Interlude
それが起きるまで、そこは、平凡でどこにでもある、そんな家庭だった。
朝は、寝坊する私に説教しながら母が起こしに来ていた。父は、新聞を見ながら朝食を取る癖をよく文句言われていた。
夜は、3人でテーブルを囲んで神に祈った後ディナー。そして、リビングでテレビを見ながら雑談。
本当に、本当に、どこにでもある、普通の家庭だった。
それ―
人を化け物に変える悪魔の薬『デビル・ダスト』が効果を現すまでは。
キャシー 「パパ!ママ!」
夕食時。それまで普通に会話していた両親が、急に苦しみだして化け物に変わった。
キャシー 「いやーっ!!」
牙を剥いて襲ってきた両親から逃れ、なんとか玄関から外へと駆け出した。
でも―
そこもまた安全ではなかった。
道にいる人たち全てが異形の化け物だった。
話し好きな隣のおばさんも。ドラッグストアの気難しいおじいさんも。優しかった向かいのお姉さんも。警察のおじさんも。学校の友達も。
みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな
みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな
みんなみんなみんなみんなみんなみんなみn――。
化け物しかいなかった。
キャシー 「な……なんで……」
呆然とした私。ジロリと化け物と化した人々がそんな私に視線を集中させる。
視線の中にあるのは、食欲と――憎悪。化け物と化した人々の中で、人間の姿を守っている私に対する。
恐怖でジリジリと私は後ずさり――
ドン
生暖かい何かにぶつかった。
振り返ると、そこにいたのは化け物。パパとママの服を着ている。そして、その瞳には、他の化け物達と同じ色が浮かんでいた。
一瞬の沈黙。だが、それ以上は私の心が耐えられなかった。
キャシー 「いや――――!」
悲鳴。そしてそれをきっかけに私に向かって化け物と化した人々が殺到した。
化け物の鋭い爪が私の身体に食い込む。振り払おうとするが強い力で固定されて振り払えない。
鈍い痛みが走る。よく見ると、子供サイズの化け物が私のふとももにかぶりついていた。
それだけじゃない。他にも沢山の化け物が体中に牙を――爪を――立てていた。
強い痛みのせいか、意識が朦朧(もうろう)とし始めた。
キャシー 『私、喰われちゃうんだ……』
あきらめが身体を支配した。その時――
Dogoooooooooon!
一発の銃声が響いた。次の瞬間、私の身体に群がっていた化け物は全員吹き飛んでいた。
????「大丈夫ですか?」
誰かが私の顔をのぞき込んでいる。だけど、朦朧としているためか、はっきりしない。
私は、生きている事を知らせるために小さくうなずいた。
????「生きていますか……よかった」
誰かが安堵の溜息をつく。
????「すみませんでしたね、巻き込んでしまって」
顔はよく見えなかったが、なぜか、表情は見えた。
それは、すごく辛そうな、今にも泣きそうな、
それでも安心した、少しだけ嬉しいようなそんな表情だった。
そして、そこで私は意識を失った。
InterludeOut
キャシー 『久しぶりにあんな夢を見るなんて』
あたりはまだ暗く、時計を確認するとまだ深夜のようだった。キャシーはベッドを出て、ペットボトルの水を飲む。
そこは、民家の一室だった。明日の北城との帰還の前に、島民の親切心に甘えベッドを借りたのだ。
キャシー 『北城を見たせい?』
いくら考えても答えは出ない。
その時、外がザワザワと騒がしいのに気がついた。
キャシー 「どうかしました?」
長老 「山に狩りにいった男達がこの時間になっても帰ってきてないんだ。
それで、夜明けを待って何人かで男達を探しに行こうかと
準備をしているところなんだ」
キャシー 「わかりました。私も手伝わせてください。
山で事故にあったとすると、早いほうがいいでしょう?
