ある傭兵と少女の話 〜ロー&ころね〜

黒武者


「うぬぬぬぬぬぬ……。」
五枚のトランプを手にし、唸っている男がいる。
その前を四人の屈強な男達がニヤニヤと笑っている。
ここは街のバー。暗いバーの片隅にあるテーブル席で、彼らはポーカーをしていたのだった。
「はやくしてくれよ、ロー」
「うぬ!」
きた!
歴戦を生き抜いた屈強なる傭兵達は、今日もまた仲間の悪癖の兆候を過敏に察知し、
彼に見えぬように彼の賭け金を手にするや、一目散に逃げ出した。
ロー自身はトランプと睨めっこで、全く気付いていない。
ふと、ローの右手が椅子に立てかけておいたマシンガンに伸びる。
「くそったれがぁぁぁ!」
ガガガガガガガ!
トランプごとテーブルを粉砕した、数十発の弾丸はそれだけに飽き足らず、床をも抉った。
「はぁはぁはぁはぁ……」
またか……といった表情で、マスターは
「ロー、賭け事は弱いんだからよせばいいのに」と言った。
彼がこの店に出入りするようになってから、一ヶ月に一回は必ずこのようなことが起こる。
ローは、ふん……と鼻を鳴らす。
「賭け事はな、戦場と同じなんだよ。戦場は命をかけて、賭けは金をかける。そのギリギリのスリルを味わうモノなんだよ」
「でもさ、あんたがこの店に出入りして、何回戦死した?」
「グッ!」
「ここが戦場だったら、アンタ毎月死んでるよ」
「フン!」
拗ねて帰ろうとしたローの肩を、マスターはがっちりと捕まえて、
「帰る前に慰謝料貰おうか」
と言った。
その笑顔は好々爺のようだが、ローには地獄の鬼にしか見えなかった。



街の一角。
「チックショー!もう給料の殆どが消えちまった!」
見るからにイライラとしている男はロー。
彼は、バーの修理費と、いつの間にか持っていかれた負け分の掛け金で、給料の70%が消えていた。
ローの生活費は給料のおよそ30%。その時によってマチマチだが、殆どの給料を給料日に持っていかれる事には変わりない。
むしろ今回はいい方だ。悪い時には10%も残ってなかったのだから。
せめて、道端に小銭が落ちてないか探すロー。とても傭兵とは思えない。
そこで気付いた。靴が恐ろしく汚れているのだ。もはや土色。
「チッ!」
当然ながらローに靴を買いなおす余裕などない。
だが、流石にこのような靴では街を歩きにくい。
眼にとまった靴磨き屋で、靴を磨いてもらう事にした。
そこでは、年端もゆかぬ少女が靴磨きをしていた。
内紛が続く国では珍しい光景ではない。
「よろしく頼むぜ」
金を渡し、靴を磨いてもらうロー。
「………」
「………」
沈黙。
「何か喋れよ」
「?」
かなり無口な靴磨きだった。

靴磨きというのは、ある程度喋らなくては稼ぎにならない。
靴を磨いている間に、様々な話題を振って、客が退屈を覚えないようにしなければならない。
こいつ、大丈夫かな?
ローは心配になってきた。
確かにローには関係ない少女ではあったが、ここまで無口だと儲かるものも儲からない。
沈黙のまま、靴は街中を歩いても恥ずかしくない姿に変貌した。
「おお!これだったら街中を歩いても大丈夫だ」
ローは素直に感動した。
「ん?」
手を出す少女。
「ああ、金か」
少女の手に金を握らせるロー。
「また頼むぜ」



一ヵ月後。
給料を受け取るや、仲間とバーに行こうとするロー。
出かけで、チョココロネを2個購入。
こう見えても、ローは甘い物好きだったりする。
1個を頬張りながら、歩く。
「ロー、今日も給料頂いていくぜ」
「うるせえ、馬鹿」
そういえば……。ここは先月、あの無口な靴磨きがいた場所だ。
ガシャーーン!
「あん?」
見れば、あの無口な靴磨きが倒れているではないか。
道具は道に散らばり、彼女は一つ一つ拾い上げている。
見たところ、売り上げを持ち逃げされたのだろう。
「チッ!」
子供相手に情けない。
「…………俺もとんだお人よしだ……」
彼女の仕事道具を拾い上げてやるロー。
「……!」
「よう」
道具を全部拾い上げた時、ローの仲間が盗人を捕まえてきた。
「こんな嬢ちゃんの金盗んで、恥ってモンがないのか!」
そう言うや、盗人を地面に叩きつける。
「ひぃ!」
ローはゆらりと這いづくばる盗人の眼前に立つ。
ドウドウドウ!
マズルフラッシュ。
弾丸は盗人の眼前の地面に着弾する。
腕が悪かったら、盗人は死んでいただろう。
しかし、賭けに負けたローならいざ知らず、平常時のローがこんな近くの的を外すと
いうのはありえない。
「ふぅぅぅ……」
盗人は泡を吹いて気絶した。
「これだけ脅せば、もうこんなチンケな盗みはせんだろ」
仲間の一人がローに言った。しかしローは聞いていない。
少女に話しかける。
「まぁ……なんだ?このアホはもうとっちめた。だから……な?」
ローは慰めの言葉が苦手だ。うまく喋れない。
頭をポリポリ掻いて、ふと思い出す。
出かけに買ったチョココロネ。
確か、左のポケットに入れたハズ。
チョココロネをポケットから出したローは、しどろもどろになって喋る。
「こ、これでも食って元気出せ」
「…………」
チョココロネを手渡したローは恥ずかしさから逃げるようにその場を去った。
少女と仲間達は呆然とその姿を見送った。
「なぁ、どうする?」
「と言ってもなぁ」
どうせ行き場所は決まっている。
「どうせ、バーで待ってるだろ」



