Turn over『M』 side B
おむすび(鮭
=サイドB’=
(イヤな予感は100%当たる....)
雀王機のパイロット・立花槙絵は計器類のチェックをいつも通りの手順で坦々と進めていく。
彼女自身、イヤな予感以外の記憶などろくに無いのだが、それは持って生まれた性格に起因しているのかもしれない。
80分前に敵が南と北、同時に現れた。
この場合の敵とは、地球外生命体にして、強力な軍事力で武力制圧を押し進めるアムステラ皇国の侵攻軍である。
専門家によると、現在交戦してる相手は、この強大な軍事星系国家の、小規模な先遣隊にすぎないらしい。
しかし、そもそも未知の敵に対して、民間であれ軍事であれ、専門家なるものが成り立つほど情報は、実のところ得られていない。
ただ一つはっきりしているのは、地球最大の軍事国家が、最初の引き金をひいた(あるいはひかされた)ということだけである。
南北に展開しつつある敵は、数こそ十数機と少ないが、連邦自衛隊だけでは残念ながら全滅の可能性が高い。
さらに、旗艦らしき艦影の反応があったため、現地より専用回線で、対異星人用私設防衛隊K.G.Fへ緊急で援助要請がなされた。
K.G.F.(カラクリ・ガーディアン・フォース)では主力兵器を向かわせる作戦が要請より180秒早く立案されていた。
北方面へ剣王機と雀王機の2機、さらに現地の連邦自衛隊地上軍、
南方面へ銃王機と連邦自衛隊の戦闘機の二面同時作戦を展開、K.G.F.の機体を中心に各個迎撃が作戦の骨子として打ち出された。
しかし作戦発動の段階で、雀王機は出撃不可能となった。
雀王機は調整不足により、出力制御に若干の齟齬、
本作戦遂行に支障をきたすおそれアリというのが、後に報告書で提出するの正式な回答である。
簡単に言うと、出撃しようとしたら、機体が駄々をこねて動かなかった。であるが、そう書くわけにもいかない。
剣王機や銃王機と違い、雀王機の調整は非常にシビアである。
遠隔操作の武装を操るために、パイロットとの特殊な同調システム・通称GEN(一般には非公開)が搭載されているが、
これは大雑把に言うならば、操縦者の気分に左右される、
槙絵は普段から感情を表に出す性格ではないが、GENはパイロットのわずかな感情さえ拾い上げる。
それほどピーキーな同調システムでなければ、100を超える遠隔補機を自由に操ることないできないらしい。
技術者に言わせればエンジニア泣かせ、開発者に言わせればデータ泣かせの、どちらにしろお荷物ということになる。
今回も槙絵の『イヤな予感』という、あまりにも希薄すぎる理由で雀王機は変調をきたした。
そしてイヤな予感はK.G.F.基地への未曾有の大襲撃という形で実証されることとなった。
「シンとレオンは間に合わないんだな?」
『残念ながら強力なジャミングで岩倉博士もお手上げだって。
こちらと連絡が取れなくなった時点で、シンもレオンハルトさんもきっと戻ってきてくれると思う....多分...』
『(PiPi!)敵ワープアウトヲ確認、重力振波数検知、敵小型戦闘機獣推定機数3500、本機ノ撤退ヲ推奨シマス』
報告を聞くまでもなく、抜けるような青空を敵影が次々と埋め尽くしていく。
雀王機は多対一であっても、負けることはない。
そこまで確信をもてるほど、自分の腕と機体への信頼はある。
しかし、この数が相手では、基地制空権への侵入を防ぐことは、事実上不可能であると認めざるをえない。
猪突猛進の前衛と、針の穴すら通す援護射撃でもあれば、と心のどこかで考えて、その甘い考えをすぐに捨て去る。
手元にある戦力で戦術を組み立てるのが初歩であり、その戦力は現在、唯一、槙絵の乗る雀王機だけなのだから。
先ほどまでの機体の変調はウソのように無くなっており、
雀王機だけをとれば戦果の火蓋をいつ切られても問題はない。
(基地の前面2kmに雀王機を展開、リー棒シールドの半数を基地の防衛、牌ビットで制空権の確保....)