幸い、私はグリーンベレーの訓練で夜の山でも大丈夫ですので」
長老の説明にキャシーは助力を申し出た。
長老 「すまない。既にトールが先に行っている。協力してやってほしい」
北城が先に行っていることに対し、少しだけひっかかりを感じたものの、キャシーは人々を安心させるためにうなずいた。
山は思いの外、傾斜がきつかった。南国特有の細い樹木が濃い密度で生えており、下生えの中に細い獣道が通っている。
月明かりすらささない、漆黒の闇。キャシーは、その闇の中の道を灯りもつけず駆け上っていた。
その動きには迷いはなく、まるで、この暗闇の中が見えているようであり、そして、真実、キャシーにはその闇が見通せていた。
キャシー (IGPO研修所での訓練がこんな所で役に立つなんてね)
キャシーは心の中で苦笑する。
時間は山を登っただろうか。傾斜がなだらかになり、次いで空が急に開けた。
そこは、大きな泉だった。どうやら、村が水源にしている泉のようだ。
キャシーの目に、泉のそばにふたりの男性が立っているのが見えた。
闇に慣れたキャシーの目には、夜空も星の輝くイルミネーションに近い。
星明かりの中、男達の顔を見る。長老から聞いていた村人の特徴があった。
キャシー 「大丈夫ですか?」
キャシーは片手を上げてふたりに声をかけながら近づこうとし、そこで動きが止まった。
ふたりの挙動がおかしい事に気がついたのだ。
ふたりとも、震えながら己の身体を抱きしめていた。
キャシーの心の中に、危険信号が灯る。
まるで、おこりにでもかかったかのように激しくふたりの身体が震える。
(逃げ出せ、逃げ出せ)
しきりに身体を動かそうとする。だが、思うように動かない。昔の記憶がフラッシュバックする。
ふたりの身体は目の前で変化していく。服は破れ、獣毛が、鱗が、身体の至る所に現れる。爪は鋭くとがり、既にかぎ爪といえるほどだ。
思わずつぶやいた。ふたりの姿は既に人間ではなくなっていた。
キャシーの過去に見た――あの化け物に。
キャシー 「デビルダスト……」
???? 「ほほう、小娘、よくぞ知っていたな。デビルダストを」
モンスターと化したふたりの背後から、小山のような大きさの影が動いた。
キャシー 「誰?」
影の声に、呆然としていたところから一瞬で正気に戻ると、キャシーは油断なく身構えた。
影 「わしのことよりも……ほれ
デビルダストの哀れな犠牲者を放っておいていいのかね?」
影の声が終わるか終わらないかのうちに、モンスターと化したふたりの村人が襲ってきた。
体格差を考えるとキャシーの安全は絶望的ともいえた。
だが、次の瞬間――
ドン、ドン
大きな衝撃音をあげて吹き飛んだのはモンスターと化したふたりの方だった。
そして、キャシーの手には30cmほどの金属棒の中央に輪がついた奇妙な武器が握られていた。
影 「ほほう、峨眉刺による点穴で動きを止め、蹴りで弾き飛ばしたか。
詠春拳の流れと見たが」
キャシー 「その通り。截拳道(ジークンドー)よ」
キャシーは、油断なく構えながら答える。
そのまま、助走もせずに高く飛び上がり影に向かって蹴りを放った。
ドン!
蹴りは狙い過たず影に当たった。しかし、キャシーの足にあった感触は、まるで地面を蹴っているような鈍い堅さだった。
影 「なかなかの蹴りだ。だが、所詮女。非力!」
そのまま、影が身じろぎすると、キャシーは大きく跳ね飛ばされた。
大きなダメージを負ったキャシーは、それでも立ち上がった。
キャシー 「くっ!」
影 「しかも甘い。モンスターにとどめをささなかったようだな」
その声にキャシーは振り返る。そこでは倒れ伏したはずの元村人のモンスターが起きあがっていた。
キャシー 「何が……何が目的なの?」
キャシーは影に向かって問いかけた。
影 「目的? わしの目的はただひとつ
北城トオルを苦しめることよ!」
影はふてぶてしい笑い声をあげた。
予想外の理由に、驚きの声をあげる。
キャシー 「何ですって?」
影 「これを見ろ」
影の手に巨大な薬ビンが握られていた。
影 「これはデビルダストの原液よ!
これをこの泉に流せば、小規模ながら……」
キャシー 「バルカン半島の悲劇……」
影 「そうよ、それの繰り返しよ!」
キャシー 「させない!」
渾身の力を振り絞り、キャシーは再び宙を舞った。
しかし……。
次の瞬間、四方から襲ってきたムチが、四肢を絡め取り、キャシーは大の字の形で宙づりとなってしまう。
キャシー 「クッ!」
身じろぎするが、キャシーの力では引きちぎることすらできない。
影 「そこで、この泉が汚されるのを黙って見ているがいい!」
影がそのまま薬ビンを宙に放る。
ビンの蓋が開き、中身のデビルダストの結晶がハラハラと舞った。
キャシー 「イヤーーーーーーーーーーー!」
キャシーは悲鳴を上げた。上げる事しかできなかった。
その時――彼方から一陣の閃光が走った。その閃光は宙を舞う薬ビンにぶち当たり……そして
全てを、デビルダストの結晶も含めて全てを焼き尽くした。
影 「来たか!」
影が嬉しそうに叫んだ。
キャシーは閃光の源に目を向けた。
そこには――
北城トオル「間に合ったようですね」
サイコガンを構えた北城がスーツ姿のまま悠然と立っていた。
TO BE CONTINUED・・・