重蔵の言葉一つで、どうとでもなるからである。
たった一言、
「次の卓で負けるのじゃ」
と重蔵が告げるだけで、小十朗はあっさりと負ける。
これまでの三ヶ月がそうであったように、これからもそうでない理由はどこにもない。
重蔵が今回の人質や放火について何も知らなかったとしたら?
その可能性はないと、この三ヶ月の記憶と経験が警鐘を鳴らしている。
先ほどのやりとりで重蔵が見せた表情、あれは人を陥れるときにとぼける彼の癖である。
誰が味方で誰が敵か......もっとも味方は皆無ではあるが。


思考の螺旋に陥りかけたところで、現状は何一つかわるでもなく、彼に選択肢は残されていない。
誰を勝たせろという脅しではなく、小十朗が負ければいいだけのことである。
重蔵の捨て牌の河には、いつも使っていた小十朗への通しサインが出ている。
親の役万へのフリコミの合図である。
重蔵が役満を小十朗から直取りとなれば、この東1局で終わる。
そう、サイン通りに振り込めば.......
この卓で負けるだけで、大事な家族が無事であるというのであれば......。
選択肢はないはずであった。

「やれやれ引き込んでしまったのぉ。ツモ上がりの大三元じゃ。」
何度も出されたフリコミの合図を、小十朗は応じなかった。
もちろん手牌の中に当たり牌がなかったということはない。
そのあたりで重蔵も小十朗も抜かることはないのである。
なぜ素直に負けにいかなかったのか。
自分でもなぜかはわからない。
ただ、出せなかったのではなく、出さなかったのだということだけはわかっている。
「左門や、小十朗君にちゃんと伝えてあるんじゃろうな?
 火付けの件、白鳥園の子供の件、東京湾に沈めることまで余さず伝えてあるんじろうな?」
重蔵は今晩の献立でも聞くような調子で左門に話しかけている。
ショックはなかった。
重蔵との間にあったのは、これまでも信頼や信用といった、甘ったるいものではない。
それでも、心のどこかにあった暖かいものが冷め、別の何かが小十朗の中でグツグツと煮えたぎる感覚がある。

「お前に選択などという上等なものは用意されて....いない。
 家族のためを思うなら......無様に負けることだけを考えろ。」
左門は自分の分厚い左手をじっと睨みながら、さきほどと同じようなセリフをもう一度繰り返す。
「わかりやすく説明してやろうかね......」
今まで一言も発することのなかった老婆は、小十朗をじっと見つめる。
「出雲の代打ちってのはよその人間には負けられないのさ。
 特に筆頭ともなると、負けた時が引退の憂き目.....そういう決まりがあるくらいに厳しいものさね。
 いくら自分がスカウトしてきたとはいえ、部外者。
 ましてや子供に万が一にも負けたとなれば、出雲がかかえる代打ち仕事は軒並みなくなる。
 弱い打ち手の手を借りようとする者はいないからね。」
牌が積み終わった。
重蔵は自分の山で、再び小十朗への直撃を仕込んだのが手に取るようにわかる。
「わかったらこんなヤクザな世界に足を突っ込むのはやめて、さっさと負けちまいな。
 ちゃんと『仕事』したら、この婆が責任もって家族を安全に返してやる。」
小十郎の手牌には不要牌が1枚だけ紛れ込んでいる。
「あんたで何人目だったかねぇ.......。
 この爺さんはね、哀れでみすぼらしい子犬に餌をやって、なついた頃に捨てるのが趣味って根性曲がりなのさ。」
「ふぇっふぇっふぇ。
 信頼と希望に満ちていた瞳が絶望の色に染まる瞬間がたまらなくてのぉ。
 そのための労力なら惜しまん。
 しかし今回は格別に楽しめたわい。終わりにするのが惜しいくらいじゃて。」
間違いなく重蔵へのフリコミ牌、自分でもまったく同じことをするだろう確信がある。
「よくわかったよ.......」
小十朗が手にするのは重蔵へのロン牌......
これまで振ってきたしっぽ.....
「この対局に勝てば.........」
迷うことなく。
尾を丸めることなく。
「あんたらに恥をかかせられるってことがなっ!」

