第3話「氷の帝王」



男     「剣聖抹殺にやった刺客が返り討ちにされた?フフン馬鹿め
       だから最初から俺様に任せておけばよかったんだよ」

―英国ロンドン。バッキンガム宮殿―
言わずと知れた英国王室の王宮。その造型と装飾は世界の建造物でも類を見ない美しさを誇る芸術品
とりわけ衛兵の交代式はロンドン観光の目玉ともなっている荘厳な儀式であるが、ここ3日間ほど行われていない
何故ならば今現在、この宮殿に衛兵達は―
否。このロンドンには人間がいないからである
たった3人。バッキンガム宮殿情報通信室の彼等を除いて―

通信    『まぁそう言うな。確かに剣聖の力を侮ったのはこちらのミスだが
       キミとその部下の力はロンドン攻略に使うと決定していたのでな』

男     「フン・・・ジョンブルグラップラーどもはまるで歯ごたえがなかったぜ
       この俺様がわざわざ出向くまでもなかったと思うがな」

総革張りの豪華な椅子にふんぞり返り、気だるそうに頬杖をついて長い足を組んだ若い男
切れ長の目の端整な顔立ち。街中ですれ違えばどんな女性でも振り返るような美男子
その傍らに立つのは半獣人種族の大男。ソファーの男とまるで正反対の無骨で愚鈍そうな風貌だ
更に一歩下がって控えているのは若く美しい女性。露出度の高い黒革のボンテージという、なんとも刺激的なファッション

三者三様の個性的な面々
言うまでもなく彼らは鷹田モンスター軍団のグラップラーであり、通信の相手はモンスター軍団本部である

通信    『いやはやそれにしても・・・たった3人で英国首都を陥落とは
       流石だよ後部。
”氷帝”の二つ名は伊達ではないな』

後部    「まるで手ごたえがなかった、と言ったぞ?
       これなら剣聖一人のほうがまだ相手のし甲斐があった」

通信の内容と、「後部」と呼ばれた男の返事は衝撃的であった
なんと彼等は英国首都ロンドンを
たった3人で襲撃し、これを難なく陥落したのだという
世界をグラップラー戦力分布図で見た場合、たしかに欧州はアジア地域と比べてグラップラー人口・質ともに低いのは事実だ
だがしかし、それでも英国王室を守る屈強のグラップラー達を僅か3人で葬り去った彼等の実力。およそ想像を絶している

通信    『キミにはいずれ剣聖の相手をしてもらう事になるだろう
       それより、だ。グラップラー連盟がいよいよ本格的に動き出したぞ
       ロンドン空域に集結する大規模な飛行船団をキャッチした
       どうやら首都奪還の為にEU艦隊総出でおでましのようだな』
後部    「ああ、こちらでも今しがたレーダーで捉えた。随分な大軍だ」
通信    『やれるかね?もし必要ならばゲートで援軍を送るが』

世界グラップラー連盟の臨時総会によって可決された各国一致団結によるモンスター軍団討伐
その手始めとしてまずEU連合が奪還目標にしたのが、先日の急襲によって陥落したばかりのロンドンであった

レーダーに捉えた航空戦力は大型空中戦艦5隻、巡洋戦艦12隻、高速駆逐艦30隻
更にそれに乗り込むグラップラーの数は、ざっと見積もっても1000人近いだろう
たった3人のグラップラーを叩き潰すには過ぎた戦力である。通信相手が援軍の出動意向を伝えるが・・・・

後部    「フッ・・・誰にモノを言っている。俺様は”氷帝”だぞ
       余計な事はせずに黙って任せておきな。
鷹田総統」

鷹田総統 『ウワッハハハハハハ!まったくもって頼もしいな後部よ!
       では任せたぞ。氷帝の力、連中にとくと思い知らせてやれ』

後部の返答は「NO」
そして驚くべきことに、彼が終始タメ口で会話していた通信相手は誰あろう鷹田モンスター軍団のトップ
鷹田延彦総統その人であった
軍団の総統を相手にも自分の物言いを曲げないクソ度胸。それを咎めることもない総統の強い信頼
この後部という男がどれほどの実力者なのか。このやり取りだけを見ただけでも、その底知れぬ力をうかがい知れた

