Turn over『M』 side A

おむすび(鮭




=サイドA’=

「えーと、アレ?ここどこ?え?」
密閉された空間の中、少女の目の前に広がる巨大なモニター。
彼女の手元には、映画の戦闘機に出てくるようなレバーやボタンやパネルの数々。
それらは明らかに稼動しており、何より身体に響く振動と、甲高い耳障りな音は尋常ではない。
いまだ爆音や警告音と認識できない彼女(の機体)は、現在、無数の弾幕に晒されている。
モニターに映し出されているのは、全天を覆い尽くすほど存在し、彼女(の機体)を攻撃する悪意に満ちた敵。
今、立花槙絵は12年という短い人生の中で比較しても、大変ピンチなのである。

では彼女の安全を祈りつつ、話は5分ほど前に遡る。



=サイドA=

「だからね、ジンセーケーケンはー、若いうちにしておかないとね、えーと、豊かなカンジュセーが育たないんだって。」
赤いランドセルを背負った少女。
番堂美緒は、もっともらしく腕組みなんぞをしながら、普段使い慣れない言葉を舌にのせている。
その格好たるや、いよいよ本格的に冬も到来というのに見事な短パン。
子供は風の子なのか、それとも、なんとかは風邪をひかないなのかは、ここから先の会話あたりで判明するかもしれない。
「若いうちって美緒ちゃんまだ10歳でしょ。」
冬でも夏休みのガキんちょ美緒に呆れ顔で反論するのは、髪を一房まとめたこちらも小学生の少女。
美緒とは対象的に、冬らしく、暖かそうなセーターに身を包んでいる。
このセーターは、鉢巻をしめた槙絵のサンタクロースが、彼女の靴下に無理矢理詰め込もうとして、
物理的壁に早い段階で屈したため、枕元に置かれていたというエピソードを持つ、
現在、彼女にとっていろんな意味で、一番お気に入りのセーターである。
ランドセルの横にぶら下がっているリコーダーの袋には「立花槙絵」という名前が見てとれる。
からくり商店街界隈では、その名を知らぬものとておらぬ、お好み焼き屋『大三元』の看板娘、というほど大げさな紹介をしておくべきか。

「ちっちっち。わたしは槙姉のことを心配してあげてるの。
 いまどきの小学生が『げぇせん』を知らないっていうのはね、えーと、そう、カンセージュなのよ?
 大人への階段は子供のうちに昇らないといけないのよ?ローゴはアンタイなのよ?」
「カンセージュじゃなくて感受性。
 それに使い方間違ってるし、そもそも小学生が学校帰りにゲームセンターに寄るのはいけないことです。
 梅おばーちゃんにバレたらきっとハバネロンの刑だよ?
 美緒ちゃん、まだ柿シードの壁だって超えられないでしょ?
 美緒ちゃんカライの全然ダメでしょ?」
「うっ......だ、だいじょーぶ....槙姉のためだからわたしもガンバルよ!」
「いや、そんなところで頑張られても.....」

槙絵の手をグイグイと引っ張って、槙絵たちの家のあるカラクリ商店街とは駅を挟んで逆方向、美緒の目的地は明白である。
先月オープンしたばかりの駅前ビル、その一階には巨大なアミューズメントパークが広がっていた。
その名も、アミューズメントパーク『アカヒゲ番長帝国』!。
通称ABTである。
アカバンテイでもよし。
古くは王道の可愛いヌイグルミがメインのUFOキャッチャー群に、シューティングゲーム、格闘ゲーム、レースゲーム。
体育会系のあなたには、空中ホッケーやら直撃アウトまで、幅広い種類の遊具は子供だけに限らず、大人達も充分惹きつけてやまない。

からくり小学校に通う子供達の間でも、当然のことではあるが、オープンと同時に爆発的人気を誇った。
例えば、「はいはーい。アカバンテイに行ってきたぜぃ!」と報告しようものなら、
翌日の教室は話題独り占め、プチヒーロー誕生となること請け合いなのである。

