Scene1:某ホテル・ロイヤルスィート

「ショーギもイゴも僕を熱くさせるような相手はいなかったな……」
豪華なソファーに身を沈めた金髪の少年は、つまらなさそうにつぶやく。
己の力を100%ぶつけられる相手を求めて遥か東方の日本まで来たものの、
非公式に対局したプロですら相手にならず、ヘンリーはくすぶっていた。
「アル、この国には他にどんなゲームがあるんだ?」
「そうでございますな……広く遊ばれているものとしては麻雀というものが。」
午後のお茶の用意をしながら、執事のアルフレッドが答える。
「mah-jang?それは中国のゲームじゃないのか?」
「発祥は中国ですが、日本でも独自の発展を遂げております。」
「ふむ……で、強いヤツはどこにいるんだ?」
「プロもおりますが、市井の中にはそれを上回る強者も潜んでいるとか。」
ヘンリーの目が輝いてきた。強い相手がいると聞いて、クレイトン家の人間に脈々と流れる勝負師の血が騒ぎ出したのだ。
「プロより強い?面白い、それこそ僕が求めているものだ!よし、さっそくマージャンをやりにいくぞ!!」
「かしこまりました。」
意気揚々と部屋を出ようとするヘンリーだったが、ふと足を止める。


「ところでアル。マージャンとはどんなゲームなんだ?」
「は、こちらに基本的なルールブックを用意してあります。」


来襲、英国天才少年 〜ヘンリー〜

リョウ=アマバネ


Scene2:雀荘「牌楽天」

カラカラカラン。
取り付けてあるベルが鳴り、雀荘「牌楽天」のドアが開いた。
「いらっしゃいませー。」
そこに立っていたのは、初老の執事を従えた金髪の少年。
「ここはマージャンがプレイできるところだろう?強い者と勝負したいのだが。」
「お一人様ですか?お父さーん、一欠けの卓ってあるー?」
恵美の呼びかけに応えたのはマスターではなく摩弥だった。
「あたし達の卓に入る?丁度サンマにも飽きてきたとこだし。」
奥の卓に陣取っていたのは摩弥・恭子・結宇の3人だが、どうやらかなりの時間を三人打ちで浪費していたようだ。
誘いを受け、英国貴族の名に恥じない流れるような所作でヘンリーは卓に着く。
「レディ相手に本気を出すのは紳士として本意ではないが……お相手願おう。」

「ところで……ボク、麻雀のやり方は知ってるの?」
雀荘に似つかわしくない幼い容姿から導き出される疑問を、恭子は口にした。
「『ボク』じゃない、ヘンリーだ。大体のところは本で覚えてきた。」
「本、ってアンタまさかド素人?!なのに強い人と打ちたい、だなんて身の程知らずもイイとこじゃない。ま、初心者だからって容赦しないけど?」
ヘンリーの答えが癇に障った所為か、摩弥はややトゲのある言い方で対局をスタートさせた。
「待てよ?ヘンリー……ヘンリー……っまさか?!」
その名前に聞き覚えがあるのか、マスターはスクラップブックをすごい勢いでめくり始めた。
「やっぱり。あの少年、チェスをはじめにあらゆるゲームの世界チャンピオン最年少記録を一気に塗り替えた天才
ヘンリー=ウィリアム=クレイトンだ。こりゃ相手が悪いよ……」

最初は身の程知らずの少年にお灸をすえてやる、という気持ちで臨んでいた摩弥たちであったが、次第にヘンリーの神懸かり的な打ち筋に圧倒されるようになった。
「ちょ、ちょっと、何よその待ち!そんなの分かるわけないじゃない!!」
「ダメ………………この子、強い。」
「そうね……槙絵ちゃんクラスだわ。」
結局、終わってみればヘンリーのダントツトップであり、3人は辛うじてトビを防ぐのが精一杯だった。
「僕は『強い者と戦いたい』と言ったはずだが?それとも『強い』というのはこの程度のものなのか?」
「〜〜〜、くやしいけどあたし達じゃ歯が立たない。恭子、槙絵ちゃんを呼んできて!」
「うん、わかった!!」
「……マキエ、というのは?」
「この界隈、いや、この町で最強の雀士よ。腕前は……そうね、あなたと同じか、それ以上だわ。」





