東北地方は宮城県。杜の都仙台
見世物小屋で連日客を沸かせる1人の若いマジシャンがいた
シルクハットに黒いマントという手品師然としたコスチュームに、切れ長の目と長髪の似合う端整なマスク
黙っていれば二枚目なのだが、彼のステージはしょーもないユーモアたっぷりのコント仕立てである

マジシャン 「あーほらそんな事言ってると・・・・・
        
耳が!耳がでっかくなっちゃたー!」
マジシャン 「はい見てくださーい!卵が空中に浮かんじゃいました!
        ・・・・・って実は指差してるだけなんですけどね」

どどっ
いつものお約束ネタでドッカンンドッカン観客を笑わせるマジシャン
今日も会場は歓声で割れんばかりの大盛況だ




その夜
滞りなく公演が終了し、日取りの給料を受けとって家路につこうとしたマジシャンを1人の男が尋ねてきた
楽屋に入ってきたその男は、およそこの場に似つかわしくない風貌
180cmほどのガッシリとした体躯に身の丈ほどの太刀を背負った金髪のナイスガイ
そしてなによりそ一般人と違ったのはその人の心を見透かすような不思議な眼の力であった
マジシャンはすぐに直感した
生き死にの戦いを生業にしている男― グラップラーだ

マジシャン 「やあこんにちは。もしかしてサインのお願いですか?」
シンエモン 「ステージ拝見いたしました。大変素晴らしかったです
        実は貴方に折り入って頼みたいことがあって参りました
        マギーぴーのさん・・・・いやさ、
        
地獄の魔術師ヘルズマジシャン男爵ぴーの殿

ザアァッ!
金髪男の言葉に、たった今までニコニコと笑っていたマジシャンの雰囲気がガラリと一変した
足元から膨れ上がるように爆発的に小宇宙が高まり、狭い楽屋をビリビリと圧迫する
そう、彼もまたグラップラーであったのだ
一瞬にして戦闘態勢に入ると、押し殺した声で応える

男爵ぴーの 「俺をその名で呼ぶとは・・・キサマ一体何者だ?」

地獄の魔術師 男爵ぴーの (24歳)



地獄の魔術師
 (男爵ぴーの編)




シンエモン 「主の命により貴殿の力を借りに参りました」
ぴーの   「主・・・?どんな身分の人間かは知らんがお引取り願おう
        俺はもうグラップラーとしての力はとうに捨てたのでな」

相手が敵ではないということを悟り、張り詰めていた小宇宙がふっと弛緩する
しかしながらその視線は金髪の男を真正面から見据え、隙らしい隙をまるで見せない

シンエモン 「話の内容も聞かずに門前払いですか」
ぴーの   「くどい。怪我をしないうちにとっとと失せろ」

怪訝な顔をしながらマントをババッと翻すぴーの
腕を前に出しながら半身に構え、金髪男を威圧しようとする・・・が、その直後
彼の背筋にどっと冷たい物が走った
ゴオッ!!!
目の前の男の雰囲気が一変し、全身からとてつもない小宇宙が噴き出したのだ

シンエモン 「オイ、黙ってりゃ大層な口を聞きやがって・・・俺はな
        
そういう礼儀知らずが大ッ嫌いなんだよ!」

ぴーの   『なッ・・・なんというバカげた小宇宙!
        それにこの豹変ぶり!この男は一体!?』

ここでぴーのはハッと気付いた。このホールにまるで自分達以外の人気がないことを
公演が終了したとはいえ、客足はおろか会場側の作業員の気配さえ感じない
何が起きている?この目の前の男は何者だ?
驚愕に目を見開くぴーのに、金髪男が懐から何かのカードを取り出して見せた

シンエモン 「このホールは俺が丸ごと買い取らせてもらった
        今ここに居るのはアンタと俺の二人だけだ」
ぴーの   「そ、それはまさか・・・・・・
        
ザイナースのゴールドブラックカード!?」

シンエモン Da Bomb!将軍家剣術指南役シンエモンだ
        男爵ぴーの。アンタの力を上様が所望している」



男爵ぴーの 「将軍家ときたか。まさかお上の使者だったとはな」

シンエモン 「対グラップラー用の特選部隊の結成を任された
        アンタはそのメンバー候補だ。話を聞いてもらうぞ」
男爵ぴーの 「断ると言ったはずだ。相手が何者であろうと関係ない
        俺はもう・・・・戦う力を捨てたんでな」

シンエモン 「・・・・3年前の事件のせいか?」

ざわ・・・
ぴーのの美しい長髪がオーラにゆらめく
シンエモンの漏らした言葉に反応したのか
さっきまでの落ち着いた雰囲気は一変し、仇を見るような眼で目の前の男を睨みつける

男爵ぴーの 「貴様・・・なぜそれを知っている・・・!」
シンエモン 「メンバーになる人間だ。当然アンタの事は調べさせてもらったよ
        さて、だ。アンタにゃ悪いが俺も遊びに来たワケじゃないんでな」

言いながらズラリと背中の太刀を抜き放つシンエモン

シンエモン 「俺としては本意ではないが・・・実力行使といこう
        断られるにしても話くらい聞いてもらえんとこちらも面白くない」
男爵ぴーの 「フンなるほど。貴様には貴様の立場もあるだろうしな
        口で言ってもわからんヤツには身体でわからせるしかないか」

シンエモン 「アンタがわかり易い相手で良かったよ。では行くぞ!
        