雀王機を予定位置まで進めながら、遠隔操作の武装達に戦闘のイメージを植え付けていく。
実際には、それらの武装にイメージをメモリーする機能は無く、
槙絵自身、どれだけの想像力を戦闘中に維持できるかに集約される。
常人であれば、脳が焼き切れるだけのイメージを持ち続け、さらに自分の乗る機体の操縦もこなす。
シンの操る剣王機も、レオンハルトの乗る銃王機も、おおよそ常人に操れる機体ではないが、
操縦者に特殊な能力を求めるという点において、雀王機は異端な存在である。
(敵の増援が現れた場合の機体の位置は.........)
戦闘行動総指揮官の榊原の命令では、
雀王機は即座に現状を放棄、剣王機、銃王機と合流後、敵を殲滅となっている。
もちろん彼の作戦は正しい。これだけの戦力差で何かをしようというのは馬鹿以外の何者でもない。
が、それに従うわけにはいかない。
槙絵が二人と合流して戻ってきた頃には、基地は灰すら残ってはいないのだから。
家族や仲間といった意識は、槙絵にはあまりない。
ただ、自分の巣はここにあり、最低限それを守る、それは本能に近いものかもしれない。
上官命令の無視、服務規程違反、作戦に伴う機体の損壊.....挙げていけば重罰では済みそうもない。
やはり、彼女のイヤな予感は間違いなく当たっている。
(殲滅属性を使用できるまで機体運用レベルをあげられるかどうかが鍵か......)
何かを守ることに秀でた雀王機は、操縦者との同調率、
さらに機体内部で燃焼、生成されるエネルギー物質『カラクリウム』の高位変換により、強力な攻撃力を有する。
後者のエネルギーは戦闘をこなしていけばいくほど蓄積されるが、
前者の同調率は、これまで説明してきた通り、操縦者のイメージに左右される。
敵単体に対して攻撃を行うのか、
複数に対して同時に攻撃できるのか、
その範囲、威力、全てが操縦者のイメージ次第である。
それらを視覚的に表しているのが、操縦席前面モニター上部に映像として投影されている麻雀牌である。
槙絵のイメージが強ければ強いほど、この麻雀牌に強力な「役」として現れ、攻撃に昇華する。
多分にお遊びを含んだシステムであるが、これまで槙絵がこなした様々なイメージ訓練の結果、
最も相性のよいものとして残ったのが、東洋の賭け事をモチーフにしたシステムだったのである。
このシステムが、さらに槙絵以外の操縦者を拒む結果となったが、
現在において、雀王機を運用できる人間は、彼女をおいて他に誰もいないのである。
『(PiPi!)敵旗艦ワープアウトヲ確認シマシタ。重力振波数収束、本機ノ撤退ヲ強ク推奨シマス』
「少し黙っていろ。」
機体内部の音声出力を一時的に手動操作でカットする。
重要な報告が瞬時に聞けなくなるという点で、重大な軍務規定違反ではある。
しかし、緊急度の高い重要な報告は、
致命的自体に陥る前に、GENが勝手に接続してくるのでオアイコだと自分に言い訳をしておく。
雀王機に搭載されている補正システム『GEN』、
正式にはGhost Engage Neuron(ゴーストエンゲージニューロン:幽霊のような不確定な神経単位を紡ぐ装置)
の、頭文字を集めてGEN、日本読みで「ゲン」と呼ばれている。
その処理能力の高さは、不世出の天才として名高い岩倉博士の折り紙付である。
しかし作戦目的より、操縦者の安全を優先させるプログラムが内包されているため、時として融通が利かない場合がある。
例えば、自機を囮とする場合や、盾にする場合、死地への特攻などは論外であり、
そのたびに操縦者である槙絵が、プログラムを意図的にスキップさせたり、
命令優先順位を一時的に書き換えたりしている。
1分1秒を争う戦闘中であれば、呑気にプログラムの書き換えなど行うのは死活問題であるため、
プログラムの恒久的変更を開発部に毎回毎回依頼している。
しかし、プログラム担当の開発部電算係へたどり着く、3つか4つ手前の部署で黙殺され続けている。