通信を切った後部がゆっくりと椅子から立ち上がり、部下の二人に告げる

後部    「話は聞いていたな?もうじきお客さんが大勢やってくる
       歓迎の準備をするぞ」

イソリソ   「後部様っ!オラお弁当作ってきたんだ!」

後部     「邪魔だメス猫!いくぞカバオ!」
カバオ    「ウス・・・」

無敵の豪腕、半獣戦士カバオ
美貌の女戦士
イソリソ・オブ・ジョイトイ
鷹田モンスター軍団のエース”氷帝”後部と、その片腕である二人のグラップラー
迫り来るグラップラー連盟の大軍団を前にしても、彼等の調子は普段とまったく変わらずであった




オペレーター「ロンドン上空に到達!依然対空兵器の反応ありません!」
英国軍艦長「グラップラーは総員降下準備!敵はたった3人だが油断するな!
        市街でゲリラ戦を展開されぬよう、まずは絨毯爆撃で連中を燻り出す
        ・・・このロンドンの美しい街並みを損なうのは心が痛むがな・・・」

灰色の倫敦の空を埋め尽くす鋼の船影。世界グラップラー連盟EU連合の誇る空中艦隊
たった3人のグラップラーに制圧されてしまった首都・倫敦を奪還するために結成された大軍団である

敵の戦力はグラップラーたった3人。されどて、英国首都を3人だけで制圧した手練も手練が相手
建物を隠れ蓑に使われてゲリラ戦法を取られれば、数の上でのアドバンテージを大きく下げてしまうことになる
苦渋の決断ではあったが、軍団長は街への絨毯爆撃を全軍に伝えた
まずは相手を丸裸にするのだ。そして圧倒的に上回る数でもって殲滅する。倫敦の街を犠牲にした必勝の戦法だった

オペレーター「了解!焼夷弾投下します!」

いよいよ首都奪還ミッション開始!各艦の船底から次々と焼夷弾が投下されていく
十数秒後、この天より降りし鉄塊によって倫敦の町は紅蓮の炎に包まれる・・・・・・・
そのハズであった


ピキ・・・・パキパキパキパキ・・・・・・・・・・・!
カシャアアアアアアアアアアアアアアアアン
投下された数え切れぬほどの爆弾は
まるで空に純白の花が咲いたかのように
真っ白になって粉々に砕け散った
一体何が起こったというのか。状況を把握できずに混乱に陥るブリッジに、オペレーターの報告によって電撃が走る

オペレーター「モニターが地上の人影を補足!
        バッキンガム宮殿から3人・・・ターゲットと思われます!」
英国軍艦長「な・・・何が起きた!なぜ爆弾は爆発しなかったのだ!?」


後部    「フッ爆弾は空中で信管ごと凍結粉砕させてもらった。爆発はせん
       それにしてもこの美しい街に爆撃とはな・・・まったく無粋な連中よ」

空を見上げながらそう呟いたのは後部である
凍結粉砕とは一体どういう事かなのか。そういえば後部の吐く息が白い
今、英国は夏だというのに

オペレーター「が・・・外気温度がとてつもない勢いで低下中!
        
マイナス50℃・・・マイナス70℃!?まだ下がります!
        な・・・何が起きて・・・・!?艦長まさかこれは!」
英国軍艦長魔法攻撃マジックアタックか!?
            いかん!敵の中に『魔法使いウィザード』がいる!
      
