太平    「おい、どこまで行く気だ?」
J      「ここらへんでいいだろ。障害物はないし、何より景色がキレイだ」
シンノスケ 「・・・やるからには手加減しないぞ」

街から少し離れた人気のない小高い丘の上
日も落ちかけて夕焼けの緋色があたりを染め始めた頃、2人と1匹の人影が対峙していた
―話は数十分前にさかのぼる




『アンタら、俺と試合ってくれねえかな?』
それが”J”と名乗った男の第一声だった
街中で突然声をかけてきた見ず知らずの若きグラップラーは、シンノスケと太平の二人に野試合を申し込んできたのだ
一見同士のグラップラーファイト。それ自体はこの世界において特に珍しいことではない
強さを生業とし、その中に自分の存在意義を見出す男達にとって、腕の立つ相手と出会えば戦いたくなるのは当然のことである
師匠の下から独り立ちしたばかりのシンノスケと太平にとっては、これが初めてとなる野試合だったが・・・・

太平    「申し訳ない。我等まだまだ未熟者にてお断りさせて頂きます」
シンノスケ 「急を要す旅の途中でもありますので。まことに残念ですが」        

二人の返答は『NO』
自分達の腕を試したい気持ちがないワケではなかったが、やはり今は一刻も早く京へ向かうことが先決だった
だがしかし。次の瞬間、Jの発した言葉に二人の反応が変わる

J      「おいおい、そんなつれねえこと言わないでくれよ
       勝負なんて半刻もかかんねえぜ?それとも何か?
       
”剣聖”の弟子は二人揃って腰抜けか?」
太平    「ッ!?キサマどうして俺達のことを・・・!?」
J      「いいから黙って付き合えよ。太平、シンノスケ
       そら、お前らの相棒もやりたいって言ってるぜ」

「剣聖の弟子」
謎の男Jは最初から二人の素性を知っていたのだ。しかもそれぞれの名前にいたるまで
ただの行きずりのグラップラーではない。警戒心を新たに身構える太平とシンノスケ

シンノスケ 「名前まで知っている・・・お前はいった・・・う!?
        なんだ?斬岩剣が・・・・・鳴っている・・・?」
太平    「水殻もだ!」

キィィィィィィィィン・・・・・・!!
透明な高音を発しながら、小刻みに震えるように共振しあう2本の剣
Jがそう言うように、斬岩剣と水殻はたしかに主に促していた
『この男と戦え』




そして時間軸は冒頭へ。太平とシンノスケは謎の男Jの申し出を受け、今この場に立っている
いったいこの男は何者なのか。モンスター軍団の刺客?それとも・・・・
そんな二人の思惑を読み取ったのか、Jはニヤニヤと微笑を浮かべながら言う

J      「そんなにグダグダと考えたって答えは出ねーぜ
       ホレ昔っから言うだろーが。グラップラーなら・・・」
太平    「拳で語れ、か」
J      「オウよ」

ズラリと鞘から抜き放たれる水殻。塚元に埋め込まれた蒼醒石がその蒼色の深度を増す
それを受けて、Jは両手を眼前の高さまで構えスタンスタンと軽いステップを踏み始める
ボクシングスタイル・・・どうやら見たところ、クラスは徒手空拳格闘「グラップラー」か

太平    「俺がやる。いいなシンノスケ?」
シンノスケ 「もちろん。お任せします先輩」

正体不明の男に突然申し込まれた野試合。当然受けて立つのは兄弟子・太平である
この無骨な兄弟子に絶対の信頼をおいているシンノスケもまた、彼の勝利を疑わない

J      「いくぜ兄ちゃん!グラップラーファイトォオ!」

太平    「レディィィッゴォオオオオオオウ!!!!」

決闘の咆哮とともに
二つの人影は疾風と化して激突した




第4話「瞬撃の虚空」




J      「スペシャル・ローリング・サンダー!!」

ゴカァァッッ!!
刹那の交錯で放たれる、息もつかせぬ斬撃と打撃。閃光の応酬は常人の目には捉えられぬスピードであった
稲妻のごとき両者の攻撃は互いに甲乙つけがたいものであったが、僅かにスピードで上回ったJの連続パンチが最後に太平を捉えた
ズシャアッ!
派手に吹っ飛ばされた太平が地面に転がって仰向けに倒れる。いきなりの壮絶なノックダウンに太平の身体はピクリとも・・・・
ピクリと動いた
ぐん!と足を伸ばすと、なんとヘッドスプリングで元気よく飛び起きたではないか。ダメージはないのか