グラップラーファイトォオオオオオオ!!」
男爵ぴーの 「気にするな。これからお前は病院送りにされるんだからな!
        
レディィィッッゴォオオオオオオオウ!!」

ゆらり、と二人の姿が消えた
バゴォオオオオオオオオオオン!!
直後に楽屋の壁をブチ破って交錯する2条の閃光!
タイプによる例外はあるが、カテゴリーS級以上のグラップラーは音速戦闘をも可能とする
常人には次々に破壊されていくコンクリートの壁と、一瞬一瞬に見える二人の人影をようやく認識できる程度だろう

シンエモン 「流麗にして紫電の身のこなし!流石は上様のスカウトよ」
男爵ぴーの 「フン貴様もな。将軍家剣術指南役は伊達ではないようだ
        では見せてやろう・・・・いまだ不敗を誇る我が流儀を!」

ぴーのの懐から現れた”それ”にシンエモンの動きが一瞬止まる
それは戦闘には余りにも似合わない代物であった
可愛らしいラクーン!!
ラクーンとはマジックショーなどで用いられる、スプリング入りのアクションアニマルの事である

男爵ぴーの 「ゆけい!ラッキーくん!」

ドヒュン!
これは一体いかなる魔術なのか?
手の平の上のラクーンが生き物のように飛んだ!
主の命令と同時に、まるで枷を解かれた猛獣の如く飛び掛ったのである
しかし意表を突かれたとはいえシンエモンは超一級のグラップラー。もとよりこのような攻撃当たるはずもない
正面から飛んできた可愛い攻撃者をシンエモンは難なくかわして反撃に・・・・
否!
なんと攻撃を避けられたラッキーくんは旋回して再びシンエモンに襲い掛かってきた!

シンエモン 「ほう、これは面妖な。幻惑の類か?」
男爵ぴーの 「地獄の魔術ヘルズマジックラッキーくん無限還!
        ラッキーくんは獲物を仕留めるまでその攻撃を止める事はない
        あぁ、言うまでもないが牙には致死性の毒が塗ってあるからな
        さあ華麗に踊ってみせろ!死のロンド!」

ババババババッ!!
攻撃は直線的で避けるのはたやすい
しかしラッキーくんは何度かわされてもすぐさま方向を変えて襲い掛かってくる
更にこの攻撃にぴーの自身の攻撃も加わればシンエモンとてかわしきれるモノではない
カラクリはなんだ?このラクーンには本当に獣の命が宿っているとでもいうのか?
右、左、右・・・・・・攻撃をかわしながらシンエモンは可愛い暗殺者の正体を見定める
右、左、右・・・・・・!?そうか・・・・そいえばこの攻撃はさっきから・・・・!

シンエモン 「そういうことか・・・幽霊の正体見たり!」
男爵ぴーの 「む!」

ザンッ!!
斬岩剣が宙を薙ぐ。シンエモンは何もない空間を斬った・・・・否
そこに”それ”は存在した。実に単純明快なる暗殺者の正体
ふわり、と急激に勢いを失ったラッキーくんを掴んでシンエモンは視線を落とす

シンエモン 「やはりな。素材が何なのかは知らんが・・・不可視の糸!
        これで俺の身体とラクーンを繋いでいただけのトリックとは」

男爵ぴーの 「フッ気付いたか。なかなかに良いカンをしている」
シンエモン 「常に攻撃が俺の避けた方向と逆からきたのでな
        右に避ければ次弾は左から。左に避ければ右から・・・・
        気付けば単純な事だ。
”俺が一人でコイツを振り回していた”と」

男爵ぴーの 「手品 奇術 魔術とは視覚の盲点をつき心理の裏をかくこと
        それを殺人技として完成させ、もはや芸術とまで呼ばれるのが
        
この”地獄の魔術ヘルズマジック”だ
        俺の名は男爵ぴーの。人は俺を
地獄の魔術師
ヘルズマジシャンと呼ぶ」

シンエモン 「なるほど奇術師トリッカー
        かような希少クラスと手合わせできるとは武芸者冥利につきる
        一文字流斬岩剣シンエモン・・・・推して参る!」

男爵ぴーの 「受けてみよ!地獄の魔術・ゾリンゲンカード!」
シンエモン 「縁が刃のように研ぎ澄まされたトランプか!
        しかも直線的に見せて相手の手元で自在に変化するとは!」