エンジンフル出力!急いでこの空域を脱出せよ!」

状況を推察した艦長が青ざめた顔で退避命令を発する
地上を焼き尽くすハズだった焼夷弾は”空中で一瞬で凍らされ、粉々に砕かれた”のだ

そして無論、”それ”をやったのはこの男である

後部     「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック・・・・・
        
契約に従い 我に従え氷の女王

                       トシュンポライオン        ディアーコネイトーモイヘー     クリユスタリネーバシレイア
        
来たれ 永久の闇!永遠の氷河!」
                     エビゲネートー         タイオーニオンエレボス          ハイオーニエクリユスタレ

後部啓吾。彼の口から紡がれる言葉はまさしく艦長の推察通り。魔法の呪文であった
大気に満ちる魔力の源「マナ」 森羅万象を司る神秘の力「精霊力」 などを行使する脅威のグラップラースキル『魔法』
大量の爆弾を空中で無効化させてしまったその圧倒的な力は、今まさに艦隊全軍にも襲いかかっていた

後部     「ククク・・・・相手が悪かったなァ
        ほぼ絶対零度150フィート四方の広範囲完全凍結殲滅呪文だ
        冥土の土産に覚えておけ!俺様は”氷帝”後部啓吾だッ!」

オペレーター「しゅ・・・出力上がりません!これは・・・・・そ、そんな!?
        ボイラー室凍結!動力炉が・・・・まもなく停止します・・・・・」
英国軍艦長「バカを言うなッ!ハリボテの船じゃあないんだぞ!?
        外部からの干渉で動力炉が凍結だなんてあり得るか!
        軍艦の気密性がそんな・・・・う、うおわあああああ!!!」
オペレーター「外気温度・・・マイナス273℃に到達・・・
        ・・・全計器停止し
まし・・・・・た・・・・・

オペレーターの最後の言葉は語尾が小さくなって聞こえ辛かったが、それを聞いたものはブリッジにはいなかった
既に全艦乗員、誰一人残さずすべて。圧倒的な冷気によってその生命活動を停止されていたから
たった一人のグラップラーが一個師団の艦隊を殲滅してしまう。まさに恐るべきは『魔法』の威力
だが実のところ

後部啓吾のグラップラークラスは『魔法使い
ウィザード』ではない

賢明なる一体さん読者の諸君ならばもう気付いている人も多いだろう
そう。彼のグラップラークラスは
大属性『氷使いアイスマスター
氷、及び冷気を触媒とするするグラップラースキルであれば制限なく使用できるという、極めて強力無比なクラスである
故に彼は”氷帝”!
氷帝・後部啓吾なのだッッ!


後部     「全ての命ある者に等しき死を
                              バーサイスゾーサイス              トンイソンタナトン

        
其は安らぎ也!

                         ホスアタラクシア

        お わ る せ か い
                                   コ ズ ミ ケ ー カ タ ス ト ロ フ ェ ー

      砕けろ」

「パキン」
後部が指を鳴らしたのと同時に
EU連合の誇る大空中艦隊は
ロンドンの空に咲き乱れる純白の巨大花火となった

ズッ・・・・・ゴゴォオオ・・・・・ン

轟音とともにその鋼鉄の雄姿を氷の塵に変える空中艦隊
首都ロンドンを奪還するために遠征してきた大軍団は、たった一人のグラップラーの手によって全滅させられたのである
まさに恐るべきは「魔法」の絶大なる威力。そしてそれを事もなげに行使する”氷帝”後部の底知れぬ実力

後部    「フッ・・・遠路はるばるご苦労だった
       
あの世で俺様の美技に酔いな!」
イソリソ  「酔いましたっ!酔いましただ後部様っ!
       グデングデンのベロベロでもう吐きそうです!
       パーフェクトビューティーですだっ!!」
カバオ   「ウス・・・」

ガバッと後部に飛びついて腕にすがりつくイソリソ。ぬぼーっと突っ立って拍手するカバオ
さもウザったそうにイソリソの腕を振りほどくと、サッと前髪をかき上げながら二人に号令を下す後部