J      「ヒュウ〜ッやるねェ。流石は剣聖の弟子ってことかい
       
当たったパンチは全てクリーンヒットなし・・・
       音速を超える俺のパンチを初見でほぼ見切っている」

太平    「あいてて・・・受け流すったってイテーことはイテーんだぜ?
       ま、ようやくエンジンかかってきたんで・・・次は俺のターンだな」

顎のあたりを手でさすりながら、プッ!と口の中の血を吐き出す太平
太平はJのパンチを一発たりともまともに食らってはいなかった
その弾幕をほぼ見切った太平は、当たる瞬間に自ら大きく飛び退くことによってダメージの大半を殺していたのだ

シンノスケ 『強いッ!勝負をふっかけてくるだけのことはある
        でも今のがアイツの全力なら・・・
        肩慣らしが終わった先輩には
勝てやしない!』

謎の男「J」の実力に感嘆しながらも。だがしかしシンノスケは兄弟子の勝利を確信していた
いつもと変わらず歯を出してニカッと笑う太平の笑顔に、弟弟子は絶大な信頼を寄せていたのだ
ふうう、と大きく息を吐き出し、水殻を八相に構える太平。その小宇宙が静かに増大していく

太平    『さーてどうする・・・相手はボクシング
       まずは遠間から牽制気味の下段攻めか。セオリーだ
       かわされて懐に入られたら背旋燕嘴閃・・・そのあとは・・・
       えーとそのあとは・・・・・・エート・・・・・
       
そんとき考えよっ!」

ギャッ!!
何事も深く考えないところが太平の短所であり長所である
勢いよく飛び出した太平は、剣の届く間合いギリギリからJの足元を狙って下段斬りを放つ。下半身を狙うのは対ボクサーの基本戦術だ
吸い込まれるように飛んだ白刃を、Jは獣のような反射神経と華麗なサイドステップで回避。一瞬にして太平の左側へと回りこんだ!
ガラ空きの左側面から太平のこめかみ目掛けて唸りを上げる、Jの閃光のフック

しかしここまでは太平の想定内!
太平は体勢を崩して避けようとはせず、そのまま自然にJに背中を向けるように身を翻す
ギュルン!
旋風の如く回転した太平はJのフックを紙一重で回避

直後、煌く白刃が地面を切り裂いて飛び上がった!!
敵に背を向けるように回転したのち、その背中を死角として真下から天めがけて放つ、神速の斬り上げ攻撃
その様、まさに飛燕の一撃!【背旋燕嘴閃!】

シンノスケ 『絶妙の入り!あれはかわせない!先輩の勝ちだ!』
太平     『とった!』

渾身のフックを回避されたJはまだ上体が泳いでいる。そんな体勢でかわせる一撃ではない
シンノスケと太平が勝利を確信したその瞬間
Jのサングラスに隠された瞳がギラリと輝いた

 『DRIVE ON

 ソニック・ムーバー』






この野郎・・・・・






この距離―






このタイミングで―

かわしやがった!






しかもよォ―








この距離―

このタイミングで―

カウンターまで・・・・・




”ゴッ!”
神速で放たれた太平の切っ先が虚空を薙いだ、まさにその刹那
神速をも超える拳が太平の意識を断ち切った

ドサァッ
まるで糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる太平の身体
確実に捉えたと思われた水殻の閃光の切っ先。しかしJは信じられぬスピードでこれをかいくぐり、
完璧なタイミングで放たれたカウンターブローは、ピンポイントで太平の顎先を打ち抜いた
一撃
まさしくたった一撃で太平の意識は肉体からたたき出されてしまったのだ
僅か0.0001秒の世界の決着である

シンノスケ 「そんなバカな・・・先輩ッ!!」
J       「一丁あがりだ。さあて次はボウヤが相手かい?」

確信した勝利から一転しての無惨な結果
太平に駆け寄ったシンノスケはJを睨み上げながら先の攻防を何度も頭の中で焼きなおす
信じられない・・・なんだ今のヤツの動きは』
Jの身体能力は最初の攻防で見切ったつもりだった。太平の背旋燕嘴閃はこれ以上はないという最高の一振り
到底あの崩れた体勢からかわせるような攻撃ではなかったのだ
だがしかし現実にJは避けた
さっきまでのスピードは太平を油断させるためのカモフラージュだったのか?今のがJの本当のトップスピード?
待て・・・何かが違う・・・・今のJの動きは明らかに何かが・・・・・・
ッ!!
そこまで考えた時、シンノスケはハッとJの動きの正体を察した