Scene3:大三元

所変わってお好み焼き屋「大三元」
店の中では着流し姿の小十朗が、お好み焼きをアテに昼間っから一人ビールを飲んでいた。
「おっちゃん、仕事は?」
「ははっ、このところ筋の通らない頼みばっかりでな。開店休業状態さ。」
と、そこへ恭子が勢いよく飛び込んできた。
「ハァッ、ハァッ、槙絵ちゃん、いるっ?!」
「いらっしゃい、恭子ちゃん。どーしたの?そんなに慌てて。」
乱れる息を何とか落ち着かせ、恭子はいきさつを説明した。
「ものすごく強い人が牌楽天に来て、でも私たちじゃ全然敵わなくて……お願い、一緒に来て!」
「でも、お店が……」
迷う槙絵に、今まで黙って説明を聞いていた元が口を開いた。
「槙絵、店番はとーちゃんに任せて行ってやんな。うちの常連さんが困ってるのを見捨てるわけにはいかんだろう?」
「そうそう、客は今のところ俺一人しかいないんだし。」
「おっちゃん一言余計だよ。それじゃとーちゃん、後よろしく!」
そう言い残すと、槙絵は恭子と共に牌楽天へ向かった。

「……槙絵ちゃんが出張らなきゃならんような相手か。面白そうだな。」
コップに残っていたビールを空け、ゆらりと立ち上がる小十朗。
「小十朗さんも行ってくれるかい?」
「任せとけって。あ、元ちゃん、今日はちょっとツケといてくれ。な?」




Scene4:再び牌楽天

「君がマキエ?……驚いたな、最強のプレイヤーが来ると聞いていたらこんなかわいいレディとはね。」
「あんたが『ものすごく強い人』?自分だって大して年が変わんないじゃない。」
「ま、僕としては強い相手と戦えればそれでいいけどね。」
「いいよ、勝負しよう。じゃ、あと二人メンツを……」
しかし、先ほどヘンリーの凄まじい雀力を見たせいか、店内の誰も名乗りを上げない。
「一人はアルにするとして……もう一人はどうしようか?」
「その席、俺に座らせてもらおう。」
計ったようなタイミングで登場したのは、小十朗であった。
「おっちゃん!」「小十朗さん!」
「な〜に、槙絵ちゃんでなきゃ太刀打ちできないっていう腕を拝みたいだけさ。」
「勝負は半荘3回のトータルで、ルールはアリアリね。」
「いいだろう。最強の名に恥じない戦いを期待しているよ?」

闘牌が始まると、その場はまるで空気が硬質化したかのような緊張感に包まれた。
「ロン。それで当たりだ、ミスター。」
「……ふ、槙絵ちゃんと同レベルってえのもまんざら冗談でもないようだな。」
「ツモ、親満で4000オール。」
「槙絵様、とおっしゃいましたか……なるほど、ヘンリー様のお相手にふさわしい力量をお持ちのようですな。」
1戦目の結果は、何と槙絵とヘンリーの同率1位であった。しかも、互いに直撃は一度も無い。
「はははは、こいつは何ともワクワクする!僕はこういう戦いを求めてたんだ!」
「こんな手強い相手、初めて……」



そして2戦目、この局も二人のせめぎ合いが続くと思われたが、ヘンリーの親番で勝負は大きく動いた。
槙絵がヘンリーの跳満に振り込んだのだ。
「油断したな、マキエ?ハネマンだ。」
「うそっ?!」
その後、槙絵は残る二人から点棒を集め、何とか2位をキープしたもののヘンリーとは大きく差が開いてしまった。
3戦目も一度傾いた天秤は容易に戻らず、ヘンリー優位で戦いは進んでいく。
槙絵も懸命に食らいつくが、わずかに及ばずとうとうオーラスを迎えてしまった。
「2戦目の負け分のことも考えると、槙絵ちゃんはヘンリーから三倍満以上を直撃しなきゃ……」
「でも…………あのヘンリーがそれを許すとは思えない…………」
「どうしよう……槙絵ちゃんでも勝てないのかな……」
「だいぶ楽しませてもらったけど、ここで幕を引かせてもらうよ。グッバイ、マキエ。」
勝利を確信したヘンリーの言葉に、うつむいて何も答えられない槙絵。今まで生きてきた中で一番のプレッシャーに押しつぶされそうになっているのだ。
そんな槙絵を見て、小十朗はそっとつぶやく。
「槙絵ちゃん、下を向いてちゃいけねえ、前を向くんだ。麻雀の神様ってのは、いつだって前のめりの奴の味方をするもんさ。」
小十朗の言葉に感じ取るものがあったのか、槙絵は視線を上げ、まっすぐ前を見すえた。もうその目には一点の曇りも迷いも無い。
「そうだよね。あきらめたらそこで終わりだもんね!」
「ああ、それでこそ槙絵ちゃんだ。」



