不敗伝説を破った少女 〜番堂美緒〜 Aパート
おむすび(鮭
クリスマス色に飾り付けられた、きらびやかなイルミネーション、師走の雑踏に賑わう、ここはからくり商店街。
コートやマフラーで、寒さをしのぐ大人たちの間を、 子鹿のように、駆け抜ける真っ赤なランドセルの少女が一人。
夏の空を写したような、明るい青のTシャツに、かろうじて女の子チックな薄桃色の短パン。
夕焼けを背景に、二つにまとめた髪が、寒風にもめげず、元気にピョコピョコ跳ね回っている。
しかし、少女の両手に、大人が二名ほど引き摺られているのは、 師走だからねぇ.......ですませるには少々、いやかなり奇異な光景である。
商店街の一角、いい意味で非常に味のある店構えの、お好み焼き屋の前で急停止。
お好み焼き屋 【 大 三 元 】
まだ暖簾のかかっていない店の戸を、ガララっっと力一杯開け放つ。
「マキ姉っ!勝負だぁぁっ!!」
顔の半分を口にして、Tシャツ短パン季節無視の少女、番堂美緒が高らかに宣言をした。
彼女の視線の先には、これまた少女が一人。
マキ姉と呼ばれた少女、槙絵はキョトンと美緒の方を見る。
学校帰りにやってきました!というランドセル姿の美緒とは違い、 お店のロゴが入ったエプロン、両手にはキャベツを1玉ずつ。
清く正しい勤労少女と呼ぶには、少々手に持つ食材が馴染みすぎてはいるものの、
淡いショートの黒髪を、サクランボを思わせる髪止めで、左にチョコンと結んだ愛くるしい少女である。
からくり商店街主催「エプロン少女コンテスト」があれば、間違いなく優勝するであろう。
哀しいかな、そういったイベントは、まだ無い。
お好焼き屋大三元の看板娘は、ステージでスポットを浴びるよりも、お店に立った方が映えるのである。
「ミオちゃん、いつもいつも言ってるけど、この時間は仕込みがあるから忙しいんだってば......」
ことさら両手のキャベツを強調しつつ、なるべく穏便な笑いを浮かべる槙絵に
「今日のまぁじゃんメンバーはぁ〜、コレっ!」
「あー、聞こえないフリを通り越して、今回は聞いてないでくるわけね.......」
美緒がニコニコと、これまで引き摺っていた、二人の人物を店内に放り込む。
「暇を持て余してそうな人を、いつも通りスカウトしてきました!」
一人は、いつブラシをいれたかわからない蓬髪に、無精ひげ。
若葉色の着流し姿に、口には『都会こんぶ』を咥えている中年の男性......有り体に言うとおっさん。
どこか、アルカイックスマイルを思わせる口元と、アゴに手をやる仕草は、人生の熟達ぶりを感じさせるが、
ランドセルの小学生に、片手で引っぱり回されていたという過去は、もはや拭い去れないであろう。
もう一人は、片目にうっすらとかかる美しいロングヘアーに、 不思議な光をたたえる.........もとい、やる気の無さそうなぼんやりとした瞳。
近所のちょっとした有名高校のブレザーに身を包み、おそらく黙って立っている分には、美少女で通るだろう。
しかし残念というか、惜しむらくは、口に突っ込まれた『棒アイス「超ガリガリ君」』。
彼女を美しさを、損ないはしていないものの、別の方向へと導いてるのは確かな事実であろう。
店の床にポテっと、転がされているシチュエーションというのも、素直に美少女という栄冠を渡すには、少々躊躇われるというものだ。
「ホントにいつものメンバー.......二人ともいい加減、断りなさいよぉ」
「えーと、今回の捕獲場所はね、」
「あー、場所はわかるなぁ.......」
『駄菓子屋いっきゅ〜だっ!』
『駄菓子屋いっきゅ〜でしょ』
二人の声が綺麗にハモる。
「だろうねぇ.........」
「........なんでわかるの?」