もちろん未成年どころか、小学生の子供達だけで出入りすることを、PTAを中核とする学校側が許可をするわけがない。
帰りの会では担任の先生が、口を酸っぱくして注意をする項目のトップリストに一躍踊り出ている。
「小学生がゲームセンターに入ってはいけません」
「ゲームセンターは不良の行く場所です」
「大人になってからいきましょう」
なんという、魅惑に満ちたお説教であることか。
やってはいけません!などとしつこく言われれば言われるほど、
好奇心物質が血液中に80%は流れているらしい子供達にとって、
気化燃料の中に点火した松明を投げ入れ続けるようなものである。
多くの子供たちが、危険と隣合わせのリアル鬼ごっこに挑んでは破れさった。
当然、鬼役は巡回中の先生やら、有志という名のPTAパトロール達やらである。


いまや子供の夢の国、『アカヒゲ番長帝国』に足を踏み入れるには、保護者同伴というパスポートを入手する以外にない。
これ以外の方法での入国は、小学校側の理不尽な校則の名の下、不法入国扱いとなり、
罰則として廊下に立たされたり、宿題を増やされたり、読書感想文を書かされたり、鳥小屋の飼育係に抜擢されたりする。
一般人からしてみれば、微笑ましいほどの軽いオシオキ程度にしか思えないが、
子供達にとっては、貴重な遊び時間を蝕む、鞭打ちに等しい重罰がなのである。

これらを踏まえた上で、美緒が強引に槙絵を連れて行こうとする理由は

1、ホゴシャとしてばーちゃんに連れてってとおねだりしたら「ゲーセンなんて子供の行くところじゃないよ!」とものすげー怒られた
2、槙姉は子供の中ではかなりしっかりしてるからホゴシャということにしてもいーんじゃないだろーか?
3、一人で行くのはほんのちょっとだけ怖いし、バレたらバレたで槙姉が一緒だったらばーちゃんも許してくれたりするかもしれない

とゆー、しょーもない思考回路を、行動理念として子供脳にセットしたからに他ならない。
ここで先の疑問の正解を公表しておきます。
美緒は風邪をひかない子です。
ちなみに、先に出てきたハバネロンの刑とは、
世界一カラーイとメーカーが豪語するスナック菓子『ハバネロン』を、
美緒の祖母である梅が、愛する孫の口に涙ながら(周囲から見れば嬉々として)に詰め込むという、非常に非情な罰である。
お菓子好きの子供達が、お菓子を嫌いになっちゃうかもしれない危険な行為なので、お父さんお母さんはやめてあげてください。
食べ物に関する罰は、子供のトラウマになるかも知れません。
ピーマンだってそのうち食べられるようになります。

−閑話休題−

「さー行くよー!」
美緒は槙絵の手をグイっと引っ張った、と思ったその瞬間、壮絶な違和感を感じた。
『チャキッ』
後頭部に押し付けられた何やら固い物体、その前の金属音、そしてなにより槙絵のより二まわりは大きな女の人の手。
「あれ?槙姉??」
振り返った美緒は、生まれて初めて銃口というものを見た。






=サイドA’=



美緒がなにやらピンチの間に、槙絵も大変なピンチに陥っていた。
『ズズン!』
『ドゥルルルルッ!』
『PiPiPiPiPiPi』
『(PiPi!)牌ビット同調率低下再リンクヲオコイマスカ?繰リ返シマス』
『ドゥンッ!』
『槙絵!大丈夫?!槙絵っ!』
『雀王機を退避させろ!このままではもたん!』
『ガガガガガッ』
『(PiPi!)新タナ敵ニ補足サレマシタ、自動照準機能低下』
『ズドンッ!』
『(PiPi!)第二制御デバイスニ被弾シマシタ。現場ノ放棄ヲ強ク推奨シマス』

「ななな何なのコレ?えぇっ?なんでぇ?!」
あまりにもリアルすぎる振動、爆音、轟音。
狭い密閉された空間、槙絵が座るには少し大きめの操縦席、その周囲は赤やら青やらの光が激しく点滅し、
前面の大きなモニターには、奇怪なお化けなのか、機械なのかわからないおぞましい物体がこれでもかと映し出されている。
その全てが、四方八方から画面に現れ、明らかに槙絵のいるらしきところを攻撃している、それだけははっきりとわかる。
攻撃らしい判断できるのは、は、画面に展開される攻撃と、
彼女が感じる恐ろしく強烈な振動がピッタリとあっているためである
ただし、攻撃されているのがわかるだけで、
なぜここにいるのか、
何をすればいいのか、
つまり要約すると、どーしたらいいのかは、さっぱりわからない。

