シンエモン 「ふぅ。流石に暑いな・・・」

ジリジリと焼け付く日差しの中、額の汗を拭いながら歩く1人の若い男
スラリとした長身に蒼い瞳と流れるような金髪。純白の軍制コートを肩にかけている
将軍家剣術指南役シンエモン
いま彼が立つ地は琉球王国。日本国領ではあるが独自の風土と文化で発展してきた島である

シンエモン 「親父、冷えたビールを頼む。ギリンの黒ラベルな」
居酒屋店主 
「あいよ!ギリン黒一丁!」

言うまでもなくここ琉球にきた理由は特戦部隊メンバーのスカウトである
しかしながら捜索初日、ほぼ丸一日歩き続けてもその足取りを掴めなかったシンエモン
日もとっぷりと暮れた頃、すっかりヘトヘトになって飲み屋の暖簾をくぐったのだった
よく冷えたビールを一気に煽りつつ、明日以降の捜索ルートを思案する

シンエモン 「親父、ひとつ尋ねたいのだがこの辺りに・・・」
居酒屋店主 「へい何でしょ!っと、おおっこれは旦那どうも!」

現地のことは現地の人間に聞くのが一番。飲み屋の店主に話を聞こうとしたシンエモン
丁度その瞬間であった
腰を大きく曲げて暖簾をくぐってきた謎の大男
身長2m20cmはあろうかという驚くべき巨漢だ
肩に背負ってきた大魚はこれまた2m以上はある大物である。それを無造作に店主に差し出した

居酒屋店主 「おっほう!今日もまた見事な魚を釣り上げましたなぁ!
        どうです旦那?たまにはここで飲んでいっちゃあ?」
謎の大男  「・・・イヤ娘を待たせている。また今度にしよう」
居酒屋店主 「そうですか。これはいつもの酒と米です。またよろしく」

店主から大きな米袋と酒瓶を受け取った大男
それを軽々と肩に担ぐと戸口で待っていた少女に声をかけた

謎の大男  「行くぞマリー」
謎の少女  「ん」

年の頃は5つか6つくらい。柔らかそうな茶色い髪と大きな瞳の可愛らしい少女
マリーと呼ばれたその娘はのっしのっしと先を行く男を小走りに追いかけていった
その姿を見送ったあと、シンエモンは店主に尋ねる

シンエモン 「親父、今の男は?」
居酒屋店主 「へえ、あの人ですか?最近この辺りに移り住んだお人で・・・
        ふらりと現れては今みたいに魚と食料を交換していくんですわ
        仕事は持たんと毎日自給自足の生活をしとるようです
        あんな小さい娘がおるのに・・・ま、変わりモンですなぁ」

シンエモン 「・・・移り住んだのは最近と言ったな。それは1年前くらいか?」
居酒屋店主 「ええ、その通りで」

シンエモン 「なるほど・・・ね。ありがとうよ親父」




ゲルマンのランボー (レオンハルト編)




シンエモン 「ここか・・・御免!誰かおられるか?」

翌日。浜辺にポツンと建つ小さな小屋を訪ねたシンエモン
キイ・・・と潮風でボロボロになったドアが軋んだ音を立てる
玄関でシンエモンを出迎えたのは茶色い髪の可愛い女の子であった

マリー    「はい。どなたさまですか?」
シンエモン 「や、お嬢ちゃん。お父さんはご在宅かな?」
謎の大男  「・・・・・部屋に戻っていなさいマリー」

娘の返事を遮るように家の奥からあの大男が現れた
コクンと黙って頷いて、少女はぱたぱたと部屋へ引っ込む
それを確認してから大男はシンエモンに小声で話しかける

謎の大男  「キサマ昨夜居酒屋に居たな?いったい俺になんの用だ」
シンエモン 「ほぅ。こちらに気付いておられましたか
        流石は
レオンハルト殿
謎の大男  「レオン・・・?誰だそいつは。知らんな」
シンエモン 「元ドイツ陸軍グラップラー師団・アイゼンリッター所属
        トップエースとして危険度の高い
務に幾度も出撃
        その悉くを遂行して無事に帰還する不死身の男・・・・
        通称
”ゲルマンのランボー”
謎の大男  「人違いだな。悪いがお引取り願おうか」

