紅華会戦争から10年―――


かつての大戦が終わり

世界にもたらされる平和な日常

伝説の語り部達は沈黙し

やがて人々は英雄を忘れ去る

 


だが―

人の欲望は果てなく深く

いま再び世界に

未曾有の暗雲が立ち込めようとしていた



少年   「えーと・・・米と味噌と干し肉・・・あとは小麦粉ですか
      先輩、買い出しの品はこれで全部でしたっけ?」

青年   「食糧はな。あと買うモンったら練習用のタオルくらいなもんだろ
      今日は師匠が戻ってくるから何か美味いモンでも買っておきたいけどよ
      ・・・なんせ俺等にゃそんな金ねえからなぁ」
少年   「ですね」

大きなザックいっぱいに買った食糧を詰め込みながら。少年は隣に立つ大男を見上げて言う
柔らかそうな美しい金髪と宝石のように輝く蒼い瞳。整った顔立ちと物腰に育ちの良さを見て取れる美少年である。年の頃は13歳くらいか
対して少年に「先輩」と呼ばれた大男。こちらはいかにも粗野で汗臭そうな無骨な風体
年の頃は20歳前後の若者のようだが、ボソボソと生やした無精髭のせいで実年齢より5〜6歳ほど老けて見える
・・・・・凸凹コンビと言うかなんと言うか
どうにも見た目不釣合いな二人組であるが、会話の内容から察するに随分と親しげな間柄のようだ


大日本帝国山梨県。ここは富士山の裾野の小さな宿場町
二人組は理由あって霊峰・富士の山麓で厳しい修行生活を続けている若き武芸者であった
大男のほうはともかく、美少年の見た目はおよそ武芸という言葉には縁遠いような印象を受けるが
その立ち振る舞いには一環して隙がなく、そしてなによりも
腰にぶら下げた一振りの太刀がたしかに武芸に生きている人間であることを証明していた
どうやらこの二人、今日は食糧を買いに町へ降りてきたらしい

青年   「よし戻るとするか。飯の用意して師匠を待ってようぜ・・・・ん?
      なんの騒ぎだありゃ?火事か?」

青年がその視界に多くの人だかりと、火事とおぼしき煙を確認した瞬間。聞こえてきたのは人々の悲鳴と轟音であった
ドッガァアアアアアアアン!!!
地面を揺るがすような大爆発。直後、叫び声をあげながら必死の表情で逃げ惑う人々たち

青年   「うおおお!?なんだこりゃあ!」
少年   「先輩!行きましょう!」

タダ事でない状況に事態の大きさを悟った青年と少年は、逃げる人の肩をムンズと捕まえて問い正した

青年   「おいアンタ待ってくれ!いったい何が起きた!?」
おっさん 「なにやってんだ兄ちゃん!アンタらも早く逃げろ!
       
鷹田だ!鷹田モンスター軍団がやってきたんだ!」
青年   「鷹田?何モンだそいつぁ!?軍団っていったい何だよ!?」
おっさん 「アンタ知らんのか!?ここ最近世界各国に出没する謎の軍団を!
      無差別に町を攻撃しては金品を奪い、人を奴隷として連れて行くそうだ!」
青年   「ンな・・・ッ!俺等が山に篭ってる間にそんな連中が!」

ドオオオオオオオオオン!!!
第2波となる爆発音が聞こえ、それと同時に全身に黒装束をまとった男達が十数人。向こうから凄まじいスピードで駆けてくるのが見えた

少年   「普通の人間の動きじゃない・・・グラップラーか!」
おっさん 「そうだ!警官隊では奴等を鎮圧できん!逃げるしかないんだ!
      そらワシの車がそこに停めてあるから!兄ちゃん達も早く乗れ!」
青年   「・・・・・・・親切にありがとうよおっさん。アンタは早く逃げな
      アイツらは俺達が食い止める!」

おっさん 「兄ちゃん達・・・アンタらもグラップラーか!」

二人の若者が腰に下げていた太刀を鞘から抜き放った。その表情がさっきまでとは一変している
全身から発散される小宇宙が、普通の人間であるおっさんにもビリビリと感じて取れる。凄まじい威圧感だ

青年   「いくぞシンノスケ!聞いた話じゃとんでもねえ悪党共のようだ」
少年   「はい、手加減の必要はありませんね。大平先輩!」

”シンノスケ”と呼ばれた金髪の少年と、”大平先輩”と呼ばれた無骨な青年が揃って疾り出した
砂塵を巻き上げて迫りくる黒い軍団の中へ、無謀にも真正面から斬り込む二人
あまりにも多勢に無勢である。その無残な結果を予想し、思わず目を背けるおっさん
だが