「ボサボサのおっちゃんを『都会こんぶ』、結宇お姉ちゃんを『超ガリガリ君』で釣ったんでしょ?」
まるで時間が止まったように、ポカーンと大口を開けて槙絵を見る美緒。 首をひねりながら、黙考すること30秒弱。
この時間を利用して、槙絵はキャベツを一玉ザックザックと切り終えている。
「そうか......どーりでこれまで1回しか勝てないわけだ......そう!たった今、全ての謎は解けた!ばっちゃんの名に懸けて!!」
「ばっちゃんなんて言ったら、ミオちゃんのおばーちゃん怒るぞー」
「あぅ、今の無し無し。おばーちゃんには内緒ね。」
美緒は何かにおびえるように、彼女の中で浮かんだイメージをパタパタと追い払っている。
「で?なんの謎が解けたの?」
「マキ姉!!実はエスパーでしょ!!」
「........カバンの中に無理矢理入ったり、ニセ皇族の結婚式に呼ばれたり.......」
「【アレ】じゃなくって!」
「あぁ、いったいさんのヤラレキャラ?」
「【アッチ】でもなくて!!」 特徴的な髪をピョコピョコ跳ねらせながら地団太を踏みつつ、美緒は再びビシっと槙絵に指を突きつける。
「エスパーだから、見えない牌が全部見えちゃうんだ!
だから、ミオがマキ姉に、マージャンなかなか勝てないんだ! いーけないんだ〜いけないんだ〜♪ずーるはいけないんだ〜♪」
美緒は、妙な音程で歌いながら、店内をクルクルと小躍りしている。
「もぉ......忙しいんだけどなぁ..ほんとに〜。 あのねぇ、これは初歩的な推理なのだよ、ワトソン君」
「ワトソンて誰?」
手元も見ずに、ザッシュザッシュとキャベツを切りながら続ける槙絵。
「『超ガリガリ君』と『都会コンブ』を置いてるマニアックなお店は、一介の小学4年生が歩いていける範囲では、駄菓子屋「一休」しかないのだよ、ワトソン君。」
「だからワトソンって誰なのよー!?」
「俺たちゃ、いつまで寝転がってるんだろうなぁ.......」
女子高生と並んで寝ているという、字面だけ見ると、とっても羨ましいシチュエーションで、ボサボサのおっちゃんと呼ばれている、岩倉小十朗がつぶやく。
そのとなりで
「.........うふふ。アタリ。」
店内の床で、寝転がりながら、食べ終えた超ガリガリ君の棒を見ながら、ボソっと結宇がとつぶやいた。
食べ終えたアイスの棒には、確かに「アタリ」と書いてあった。
「ミオちゃんそれロン!満貫!」
「おっと、ソイツは槙絵には悪いが頭っパネな。美緒ちゃん、こっちのは1本だ。」
「もー、ミオだってもーちょっとだったんだからね!」
ニヤニヤと嬉しそうに槙絵を見る、ボサボサのおっちゃんこと小十郎。
美緒はブスーっとしながら、小十郎に千点棒を一本渡す。
結宇は虚空に向かって、ブツブツしゃべってる。
今日はどの精霊さんと、お話してるかは、誰もツッコミをいれない。
占い部の偉大な部長(部員数1名)である彼女には、見えないお友達が、いっぱいいるのである。
なんだかんだで結局、「東風1回だけだからね」で、なし崩しに始まった、恒例お好み焼き屋『大三元』麻雀。
美緒は月に5,6回のペースで、槙絵に”勝負”を挑むのである。
美緒が勝負に来るのには、ある程度の法則がある。
1・放課後ドッヂボールのメンバーが集まらなかった時
2・買ったばかりのTVゲームが面白くなかった時
3・学校で先生に怒られた時
4・無性にお好み焼きが食べたくなった時
5・なんとなく
この法則によると、今日は美緒が学校で、アイスのアタリ棒を、そこら中の友達に自慢して見せてるのを見つかり、
「下校中に買い食いをしちゃいけません!」
と、担任の先生に、『帰りの会』でお説教されたのが理由なので、3番ということになる。