そのとなりの牌を卓へと叩きつけた。
少年の瞳には絶望の色は無く、その牌には怒りと確固たる意志が存在していた。






終局。
岩倉小十朗の持ち点は一人だけ3万点超えの30100点。
ギャラリーにとっては目を離す暇とてない、手に汗握るぎりぎりでの逆転勝利であった。
小十朗への賭け金に全財産をつぎ込んだ雨宮ユウキなどは、人目もはばからずに飛び上がって喜びたいとこである。
しかし麻雀が終わった直後のモニターから、目を離すことができない。
それほど予期せぬ展開が画面の向こうでは起こっていたのである。

モニターの向こうでは、小十朗がナイフを重蔵の咽喉元に押し付けている。

勝負の最中、左門は同じセリフを13回繰り返した。
重蔵は楽しそうにふぇっふぇっふぇと笑いながら飄々と打っていたし、梅もなにやらニヤニヤしていたように思う。
終局と同時に、小十朗は椅子を踏み台にして重蔵へ飛びかかった。
パーティ会場から持ち込んでいたナイフをすばやく取り出し、ひ弱な老人を人質にとったのである。

「動くなっ!家族のところまで案内してもらう!」

小十朗に掴みかかろうとする左門に対して、重蔵の喉元へナイフを強く押しつけることで牽制する。
左門の左の手のひらに、何やらびっちりと文字が書かれているのが見て取れたが、今は気にしていられない。
重蔵の動きにも意識を払うことを忘れない。
公園での出会いの時のように、手錠だの鳩だのを出されてはたまったものではい。
老婆はこの際、無視すしても構わない。
今は重蔵を人質として引き連れ、まずこの場を去ることに神経を集中する。
家族の安全を確かめてから、その後のことは........そのときに考える。
「はぁ.....やれやれ。だからあたしゃやりすぎだって言っただろ。
 子犬にだって牙があれば噛みつくってね。」
先ほどまで座っていたはずの老婆の声が、なぜか小十朗の背後、しかもすぐ耳元から聞こえる。
「貸し一つだからね、筆頭。」

『グルンッ。』

突然、天井が見えた。
なぜか、さかさまになった壁が見えた。
どうしてか、頭の上に床があった。
どういうワケか、目の前が真っ暗になった。

「ふぇっふぇっふぇ。わしゃもう負け犬じゃからの。次の筆頭にツケておくんじゃな。」
遠のく意識の中で、あわてて駆け寄ってくる左門と、老人たちの愉快そうな声だけが聞こえた。
なぜか左門の左の手のひらには
『お前に選択などという上等なものは用意されていない。
 家族のためを思うなら無様に負けることだけを考えろ。(注※何度も繰り返しを忘れずに!)』
という芝居の台本のようにズラズラと書かれた文字が見えた気がした。


パーティ会場の大モニターでは、格闘技の通をも唸らせる鮮やかな投げが炸裂していた。
小十朗の背後に音も立てずにまわった番堂梅は、電光石火、ナイフを持つ腕を逆手にとると、一気に上から下へと引き抜いた。
極め技と投げ技のあまりにも危険な複合技。

卯月流古武術『逆落とし』である。

卯月組々長に代々受け継がれきたこの古武術を、弥生組代打ちの梅が使える理由。
それは卯月組々長、卯月松が梅の双子の姉であり、梅は番堂の家に嫁いだというややこしい経緯があるものの、
どうみても老人の域にさしかかった女性にできる動きではない。
狭い室内での荒技炸裂で、逆さに立てられたトーテムポールのようになった小十朗の姿は、
そのまま数秒間、絶妙なバランスを保ってから崩れていった。
会場のギャラリーがどよめき、同じく会場で見守っている組関係の人間は、梅には絶対逆らわないようにしようと誓った。







「というわけで、あなたは今日から私の息子になりました。」
「.......はぁ?」
立派なホテルの一室と思しき場所である。
頭頂部のでっかいコブに濡れタオルをあてられた小十朗は、ことの成り行きについていけない。
目を覚ました小十朗を待っていたのは、まず白鳥園の園長からの涙ながらの電話だった。

