小十朗伝
『代打ち〜オーラス〜』
おむすび(鮭
出雲組雀王戦決勝は東南戦の1回のみで行われる。
手積み卓による一見オーソドックスなルールにみえて、最大の違いはそれぞれの持ち点である。
一人10万点。
ちょっとやそっとでは持ち点がマイナスにならない通常の3倍〜4倍の数字ではあるが、
なにしろイカサマを前提として行う雀士の集う卓とあっては、絶対的とはいえない。
役満の複合アリのルールとあっては、直撃すればその時点であっという間に終わる可能性も考えられるのである。
自分がサイコロを振れる親の内に、いかに点棒をかき集めるかがポイントとなる点では、初戦の東風戦と同じではあるが、
決勝まで残った猛者ともなれば、そうそう思惑通りに事を運ばせてはもらえない。
決勝に勝ちあがった岩倉小十朗、そして準決勝を同卓で抜けた雨宮ユウキが、
彼に共闘を持ちかけたのは、競争相手を減らすだけではなく、この特殊な得点制を考えてのことである。
決勝進出の4名は初戦、準決勝とある程度お互いの手の内を見せ合っている。
簡単には決着がつかない長丁場になるのは必至。
ならば、その面倒な制度を逆手にとる。
雨宮ユウキの策略は、小十朗という要因があって初めて成り立ち、
図らずも人生の厳しさを愛しい愛しい小十朗ちゃんに教えてあげるというもの......のはずであった。
『さぁ坊や。おねーさんがちゃんと張ったんだから、素直に出してちょうだいね。』
ユウキは前局で、約束通り小十朗とのコンビ打ちを駆使し、対局者の出親を流し自親にもってきた。
ここまではユウキの計算通りであり、小十朗もこちらを信用している。
約束では、ここでユウキが得点をある程度稼ぎ、次に4局目で親となる小十朗が稼ぐ。
南場に突入してからは、お互いも敵同士、恨みっこなしで勝負をする。
ユウキは小十朗のウブっぽいところを気に入っていたし、何よりあの年齢でここまで麻雀を打てることに感心していた。
しかし、ここで優勝して手にする1000万円、
さらに出雲の代打ちとなって手にするであろう様々なステータスは、この愛くるしい少年を騙してもお釣りは十分。
ほんのちょっぴりの良心の呵責と、これからの甘い利益を天秤にかけた上で、
ユウキは小十朗からほんの少し、小十朗が考えているよりは若干、大目に点数をもらうことにした。
つまるところ、ダブル役満で一気に小十朗を箱下に叩き込み、その場で終了させる短期決戦を目論んだのである。
東一局でユウキの「通し」により、5200点を振り込んでいる小十朗にだからこそ、整った条件。
ダブルの96000点を小十朗が吐き出せば、トビで即終了。
『厳しい勝負の世界なんだから許してちょーだいね。あとでたっぷりじっくりねっとり慰めてあげるからね。』
周囲にはもちろんそんなことを考えているなど、おくびにも出さない。
ユウキが小十朗に「通し」で出すように指示した牌は、「西」か「北」のどちらか。
大三元字一色への直撃コース。
もちろん親のユウキの積み込みによって、小十朗の手元には彼女(彼)のロン牌が不要牌となるように仕込まれている。
『.......何で出さないのよ.....』
ユウキがサインを出してから2順目、3順目と進んでも小十朗からの振込みは行われなかった。
見落としをするような子ではないことは、短いながらも共に戦ってきた感覚から疑いようもない。
『約束を破るような悪い子に育てた覚えはないわよ!』
実際に育てていないので覚えはないだろうが、仮に積もったそしても、他の誰かから当たったとしても、そこで決着とはならない。
彼女の計画の条件を満たせるのは、先ほども書いた通り小十朗のみである。
一気に終局させるには、パンクさせることが絶対に必要であり、
ここでダブル役満を小十朗以外からあがるという選択肢もないわけではない。
しかしその場合、有利な得点を稼げたとしても、自分が小十朗をだまし討ちにしようとした事実が発覚する。
決着をつけようとしているのとは矛盾するが、この先で手を組むという選択肢はもちろんなくなる。
さらに大技で点を稼いだことによる、他者からの熾烈な妨害を潜り抜けなければならなくなる。
それでもこのまま無駄に親を流されるよりは、ツモでもいいから得点をと考えた矢先、
「ツモ、ゴミ。」
ユウキの恨みがましい視線の対面に座る少年は、最も安い手で彼女の親番を流した。
不要牌として掴まされているはずの、4枚の牌は、小十朗の手元にはどこにもない。