「人違いだ」と言い切る大男
もう何も話すことはないといった感じでシンエモンを追い返そうとする
しかし引き下がらないシンエモンは尚も食い下がって言葉を続ける

シンエモン 「利発で可愛いお嬢さんですな。しかし妙だ
        経歴を調べさせてもらいましたが貴方は独身のハズ
        貴方が軍を辞めて母国を出たのが約1年前・・・・」
謎の大男  「黙れッッ!」

ガシィッ!!
突然カミナリの如き怒声が飛んだかと思うと、その丸太ん棒のような腕が伸びた
シンエモンの口を塞ぐようなアイアンクロー
不意打ちだったとはいえ、それをシンエモンは避けることが出来なかった

シンエモン 『・・・速いッ!この男・・・!』
謎の大男  「娘に聞こえる声でそんな話をするな!
        そこまで言うのなら今夜12時に裏の浜辺に来い
        そこで詳しい話を聞いてやる」

バシ―ン!
驚愕に目を見開くシンエモンをドアに叩きつけ大男は家の奥に戻っていく
大きな音に驚いた娘と何か話していたようだったが、シンエモンはそれを聞かずにその場を立ち去った








そして夜―





ザザァ・・・・ザァ・・・・・・

人気のない真っ暗な浜辺にシンエモンはいた
もうすぐ約束の12時・・・・・その瞬間
空を覆っていた暑い雲が流れて大きな満月が顔を出す

切り立った崖の上
降り注ぐ月明かりに照らされて
その男はいた

裸の上半身に巨大な砲を背負った大男
大砲は見た感じだけでも重量200kgは下るまい。その重さをまるで感じさせない直立不動
シンエモンを見下ろすその全身からはとてつもない小宇宙が立ち昇っている

レオンハルト「待たせたな」
シンエモン 「これはまた勇ましいいでたちで」



夜の浜辺でシンエモンを出迎えた”ゲルマンのランボー”ことレオンハルト
完全戦闘装備で圧倒的なプレッシャーを放出しながら、押し殺した声で口を開いた

レオンハルト「どこの軍の使者か知らぬが、俺はどこにも属さない
        これ以上構うというのなら”ゲルマンのランボー”の実力
        ・・・・今この場で味わってみるか?」

シンエモン 「待たれよレオンハルト殿、勘違いはよしてもらおう
        確かに俺は軍属だが貴方を軍に組み込むつもりはない
        対グラップラー犯罪の特殊部隊にスカウトしたいのだ」

金髪の剣士から返って来た言葉はレオンハルトにとって予想外の物であった
ドイツ陸軍アイゼンリッターを退役し、ここ琉球に移り住んでから約1年・・・・
既にこれまでにも幾度となく、世界各国の軍事顧問が彼を来訪していたからだ

平和に暮らす一般人を恐怖に陥れるグラップラー犯罪者
憎き彼奴等から人々を守る仕事ならば悪くはない・・・・
しかし・・・・だがしかし俺は・・・・・

一瞬沈黙したレオンハルトだったが、再び開いた口から搾り出された答えは先と同じ物だった

レオンハルト「・・・・・それでも断らせてもらおう
        俺はもうグラップラーの力を生業にするのを辞めたのだ」
シンエモン 「それはご息女・・・名前はマリーちゃんと申されましたか
        
彼女に対する償いの為でありますか?
        1年前のスターリングラード戦線・・・」

レオンハルト
「キサマ・・・知っていたのか!?」

ジャキンッ!
途端に顔色を変えたレオンハルト。両腕に装備されたのはなんと個人戦闘用に小型軽量化されたミサイルランチャー!
その照準をピタリと向けられたシンエモンだが、それに対して臆することもなく言葉を続ける

シンエモン 「もしそうならば貴方の考えは間違っている
        貴方はその力を使って多くの人々を救うべきだ
        それこそがマリーに対する貴方の罪ほろ・・・」

レオンハルト「黙れ若造!キサマに何がわかるッ!」

シンエモンの言葉を遮る雷の如き怒声
その直後、レオンハルトは容赦なく両手のトリガーを引いていた!!
どうやら今の話がゲルマンのランボーの逆鱗に触れてしまったらしい
シュドウッ!!シュボボボボボボ!!!

対個人戦闘用小規模集中爆散型ミサイルランチャー
『シュツルム・ヴィント(暴風)

レオンハルト「出すぎた口は身を滅ぼすぞ・・・!
        少しばかり痛い目に逢うんだな若造!」

シンエモン 「砲撃手シューターかッ!!」

両腕に装備された32連装の超小型ミサイルがシンエモンを襲う!
しかし如何に強大な火力であろうとも当たらなければ意味がない
果たして火器による攻撃で、超絶グラップラーであるシンエモンの動きを捉えきれるか?