『司令官!雀王機の操縦席に子供が乗ってます!』
『もう一度正確に報告を。』
『ドンッ!ダラララララッ!!』
『(PiPi!)背面スラスター出力65.2%ニ低下、脚部第5シリンダー損傷』
『雀王機に槙絵がいません!子供が!子供が乗ってます!!』
『ギギッ!ギギギギッ!パキンッ!!』
『(PiPi!)左腕反応信号ニコンマ3秒ノ遅レヲ確認、同左スタビライザー被弾ニヨリ剥離』
「こここ子供って私の.....こと?あれ?槙絵って私で、あれれ?摩耶ちゃん?」
槙絵は激しい振動の中で、右手前の小さなモニターに映る人物に見覚えがあった。
いや、そういう気がするが、違和感を感じる。
槙絵の知る摩耶は、ショートカットの似合う女子高生であり、
モニターの人物のような大人びたロングヘアーではない。

「自分でも知らない間にゲームセンターに来ちゃったワケじゃないよね...」
このような状況で似ているだけとはいえ、知った顔を見た安心感が、彼女にわずかなゆとりを与えてくれた。
槙絵はアミューズメントパーク『アカヒゲ番長帝国』にも、
からくり商店街にあるゲームセンター『オデンヤ』にも、入ったことは一度もない。
もしかしたら、クラスメイトの男の子達が話していた、
テレビゲームなんかじゃ味わえないものすごいゲーム....なのかもしれない。
とはいえ、実際に触れたことも、目にしたこともないものすごいゲームとやらは、槙絵の想像の範疇でしかない。
夢の中だとしたら妙にリアルすぎるし、
もしそういうゲームなのだとしたら最近のゲームというのはものすごい臨場感を持っていることになる。
不思議なことに、恐怖感よりも、高揚感が身体を包み込んでいる。
そして、もう一つ、槙絵がこの状況の中でも、落ち着ける理由となるものが視界に飛び込んできた。

「.....麻雀ゲーム?」



モニターの上部に半透明に浮かんでいるのは、なんと麻雀牌である。
仕組みはどうなっているかわからない。
TVのCMなどで見るCGという類のものかもしれない。
そして、麻雀牌が示している現在の手は......四暗刻テンパイ。
以前として、轟音、爆音、機体のきしむ音や振動は続いている。
外から機体へ受ける状況は、悪化こそすれ、まったく改善はされていない。
それでも、麻雀牌を見て、惜しいという気持ちが、心の余裕を生んだのは、
麻雀の申し子ならではの心理状態か、はたまた根が楽天的なのか。
麻雀を強く意識したその瞬間、槙絵自身と、右足元のボックス状の物が、青白く淡い光を放った。
その光は操縦席を満たし、機体全体を包み込み、それまでのわずらわしい音と雑念の一切を消失させた。

『(PiPi!)同調率回復、カラクリウムエンジン第三ゲートロック解放、全遠隔系デバイス再制御確認』

操縦席で表示されるあらゆるゲージが、振り切れている。
もちろん槙絵にとっては、自分の座っている場所に綺麗な明かりが急に増えたくらいにしかわからない。
その時、多層装甲を隔てた操縦席の外では、劇的な展開の変化が巻き起こっていた。
彼女の乗り込むロボットと形容すべき乗り物、
その周辺を漂っていた棒状や四角形をした数にして100を超える何かが、
一斉に、それぞれが意思を持ったように飛翔し、
槙絵の機体が無防備に受けていた敵の攻撃を、全てを遮断した。
物理的に叩き落し、電磁的に無効化させ、誘導レーダーとおぼしきものを歪曲させた。
槙絵の乗るロボットを中心に、美しくも激しい舞踊は、瞬きをする時間で周囲の動くものを消失させた。


『(PiPi!)牌ビット同調率上昇、リー棒シールド展開、機体運用レベルオールクリア、殲滅属性ノ使用可能デス』
「えーと、よくわかんないんだけど、とりあえずこの四暗刻をあがっちゃいたいよね?」
『(PiPi!)殲滅属性要請ヲ確認、パイロットDNAパターン照合完了、
広域殲滅属性【死杏香】解放』
淡々と聞こえてくるコンピューターのような声が「解放」と、告げた瞬間、