直接出向いて直訴すれば、書類が無ければ応じられないと却下され、書類を書けばどこかで誰かが握りつぶす。
パイロットであって書類のエキスパートではない槙絵には、手も足も出ない状況ではあるが、
周囲が槙絵自身への死に対するストッパーにしているのだ、ということも理解はしている。
自分の命を軽んじているわけではないが、重用しようと思ったこともない。
兵隊は死ぬことを含めた「使ってなんぼ」という軍隊的発想が、ここK.G.Fには無い。
そして敵対するアムステラ皇国にも、軍事国家にありがちな命を駒のように扱う発想が希薄だと感じられる。
その理由の大きな違いは、あちらの編成のほとんどが無人機であるという根本的理由の違いからかもしれない。
『槙絵、司令から、命令違反の厳罰一覧をファイルにして送りつけろって言われてるんだけど...回線の調子は?』
「回線不調によりそちらからの通信を受信は困難。」
『じゃぁ、これも聞こえてないと思うけど、岩倉博士から伝言。
敵の旗艦から、とてつもない次元歪曲係数が検知されてる、
もし、これを兵器として転用しているならば、どういう結果がもたらされるかわからない、
直撃すれば、ワームホール効果で宇宙の彼方にすっ飛ばされるとか、
因果律を歪めるようなら、K.G.F自体が無かった世界にされるなんてアホな展開もありえる。
って、博士の言ってることは毎度のことながら、さっぱりわからないんだけど、
つまり簡単に言うと、敵旗艦からの攻撃だけは防いでくれってことみたい。』
「回線不調により、これより独自の行動をとる。敵旗艦の兵器阻止を第一目標にリライト。」
『これ終わったら喫茶『一休』の抹茶ケーキセット奢るから、必ず帰ってきてよね。』
『(PiPi!)敵小型戦闘獣行動ヲ開始シマシタ』
「こちらも出る。リー棒シールド展開、牌ビット3基編成で23陣展開、敵の出鼻をくじく!」
『(PiPI!)牌ビット23陣ヲ撹乱属性【迷彩】ニ変更、敵ノ足ヲ止メマス』
古今、類を見ない壮絶な空中乱戦の幕が切って落とされた。
そして十数分後..........
=サイドB=
操縦席の中で誰かに手を握られる.....ありえない。
利き手(もちろん槙絵は左右どちらも当然使えるが、あえて言うならば右)を握られて、
反射的に左手が腰のホルスターに伸び、対象の後頭部へ零距離射撃を行う、寸前までの反応速度が0.3秒。
不測の事態においても、これだけの行動を瞬時に行えるのは、普段の訓練の賜物ではあるが、
路上で小学生とおぼしき女の子の後頭部に、銃を突きつけてるというシチュエーションの方が、世間一般からみれば不測の事態である。
「あれ??槙姉??」
このままトリガーを引いてしまうべきか、本気で逡巡した後、銃をホルスターにしまう。
やっかいなことになったという認識、目の前の少女のクルクル変わる表情への不思議な安堵、見慣れぬ町並みへの底知れぬ郷愁。
これまで味わったことのない感情に翻弄される自分と、現状を分析する冷静な自分が槙絵の中でせめぎあっている。
「ま、ま、まままま槙姉が大人になったーっ!!うわーん!一人だけずるいーっ!」
槙絵の手を握っていた女の子は、一目散としか形容できない見事な駆けっぷりで走って去ってしまった。
50m6秒台かもしれない。サッカーならフォワード確定。
子供に銃口を向けてしまったことへの若干の後悔の後、現状を再度確認する。
ほんの一瞬前まで、槙絵は雀王機の操縦席にいたはずだ。
敵の小型戦闘獣の7%を撃墜、というGENの報告は記憶の片隅に残っている。
その後、敵の旗艦から、数えるのもバカらしくなるほどのミサイルがK.G.F基地に向け発射された。
牌ビットとリー棒シールドを限界まで展開、撃墜できなかった最後のミサイルを、着弾寸前にライジングロッドで叩き落とし.....
現在に至る。
「次元歪曲......」
摩耶の報告.....