ヒュヒュン!!
ドガァン!ドドドッ!ドガァン!!!
我が敵を滅せよと、夜の闇を切り裂くミサイル
だが。凄まじい轟音と爆発が吹き飛ばすのは真っ白な砂浜だけ
さながら軍神の如き金髪の剣士にはカスリもしない!

シンエモン 「ぬるいッ!一体どこを狙って・・・・う!?」
レオンハルト「舐めるなよ若造。これがプロの戦いだ
        お前が避けていたんじゃあない・・・・
        俺がワザと外して撃っていただけだッ!」

たやすく間合に入れるかと思ったシンエモンに驚愕の表情
レオンハルトを目標喪失!
そう、浜辺に着弾したミサイルはそもそも浜辺に向けて撃った物だったのだ。つまり煙幕!
ドシュゥ〜〜〜ッ!!!
真っ白な砂煙の中に迫る風切り音!瞬間的に反応したシンエモンが斬岩剣を抜刀する!

シンエモン 「そちらこそ舐めるな!この程度の煙幕!」

ドガァン!!!
一文字流奥義烈風剣!迫る音を頼りに放った一撃は見事ミサイルに命中
その真空の刃はミサイルの狙撃のみならず、砂の煙幕をも真一文字に斬り裂いた
ゆらり、と夜の闇に浮かび上がった巨体はおよそ10mほど先。この間合で逃すシンエモンではない

シンエモン 「ここまでだ!この一撃でおとなしく・・・・!」

剣士の間合である。この近接距離では砲撃武器は使えない
勝利を確信したシンエモンが峰を返して斬岩剣を薙ごうとした、その時!
神速の右腕が空を切り裂いた

シンエモン 「ッ!?」

レオンハルト「ベルリンの赤い雨!」

ズバ抜けた反射神経でどうにかこれを回避したシンエモン
ゴロゴロと砂の上を転がって素早く体勢を立てなおすが、その頬からは赤い雫が静かに流れ落ちていた
ぐぐっとそれを拭いながらシンエモンは斬岩剣を正眼に構え直す
今いったい何が起きた?いや・・・答えはわかっている

”レオンハルトが切れ味鋭い手刀を放った”

相手の武器を見ただけでグラップラークラスを決めてかかった自分が甘かっただけだ

シンエモン 「そうか。貴方のクラスは只のシューターではなかったのだな
        なるほど道理で”ゲルマンのランボー”だ・・・・
        グラップラーとシューターの
ハイブリットか!!」


バシュバシュ!ドドドドドゥ!!
唸るミサイルの風切り音と、耳をつんざく爆発音
全身を銃器で武装した大男は雄雄しく、力強く
長い金髪をなびかせる剣士は流麗にして耽美
夜の浜辺を舞台に2人の超級グラップラーはダンスを舞うかの如く華麗に戦う
幾度となく激しく交錯しながらシンエモンはレオンハルトの心意を問いただそうと試みる

シンエモン 「一年前のスターリングラード戦線!
        貴方の小隊は命令によりある小さな街を夜襲した!」

レオンハルト「俺達は諜報部の情報を信じ街を砲撃!
        街はほどなく壊滅した!だが!」

戦闘の高揚がそうさせるのか、レオンハルトはその問いに対して大声で応える
それは彼が軍を退役するきっかけとなった、1年前に起きた事件の真相であった

シンエモン 「踏み入った貴方達が見た光景は予想に反する物だった
        ・・・・街には一般人の死体しかなかったからだ」

レオンハルト「そうだ!
諜報部の情報はまったくの間違いだった!
        俺達は中立指定だった街を壊滅させてしまったのだ!」
シンエモン 「生存者は絶望的と思われた中、
        奇跡的に一命を取り留めた人間がいた」

レオンハルト「あの娘の母親は彼女を庇うようにして死んでいた
        瓦礫の街でたった一人、ワケもワカらず泣いていた少女・・・
        
それがマリーだ!」

許されぬ罪を犯した自分に対するどうしようもない怒り。悲しみ。後悔
幼くして両親を失ったマリーに対する哀れみ。贖罪・・・・・・
レオンハルトの言葉はまるで悲鳴のようだった

シンエモン 「そして貴方はマリーを引き取りすぐに軍を退役、
        グラップラーの力を棄ててここ琉球で隠遁生活を送っている
        それがマリーに対する貴方の罪滅ぼしだ」
レオンハルト「あの子はいまだに俺の事を父と呼んでくれん!
        俺の前で喋る言葉は「はい」「わかりました」だけだッ!
        あの子に許してもらえるまで・・・
        本当の父親になれるまで・・・・・!
        