積み込みの失敗はない確信は、洗牌(次の対戦に備えて牌をかき混ぜる)の際に確認できた。
ユウキの当たり牌の4枚とも、小十朗の手によって王牌に埋めこまれていた。
小十朗は自分が犠牲になって終了することも、ユウキが中途半端に稼ぐことも拒絶し、
彼女が絶対にあがれないよう、対局の最中にすり替えを行っていたのである。
どちらが先に裏切ろうとしたのかは定かではないし、それを語るべきでもない。
小十朗を裏切ることで成立つはずであったユウキの策略は、小十朗の裏切りによってもろくも崩れ去った。
「一人はたしか文月の代打ち候補、もう一人は雷門会からご招待した方でしたよね?」
パーティ会場とは別の会議室で決勝の見ていた、出雲組総長出雲カズマが目を丸くしたのも仕方のないことである。
一線級の腕を持つ雀士達が、片倉翁の弟子とはいえ、子供に3コロされたのである。
最終的に小十朗が獲得した得点は50万を越える圧勝。
南場に突入することなく、東四局小十朗の親番から動くことなく、すべてが決まり、すべてが終わったといえよう。
「一番ヤバイ相手をそうそうにしとめようとしたねーちゃん....じゃねーや、
にーちゃんの嗅覚もなかなかっちゃーなかなかだったんだけどなぁ。」
会議室には、極月組々長の志藤尚道を始め、出雲組系の名だたる組長が12名。
いずれの人物も一癖や二癖はありそうな極道である。
「ふぇっふぇっふぇ。
役者が違いすぎたのぉ。
どうじゃ?総長の方もこれで決まりじゃろ?」
むっつりと黙り込む組長達の顔を見ながら愉快そうに笑うのは代打ち筆頭片岡重蔵。
他に番堂梅、さらに小十朗の付き人として一緒にいた大柄なゴリラ男を含む、代打ち7名。
さらに顧問弁護士の橋之下率いる弁護士が3名。
「あの話については問題がありませんが...... 手続きの方は?」
「はい、滞りなく。」
カズマの問いに橋之下がブリーフケースに入った書類を手渡す。
「例の放火の件は?」
「ターゲットは抑えてあります。」
「うちのとびきり意気のいいのを放り込んだ。すぐにでもかかれる。」
出雲組系最年少の霜月組々長と最年長の如月組々長がそれぞれ返答する。
しばらく眉間を揉むようにむつかしい顔をする総長の一挙手一投足に、全員が注目する。
「いいでしょう。
あの少年にはやや酷な事をしますが、この世界では必要なこと。」
ため息をつくカズマが深い椅子に身を沈めるのと同時に、志藤の号令が下った。
小十朗に関する重大な決定が別室でなされたその頃、
彼はある意味において、パーティ会場の方で既に酷なことになっていた。
「ひどい!ひどいわ小十朗ちゃん!
年上のおねーさまをいたぶる趣味があったなんて!
どこでそんないやらしいテクニック仕込まれたのよ!詳しく教えなさい!手取り足取り!」
「俺が勝ったら近づかない約束だろーが!約束守れ!しがみつくなっ!てめっ、ちょっ、ズボっ、脱がすんじゃねぇっ!」
「えーえー、いーの、いーのよ。
優勝賞金をお店の開店資金に回すつもりだったけど、お店なんかよりかけがえのない宝。
そう!小十朗ちゃん手にいれたんだからいーのよぉぉ!!」
「手に入ってねぇぇぇ!ベルト返せコラァァァ!」
会場中から「惜しかったね」だの「お店に行くからね」だの「おめでとう」?なんかの、声援だかなぐさめだかを受けつつ、
高笑いしながら、花の咲き乱れる高原を飛び交う(いろいろな意味で)蝶のように舞うユウキ。
卓の上ではたしかに手加減無用で叩きのめした。
しかし卓の以外では、まだまだあちらの方が何枚か上手ということらしい。
実際、小十朗には優勝したことによる、1000万円という膨大な優勝賞金を獲得した実感はない。
出雲組系雀王戦とは銘打ってあっても、これまで片岡重蔵と一緒に、深夜の様々な雀荘でやってきた延長線上でしかなかった。
おそらく賞金は重蔵が手にするだろうし、もしかしたらボーナスとして何割かはもらえるかもしれない。
それでも明日も明後日も、またどこかの雀荘に連れていかれて、
重蔵の指定通りの条件をクリアし、ある程度の金を受け取り、孤児院を支える日々が待っている。
漠然とそんなことを考えている彼の元へ、のっそりと付き人のゴリラ男が姿を現した。
優勝した小十朗をほめるでもなく、相変わらずの無表情。
しかし、小十朗を見る目に、わずかながらの憐憫と逡巡が伺えるのは気のせいであろうか?