バーの扉が開いた。
「おう、遅かったな」
いつもの席にローはいた。
仲間達はバーに入ってきた。
いつも給料日に四人の仲間達と賭け事をするのは、もはや決まりごと。
五人の仲間達は席に着いた。
五人?
「って、なんでコイツがいるんだぁ!」
そう、増えていた一人はあの少女だった。チョコンとローの隣に座っている。
「いや、この子がお前に礼がしたいって」
仲間の一人がニヤニヤして答える。
「言ったのか?」
「いや。付いて来た」
またさっきの気恥ずかしさが蘇ってきた。
「チッ」
追い返すのも何だ。仕方ない。
「しょうがねぇ!さっさと始めるぞ!」
10分後。
横からの視線を感じる……。
「何だ?」
少々、無愛想に問いかけるロー。
少女は何も言わない。
「………」
「………」
「ひょっとしてその子、ポーカーしたいんじゃないのか?」
仲間の一人が口を開く。
「……やるか?」
コクリ
そうして、ローの持ち金を分けて、人数を六人に増やし勝負再開。



「負けたぁぁぁ!」
「クッ!」
「……何とか勝てた」
「給料が!」
なんと少女が二位ではないか!ちなみに最下位は言うまでもなくローだったが。
「お前、なかなか強いな」
「………」
コクリ
結果、負け分を引いても、給料の三割増しの金を手に入れたのだった。

上機嫌のローと、その後ろをテクテク歩く少女。
「お前、名前は?」
「………」
言いたくない……か。それとも、ないのか……。
「家族いるのか?」
ブンブン
顔を横に振る。
「……そうか」
戦争の犠牲になるのはいつも弱い者だ。
胸に不快なものを感じたローは、それを打ち消すかのように言う。
「ころね」
「?」
突然の意味の分からない発言に首を傾げる少女。
「お前の名前。呼ぶ時困るだろ?」
「!」
驚く少女。無表情に見えるが、乏しいながらも表情を見せているのをローは感じた。
「家がないんだったらうちに来い。まぁ、お前がいないと賭けも勝てねぇし……」
気恥ずかしさを感じながら、ローはボソボソと言う。
少女、いやころねは微かに笑っていた。
ローはそれを横目で見つめていた。






 一ヵ月後

「俺は日本へ行く」
ローの突然の告白に、驚く仲間達。
「ブッ!」
「はぁ?」
「何を突然!」
「なんで、日本?」
日本は先進国で一番平和な国と言われている。
戦商売である傭兵には住みにくい国だろう。
「平和だから……さ。いつ死ぬかもしれん傭兵暮らしじゃあ、ころねが………」
ボソボソ。
「はぁ、そうですかぁ。ローも変わったよなぁ」
「違わい!日本に面白そうな博打があるんでい!」
「はいはい」
ムキになるローとからかう仲間達。
その日常との別れが惜しいが、ローはもう決めたのだ。
「んで?どうやって日本へ渡る?」
「密入国!」
「いつ?」
「明日!」
「向こうでの仕事は?」
「着いてから考える!」
「……恐ろしいほどの行き当たりばったりさだな」
ため息をつく仲間。
「ただ仕事は、なにか緊張感を感じる仕事がいいなぁ」
「ふ〜ん」
これが最後だ。最後だからこそ……
「一児の父は大変だな」
「違うってんだろ!」
いつもの彼らでいた。いつもの自分でいた。





「はぁ、やっと着いたぜ」
未明に到着した船から出、ローは大きく伸びをする。
「ここが日本かぁ」
「………」
コクリ
街に出た。
イルミネーションは夜を昼のように照らす。
「さてと、とりあえずは仕事でも探すか」
コクリ
実はローは密かに決めていた。自分を満たせる緊張感溢れる仕事は博打だ。
俺はプロの博打打ちになる!
「そこのおっさん!」
道ゆく中年のサラリーマンに声をかける。


「この国で一番面白れぇ博打は何だ?」


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