誰もが息をするのも忘れるような緊迫感の中、最終局は進んでいく。
「これで終わりだね……リーチッ!」
中盤、満を持してヘンリーがリーチをかけた。
が、己の勝ちを意識して切った牌を、槙絵は見逃さなかった。
「ロン!!」
パタ、パタ、と左から順に牌が倒され、現れたその上がり手は……
「四暗刻単騎……」
「と言うことは……?」
店内は一瞬静まりかえり、次の瞬間大歓声の渦が巻き起こった。
「ダブル役満!!」
「大逆転だー!!」
「そんな……この僕が負けた……?嘘だ!!僕は99%勝っていたのに!!」
「まさにそこが運命の分かれ道ってやつさ、ボウヤ。」
信じられない、といった表情のヘンリーに、小十朗が声をかける。
「?!」
「実際、力は互角。流れもお前さんに傾いていた。だがオーラス直前、勝敗はまだたゆたっていた。
決まってなかったんだ。そこで『勝った』と思ってしまった者と最後の最後まであきらめなかった者の差
……それがこの結果だよ。」
ヘンリーはがっくりとひざを着いた。

「あたし、こんなにドキドキした勝負初めて!ヘンリー、ありがとう!」
皆の祝福の輪から抜け出した槙絵は、ヘンリーに握手を求めた。が、
「くっ……勝者の情けなんか受けるものか!!」
差し出された手を払いのけ、ヘンリーは店の外へ駆けだしていった。
「ヘンリー様!……皆様、大変失礼なのは承知の上ですが、本日はこれで失礼させていただきます。」
丁寧に礼をすると、アルフレッドもヘンリーを追って店を出る。二人が去った後、店内は何となく気まずい雰囲気に包まれた。
「あたし……何か悪いことしちゃったのかな……」
「なーに、きっと自分の負けをまだ受け入れられないだけだろ。人間、負けを乗り越えて大きくなるもんだ。」
「でもあの子、今まで負けたこと無かったみたいだし……乗り越えられなかったらどうなるんですか?」
恵美が心配そうに尋ねると、小十朗は笑って答えた。
「そん時ゃそれまでのヤツだったってこった。大丈夫、俺の見るところあのボウヤはそんなにヤワなタマじゃないよ。」



「ヘンリー様……」
アルフレッドが追いついた時、ヘンリーは電信柱に額を付けて何かをこらえていた。
「アル……分かってる、本当はあんな事言うつもりじゃなかったんだ。」
「承知しております。」
「ただ、マキエの顔を見るとカァッと顔が熱くなって……つい……」
「ヘンリー様、ご自分の意見をきちんと表明するのも紳士の条件でございます。」
「そうだな……うん、そうだな。」




Scene5:大三元

数日後。

大三元は恭子たち三人娘や小十郎といった常連客でにぎわっていた。
伝説と言っても良いほどの戦いに、皆まだ興奮冷めやらぬ、といった趣だ。
恭子が目をキラキラさせて口火を切る。誰かと語り合いたくて仕方ないのだろう。
「それにしてもあの対局、すごかったよねー。今思い出しても鳥肌が立っちゃうもん。」
「ま、滅多に見られない闘牌だったのは間違いないな。」
と小十朗。
「でもあのヘンリーって子……今ごろどうしてるんだろ?」
モダン焼きをつつきながら、結宇がつぶやく。
「自分の国に帰ったんじゃないの?あれから姿を見せないんだし……あ、恭子、そのエビいただきー♪」
と摩弥が恭子のエビ玉に手を伸ばしたその時、店の前へ場違いなまでに高級な黒塗りの外車が止まった。
車から降りたのは正装で身を固めたヘンリー(とお付きのアルフレッド)。
子供がスーツを着ようものなら日本人なら七五三かはたまたコスプレか、という感じになるところだが、さすがは英国貴族、見事なまでに着こなしていた。

「失礼だがマキエは在宅だろうか。」
「いらっしゃ〜い……あ、ヘンリー!」
「マキエ、ちょうどよかった……まずは先日の非礼をわびさせて欲しい。このとおりだ。」
深々と頭を下げるヘンリーに、槙絵はちょっと慌てた。
「い、いいよ。別にあたし、もう気にしてないし。……でも、今日は謝りにきたの?」
「もちろん本題は別にある。マキエ、確かに僕は君に敗れた。だが、僕は自分の力が君に劣っているとは思っていない。」
「うん……それで?」
「だから、もう一度君に勝負を申し込む。今度は絶対に僕が勝ってみせる!そして、僕が勝ったら……」
「勝ったら?」

「その……
僕と婚約して欲しい!!」

「「「「「ええーーーーーっ?!」」」」」



この日から大三元がまた一段とにぎやかになっていくが、それはまた別のお話。


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