要約すると、
小十朗の親戚が(なぜか突然)判明し、彼を責任もって引き取りたいということ。
その親戚が実は大企業をもつ人物であること。
今日の白鳥園に起こった火災について非常に気の毒におもっていること。
場所は少々離れるが、関東近郊ののどかな町にちょうど現在使っていない建物があるということ。
園にいる子供たちが将来自立できるようになるまで、学費、生活費の一切を面倒みさせてほしいといっていること。
その町では過疎化が進み、子供が少なくなっており、このままでは小中学校が廃校になってしまう。
もし子供達が大勢来てくれれば行政としても非常に助かるということ。
さらに、今度一切、地上げなどの被害が及ばないよう、法的手続きによって、守っていれるということ。

すべては『これまで小十朗を育ててくれたお礼』として。


「パパと呼ばれるのも悪くないのですが、ダディも捨てがたい。
 いや、しかし男の子を持つのは初めてですから、男らしく親父と呼ばれるのも......」
白のフォーマルスーツをビシっと着こなし、周囲をこわもてのヤクザに囲まれたその人物は、
状況についていけない小十朗を置いてけぼりにして、どんどんと話を進めていく。
とりあえず........家族は無事らしい。
「あのさ......」
「父上だと少し堅苦し.....はい?」
「あんた.....誰?」
「医者!!医者はどこだ!?あぁ、なんということでしょう、頭を強く打ちすぎたのかもしれません。」
天を仰ぐ白スーツの男に
「総長......順をおって説明なさった方がいいんじゃねーですかぃ?」
極月組々長の志藤尚道が困った顔で応対する。
「あぁー........説明してませんでしたっけ?」
「してませんぜ。」
「今日からあなたは私の息子です。」
総長と呼ばれた男の説明は、小十朗が目を覚ましたあたりにループした。

「............橋之下弁護士......たのんますわ。」
いかつい男たちの集団から、場違いな軽い感じの男が現れた。
「本日午前9時付けで、岩倉小十朗さんは出雲和馬、出雲九重(このえ)夫妻の養子として迎え入れられました。
 既に書類は役所に提出、15歳未満である小十朗さんは法定代理人の承諾が必要ですが、これも白鳥園より承諾を得ています。
 本人の意思に関しても、こちらの署名にて確認済みであるため、問題なく養子縁組が成立しました。
 ちなみに出雲和馬氏は数多くの企業の出資者でもあり、お察しのとおり出雲組系暴力団の総長でもあります。」
「ちなみに私があなたのお父さん、出雲和馬です。今後ともよろしく。」
合いの手でもいれるように、すかさず和馬が自己紹介をはさむ。
「ここまでで質問はございますか?」
「俺....署名なんてしてないんだけど.......」
「こちらの筆跡に見覚えはありますね?」

「..........あんのクソ爺っ!」
身体の掛けられていたシーツをはぎ取ると、小十朗は片岡重蔵の姿を探した。
たしかに、この名前は小十朗自身の手によって書かれたものである。
今回の麻雀大会の参加に必要だからと、重蔵が大会前に書かせたのと寸分違わぬ小十朗のサインであった。
「そしてこちらが今後の白鳥園の移転先と、白鳥園に入園している子供たちの将来への経済的援助を文書にしたものです。
 こちらも既に白鳥園の園長さんと内容を詰めてあります。
 もちろん、あなたの養子縁組とこの件には一切の関係はありません。
 もし嘘偽りがあれば、弁護士である私が力になりますので、是非ご一報ください。」
書類と一緒に弁護士事務所の名刺を渡された。
小十朗がこの大会に参加したのは夕方過ぎであり、書類にサインしたのも当然、夕方過ぎであり、。
そのサインを使った書類が午前9時まで遡って、国の機関にごり押しできるような人間がマトモな弁護士であるはずがない。
こちらの筋書き沿わなければ、いつでも白鳥園の件は白紙に戻すことができるという裏返しである。
「まぁ、こっちは約束破ったわけだし、俺一人の身でどうとでもなるならかまわねーや。
 煮るなり焼くなり好きにしてくれ。」
わざと負けるという約束、脅しを小十朗は卓上で拒絶した。
小十朗の生死を含めた自由を奪われる代わりに、白鳥園の兄弟達が助かる。
これまで共に育ち、また育ててくれた人たちに何かしら返せるのであれば、それに越したことはない。