※美緒が掴んだ独自情報によると、学級委員のマルヲ君が先生に告げ口したことが判明しており、
これに関しては、明日、美緒のドロップキックがマルヲに炸裂することで解決する。
余談ではあるが、お説教の要因となったアイスのアタリ棒は、
『超ガリガリ君』へとその姿を変え、奇しくも結宇のスカウトに使用された。
美緒の理論で言うならば、『買ったワケじゃないし、自分が食べてないからOK!』らしい。
さらに、ボサボサのおっちゃんのスカウトに使用された『都会コンブ』は、
駄菓子屋一休の、オリジナルスタンプを10個集めると、100円以内の駄菓子1個と交換、
という高度な流通システムを利用したのであり、これまた美緒理論ではOKらしい。
新製品『うまか棒〜激辛ハバネロ味〜』と交換するために、コツコツと貯めてきたスタンプではあったが、
『私は目的のためには手段を選ばない大人のとってもいい女』を自称する美緒は、大人味な『都会コンブ』とのトレードを選択した。
駄菓子屋の軒先で、10分間、激辛ハバネロ味に手を伸ばしかけては、自らを押しとどめるという行動があったことについては、
大人のとってもいい女を自称する彼女のプライドの為には、秘匿されるべき重大事項である。
〜閑話休題〜
「ん.........アレ?もうオーラスなの?」
となりの見えない誰かとおしゃべりしていた結宇が、今更ながら卓の進行具合に気づく。
お金を賭けない、いわゆる子供麻雀であるが、闘牌の内容=子供という公式からは大きく外れる。
お好み焼き屋の店内、しかも鉄板の上におかれた、コタツと兼用の薄い麻雀テーブルで行われるには、かなり高度な展開。
全ての牌を見通す神の目をもつものがいるならば、それぞれの熟達した打ち筋に、
例え濃厚なソースの香りが、店全体に染み付いていようとも、ここがお好み焼き屋であることを忘れさせることだろう。
ここで、卓を囲んでるそれぞれの面子の簡単な打ち筋を紹介しておこう。
まずはガキんちょ、もとい、10年後には大人のいい女になる素養を内に秘めた10歳、小学四年生の番堂美緒。
非常にまっすぐな闘牌姿勢である。
どんなに手の内がバレていようとも、ひたすらまっすぐ突き進む。
打ち筋は見ていて危うく感じるものがあるが、むしろこのまままっすぐスクスクと育ってくれと、切に願いたい。
麻雀を打つ小学生が、まっすぐ育つかどうかは、この際、神棚の上にでもあげて、拝んでおくとしよう。
続いては、大人の女としては、こちらが一歩、いや年齢でいけば5、6歩ほどはリードしてる女子高生、結宇。
ここまでは、虚空に向かって、ブツブツとおしゃべりを始める、ただの危ないお姉さんではあるが、
不思議とアタリ牌を、ヒラヒラと、場合によってはヌルヌルと避けて通っていく。
なんの脈絡もなく、筋も危険牌も関係ないように無造作に通すあたりは、やっぱり謎のおしゃべり相手に、秘密があるのかもしれない。
しかし、オーラスにいたり、初めて卓にきちんと意識が向いた彼女の恐ろしさは、その配牌時から始まっている。
大人という点では、この卓、ただ一人の大人、ボサボサのおっちゃんこと、岩倉小十朗。
ここまでの闘牌を見ている麻雀好きがいるとするならば、非常に妙な打ち方をしている、と、首をひねるだろう。
この場に、コワイ系の組を仕切る大親分でもいたりしたら、かつての彼の偉業が脳裏にかすめた後、必ずこう思うはずである。
『裏プロ会最強の代打ちも地に堕ちたもんだ』と。
そして、限られた生粋のプロ、才能と本能を極限まで高めた裏打ちが、この場にいたとしたら、
小十郎が限られたルールを、自らに課して打ち、その対戦相手が恐るべき強敵であることに、そら寒いものを感じるのである。