ぴーのの千変万化の攻撃を前に防戦一方に回るシンエモン
しかしその戦いにはどこか余裕が見られ、戦いを楽しんでいるようにさえ思える
それは当然相手をしているぴーの自身が一番感じていた

男爵ぴーの 「貴様一体なんのつもりだ!本気で戦え!」
シンエモン 「アンタと少し話したくてな。戦いとはすなわち心の鏡・・・
        感じるぜ。アンタの拳から痛いほどの悲しみが流れてくる
        やはり戦いを捨てたのはあの事件が原因らしいな」

男爵ぴーの 「ッ!!」

ギャッ!
瞬間、シンエモンが前に出た
その驚異的な踏み込みに両者の間合が一気に詰まる
振るわれる斬岩剣をぴーのは清流のような不思議なステップでかわす。”肢曲”と呼ばれる秘技である
唸る剛剣。華麗に翻る漆黒のマントはまるで闘牛士のよう

シンエモン 「事が起きたのは3年前だ!
        アンタは自分の街を襲った夜盗団をたった一人で全滅させた
        被害者はたった1名・・・男爵たらんてぃーの。
アンタの弟だ!」
男爵ぴーの 「あの時、俺は街のみんなを誰一人傷つけることなく守った!
        たった一人・・・・・人質に取られた弟の命を除いてな!
        俺がグラップラーでなければ!戦う力など持っていなければ!
        
あいつは死なずにすんだ!!
        あいつが死んだのは・・・この俺が戦ったせいに他ならない!」

シンエモン 「ふざけるな!だから戦いを捨てたと言うのか!
        
死んだ弟はそれを望んでいるとでも!?」

”ザンッ!!!”
飛び散る鮮血。目を覆う惨状
シンエモンの激しい叱咤とともに放たれた烈風剣は

ぴーのの胴体と腰から下を真っ二つに斬り離していた

なんということか
特選部隊のメンバーにと引き抜きにきた人物
それを怒りに任せて命を絶ってしまったシンエモンの焦燥たるや如何ほどのものか・・・・

否!!背後に殺気!

男爵ぴーの 「戦いから逃げて何が悪い!俺はもう!
        
俺の周りで人が死ぬのを見たくないだけだ!」

地獄の魔術奥義・眩魔切断術
                   ヘ ル ズ マ ジ ッ ク                           ミ ラ ク ル カ ッ タ ー

真っ二つにされたぴーのは一瞬で用意されたダミー人形?そうではない
戦っていたぴーのは最初から人形!
それを本物が天井から操っていたのだ!驚愕のマリオネットマジック!

無防備なシンエモンの背中に必殺のゾリンゲンカードが吸い込まれるように飛ぶ
超級グラップラー同士の対決は男爵ぴーのの勝利で決着か?




ゆら・・・・・




瞬間

シンエモンの姿がゆらいで消えた

男爵ぴーの 「なッ・・・質量を持つ残像だと!?」
シンエモン 「手品 奇術 魔術とは視覚の盲点をつき心理の裏をかくこと
        そうだったな!男爵ぴーのッ!!」

”ドッ!!!”
驚きに見開いた瞳で、ぴーのは目の前になびく美しい金髪を見つめる
シンエモンの繰り出した渾身の鉄拳は彼のみぞおちに深くめりこんでいた

※ 【質量を持った残像】
竜闘気をまとったシンエモンが高速で移動するとき、一瞬薄利する闘気は人型をそのまま残す
ぴーのが攻撃したのは既に抜け殻だったシンエモンの闘気だったのだ













やれ兄さん!俺ごとコイツを倒せ!


頼む!俺はどうなってもいいから・・・


弱い人達を守ってくれ!

薄れゆく意識の中
何故かあの時、弟が最後に叫んだ言葉を彼は思い出していた








男爵ぴーの 「う・・・・ッ」

数分後、ぴーのは腹に感じる鈍い痛みで意識を取り戻した
己を見下ろすように突っ立っている金髪男を視覚に捉え、ここで初めて自分が敗北したことを悟る

男爵ぴーの 「・・・俺は負けたのか」
シンエモン 「ぴーの、お前が戦いを拒否するのなら無理強いはしない
        ただ勘違いしているようだからこれだけは言っておくぞ
        お前が戦わなくなっても何も変わらない・・・・・だが
        
お前が戦い続けることで変わることもある」
男爵ぴーの 「ッ!それ・・・は・・・・」
シンエモン 「これが連絡先だ。気が変わったらいつでも来い」

心の奥まで見透かすような蒼い瞳
金髪の剣士はそれ以上語らずにその場を去った




男爵ぴーの 「そうか・・・そうだったな。たらんてぃーの」

一人残されたぴーのの頭に、弟の最後の言葉が幾度となくリフレインするのだった


 映し鏡の最強忍者 (ハッタリ半蔵編)
 ゲルマンのランボー (レオンハルト編)
 魔都の夜は紅蓮に染まって (あぶどぅる編)

エピローグ
疾風!溥儀禁衛隊!


プロローグ
対グラップラー特殊部隊


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