やいのやいの言う小十朗を、ゴリラ男は無言のままモニターの前にひっぱっていく。
先ほどまで決勝の対局が映し出されていた巨大モニターには、緩やかな音楽と美しい景色の映像が流れている。
画面の下方にはパーティ会場にいる人間たちに必要となるのであろう、株価の情報と、天気、そして申し訳程度にニュース速報。
孤児院「白鳥園」が数時間前に不審火と思われる火事により全焼したことを告げるニュース。
住人の安否は不明。現在捜索が続いている。
その場を飛び出そうとする小十朗の肩を、背後からゴリラ男の巨大な手がガッリリと押さえ込んでいる。
「放せっ!みんなが...みんなが.......」
「園長とその娘、お前の兄弟たちは全員『我々』が丁重に保護してある。」
初めて聞いたゴリラ男の声は、その体格に違わぬ低く太く威圧的だった。
「無事なのか?無事なんだな?!」
ゴリラ男の口調は、火災の被害にあわずに良かった、という声音ではなかった。
なぜ消防がとか、警察がとか、あまり考えたくはないが病院がという言葉ではなく、『我々』なのか。
「お前はこれから特別卓での闘局が控えている。
お前の仕事はそこで負けることだ。
お前が負ければ、家族は無事に帰れる。
もし勝つような事になれば、家族の遺体が焼け跡から発見されるかもしれない。」
小十朗は男の手を振り切ると、テーブルにあったナイフをすばやく掴み取った。
生まれて初めて殺意というものが、身体の中に噴き出るのを感じる。
「火をつけたのも、てめーらなのか?」
怒りのために震える声。
「真相が知りたければ、卓につくしかない。
知りたくなくても卓につくしかない。
小僧。
お前に選択などという上等なものは用意されていない。
家族のためを思うならせいぜい無様に負けることだけを考えろ。」
ニュースを流していたモニターには、特別卓の開催が告知された。
雀王戦で見事に制した少年雀士・岩倉小十朗。
出雲組系弥生組代打ち、麻雀小町・番堂梅。
出雲組系極月組代打ち、これまで付き人として小十郎の傍にいた豪腕・道祖尾(サオノオ)左門。
そして出雲組系代打ち筆頭・片岡重蔵。
特別卓はもちろんこれまで通り、対局者を対象とした賭け事が行われるが、オッズはこれまでのものをさらに4倍となる。
ゲストの小十朗が勝利した場合、優勝賞金の倍の2000万円。
さらに出雲組系代打ちとしての席が用意されるという大々的な発表とともに、
最年少代打ちが誕生する歴史的瞬間に立ち会うことになるのではと、パーティ会場は否がおうにも盛り上がりをみせる。
いずれも実力者による闘牌のため、賭け率はほどよくばらけていはいるが、
ここまでの人気とインパクトが反映したために、小十朗のオッズがもっとも低くなっている。
それだけパーティ会場に集う招待客が、小十朗という競走馬に大金をつぎ込んでいるという証でもある。
画面に映しだされた特別卓には、この3ヶ月で芽生えた信頼、信用、尊敬の対象である老人が既に座っている。
普段は飄々としてみえた笑顔が、初めていやらしく下卑た不快なものに感じられた。
誰かの代わりに打つこと
何かを犠牲にして進むこと
引くこと、退くこととてできぬ性(さが)の行く末とは...
次回小十朗伝『代打ち〜引退〜』乞うご期待