後部    「ロンドン制圧、および捕虜達の捕獲・搬送任務は終了
       後詰めの大部隊は叩いて、もうすぐ駐留部隊も到着する
       ここでの俺達の仕事は終わりだ。次の戦場へ向かうぞ」
イソリソ  「えっと・・・指令通りだと次は中国・河北省ですね
       ジョンブルどもよりは楽しませてくれそうだと思いますが・・・
       後部様、あの例のウワサは本当だと思われますか?」

グラップラー総数を世界地図で見た場合、欧米諸国と比べてアジア地域はグラップラー人口が大変に高い
(ちなみに総人口に対するグラップラーの割合は日本が世界第一位)
その中にあっても中国河北省は「武術の里」と呼ばれるだけあって、相当な数の有名グラップラーを輩出している修羅の国
後部達はその実力を買われ、この猛者達の集う聖域を攻めることになったワケだが・・・

一瞬、心配そうな視線を投げかけてからのイソリソの質問
それを受けて、後部もさっきまでの慢心が消え、僅かに表情を引き締めながら答えるのだった

後部    「あぁ。ウソか真か知らんがたしかに報告は出ているな
       
あの伝説の閻王が現れたとか
       もし本当なら剣聖どころじゃない獲物だ。退屈せずに済む」

『生ける伝説』は中国に!
「世界最強」と称される伝説のグラップラーが中国で目撃されたというその情報
果たしてその真偽は如何に?もし本当であれば”氷帝”との激突は避け得ぬ運命なのか

後部    「行くぞカバオ。メス猫。俺についてこい!」
イソリソ  「はいっ喜んで!どこまでもついて行きますだ!」
カバオ   「ウス・・・」















太平     「おい見ろシンノスケ・・・この号外
        世界グラップラー連盟の空中艦隊が全滅だとよ」
シンノスケ 「”通話記録から、敵はたった一人の魔法使いと推測され・・”
        何てことだ・・・連中にはそんなクラスの使い手も居るのか」
太平     「あの刺客の二人にも俺達はかなわなかった・・・
        この世の中、まだまだ上には上がいるってことか」

―日本―
一路京都へと急ぐシンノスケと太平。宿場街で二人の目に飛び込んできた号外ニュースの内容は衝撃的であった
たった三人のグラップラーに制圧された英国首都ロンドン
それを奪還に赴いた空中戦艦の大艦隊と、乗り込んでいた数百名のグラップラー達が返り討ちにされたのだ

モンスター軍団は日に日にその戦力を蓄え、勢力を拡大しつつある
このままでは10年前のような大戦が再び起こることは確実。世間はその恐怖に怯え、人々の表情からは笑顔が消えていた

シンノスケ 「急ぎましょう先輩。一刻も早く京都へ」
太平    「あぁ。こんな戦いは早く終わらせなきゃいけねえ」

打倒モンスター軍団。決意も新たに京都へ急ごうとするシンノスケ&太平
しかしその時。突如背後から二人を呼び止める声が

?     「おっとと、ちょ〜っと待ってくんな兄さん方!
       アンタらグラップラーだよな?ちょっと俺に付き合ってくんねえか?」
太平    「・・・・そういうアンタもグラップラーだな。何者だ」

声の主は半獣人種族の若者だった。小柄だが鍛え上げられた肉体は見ただけでグラップラーのそれとわかる
飄々としてどこかフザけた物言いと、訝しげなサングラスをかけた風貌・・・とてもじゃないが信用のおける人物には見えない
僅かばかり身構えながら、威圧感のある声で聞き返す太平
すると若い獣人種の男はニヤリと笑い、サムズアップしながらこう答えた

J      「ん?俺かい?まぁ名乗るほどのモンじゃねえけどよ・・・

       人はと俺を呼ぶ」

TO BE CONTINUED・・・


第4話へ
戻る