最後は、経済観念と、家族を養うということにかけては、既に充分以上に大人の女を名乗ってもよい11歳、槙絵。
オーラスで、トップに立ってはいるものの、充分まくられる可能性を秘めた点差である。
彼女にとっては抑え気味、いや、正確に表現するならば、ある人物に押さえ込まれている。
あえて高目を切り捨てたり、狭い待ちにうけたりと、
素人が見ると、なぜわざわざムツカシイ方へ手を進めるかがわからない、これまでの闘牌。
もし、小十朗の手牌を一緒に見れるギャラリーがいたとしたら、この卓で行われている水面下の戦いに初めて気づくことができるだろう。
今回も”勝負”では、槙絵と小十朗の間でのみ、暗黙に交わされているルール。
槙絵は、特定の人物から点棒を回収する。
小十朗は、槙絵が狙う人物を読み、それを阻止する。
この勝負はその都度、条件が変わったり、攻守が別になったりするが、
その場の雰囲気で「なんとなく」お互いがルールを決めるのである。
前回行われたルールは、小十朗が槙絵以外から1万点ずつ、回収を目標とし、槙絵はそれを妨害するという内容だった。
ここまで小十朗と槙絵は、お互い合わせ打ちをすることで、アタリ牌を防ぎ、防御の手牌をかいくぐり、点数は平たいまま。
3局が経過する間に、チェスが得意なスーパーコンピューターが、裸足で逃げ出すほどの、思考のやりとりが交わされ、
オーラスをむかえた今、依然として拮抗状態なのである。
このまま東4局、親の槙絵を押さえこめれば小十郎の勝ち。
しかし、小十朗は胸の内は、現状の流れが「やや不利」であると認識していた。
小十郎のイメージでは、このオーラスの卓は、薄い氷で水面を綺麗に覆った状態である。
氷は、小さな池や、穏やかなな湖であれば、割れることはない。
槙絵からは、ラス親を向かえて、大きくうねる波が感じられる。
海に氷を張るのは、至難の業、いや、無謀の極みといえよう。
「せめて......砕けぬ氷山にってとこか.....。」
「コレ?」
小十朗のつぶやきに、結宇が『超ガリガリ君』のアタリ棒をピコピコと動かす。
「なによ〜!都会コンブがいいって言ったのは、ボサボサのおっちゃんでしょ!
いまさら他のお菓子がいいなんて、駄々っ子よ!駄々ッ子!
私だってうまか棒我慢したんだから、おっちゃんも我慢しなさい!
駄々ばっかり言ってると、ダダッコ星のダダッコ星人に連れていかれるんだからね!」
「ダダ............人間標本.......クスクス。」
「..........人がせっかくシリアスに盛り上げようとしてるところを、台無しにしやがって....」
ボサボサ頭をワシャワシャと掻きながら、小十朗は、どこか緊張の糸が切れてしまったのを感じる。
「そういえば......さっき美緒ちゃんが妙なこと言ってたよな?
槙絵に麻雀1回しか勝てないとかなんとか...........それって....。」
「あー、うん、あるよ。」
「ミオがね〜、国士無双でドーンっとね!でもそのときのことは内緒だもんね〜。
マキ姉とミオの親友の絆のシテーのアカシのショーメイの.........ショーメイとアカシって同じ意味?」
「槙絵が美緒ちゃんにねぇ。」
子供には子供の事情なり、約束があるのだろう。
小十朗はそれ以上は聞かずに、目の前の牌に集中しようと試みる。
(子供の約束ってのは、時に大人の契約なんかよりずっと重いんだろうな.......)
そんなことをボンヤリと考えてしまうあたり、やはりこれまでの緊張は解けてしまっているようだ。
配牌にも、そんな意識が、反映されてしまってる。
(それにしても.....この子が負けるところは、つくづく想像がつかねぇんだが.......)
今回の”勝負”は、既についているらしい。
Bパートへ