俺は一生をかけて償う!」

吐いた気とともに右腕が唸る
「ベルリンの赤い雨」
切り裂いた敵の返り血が、まるで雨のように降りそそぐことからこう呼ばれる必殺の手刀
音速をも超える速度で放たれる手刀は不可視の一撃!

だが

ガシィン!!
レオンハルトは信じられないモノを見た
必殺のベルリンの赤い雨は敵の眼前で止められていた
その手首を鷲掴みにされたレオンハルトは思わず苦痛の声を上げる
ギリギリと締め上げる金髪剣士の握力はまるで万力だ。この細身のドコにこんな力があるというのか
はっ、と。ここでレオンハルトはシンエモンの小宇宙がさっきまでとはまるで桁違いなのに気付く

レオンハルト「なんだこの力・・・・き・・・貴様は一体?」
シンエモン 「貴方は間違っている・・・真にマリーに償いたいのであれば
        
その力を弱き人々のために使うべきだッ!」

”ズドォッ!!”

レオンハルト「ぐ・・・・っふ!」

シンエモンの鉄拳がレオンハルトのみぞおちにめり込んだ
鋼のような腹筋には覆われていても、竜の騎士の一撃は防げるものではない
胃液を噴き出し、膝を折って砂浜に倒れこむレオンハルト
もはや勝負あったその時

シンエモンの目の前に、予想だにしなかった人物が立ちはだかっていた

シンエモン 「マリー・・・」

マリー    「おとうさんをいじめないで!」

それは小さな手をいっぱいに広げてレオンハルトを庇うマリーだった
恐怖で全身が震えているだろうに、その大きな瞳でシンエモンをキッと睨みつける
なんと気丈な少女であろうか

レオンハルト「マリー・・・・・いま・・・俺を父と呼んでくれたのか?」
マリー    「おとうさんはおとうさんだよ
        あのとき、ひとりでないてたわたしをたすけてくれた
        おおきくてあたたかい、おとうさんのて・・・・
        おとうさんがいてくれなかったらわたし・・・
        きっといまもひとりでないてたわ」
レオンハルト「マリー!」

目頭が熱くなる
ぶわっと溢れ出た涙を拭おうともせず、レオンハルトはその腕に愛しい娘を抱きしめた
マリーもまた泣いていた。優しい父に初めて抱きしめられて泣いていた
ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら、マリーは自分の思いを父に伝える

マリー    「おとうさん。おとうさんはたたかって!
        わたしみたいなひとたちをたくさんたすけてあげて」
シンエモン 『! この歳で・・・なんと気丈な子か・・・』
レオンハルト「ッ!!マリー・・・・お前はエライな
        その小さな目で・・・俺よりもずっと広い世界を見ている
        ・・・・あぁそうだな。そうだなマリー・・・・そうだったな
        お父さんにはそれが出来る力があるんだからな!」

シンエモン 「レオンハルト殿・・・・それでは」
レオンハルト「あぁ。オファーの件、是非とも受けさせてくれ
        俺は第2、第3のこの子を出さないためにも命を懸けて戦う」

そう言ってレオンハルトは、より一層強くマリーを抱きしめた
マリーも父に強くしがみついて離れない

レオンハルト「マリー!」
マリー    「おとうさん、おとうさん」

シンエモンは目から熱いモノがこぼれそうになって、思わず顔を上げた

シンエモン 「あぁ・・・・気付かなかった・・・
        
今夜はこんなにも月が綺麗だ」

南国の夜
抱き合って泣く二人の父娘を美しい満月が煌煌と照らしていた





特選部隊候補メンバー残りあと1人


 魔都の夜は紅蓮に染まって (あぶどぅる編)

エピローグ
疾風!溥儀禁衛隊!


プロローグ
対グラップラー特殊部隊 

 地獄の魔術師 (男爵ぴーの編)
 映し鏡の最強忍者 (ハッタリ編)


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