貴史の受難 〜貴史〜

リョウ・アマバネ


「おかえり、結宇。」
結宇の家でテスト勉強をする、ということで一緒に帰ってきた3人を迎えたのは結宇の兄、貴史であった。
「あれ?兄さん、大学は?」
「午後の講義が休講だったから早めに帰ってきた。恭子ちゃんも摩弥ちゃんもいらっしゃい。」
「こんにちは、貴史さん。おじゃましま〜(ドンッ) うわわっ?!」
あいさつ途中の恭子を吹っ飛ばし、摩弥が顔を赤らめて乱入してきた。
「お、お兄さん、その、お、お久しぶりですっ!本日はお招きいただき……じゃなかった、おじゃまさせていただきますっ!
それで、あのっ、これ、今日の調理実習で焼いたクッキーなんですけど、ぜひ食べてください!
なるべく見栄えがいいのを選んだつもりなんですけど、何か変な形のばっかりで……あーん、あたし、何言ってるんだろ!!」
「はは……ありがたく頂くよ。」
あまりに分かりやすく、またまっしぐらな摩弥のアタックに、さすがの貴史もちょっとタジタジである。

摩弥のドタバタをひとしきり観察した後、結宇はぼそりとつぶやいた。
「今日はテスト勉強だから、差し入れとかあると妹は喜びます。」
「あー、分かったよ。後で何か持ってってやるから。」
階段を上がって結宇の部屋に向かう3人を見送っていた貴史は、ため息混じりにつぶやいた。
「あの3人が集まって、まともにテスト勉強するわけが無いよな……」



案の定、30分と立たないうちにジャラジャラという牌をかき混ぜる音が鳴り出した。
いくら何でも早すぎるだろ!と心の中でツッコミながら、貴史は結宇の部屋のドアを勢いよく開けた。
「結宇!今日はテスト勉強するんじゃなかったのか?!」
「……息抜き。」
「息抜きするほど勉強してないだろ!!」
「違う。」
「何がだよ!」
「勉強が息抜き。」
ガクッ。誇張無しに貴史の腰は砕けた。
「大丈夫。平均点は取ってるから。」
「ろくに勉強もせず勘だけで平均点、というのもある意味すごいが……勉強すればもっといい点取れるだろ?」
「面倒。」
「『面倒』じゃないっ!勉強しなさいっ!!」
「それ、命令?」
「ん?も、もちろん兄としての命令だ!」
「では麻雀で兄さんが私に勝てたら命令を聞きます。」
「むぐっ……!」
確率を何よりも重視する貴史のスタイルにとって、セオリー一切無視の結宇の打ち方は鬼門というか天敵だった。
実際、今まで妹と打って勝てた試しが無い。しかし、兄としての面子に賭けてこの場は引くわけにいかなかった。
「分かった。受けて立とうじゃないか!」
恭子と摩弥は「あ〜あ」とか「やれやれ」といった表情を浮かべていた。まるで結果が見えているかのように。

「勝負は半荘1回でいきたいと思います。」
「ちょっと待……いや、いい。」
貴史は待ったをかけようとしたが、あわてて取りやめた。
本来、貴史のアベレージ打法は長丁場でこそ成立する。半荘1回という短い勝負では偶発的要素に左右されすぎるのだ。
しかし、テスト勉強させるため、というお題目がある以上、長々と麻雀させるわけにはいかない。

かくして、兄妹の骨肉(?)の争いが始まったわけだが……





「ロン。リーチドラ3に裏も1つ。」
「ちょっと待て結宇、何でそんな待ちにするんだよ!三色の目も充分あったんじゃないか!!」
「何となく三色の気分じゃなかったもの。」
「何となく、で決めるなよ!!」
「でも満貫上がれたし。」
「〜〜〜〜〜〜ッ!」
「貴史さん、それロン。子の倍萬は16000。」
「お兄さんごめんなさい、ロンです!」
結局、終始結宇にペースをかき乱され、おまけに恭子や摩弥からも直撃を食らい、貴史は東場を終えることなくハコになってしまった。

「どうする?これから。」
「さすがにこれ以上やるのは忍びないわ。」
「……おとなしく勉強しよっか。」
頭のてっぺんからぷすぷす煙を上げ、卓に突っ伏している貴史の惨状を見て、3人は毒気を抜かれてしまったようだ。
「それじゃ兄さん、今度こそテスト勉強するからご退室願います。」
ペッ、とばかりに部屋の外へ追い出された貴史は、オーバーヒートした頭で考えていた。



「勉強させる、という目的は達成できたけど……なーんか納得いかないよな……」


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