ドバァアアッッ!!
一陣の疾風が漆黒の集団の中に消え入った瞬間
真っ赤な鮮血を撒き散らしながら、10人ほどが一瞬のうちに斬り捨てられた
まさしく電光石火。グラップラーでないおっさんの目には何が起こったのか理解不能のスピードである
突如として現れた謎の二人組に対し、黒の軍団はこれを遠巻きに包囲する

黒装束男1 「・・・何者だ貴様ら。我等鷹田モンスター軍団に歯向かうか」
大平     「おう歯向かう歯向かう。テメーら全員お仕置きしてやるぜ」
シンノスケ 「何者だって?悪党共に誇りある我が名を名乗る必要なし!」
黒装束男2 「ぬかしおるわ小僧どもが!少しは腕が立つようだが・・・
        この人数相手にどこまでもつか見せてもらおう!」

ババッ!
包囲の輪が狭まる。四方八方から同時に飛び掛ってくるモンスター軍団
得物が刀であることから見て、若い二人組のグラップラークラスはおそらく「セイバー」であろう
モンスター軍団はおよそ50名余。その全員がA級グラップラーの猛者揃いである
不意打ちの攻撃で10人が斬られたとはいえ、完全包囲からの連携攻撃であればたかが二人の若造に遅れを取るハズもなかった

そのハズだった

大平    「ハン!遅えな。遅すぎて欠伸が出らあ」
シンノスケ 「師匠との稽古に比べたらまるでスローモーションだ」

モンスター軍団の攻撃は二人にカスリ傷のひとつも負わせることなく
ゆらり、と翻った二人の刀は吸い込まれるように悪漢どもの身体を通り過ぎていく
まるで清流のせせらぎの如き精妙の剣である
一瞬の交錯でまたもや十数人が斬って捨てられた。これはどうやら実力がまるで違うようだ

黒装束男3 「ば、馬鹿な・・・コイツら二人ともS級セイバーか!」
黒装束隊長 「ひるむな馬鹿者どもめが!ここは俺に任せい!」

二人組の圧倒的な強さに恐れをなし、再び遠巻きになる包囲網
しかしここで隊長らしき男が単体躍り出た
巨大な戦斧を派手に振り回し、渾身の力で振り下ろす典型的なパワータイプ
しかしその大振りすぎる攻撃は二人組にとってはまるで隙だらけ
くるりと体を開いてこれをラクラク回避するシンノスケ。ガラ空きの胴に向かって刃を薙ぐ!
仕留めた、と思った次の瞬間。予想していなかった手応えにシンノスケはその眉をしかめた
ガキィイイイイイン!
響き渡る金属音。右手に走るビリビリという痺れ
そして。鍔元からボキリと折れ、地面に突き刺さる刀身

黒装束隊長 「ウワッハハハハ馬鹿めが!かかりおったな小僧!」
シンノスケ  「黒銅鋼の着込み・・・・!」

切り裂いた黒装束の下から見えたのは、鈍く輝く漆黒の胴当てであった
黒銅鋼はガトリング砲の銃撃を受けても傷ひとつつかない硬度を誇る特殊合金である
人間が精製できる合金としては、マグナムスチール、強化オリハルコニウムに次ぐ強度を持つとされている

黒装束隊長 「ワザと隙を作って胴体への一撃を誘ったのよ!
         得物を失ったセイバーなど敵ではないわ!」

シンノスケ  「くっ!」
大平     「チッ!退がれシンノスケ!
        そいつの相手は俺が・・・・くそっ!どけよテメーら!」

得物を折られてしまったシンノスケに代わり、隊長の相手をしようとする大平
しかしその行く手を遮るように黒装束達が次々と立ちふさがる。シンノスケが無力化されたぶん、全ての攻撃が大平に向いたのだ
大振りの攻撃からうって変わってシャープな連続攻撃を見舞う隊長。攻撃手段を失い、回避に徹するしかないシンノスケ

圧倒的優勢から状況一転。窮地に立たされてしまった二人組
さっきまで余裕だった大平の表情に、僅かな焦りの色が見え始めたその時
彼の聞き覚えのある声がすぐ背後から聞こえてきた

???    「やれ悪い予感がしたから早馬で帰ってきてみれば・・・
         この程度の連中に苦戦するとはまだまだ修行が足りんな」

いつの間にここまで近づいたのか。大平の後ろに立っていたのは袴姿の中年男性であった
風になびく亜麻色の長髪と口元と顎にたくわえた立派な髭
腰に携えた刀から、おそらくはこの男もグラップラー・・・・クラスは「セイバー」らしいということが推測できる。一体何者か