宇宙の果てではないことは確かだ。
だが、槙絵にとって、ここは絶望の淵と言えた。
あの危機的状況から自分が雀王機の操縦席にいないとなると、K.G.F基地の防衛は絶望的だった。
特殊弾頭を排除できても、総数で3000を超える敵が残っている。
基地に防衛システムが無いわけではない。
だが、全面的に信頼できるほど防衛力を備えているのであれば、
雀王機が単独で敵に斬り込む必要はなかった。
あと5分稼げれば、シンの剣王機が、そのスピードに任せて戻ってこれたかもしれない。
あるいは、レオンハルトの銃王機が、超々長距離射撃の射程内まで引き返せたかもしれない。
そう、槙絵は最後の5分を稼ぐことができなかった。
知りたくもない結果は見えている。
「うわ、ホントに槙絵ちゃん?」
「髪飾り同じだし.......青いキャンディですね。」
「って、あたしより胸あるってどーいうこと?」
自分の還る場所が消えた。
耐えがたい喪失感でその場にへたれ込みそうになった槙絵の耳に、よく知る声が届いた。
「摩耶.....結宇.....恭子??まさか.....」
顔をあげた槙絵の視線の先にいたのは、知っているのに見知らぬ3人の女子高生と、さきほど逃げ出した小学生だった。
ここは駄菓子屋『いっきゅ〜』、ではなくその隣にある甘味処『一休』。
目の前に並んでるのは、抹茶シフォンケーキと抹茶アンミツのコンボセット。
「頭を殴る」
「それ記憶喪失」
「息を止める」
「それはシャックリ」
「ご飯を呑みこむ」
「あ、それ喉に刺さった小骨をとる方法だけど、こないだ間違ったやり方だってテレビで..」
「コメカミに梅干を貼り付ける」
「........なんだっけ?それ」
「人という字を手の平に書いて....」
「恭子も結宇も真面目に考えてないでしょ?」
ワケもわからぬまま甘味処に連れ込まれた槙絵は、洗いざらいしゃべらされることとなった。
おそらく半分以上も伝わってはいないし、信じてももらえないはずだが、
自分と同じ名前の少女が消えたかもしれない、という事実を聞かされては、
どんな情報であっても拾い集め、そのためには、こちらからも提供するのが最善と思われた。
ただし、もし自分が逆の立場だったら、こういう話をする人間は迷わず病院へ放り込む。
「真剣に困ってる人に対して失礼でしょ!」
槙絵の知る摩耶であって摩耶ではない少女が、本気で怒っている。
その表情は槙絵が無茶をした時に、モニターの向こうで見るものと同じものだ。
年齢や外見が異なるが、仕草や声、イントネーションに至るまで同一人物だと思える。
槙絵は赤の他人をたやすく信頼できるほど簡単な人生を送ってきてはいないが、何しろ頼れる相手が他にいない。
「そんなこと言われてもパラレルワールドへ帰る方法なんて.....」
「科学っぽいほうは専門ではありません。」
こちらの世界には、ロボットもいなければアムステラ皇国の侵略もなかった。
かといって、こちらの世界にいる、あるいはいたという子供の槙絵と、
今ここにいる雀王機のパイロットの槙絵が歩んでいる人生は、比較するまでもなく別のものであった。
少なくとも、槙絵の実家がお好み焼き屋だったという事実はない。
つまり、過去にタイムスリップしたのではなく、パラレルワールド、並行して流れる世界に入り込んだ、
というのが、目の前の女子高生達が出した仮説にして決論である。
そして深刻なのは、こちらの槙絵と、あちらの槙絵が入れ替わった.....らしいということである。
おおよそ彼女達とて、サイエンスフィクションと無縁ではあるが、
無い知恵を絞って、もう一度槙絵と槙絵を入れ替えさせようとしたシミュレーションらしきものが、上記の会話である。
もしアムステラ皇国がこちらに存在していればやることは一つ、
いかなる手段を使っても、皇国側に接触、あるいは潜入した上で
同じ現象を起こさせればなんとかなるのでは、という案は、既に実現が不可能である。
次元係数がどうのというレベルの科学力は、槙絵がいた地球側にすら、まだ実現してない。
ざっと仕入れた情報によると、こちらの世界は科学レベルが低いうんぬんではなく、
まったく別の形態の科学の道筋をたどっていることが、これまででわかっている。
それでも次元、あるいは次空に介入できるようなシステムが存在しているとは考えにくい。