シンノスケ 「いや可能性はもうひとつか・・・そう。アンタは今、
        まさに今の一瞬だけ
”瞬間的にトップスピードを超えた”」

ほほう、と感心したようにシンノスケを見つめるJ。すなわちそれこそがJの脅威の回避の正体であった

J       「ご明察だボウヤ。俺の肉体には運動能力超加速装置
        
ソニック・ムーバーが内蔵されている
        起動すれば通常時の
100倍の速度を発現できるって寸法よ」
シンノスケ 「やはり機械による身体能力のサポート・・・
        強化
ブーステッドグラップラーか」

【ブーステッドグラップラー】
手術によって肉体に特殊な機械を埋め込み、その戦闘能力を大きく向上させたグラップラー達の総称
SF等で一般的に言うところの「戦闘サイボーグ」である

両足にバーニアを仕込むことで飛行能力を得たり、巨大な岩石をも軽々と持ち上げる強化筋肉、四肢に内蔵された火器等・・・・・・
実にその種類は多種多様であり、埋め込まれる機械の小型化・技術力発展に伴い年々強力なグラップラー達が誕生している

J       「ま、発動時間は0.5秒にも満たないシロモンだがな・・・
        戦闘でのワンチャンスをモノにするには十分にすぎるぜ」

それにしても素体のポテンシャルを100倍にまで高めるアクセルブースターというのは聞いたことがない
少なくとも正規の市場で手に入るようなモノでないことは確かである。やはりこの男、素性が知れない
シンノスケは大きく深呼吸して立ち上がり、ゆっくりと斬岩剣の柄に手をかけた

シンノスケ 「では。先輩に代わって俺が相手をさせてもらいます」
       
「オウ。せっかく先輩が俺の手の内を晒してくれたんだ
        尊い犠牲を無駄にしないように気合入れてかかってきな」
シンノスケ 「言われるまでもなく」

そう言って両足を大きく開き、腰を落として構えに入るシンノスケ
剣は鞘に納めたままである。どうやらこの体勢は・・・・・

J       「居合いか。だがそんじょそこらの居合いで俺の動きを・・・・
        
何ィッ!?」

思わず驚愕の声をあげるJ
一瞬の沈黙の後、彼の口からこぼれてきたのは高らかな笑い声だった

J       「ハハハハッ!なるほど流石は剣聖の弟子。そうきたか」

自分の身の丈ほどもある長刀を居合いに構えた少年剣士は
なんと
自らその両の瞳を閉ざしてしまったではないか!

シンノスケ 『こちらから先に仕掛ければあのカウンターをもらうだけ・・・
        
『後の先』!
勝つ方法はこれしかない!
        ヤツに先に加速装置を使わせ、
その上でその速度を超える!
        放つは俺の持てる最速の攻撃!
        
飛天御剣流奥儀・天翔龍閃!』
J       「そしてその為の心眼か!
        目視してから動いたのでは遅いというその判断!賢明だ」


動いたのを確認してからでは遅い。初動作を捉える!
その為に視覚を断って全身の神経を研ぎ澄ますシンノスケ
無限一刀流心眼剣

それがかつて父・シンエモンも生涯最強の強敵相手に使った戦法であることを彼は知らない
ただ勝つために導き出した答えが一致しただけのこと。やはり血統のなせる業か

シンノスケ 「一意専心・・・・いざ参れ!」
J      「まさかお前さんのようなボウヤが心眼とはな・・・・
       一体どれほどのモンか見せてもらおうじゃねえか!
       スーパーウルトラグレートデリシャス
       
ワンダフルボンバー!!!」
シンノスケ 「ッ!?」

ガカァッ!!!
秒間50発。マシンガンの乱射のごとき速射パンチがシンノスケの全身を打ち貫いた
Jの攻撃に対しシンノスケの右手はピクリとも反応できなかったのだ
苦痛に喘ぎながらヨロヨロと起き上がる少年剣士。超音速の拳闘士は少し拍子抜けしたように言う

J       「おいおい何だよ。使えねーんじゃん?心眼」
シンノスケ  『くっ、なんたる未熟・・・”起こり”さえ感じ取れなかった!
        しかも今のパンチは加速装置も使っていない通常攻撃
        あの程度もかわせないで心眼などと・・・くそっ!』

まさにJの言うとおり。シンノスケ自身、実戦において「心眼」など試みるのはこれが初めての事であった
視覚を断ちて他の全感覚を研ぎ澄まし、
普段は聞こえぬ音を聞き、
普段は感じぬ空気の流れを読んで敵を”見る”

