1月ももうじき終わろうか、というある日の放課後。
今日も今日とて占い研の部室でサンマに興じていた(暗幕でしっかり防音済)我らが三人娘であったが、ふと摩弥が口を開いた。

「ねー結宇、貴史さんってどんな味が好みなのかな?」
「あのとおり細かい性格だけど、兄さん、好き嫌いは無いよ。」
「んもうっ、そんな一般的な話じゃなくて。」
「……じゃ、何?」

「だからー、バレンタインの話だってば。」



バレンタイン狂詩曲(ラプソディ)

リョウ・アマバネ


「去年はお店で買ったチョコだったけど、今年はがんばって手作りしちゃおっかなー、って。」
「家庭科の評価ブッブーな摩弥が?大丈夫?」
「そーいう恭子だって腕前はあたしとどっこいじゃない。」
「でもカレ、私の料理『おいしい』って言ってくれるもん。」
「涙目になりながら、ね。」
「……何よ。」
「いーえ、別に。」
火花を散らす恭子と摩弥に聞こえないように、結宇はつぶやく。
「……五十歩百歩。」
二人ともしばらく威嚇し合っていたが、争いの不毛さに気付いたのか、ため息をついてつぶやいた。
「やっぱり、上手な人に教えてもらおうか……」
「それがいいよね……」
「でも、誰に習うの?」
帰り支度をしながら、結宇が尋ねる。
「料理上手、と言ったら……」

「槙絵ちゃん?」

お好み焼き屋「大三元」。女子高生たちのお願いに、11歳の看板娘はちょっと困ったように答えた。
「無茶言わないでよ。お好み焼きならともかく、チョコなんて作ったことないもん。」
「ダメか……」
「しかしなぜヴァレンタインデーにチョコレートが出てくるんだ?普通は花やカードを送り合うものだろう?」
横合いから口を出したのは、大三元でも最高ランクの価格を誇る牡蠣玉(冬季限定)をほおばるヘンリー。
「2月14日に女の子が男の子にチョコを送るのは、日本じゃ神代の昔からのしきたりなの。理屈じゃないわ。」
「結宇、嘘教えるんじゃないの。ま、バレンタインは女の子が思いの丈を打ち明ける数少ないチャンスよねー。」
恭子が視線を斜め上45度にさまよわせ、ほわわんとした表情でバレンタインデーについて語り出しそうになるのを、摩弥は強引に遮った。
「はいはいそこまで。次の当てを探すわよ。」




「駄菓子屋の梅おばあちゃんとか。」
「料理は上手だろうけど……あたし、梅ばあちゃん苦手なのよね。」

「ホント、良い時代になったもんだよ。女の方から『好き』って言えるなんてさ。アタシの若い頃なんて……」
話が長くなりそうなので、そ〜っと席を立とうとする恭子と摩弥だったが……
「お待ち(むんずっ)……ったく、最近の若いのときたらまともに年寄りの話を聞きゃしないんだから。いいかい?……」
結局、きっちり2時間お説教を食らった挙げ句に有益な情報はまるで得られなかった。
(ちなみにその間、結宇はひたすらガリガリくんをかじっていた。真冬にもかかわらず。)

「あいたたた……正座2時間とは。おのれー、この恨み晴らさでおくべきか!結宇、あんたもそー思うでしょ?!」
「……ところで、次は誰?」
摩弥の復讐心なぞどこ吹く風、結宇は極めてマイペースである。
「んー、それじゃ、恵美さんは?」
「お、ナイスアイデア!……って何でそれを最初に言わないかな。」




「凝ったものじゃなければ、チョコづくりはそんなに難しく考えることもないですよ。
大事なのは温度管理と、手順を守ること。それさえ気を付ければ、後は慣れの問題です。」
「さっすが恵美さん、頼りになるぅ!」
「よろしくご指導お願いします、先生。」
「先生だなんて……何か照れちゃいますね。あ、でも3人一緒だとちょっと大変かも。」
「私は作る気無いからいいよ。」
「そお?悪いわね、結宇。」
「それじゃ、土曜日の午後にうちへ来てください。万全を期す為に助っ人さんもお願いしておきますから。」


−土曜日−

「二人とも、いらっしゃーい。」
「お菓子づくり教室へようこそ。」

「……アルフレッドさん?」
恵美とともに恭子と摩弥を出迎えたのは、クレイトン侯爵家執事・アルフレッドであった。
三角巾&花柄エプロン姿の。
「恵美様から是非に、とお願いされまして。私、とあるホテルのパティシエと懇意にしておりますので、何かとお役に立てると存じます。」
「アルフレッドさんのお菓子、すっごく美味しいんですよ。お店で売ってるのと同じかそれ以上、ってくらい。」
「お褒めにあずかり光栄です。」