〜神頼み計画発動〜
「諏訪神社に行ってみましょう。」
「なんで?」
「あそこは神隠しのエキスパートです。」
「.......それ、神社として、ものすごく人聞き悪いような.....」
「もし進展があるならどんなことでも構わない。案内してくれ。」
槙絵の知る人物より3割ほどおっとりとした結宇の提案により訪れた神社で、
おみくじで末吉(微妙)をひき、
お賽銭を入れ(こちらの通貨ではないので微妙)、
これまたよく知っている人物の、いや、槙絵にとっては別人の巫女さんに御祓いまでしてもらったが、効果はなかった。
〜神頼み計画失敗〜
〜頼れそうな人に頼ってみよう計画発動〜
「兄さんを頼ってみましょう。」
「なんで?」
「あの人は何やら科学ぽいです。」
「でもさぁ、貴史さんが、この超絶美人で、ボンっキュっボンっの槙絵ちゃんを見た後に、
小学生の槙絵ちゃんが戻ってきたりしたら、光源氏計画とかやりそーじゃない?」
「ちょっと!それ困る!これ以上ライバル増えたら!」
「.......私の兄さんを捕まえてひどい言い様です。」
「無いって保証できる?」
「...........次の手にいきましょう。」
「妹にまで信用されてない貴史さんて一体.....」
「あの、私はどんなことでも構わないんだが...」
〜頼れそうな人に頼ってみよう計画失敗〜
〜財力に頼ってみよう計画発動〜
「ヘンリー君を頼ってみましょう。」
「なんで?」
「お金持ちです。」
「お金じゃどうにもならないでしょ?」
「コネもありそうです。」
「誰か電話番号知ってる?」
「.......。」
「.......次の手にいきましょう。」
「あの.....。」
〜財力に頼ってみよう計画失敗〜
「槙姉.......まだ帰ってないみたい...」
美緒は女子高生の浅知恵でいろいろ試す3人組+1とは別行動をとっていた。
そして、槙絵がどこを探してもいないという、子供ながらの結論に達し、この世の終わりのような顔で合流した。
こちらの槙絵の自宅であるお好み焼き屋『大三元』にも、からくり小学校にも、
行こう行こうと、ねだったアミューズメントパークにも、美緒の大好きな槙絵はいなかった。
「そっか......陽が暮れる前に、元さんに連絡しておかないとさすがにマズイよね。」
摩耶が心配で押しつぶされそうな美緒の頭を撫でながら呟いた言葉に、
「GEN?GENがここにあるのかっ!?」
槙絵が劇的な反応をみせた。
「あるっていうか、多分『牌楽天』にいると思うんだけど?」
「連れていってくれっ!頼む!」
槙絵の知る「GEN」は、雀王機の中枢を担うコンピューターである。
摩耶の知る「元」は小学生槙絵のダメ父ちゃんである。
かくして微妙なすれ違いの末、一向は雀荘『牌楽天』へと向かった。
「うぅ、槙絵ぇちょっと見ない間にでっかくなっちまってぇ〜」
一升瓶と一緒に槙絵に抱きついてくる男を見て、槙絵は落胆を隠せなかった。
彼女のイメージしていたGENとは似ても似つかない。
「.......この酔っ払いがGENだと言うのか.........。」
「ごめんなさいね。
さっき美緒ちゃんが来て、『槙姉がいなくなっちゃった』って言ったら、
『俺は捨てられたんだぁぁ』って呑み始めちゃったのよ。」
牌楽天の看板娘、恵美は困り顔で苦労しながらも、酔っ払った元を槙絵から引き剥がす。
異なる世界にも、麻雀というゲームは存在している.....
すれ違いとは言え、やってきた雀荘という空間に、奇妙な既視感を覚えながらも、
行方不明になった、いや行方不明にしてしまったもう一人の槙絵の事情を、父親らしき元に伝えようとしたとき、
既視感の原因が目に飛び込んできた。
卓の側面に貼り付けられている商品名をかたどったプレート。
『全自動麻雀卓・雀王機』
牌楽天に導入されている全自動麻雀卓の名称である。
槙絵は、計算のしようもない事象の断片を、無理矢理つなぎ合わせていく。
まったく見知らぬ土地の、まったく見知らぬ人間との接触であったならば、これまで集まった偶然は都合が良すぎる。
ここに集まっているのは、槙絵が存在していた世界と異なる形で具現化している.....それに意味を求めるのは間違っているのか?
用意された偶然は必然へとたどる材料ではないのか?