それすなわち心の目。「心眼」
言葉にするは易いが、「いざ実践」といって簡単に使えるシロモノであるハズがない
ましてや相手が超一級のスピードの持ち主となれば、シンノスケの「心眼」の勝機は絶望的である

J       「フン・・・少し痛めつけてみるか・・・ほれ、漫画なんかだと
        極限状態まで追い込まれてから覚醒したりするじゃん?」
シンノスケ 「く!」

バキィッ!
言うなりシンノスケの顔面を打ち抜く鉄拳。その端整な顔が苦悶に歪んだ
反射的に鞘から斬岩剣を抜き放ち、攻撃がきた方向を真一文字に薙ぐ
その速度とて目にも留まらぬ凄絶な一振りであったが。Jの身体にはカスリもしない
ズドォッ!!

J       「キルティング・ショット!」

返す刀で放たれた強烈なボディブローがガラ空きの水月に深々と突き刺さる
ごふっ、と呻いて地面に両膝をつくシンノスケ。完全に呼吸を止められ、反撃の態勢さえ取れない
これはもはや勝負アリか

J       「・・・・拍子抜けだぜ。こんなモンかい剣聖の弟子ってなぁ
        ヒムラー剣心は歴代剣聖の中でもレベルが低いのかねぇ」
シンノスケ 「ぐくっ・・・な、舐めるな・・・俺の事はバカにしてもいいが・・・」

軽く肩をすくめて「やれやれ」といったボディランゲージを見せるJ
屈辱である。弟子である自分が未熟なばかりに尊敬する師匠まで侮蔑されねばならないとは
ぜひぜひと息を切らしながらも、必死に立ち上がろうとするシンノスケ
と、その肩をぐいっと押さえつける力強い手あり

太平     「・・・・師匠の事を悪く言うのは勘弁ならねえぜ」
シンノスケ 「せ、先輩!」
J       「ほう・・・!」

シンノスケの隣に悠然と立っていたのは、他ならぬ太平であった
芸術的ともいえるカウンターパンチを受けて昏倒した彼であったが、まさに脅威の回復力である
いや。もしかしたら被弾の瞬間、僅かに必殺のポイントをかわしていたのか。どちらにせよこの男の底力だ

太平     「10カウントは過ぎちまったけどよ・・・まだいいよな?
        ボクシングの試合ってワケじゃねえんだし」
J       「・・・前言撤回するぜ。大したもんだアンタ。流石は剣聖の弟子」
シンノスケ 「ま、待ってください先輩!そいつは俺が・・・!」

水殻をクルンクルンと回し、ビッ!とJに切っ先を向ける太平
それに応えてファイティングポーズを取るJに、ないがしろにされたシンノスケが割って入る・・・

太平     「すっこんでろシンノスケ。中途半端な心眼なんて使いやがって
        俺らみたいな未熟者が目ェつぶったくらいで使えるシロモンかよ
        どうやったって無意識のうちに視覚に頼ろうとしちまわぁ」

返ってきたのは先輩の厳しい叱咤。未熟者が瞳を閉じただけの心眼なんぞ、やるだけ無駄だと言う
そして次の瞬間
太平は信じられない行動に出た

太平     「俺らごときが本当に『心眼』を会得しようと思ったら・・・・
        
せめてこれぐらいの事はやらねえとな」

”シュッ”


J       「バカな・・・なんて男・・・・・・!
        
自ら両目を潰しただと!!」

シンノスケ 「せ・・・先輩なんて事を!!」

驚愕。なんと太平は水殻を己の瞳に当てると、迷うことなく真横に引いたのだ
両目から流れ出した鮮血は頬を伝い、パタパタと滴り落ちる。見る見る真紅に染まっていく襟元

太平     「へへ・・・これで視覚には頼りようがねえってワケだ」
J       「正気の沙汰じゃあねえな。なぜ野試合ごときでそこまで・・・」
太平     「正気で剣が極められるかよ。武士道とは死狂いなり
            ご希望通り見せてやるぜ・・・剣聖の剣ってヤツをな!