「んじゃ次はこっちの報告だな。」
むつかしい内容をペラペラしゃべる橋之下のセリフに、コメカミをピクピクさせていた志藤がズイっと前に出てくる。
「これまでお前さんの住処、白鳥園に地上げをかけていたのが、七日会ってでかいヤクザの下部組織、黒曜会。
 クサレヤクザでシャブに人身、臓器売買は当たり前、今回の火付けをやったのもこいつらだ。
 で、お前のとこの家族が全員助かったのは出雲の霜月組の人間が助けたからだ。
 よくよく頭をさげておくんだな。」
組の内情の説明など全く端折った上で、どんどんと事の成り行きを説明していく。
「んでだ、出雲組総長のご子息がお世話になったところに放火となっちゃ、黒曜に言い逃れはさせねぇ。
 ついさっき黒曜会の事務所ごと根こそぎ如月の若いのが一人で潰しやがった。
 お前さんの仇討ちまでしてやって、二重に感謝されねーと割りにあわねーな。
 こっちが黒曜会の解散届け、これが七日会からの破門状.....ってもガキに見せてもわかんねーか?」
震える手で書かれたのであろう、黒曜会々長の手による解散届け。
これがある限り、黒曜会に所属していた構成員は、あらたに組を立ち上げることができない。
そして七日会からFAXで送られてきた破門状は、親組織が自分の子組織への絶縁状ということになる。
黒曜会との一切の関係を絶つことを全国に宣言するものであり、
今後、黒曜会の関係者は、この破門状を送られた全国のあらゆるところで、マトにかけられるのである。
他組織で下積みからやり直すことも叶わず、ヤクザとしては死ぬより辛い状況が彼らには待ち受けている。

「私の可愛い息子に向かってガキとはなんです?ガキとは。」
「つまり、敵対組織に因縁ふっかけるために俺がもともとヤクザの親分の養子だったことにしたんだろ。」
「どうです?うちの子は賢いでしょう?」
和馬はフフンっと誇らしげに鼻を鳴らしているが、小十朗としては和馬のこの反応はいささか食傷気味である。
「どうせ白鳥園の土地も今度はあんたらが地上げするんだろ?」
「............ホント賢いでしょう...」
和馬が今度はあさっての方向を見ながら自慢だか言い訳だかをする。
「わざと負けろってのもただの余興だったのか?」
「それは違います。」
これまでどこか抜けてるようだった出雲和馬の目に、強い意志が宿る。
「あれは小十朗が今後、出雲の代打ちとしてやっていけるかの試験です。
 どんな状況においても、己を曲げず、ひたすら進むことができる。
 我々が求めるのはそういう人間ですから。」
「じゃこれからも片岡の爺さんと一緒か......
 派手に騙されたらしいし、一言や二言じゃ気がすまねーや。」
その小十朗の言葉に、和馬が視線を外す。
「まずはあなたのお母さんとなる人、それからあなたの妹たちも紹介しないといけませんね。
 みんな美人で気立てがよくてきっと気に入ります。
 そうそう出雲の先代総長、あなたのおじいさんの墓前への報告もあります。
 忙しくなりますよ。コブなんかこしらえている場合じゃありません。」
「片岡の爺さんどこ?いろいろ言いたいことあんだよ。
 あ、婆にも一言いいたいことがあるぞ。あのゴリラ男にもだ。」



この日、出雲組系雀王戦で盛り上がったパーティ会場では、
岩倉小十朗あらため、出雲小十郎が正式に出雲組系代打ちの末席となることが発表された。
それと同時に、筆頭代打ちであった片岡重蔵の引退表明が行われた。











雀王戦から数日後。

遠くは島根県出雲市の某墓地に片岡重蔵の姿があった。
「ふぇっふぇっふぇ。
 まぁ、大体は元の鞘におさめたからの。」
出雲の代打ちがやめる時は負けた時である。
その掟に従っての引退。
わざわざ引退に追い込む者を育てたのか、はたまた引退するために育てたのか。
片岡翁の胸中、そして小十郎への思惑がどこにあったのかを知る者はいない。
カップの安酒を立派な墓に浴びせながら、自分もグビリっと一口やる。
酒に洗われた大きな墓石の裏側に記載されたその名前は......出雲十郎太。
先代出雲組系総長であり、現総長、出雲和馬の妻、九重(このえ)の実父であった。
「さて....次の面白いことへの準備でも始めるかの。」





数十年後、重蔵は再び小十郎と相まみえることになるが それはまた別の話である。


                                            小十朗伝・少年編 『代打ち』完


戻る