黒装束男4  「なんだぁてめえは!この小僧の仲間か!」
???    「飛天御剣流・・・九頭龍閃!!」

ゾバァッッ!!!
男が抜刀した瞬間。九つの剣閃が走ったかと思うと、一瞬にして9人の黒装束が血の花を咲かせて散華した
刹那に放たれた剣撃は実にその数9発。目にも留まらぬ神速の連続攻撃である
頼もしき助っ人の登場に、二人組の表情がパッと和らぐ。謎の男の正体は二人がこの世で最も尊敬する人物であった

大平     「師匠!」
シンノスケ  「師匠!」
黒装束隊長 「ひ・・・飛天御剣流だとォ!?まさかキサマ・・・・
         
”剣聖”ヒムラー剣心か!?」

ヒムラー   「いかにも。私如き未熟者が名乗るにはおこがましい称号だがね」

「剣聖」それは剣術を学ぶグラップラーの最高位の称号である
虎眼流の開祖・岩本コーガンや千歩氣巧剣の陳京彊など、それぞれの時代で「最強」と称された剣士達が敬意と畏怖の念を込めてそう呼ばれた
現在「剣聖」の名を背負っているのはこの飛天御剣流・ヒムラー剣心であるが、彼自身は自分がこの称号を名乗ることに負い目を感じているようだ

ヒムラー   「お前の刀を持ってきた!受け取れシンノスケ!」

バシィッ!
ヒムラーが放り投げた刀は、まるで自らの意思で主人の手に還るかのようにシンノスケの右手に収まった
鞘から抜き放った刀身がシンノスケの小宇宙に呼応してまばゆく輝く
長い。とてつもなく長い太刀。その刀身はゆうにシンノスケの身長を超えるものであった。なんという業物か

隊長の驚愕の表情が、すぐに嘲笑へと変わった

黒装束隊長 「ガハハハハ!そのなりでそんなバケモノ刀が振れるものか!
         
死ねええええい小僧!!」

大地よ裂けよとばかりに。渾身の力で巨大戦斧を振り下ろす隊長
しかし目の前の少年が半歩足を引いたかと思うと、直後にとてつもない突風を浴びてその体勢を崩した

シンノスケ  「悪いな。振れるんだよ!」

ボッッッ!!!
ドスン!と斧を地面に落とし、それが少年の凄まじい剣撃によって生まれた風圧だったと悟った瞬間
自分の腹から噴水のように噴出す鮮血に、彼は目を疑った

黒装束隊長 「馬鹿な・・・黒銅鋼を斬り裂いただとォ・・・こ、こんな・・・」

シンノスケ  「一文字流斬岩剣!この世に斬れぬ物はなし!」
黒装束隊長 「い・・・一文字流・・・・お・・・お前・・・は・・・・!」

ドサァッ!
隊長が真紅の噴水とともに地面に倒れ込んだのと、ヒムラーと大平が残敵を掃討したのは同時であった











大平    「師匠お早いお帰りで。京の用事は済まされたのですか?」
ヒムラー  「うむ。悪い予感がしたのでコイツを借りてきた。おかげで間に合ったよ
        詳しい話は道場に戻ってからにしよう・・・少し急ぐぞ」

シンノスケ 「うわぁ・・・でっかい馬ですね!それにすごく綺麗な目をしてる・・・」

戦い終えて。家路につきながら久しぶりの再開に会話が弾む3人
町を襲撃した鷹田モンスターは一人残らず全滅させ、ヒムラーの連絡により町には人々が戻ってきて復旧活動を開始したようだ
師匠のまたがった巨馬を見て目を輝かせるシンノスケ。漆黒の毛並みの美しい、それはそれは立派な馬である
シンノスケが頭を撫でてやると馬は嬉しそうに顔をすりよせ、彼の頬をペロリと舐めた

シンノスケ 「アハハ!コイツ人なつっこいですね!よしよし」
ヒムラー  「いや・・・コイツはあまり人に心を開かないヤツなんだがな
        やはり主人の面影がわかるらしい」

シンノスケ 「え?」

キョトンとした顔で師匠を見上げるシンノスケ
ヒムラーは優しい眼差しを弟子に向けると、シンノスケをひょいっと抱え上げ馬の背に乗せた

ヒムラー  「コイツの名は松風

        お前の父、シンエモン殿の馬だ」









―伝説はまだ終わらない












いま再び若き竜が咆哮する!


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