「こんな時に申し訳ないが、私と麻雀を打ってもらえないだろうか?」
ヘベレケ状態の元に、真剣な態度で麻雀を申し込む美人というのは奇妙なシチュエーションではある。
「ちょっと気分転換も必要だとは思うけど.......」
摩耶は、不審な表情ながらも、誰よりも素早く席についた。
結宇も、これまでののんびりした動作からは考えられない素早さでやはり席についた。
出遅れた恭子は、無理矢理結宇の上に座ったのだが、
「早い者勝ちの法則ぅー。」
と、わき腹を盛大にくすぐられて、あえなく断念。
東:槙絵 南:摩耶 西:結宇 北:元
「すまないが、手加減や気遣いは無用。全力で打って欲しい。」
「何か考えがあるんだろうけど.....。」
「その考えというのを聞いてしまうと集中できなくなりそうですねぇ。」
「うぅ、父ちゃんはいつも真剣だよ槙絵帰ってきてくれぇぇっ」
『雀王機』『GEN・元』『サポートオペレーター・摩耶・結宇』、そして操縦者の『槙絵』.....
考えうるコマを同じ場所に集めて、強引に進めること、既にオーラス。
3人を箱寸前にまで追い詰めてしまった槙絵には、早くも別の意味で打つ手がなくなった。
もともと思いつきどころか、直感に従って動いてはみたものの、
麻雀を打っただけで、元の世界に戻れるなら苦労はしない。
「本家槙絵ちゃんと変わらない強さですねぇ。」
「うぅ、それロン、父ちゃん四暗刻単騎、槙絵帰ってきてくれぇぇ」
「本当に強いって、え?」
ため息をつきながら槙絵の出した牌が、親の元のヤクマンに突き刺さる。
「うわわわ、元さんのヤクマンなんて雪が降りそう。」
「天変地異の前触れ.....惑星直列を引き起こす不吉な流れ.....かも。」
ここまでダントツトップだった槙絵の点棒が一気に半分まで減らされた。
槙絵自身にとっても、ヤクマンに放銃というのは近年記憶にない出来事だった。
「もしこれに意味があるとすれば.......あるいは戻れるかもしれない...。」
槙絵が自分でも気づかないうちに口から出た呟きを、皆が耳にした時、
「うぅ、今度もロン、父ちゃん九蓮宝燈、槙絵帰ってき...」
その元の上がり宣言を槙絵は最後まで聞くことはなかった。
その瞬間、槙絵は自分を取り巻く何かが歪むのを感じ、急速な眠りへと落ちていった。
=サイドB’=
『槙絵!槙絵!』
『(PiPi!)機体運用レベル急速低下、殲滅属性【窮蓮鵬搭】ヲ第伍封印ニテ凍結。』
『司令!槙絵が帰ってきました!』
『槙絵!報告をしろ!コラ!寝てるんじゃない!起きろ!』
「う....ここは......。」
槙絵が目を覚ました瞬間、
モニターの向こうで、狭いカメラに、これでもかと司令部の人間が顔を寄せ合っているのが映っている。
すばやく索敵系の計器類のチェック、敵が周囲にいないことを確認すると大きくため息をついた。
「雀王機.....戻ってこれたのか?」
『ちょっと槙絵!あなた大丈夫なの?』
蒼白となった摩耶の目が潤んでいるのがわかる。自分の知らないところで基地の危機は回避されたらしい。
『返事をして!何があったの!?』
雀王機のエネルギーゲージが空中制御を保てないほどに低下しているため、GENが自動操縦で機体を地面へと誘導する。
『少し説明に手間取ることがあった。基地の被害状況は?』
『こっちはあなたのおかげで被害はないわ。』
『私のおかげじゃない。雀王機は....ひどいな、ボロボロだ。』
機体に蓄積された戦闘ログを読み返しながら、自分ではできない芸当、いや、自分にしかできない痕跡がそこには刻まれている。
『レポートを提出する前に、こちらで何があったかを教えてくれ。少し疲れた。』
報告書の作成をどうしたものかと思案しながらも、気だるい感覚が槙絵の身体に残っている。
索敵範囲を広げていたレーダーには、南北から剣王機と銃王機が機体の限界速度でこちらに向かっているのが見て取れる。
槙絵は、GENが格納されているパンドラボックスをポンポンと優しく叩くと、しばしの休息に入った。
.......turn
over side「AorA'」