「さて、どの辺りのことから始めるかを決めるためにも、お二人とも家庭科の成績を教えていただけますか?」
エプロン姿が非常に様になっている恵美。
校内アンケートの「お嫁さんにしたい人」部門で(女子校なのに)ダントツトップだった、という噂もあながち嘘では無さそうである。
しかし、恵美の問いに対して恭子は途端に伏し目がちになり、摩弥はあからさまに視線を逸らす。
「えーと……その……3、なんだけど……」
「あ、あたしも……」
「なーんだ、お料理苦手ってうかがってたから心配してたけど、平均レベルじゃないですか。」
「あー、いや……あの……」
「……10段階評価、で。」
恵美の頬が一瞬引きつったが、すぐに何事もなかったようににっこり微笑んだ。
「そ、それじゃ、基本的なところから始めましょうか。恭子さんは私、摩弥さんはアルフレッドさんが担当ということで行きますね。」


プロ顔負けな腕前のコーチが専属で指導、これならチョコづくりもスマートに進む、と思われたのだが……
「えと、まずはチョコレートを溶かすわけですが……恭子さん!いきなりチョコのお鍋を火にかけちゃダメですよ!!」
「え?ダメなの?」
「ミス葛城。チョコレートはもう少し大きさを揃えて刻んでください。不揃いだと均一に溶けませんので。」
「……は〜い。」
「隠し味に洋酒を少し入れると風味が良くなりま……って、入れすぎです!」
「えへへ、大人の味、ってゆうことで。」
「調理器具の水気はきちんと拭うこと。でないと固めた時に良いツヤが出ません。」
「とほほ、細かいなぁ……。」


とまあ、そんなこんなで悪戦苦闘しつつも、何とか見栄えのするチョコレートができあがったのだった。
「よーし、これでチョコづくりはマスターしたわ!」
「二人にはほんと、お世話になりました。」
上機嫌で帰路に就く恭子と摩弥を、恵美たちはにこやかに見送った。
「復習の意味も含めて、本番前にもう一回くらいつくってみてくださいねー。」
「それでは、ご武運をお祈り申し上げます。」


「どうもお疲れさまでした、アルフレッドさん。無理なお願いを聞いていただいて、本当にありがとうございました。」
「いえいえ、なかなか教えがいのある生徒で私も楽しゅうございましたよ。」
お互いの健闘(?)を讃えつつ恵美とアルフレッドは台所の片づけを始めたのだが……
「あれ?このチョコ、二人の忘れ物かな?」
テーブルの上、調理器具の影から数個のチョコレートが顔を出した。
「そのようですな。では我が生徒の進歩の度合いを見るためにも少々味見を………
………!!!!!」
チョコを一つ口に放り込んだアルフレッドの体が、くらっとよろめいたかと思うとそのまま崩れ落ち……
そうになった。何とか持ちこたえたようだが。
「アルフレッドさん?!」
「……失敬。醜態を晒してしまいましたな。」
「あの、ひょっとして、味の方が…………そんなに?」
「何と申しましょうか……
フォークランド紛争での攻防戦がピクニックに思えるほど、と言えばお分かりいただけるかも知れません。」
「同じ材料を使って同じ手順で作ったのにどうして……」
「おそらくお二人独自の隠し味が原因かと。」
「いつの間にそんなのを入れたんだか……慣れないうちはシンプルなのが一番、って言ったんですけどね。」
「周りのチョコとは一味違うものを送りたい、という乙女心でございましょうなぁ。」


後日、恭子と摩弥、それぞれの想い人が原因不明の腹痛に襲われた、という噂があったり無かったり。


<終>


【バレンタイン狂詩曲・こぼれ話】

その1
「恭子さんは彼氏さん、摩弥さんは貴史さんにあげるのよね。それじゃ結宇さんは誰にあげるのかな?」
「さあ?結宇ってばそういうイベントにはホント無関心だし。」
「そういう恵美さんは誰かにチョコレートあげるんですか?」
「うーん、今年はお父さんとお店の常連さんかな。先輩、卒業しちゃったし。」
「先輩って?」
「図書委員の先輩。去年、すっごくお世話になった人なの。」
「え?でも恵美さん女子校でしょ?」
「変かな……?私の友達、バレー部のキャプテンなんだけど、後輩にモテモテよ?去年なんて大きな紙袋いっぱいにチョコもらってたんだから。」
「女子校、おそるべし……」
「そだね……」



その2
「はい兄さん。バレンタインのチョコ。」
「お、明○のブラックチョコ。さすが我が妹、俺の好みがよく分かってる。」
「それから、これはオマケ。」
そう言って差し出したのは、お皿に山盛りのチョ○エッグの殻&ビックリ○ンチョコ。
「……これは?」
「レアがなかなか出ませんでした。」
「そーじゃなくて。」
「遠慮せずお召し上がり下さい。」
「こりゃバレンタインチョコと言うより単なる後始まt」
「兄さんは私のチョコなんか食べられない、そうおっしゃる、と。」
後ろを向いてよよよ、と泣き崩れる結宇(もちろん嘘泣き)。
「あー分かった分かった。食べる、食べます。心を込めていただきます!」
「それでは兄さん、よろしくお願いね。あともう1ダース分あるから。」
「……トホホ。」


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