そこに展開されたのは、花火などの人工物が見せるような華やかさ、煌びやかさではない。
自然の雄大さと、無限の広がりすら感じさせるオーロラに似た光。
拡散していたオーロラは、瞬時に螺旋の収束を見せると、天空を貫く光の渦となり、
逃れられない光の本流の先には、敵の大軍が回避行動をとるという判断すら起きる間もすらもなく、巻き込まれた。
モニターの前面のパノラマ、全天を覆っていた敵影の大半が、柔らかい光に飲み込まれて、溶けるように消失した。
その霧散していくような何かを、なぜか槙絵にも、一つ一つが手にとるように視え、感じ、理解できた。

『(PiPi!)敵無人機78.6%ノ撃墜ヲ確認、機体運用レベルMAX、全ゲートノ解放ガ可能デス、リミッターヲ解除シマスカ?』

モニターの上部に浮かんでいる麻雀牌が、カラカラと動いている。
槙絵は、今ならこの麻雀牌で自由に構成ができることを直感できたし、これ以上戦う必要がないことも理解できた。
大半を消滅させられた敵は、まるで潮を退くように、空の彼方へと飛び去ろうとしている。

『ちょっと!君一体誰なの?槙絵はどこ!?』
『パイロットパターンは槙絵の物しか検知されてねーんだがなぁ。GENも稼動してるだろ?』
『こちらはK.G.F戦闘行動総指揮官榊原だ、雀王機に乗る貴君の所属の名前を明らかにされたし』
『はぁ、凄かったですねぇ、今の綺麗でしたねぇ。あ、レオンハルトさんと交信可能です。』
『あらら可愛い女の子じゃないの?誰の子供?私と司令のじゃないわよね?』
『剣王機通信回復しました!こちらに急行しています!』
「えーと、あの私もよく......」

再び一斉に聞こえてきた音声に、槙絵が慌てて答えようとしたその時、
無音で回転していた麻雀牌が、ある役を完成させた。
その役は一生に一度しか出ないと言われた.....


【九蓮宝燈】




その瞬間、槙絵は自分を取り巻く何かが歪むのを感じ、急速な眠りへと落ちていった。





=サイドA=

「槙姉ぇ!槙姉ぇぇ!!」
「うぉぉぉ槙絵ぇぇぇぇ!」
「うわ、ホントに槙絵ちゃんになった!」
「よかったねー槙絵ちゃんのお父さん」
槙絵が目を覚ました....と思った瞬間、
抱きつかれたり、泣かれたり、微笑まれたり、周囲からは歓声が起こったり拍手もされたりという状況。
困惑するよりも、少女の幼いながらも羞恥心を刺激して、その結果、彼女は真っ赤になった。
「えぇと、あれ?ここ牌楽天だよね?」
「よがっだよーマキねぇぇぇっヴワーン!」
美緒の涙と鼻水でお気に入りのセーターで拭かれる、という危機的状況を両手でしっかり支えながら、現状が全く把握できない。
「槙絵ちゃん何があったか覚えてる?」
心配そうに覗き込んでくる摩耶に、不思議な安堵感を覚えながら、なぜそういう気持ちになるのかが、さっぱり思い出せない。
「えーと、美緒ちゃんと帰り道に.......うーんと、どうしたんだっけ?私。」
「そっかそっか、ならいいの。うん、あの娘の言った通り、なんとかなった。万事おっけー。」
「えぇ?全然わかんないんだけど.....」
美緒をガードしているその背後から、ウオーンと抱きついてくる父も軽くいなしながら、
「あ、お父ちゃん、今月麻雀禁止って言ったのになんでここにいるのよ!」
なぜか男泣きに泣いている父親を、今回だけは許してもいいというか、
感謝しなくちゃといけないかな?という、またまた不思議な気持ちが湧き起こる。
理由は、槙絵にはやっぱりわからなかったが、とりあえず、父親・元の頭をポンポンと優しく叩いてみた。。






                                         ...............turn over side「BorB'」


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