鬼気迫る迫力に気圧されるJ。シンノスケも兄弟子の峻烈な決意に言葉が出ない
「正気で剣が修められるか」
Jの問いを事も無げに斬り捨てた太平は、水殻を先ほどまでとはうって変わった不思議な掴みで握り締めた

それは実に奇怪な握りであった

猫科動物が爪を立てるかの如き異様な掴み
太平は水殻を人差し指と中指の間にきつく挟み込み、手の甲を外側に向けて真横に構える
更に特徴的なのは刀身に添えられた左手である

J      「はっ!なんのお遊戯だそりゃ?」

音のないフットワークで瞬時に太平の背後に回りこむJ。相手の目が見えない事に対する油断は無い
一撃で勝負をつけようと拳を固めたその時
みしり
太平の全身の筋肉が隆起した。凄まじい握力で握り締めた柄がぎりりと音を立てる

外に向けて思い切り剣を振ろうと力を漲らせるその右腕を
万力のような力で刀身を挟み込む左手が、無理矢理その場に押し留めている



J     『・・・こいつぁいけねえ』

この太平の構えを見るやJの顔に死相が浮かんだ
天才ボクサーとしてあらゆる必殺ブローを身につけ、体内に加速装置まで埋め込んだ百戦錬磨のグラップラー
その全身の細胞が戦闘を拒否していた

J     『通常速度で間合いに入れば命は無え・・・ならここは・・・
      ソニックムーバーで間合いの外から一気に打ち込む!』

しかしJには戦闘において絶対の信頼をおける相棒がいる。どんな強敵だろうとコイツと一緒に葬り去ってきた
0.5秒間だけ通常時の100倍のスピードを得る超加速装置「ソニックムーバー」である
あの異様な構えから繰り出される斬撃がどれほどのものかは想像できないが、所詮は生身の剣士の奥儀
自分のトップスピード・・・否。ソニックムーバーを発動した”オーバートップスピード”にはかなうハズがない

じり・・・とゆっくり間合いを詰めていくJ。刀の制空圏ギリギリでその足が止まった
両者の間に流れていた空気が止まる 雑音が消える 視界が狭まる―

いざ勝負!

J     「DRIVE!ソニックムーバー!」

加速装置にスイッチが入る
超音速の蒼い疾風と化したJが大地を蹴ったその瞬間

太平の左手が

水殻を解き放った

パァン!
乾いた音が夕焼けの野原に響き渡る
刹那の交錯。勝者は・・・・


















J      「ぐふっ!!!」

J      「ソニックムーバーを発動した俺の速度を上回るだと・・・
       人間技じゃ・・・・・な・・・・・い・・・・」

グラリとよろめいたのはJ

限界まで引き絞られた強弓が矢を放つがごとく
まさに
”目にも留まらぬ速さ”で繰り出された太平の瞬撃
それはJが100倍速のパンチを打ち出すよりも早くその胴を薙いでいた
リーチ、スピードともにJの想像を遥かに凌駕する、信じがたい一撃であった

太平    「虎眼流・星流れ」

「濃尾無双の虎」と呼ばれた、虎眼流が開祖・岩本コーガン
陳京彊の先代の剣聖でもある彼が編み出した秘奥儀。それが
星流れである
2本の指で掴んだ剣を爆発的に打ち出すというこの破天荒な奥儀は
速度・剣の伸びともにそれまでの剣術の常識を根底から覆した魔剣であった

J      「ま・・・まさに剣聖の剣・・・俺の負け・・・・だッ」

ドシャアッ
低く呻いてその場に倒れ込むJ。 起き上がってくる気配は無い
数秒の沈黙の後、血相を変えた弟弟子がすぐさま太平のもとに走り寄ってきた

シンノスケ 「流石は先輩!見事な一撃必殺でした!」
太平    「人聞き悪いな。殺してどうする。峰打ちに決まってんだろ
       アバラの2、3本は折れたろうがしばらくすりゃ目ぇ覚ますさ
       ・・・こいつにゃ色々と聞きてえコトもあるしな」

うつ伏せに倒れたJに一瞥くれたあと、太平は大きく深呼吸して水殻を鞘に収めた
勝負は太平の勝利で決着したのだ
やがて冷静になって状況を理解したのか、今度は一転して泣きそうな顔になるシンノスケ

シンノスケ 「先輩、すぐに医者へ行きましょう!目を診てもらわねば!」
太平    「あー大丈夫大丈夫。こんなモン唾つけときゃすぐ治るって」
シンノスケ 
「治るワケないでしょ!・・・・って、え?」

目をまん丸に見開いて太平の顔を覗き込む

太平     「誰がこんな野試合なんかで自分の目ぇ潰すか
        切ったのは瞼の皮一枚だけ。角膜にはカスリ傷もつけてねえよ
        ま、要するにだ・・・・・
俺の完勝ってヤツだな。へへへ」

言いながら歯を出してニカッと笑ってみせる太平
それはシンノスケが絶対の安心と信頼を寄せる、普段と変わらぬ兄弟子の笑顔であった


TO BE CONTINUED・・・


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